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煌都での新節の祝い

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赤狼に喰らわれし冴月の如く』番外

煌都での新節の祝い

 キラ・シ征圧直後。
 初めて煌都で祝う新節(しんせつ 正月)元宵節(げんしょうせつ)は盛況を極めた。
 皇太子であり賀旨国王史留暉(かし国 しるき)。マリサス王ナール・サス。ナガシュのジャラード王子。ラスタート王太子ラキシタ。それに真紅の丞相夕羅(じょうしょう せきら)。黄金の牡丹と謳われる沙射皇帝(さしゃ)。
 あまたの美女がかすむほどの美青年、美少年達が煌都に集まったのだ。
 その中で、史留暉と沙射の美しさは際立っていた。
 銀髪の史留暉と金髪の沙射。
 二人が並ぶと天上の楽園のよう。
 窓から姿を見せただけで、広場にいた民の大勢が感涙にむせび、失神した。
 華やかな祭りは夜を徹して一〇日続く。
 民はここぞとばかりに躍り上がって楽しんだ。
 ここ数年の新節は地味だったのだ。
 黒帝軍と言うだけ合って、キラ・シは基本的に装飾が無く、色は黒が多い。山野には紛れやすいが、都では目立ち、そして寒々しすぎる。彼等が王都を占領している間、新節と言っても王宮自体は派手な祭りをしなかった。
 キラ・シの新節は、ただ、神山の初日の出『始まりの朝日』を家族や仲間でゆっくりと眺め、酒を飲んで過ごす。それだけらしい。酒を飲んだ宴で歌ったり踊ったりする者はいるけれど、それは新節だからと言うものではないのだとか。
 服もろくに作らず大陸を駆け抜けた彼等に、家の飾りつけをしたり、町を練り歩いたり、などの観念がある筈も無かった。
 しかも、キラ・シの新節と大陸の新節はかなり時期がずれてもいる。山を降りてしまったので、キラ・シ独特の暦はほとんど意味をなさず、山の天気で計っていた季節感が、彼等にはすでにわからなくなっているらしい。なので、特に新節と言われてもわからないのかもしれなかった。
 別段、ガリ・アは大陸の者達が新節を祝うのを止めはしなかったから、王都の庶民はいくらかは沸いた。だが、本来なら中心になって祭りを執り行ってくれる王宮が静まり返っているので、ここ数年は静かな新節だった。
 それが今年。紅渦軍がキラ・シを追い払い、王宮に曜嶺皇帝を招いた。おかげで、二〇〇年ほど無かった、『皇帝が取り仕切る新節の祭り元宵節』がもよおされたのだ。
 しかも、このたびは沙射皇帝即位後、最初の元宵節なので、大宵節として特別の祭りとなる。
 都も国も沸いた。
 王宮の奥深くにいる皇帝一家が、この時ばかりは窓から姿を見せてくれるのだ。
 黒髪しかいない大陸に、髪の血筋を引いた金髪の皇帝、銀髪の皇太子。神の御子を一目見んがために近隣の国からも煌都に人が詰めかけ、都は芋洗いのようだった。
 夕羅は当然、沙射皇帝や史留暉皇太子に派手な衣装をつけさせる。服飾はナール・サスが張り切っていた。じっとしていることに慣れている沙射はなんとも無かったが、史留暉は着せ替え人形にされて日々うんざりしていた。仮縫いの指示をするナール・サスが楽しげなのが妙に腹立たしい。
 そんな中、新節らしい騒ぎが起こる。
 皇帝の謁見に向かおうとした夕羅は、回廊の向こうから賑やかな悲鳴が聞こえて眉を寄せた。ちょうど、謁見の間に行こうとしていた史留暉も、夕羅の少し手前でその騒ぎを振り返る。
 夕羅はその騒ぎに知った声を聞き、傍にいた京守を見た。彼が頷いて下がったのを確認して、自分もその騒ぎから遠ざかるように走った。
 否、走ろうとした。
 史留暉はその時、真紅の旋風にその銀糸を巻き上げられて一歩下がる。廊下のあちらからナール・サスも歩いてきた。史留暉に向かって肩をすくめて見せる。それは史留暉や夕羅、ではなく。今、廊下を駆け込んできた者に対してだ。
 そう。史留暉が一瞬、目で追えないほど。夕羅が走りだそうとした寸前に駆け込んできた少年がいたのだ。
 明るい砂色の跳ね返った髪に赤葡萄色の瞳。日に焼けた肌に真紅の服を重ね着した、ナガシュのジャラード王子だ。
 駿足で駆け込んだ勢いで夕羅に抱きついた。覚悟していた夕羅は足を踏ん張っていたが、彼でなければ壁に叩きつけられただろう。
「セキランセキラン! お久ーっ。新節おめでとっ。皇帝の初謁見だろっ。服持ってきたんだっ! はい、コレ!」
「『ン』をつけて呼ぶな、と何度言った」
「セキランにはこれねっ。俺が赤だから、セキラン白! へへーっ、お揃いっ!」
「なぜ俺がお前と揃いの服を着なければならんのだ」
「ほらっ、セキラン髪長いから結うための簪も作らせてたんだっ。ほらほらー、ナガシュの黄金細工って大陸一なんだぞっ。綺麗だろーっ! セキランにぴったりっ!」
「人語がわからぬ猿は、今すぐ砂漠へ帰れ!」
「ねーっ、どっか着替えるとこないー?」 
 彼は夕羅の言うことをまったく聞かず、夕羅に白い服と、藤の花のように飾りの垂れた簪を差し出して見せた。
 緑の粉で目の周りを飾った大きな瞳。その赤い瞳で夕羅を見上げ、丸い顔でにこにこ笑う。姿も形も顔も、まるっきり子供だ。実際、彼はこの新節で一五才だったので子供には違いない。夕羅の胸ほどまでしか身長は無く、手足が長いだけで、子供独特のひょろっとした体格だ。
 史留暉の目の前で、夕羅とジャラードがギャーギャー騒いでいる。普段済まし返っている夕羅に大声を出させるのはジャラードだけだ。逆に言うと、いつでも不機嫌そうな夕羅を大笑いさせるのも彼だけだった。
 史留暉が彼に会ったのは、マリサスの城を出て、全軍でラスタートに向かった時だった。
 突然、茂みから出てきて夕羅に斬りつけてきた騎馬がいたのだ。
 夕羅と共に、紅渦軍隊列の先頭集団に従軍させられていた史留暉は咄嗟に刀を構えたが、夕羅の周りにいた侍衣牙や威衣牙が敵対行動を取らなかった。彼等が動かないのを見て、史留暉と同じように刀に手をかけていた先頭集団が静まる。
「進軍しろ!」
 夕羅は一声叫び、隊列を走り出た。相手も夕羅を追い駆ける。しばらく凄い早さで走り回りながら斬り結んでいた。
 夕羅の刀は長く細い。そして速い。
 剣戟が速すぎる。史留暉は目を細めながら夕羅を追っていた。それで馬の歩みが遅くなって隊列を乱したが、皇太子に文句を言う者はいない。
 夕羅の額から汗が流れているのが史留暉には見える。全力で対しているのだ。
 あの黒曜城で史留暉の前に立った時。史留暉は、夕羅が出てきた時にはすでに疲労の極致だった。それもあってか、夕羅は最初から最後まで楽しげに笑って、悠々軽々と刀を振り降ろしていたのだ。汗一つかいてはいなかった。
 今の夕羅は真剣な顔をしている。けれど楽しげだ。
 夕羅と同じく、史留暉には対戦相手の剣技がギリギリ見て取れる。史留暉の周りでも、彼等が見える所に居る者達は観戦していたが、「早すぎて太刀筋が見えない……」「さすが大上将……動きが見えねぇよ……」と口々に言っていた。史留暉だから、二人の太刀筋が見えているらしい。
 両者とも、早い。そして、強い。
 あの夕羅大上将と互角に渡り合える武将? 史留暉はそれだけでも無表情の下で驚いた。
 相手はかなり小柄に見える。体格だけで言うと子供だ。しかも、乗っているのが馬ではない。背中に大きなこぶが一つある首の長い駱駝。史留暉の見たことの無い動物だった。馬より背が高いのでかなり有利だ。
 史留暉が茫然と見つめている前で、夕羅がその小柄な者の剣を叩き払った。剣と一緒に、対戦相手も駱駝から叩き落とされる。
 宙でくるりと回転し、猫のように着地したので顔にかぶっていた布が取れた。
「また負けたーっ!」
 赤い瞳で叫ぶ、その無邪気な顔はまさしく『少年』だ。
「ハハッ、勝てたら何でも言うことをきいてやるっ」
「ムキーッ! その言葉忘れるなよーっ! 今に吠え面かかせてやるーっ!」
 夕羅が掠れた声で笑いながら隊列に戻って来た。
 あの男が大口開けて笑っている! そんな感情あったのか!
 ことの成り行きよりも何よりも、史留暉はそれに驚いて目を見開いた。けれど、周りから見て、史留暉が驚いている、とわかる者はほとんどいない。ナール・サスがいたら笑っただろう。けれど、彼は隊列の後方に着ける御車の中だ。
 史留暉が自分を見ていることに気付いて、夕羅が刀で後ろから駆けてきた対戦相手を指し示す。
「ナガシュのジャラードだ。噛みつかれたら指が千切れるぞ」
 機嫌良さそうに笑顔で史留暉に告げた。
 ナガシュのジャラード王子と言えば……と史留暉は噂を思い出す。
 自分が大陸三剣士の一人に数えられているのは僣越だが、ジャラード王子もその一人だ。
 まさか……こんな子供が?
 史留暉はジャラードが駱駝で駆け寄ってきたのをぼんやりと見上げ、目の前に剣を出されて、思わず剣で受けた。
 いきなり、斬りつけられたのだ。
 馬より高い駱駝の上から振りおろされた剣は、体重の軽さを引いても重たかった。
「ふん……良く受け止めたな」
 子供の顔が不敵に笑って呟く。しのぎを削る火花の向こうから赤い瞳に睨み付けられた。
 炎のような瞳だ、と史留暉は思う。それに煽られて吹き上がるかのような白い髪。ナガシュに曜嶺皇家の血が混じっているとは聞いたことが無い。
「俺の夕羅に手ぇ出すな」
 史留暉の刀にガチガチンッ! と瞬時に二檄浴びせて、ジャラードは夕羅が走っている先頭へ駆けていく。なんだこのチビ! と。つい先程ラスタートから走ってきた、大男のラキシタがさっそくからかって遊んでいた。
 俺の夕羅に手を出すな? なぜ、あんなことを言われなければならないのだろう。
「ジャラード王子は、夕羅大上将の関係者全員に噛みついていらっしゃる。お気をつけ召されよ」
 前にいた侍衣牙将軍が、少し歩を遅らせて史留暉の馬に鼻先一つ後ろに並び、そう囁いた。
 夕羅と同じく、顔も身も赤く染めている侍衣牙にそう言われて、史留暉は引く。
 従軍する最初に、史留暉やナール・サスは眉に紅を引かされた。普通の捕虜は顔を紅で染められるのでましなのだろう。だが、化粧されたことに羞恥を感じてしまう。
 気をつけろと言われても、別に夕羅を取り合う気など、史留暉にはまったく、金輪際無い。できたら傍に来ないでほしいのだ。変な嫉妬心を向けられては困る。
 あんな男を愛せる筈が無い。
「彼は、これから従軍するのですか?」
「王都攻城に向けて援軍を募っていますので、もっと増えます。今後の予定を大上将からお聞きになっていらっしゃらないのですか? 皇太子殿下」
 夕羅にそんなこと、史留暉は聞いていない。聞く筋合いも無い。しかも、侍衣牙は不思議そうに言ったのではなかった。
 鼻で笑ったのだ。
 なぜこんなにも、初対面の人間に敵視されるのだろう、と史留暉は思う。侍衣牙と喋ったのは今が最初だと言うのに。
 後からナール・サスに聞いた所によると。ジャラードのそれはたんなる無差別な嫉妬らしい。でも、侍衣牙のそれは史留暉に対する敵対心なのだとか。
「侍衣牙将軍はねぇ、紅渦軍で一番功績をあげてる最古参の、特に熱狂的な大上将信奉者の将軍なんだけど。
 もともと兄の威衣牙将軍の方が武名が高かったんだよ。五歳の時に熊を倒した、って勇名だからね。
 少し前の大陸三強と言って出てくるのは緑三国の威衣牙、砂漠のジャラード王子、そして、君、でしょ? 今なら、夕羅大上将が入るだろうけどね。
 しかも兄弟で名前が似てるから、侍衣牙将軍が武勲をあげても、先に勇名だった威衣牙将軍とみんな聞き間違えたりしてね。侍衣牙将軍の手柄の噂は威衣牙将軍の名前で上がったりして、かなり損してるんだよ。
 その上にジャラード王子と君が入ったことで、完全に影がうすくなってしまって焦ってるみたい。最近の紅渦軍は『大陸三強と夕羅大上将で英雄が全員集まった』、って言われ方をしてるから、そこに侍衣牙将軍の名前が入ってないんだよね。一番の功労者なのにね。
 今回も、本隊が賀旨に来た時、一人で辺留波を落として来たのに、『ご苦労』の一言で金子以外の報奨も無かったみたいだしね。物凄く、このところ機嫌が悪いよ」
「相変わらず見てきたように言うな」
「見てたもの。大上将が『ご苦労』って言ったの、僕の上で言ったからね」
 史留暉は黙り込んだ。
「将軍が謁見に来たんだから開放されるかと思ったけど、大間違いだったよ……ふぁ……」
 ナール・サスが眠たげにあくびをした。
 この行軍では、移動の最中は史留暉が、町で逗留する時はナール・サスが夕羅に訪なわれていた。昨日も町で泊まったので彼だった。もう一泊するらしいので今晩もそうだろう。
 だから、史留暉はナール・サスに話を聞けた。行軍の最中、彼は後部の車の中にいるのでなかなか近づけない。
 ナール・サスは深窓の姫と同じく、建物の中以外を自分で移動することは無いのだ。
 マリサスにいる間に史留暉は乗馬を覚え、夕羅と一緒に先頭集団にいる。乗馬を覚えた今、兵車でちんたら走るのも嫌だし、じっと車に乗るのなど我慢できない。
「君って何気に肉体派なんだよねぇ。顔はそんなに綺麗なのに。君が荒っぽいことをすると、顔に怪我しないかとハラハラするよ。君、顔を庇わないでしょ」
「男が顔を庇ってどうする」
「庇ってほしいなぁ。君の顔に傷が入るのは、世界の損失だよ」
 とナール・サスに言われるが、史留暉は相変わらず理解できない。そうえいば夕羅にも「顔が綺麗なうちは奉ってやる」というようなことを言われた覚えがある。
 私の顔に傷がついたらどうなるのだろう……と、史留暉はふと思った。自分の価値の何が下がるのか、わからない。
 町に逗留すれば、皇太子として一晩中宴に担ぎだされて寝る暇も無い。滅多にナール・サスと話はできなかった。寂しいなどとは思わないが、史留暉一人では知らないことが多すぎて、周りの状況が呑み込めないことが多い。
「将軍として武名をないがしろにされたのだとすれば、誰でも怒る。当然だ」
「うーん……そう言うだけじゃないんだけど。侍衣牙将軍、馬に乗るのも時間がかかったみたいだし。ま、大本は……大上将の寵愛の奪い合い、ってことだよね」
「………………侍衣牙将軍が?」
「そう、侍衣牙将軍が。ふふふ……すぐにわかったんだ? 君にしては回転が早いじゃない」
 ふふふ、と笑ったナール・サスに史留暉は黙る。
「俺が何か? 皇太子殿下」
 突然声をかけられて、史留暉は硬直した。犬を見た猫のように固まっている彼を見てナール・サスが口を押さえて笑う。
 その時は、この先の行軍のことを聞いただけだったけれど。侍衣牙に睨まれて史留暉は困惑した。
 ただでさえ感情に疎いのに、嫌いな男に対する、恋慕の情から発する嫉妬など、理解できる筈が無い。
 侍衣牙は十人並みに端整な顔をしてはいるが、完全に男らしい男だ。史留暉やナール・サスのように、女顔というわけでもない。それでも? 
「大上将は見境無いのか? ……って顔をしてるよ、君。史留暉」
 くすくすとナール・サスが笑う。
 図星を突かれても、史留暉はただ、黙っていた。実は照れていたのだが、わかるのはナール・サスだけ。彼の笑い声がくすぐったい。
 そして、侍衣牙の直後に、ジャラードの襲撃も受けた。
 キャーッ、と走ってきて、バシバシ史留暉を叩いて、何かわめき、キャーッ、と出て行ったのだ。
 なんなのだあの王子は……、と硬直していた史留暉にナール・サスが呟く。
「明らかに頭えおかしいね。あの王子ちゃま」
 それは言い過ぎだろう、と史留暉は口からも出なかったし、ちょっと心の中で思ってしまった自分に気付く。
 ああいう人格は苦手だ。だからと言って、得意な人格はどんなだ、と言われると答えられない。
「ナガシュも情報収集のしにくい国だから……わからないのだよねぇ……。夕羅大上将と互角の斬り結びしたんだって? 砂漠の鬼、大剣士ジャラード王子があんなに子供だとも、知らなかったよ。と言うか、あんなに阿呆だとも、知らなかった。世界って知らないことが多くて嫌だよねぇ」
 あなたが言うと洒落にならない……と、史留暉は言う性格ではない。
「剣を持った時の真摯さはすばらしかったぞ」
 夕羅とやり合った時のジャラードの、全身にみなぎった剣豪の気迫に史留暉は圧されたのだから。真剣に試合えば、自分は勝てるだろうか。
「誰でも取り柄が一個ぐらいあるってことじゃない?」
 悶々としていた史留暉をナール・サスは一言で切って捨てた。
 強さを人間判断の基準に置く史留暉とは違い、ナール・サスにとって、ジャラードはどうしようも無い人間に見えたのだろう。史留暉も最初にジャラードの剣戟を見ていなければ、彼の名前すら記憶にすら残っていなかったかもしれない。あの後も、ジャラードが夕羅に不意打ちをかけているのを何度か見た。「猿は砂漠に帰れ!」と夕羅が楽しそうに叩き払っている。
 その彼が、新節の祝いのために煌都に駆け付けてきたのだ。王都を征圧した後、国に帰っていたのに。
 その、王都征圧戦で、一番活躍したのは彼だった。
 キラ・シ軍は『大陸三強』を知らない。キラ・シに従属していた軍隊は史留暉の名前を聞くと、二の足を踏むが、キラ・シは関係なしだ。
 戦が始まる寸前に、紅渦軍に下達された事項がある。
『戦が始まったらジャラード王子には近寄るな。血を見たら敵味方がわからなくなるお人だ。味方でも、殺されるから近寄るな』
 そんなお達しだ。
 『狂戦士』と言うらしい。その言葉自体、史留暉は初めて聞いた。本当に世の中は広い、と思う。
 史留暉も遠目にジャラードの戦い振りを見てはいた。
 ケラケラと笑いながら楽しげに敵を切り捨てていく身軽な剣士。あの軽い体で夕羅と互角に斬り結んだのだ。一般兵士など相手になる筈も無い。
 舞うように血を振りまいていた。
 真紅の風のようだ、と思ったのだ。
 夕羅が丞相となっても、彼に互角の口をきくのはジャラードと、ラスタートのラキシタ王太子だけだ。
 沙射皇帝ですら、夕羅にぞんざいな口はきかないと言うのに。
「セキランセキランっ! 見てーっ。コレ! 俺とお揃いっ。俺が赤い服に白い髪でセキランが白い服に赤い髪っ! 髪も結っちゃえ!」
 史留暉の追憶などとは関係なく、ジャラードは、煌都王宮の廊下で一人、大騒ぎしていた。
「…………今から皇帝陛下に上奏差し上げるので、正式な服を……と申し上げた筈ですが……」
 なぜか、ジャラードに黙って飾りつけられてしまった夕羅を見て、美貌の宰相、京守(けいしゅ)が珍しく、深く深く眉間に皺を寄せた。
 砂漠の服は、風通しが良いようにひらひらしている。そして長い布の先端は扱いが良いように、小さな錘が仕込まれていた。くるりとまわると、花が咲いたように舞い上がるのだ。その姿は、こちらでは女性の服に似ていた。
 赤い髪を適当にジャラードに簪で結い上げられ、白に金刺繍でひらひらしている夕羅。京守は激しい頭痛を感じたのだろう。そんな夕羅を見たとたん、頭を抑えて目をつむってしまった。
 簪もナガシュで高貴な女性が良く使う、大きな金装飾のついているものだ。頭を揺らすと下がった花飾りがシャラシャランと涼しい音を立てる。
 ジャラードは髪がそこまで長くないので簪をつけてはいなかったが、夕羅の頭には、ほぼ左右対称に四本の簪が刺さっていた。
 藤棚のように頭を飾り、うなじからの髪は背中に落ちている。大陸の女性が結うような様式美はまったく見えないが、華々しい。
 大陸の様式美を無視した形が、夕羅には似合っている、と史留暉はいろいろな感慨とは別に思った。
「丞相はきっと、何を着ても着こなしてしまわれるんだろうねぇ」
 と、自分の隣に立って、面白そうにこの光景を眺めているナール・サスが言ったのに史留暉も頷く。
 夕羅がそれで上奏すると、案の定、沙射皇帝は玉座の背もたれにぶつかるほど引いた。
 そして、哀しそうに微笑んだのだ。
 ジャラードはまたすぐ国に帰った。それでも、次の新節の祝いや、何かの祭りの度に夕羅を飾りたてに来た。
 夕羅が断らないので夕羅で遊べることが嬉しくて仕方ないらしい。すでに、丞相が変な格好で祭りに臨席する、のは普通になってしまった。
 赤い髪に金簪。白絹に金刺繍。水色のヘレム石の首飾りをじゃらじゃらさせて、目が痛いほど派手な格好だ。
 皇帝より目立ってはいけないのではないのか。と思わなくも無い。
 けれど、史留暉は気付いてしまった。
 王都陥落二年後に、気付いてしまったのだ。
 夕羅にとっての、髪を飾ることの意味。
 宰相の京守はため息をついていたけれど。実際は、ジャラードが髪を飾ってくれることが心から嬉しかったのだろう。
 ジャラードがそれを知っていてしたとは思えない。偶然としても、夕羅を心の底から喜ばせたのだ。
 そして、沙射皇帝も……
 史留暉に、口に出してはならない名前を聞いてきた彼。
 髪を飾った彼を見て、哀しそうに微笑んでいた、彼の白い顔を史留暉は覚えている。
 あの丞相を見て、陛下はどう思われたのだろう……
 いつか、陛下と彼のことで話がしたいな。
 爆竹があちらこちらで新節の気分を盛り上げている中。史留暉はひっそりとそう思った。
 今年の新節の祝いでは、ナール・サスがジャラード王子と組んで、とびきり派手な衣装を夕羅に着せつけていた。

作成日: 2009年8月6日(木) 19時11分 修正

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本編
商業誌

赤狼に喰らわれし冴月の如く
主役 賀旨国王 史留暉皇太子
史留暉の生い立ちと紅渦軍入隊〜

同人誌

赤狼に鍛えられし銅の如く』
主役 紅渦軍 侍衣牙将軍
夕羅との出会い〜紅渦軍発足〜

その他、随時発行中。

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