この子、幾つだっけ?
ル・アくんより二つ三つ上なだけよね? つまりは、小学校一年生ぐらいじゃないの?
こんなこと言える現代人、いないわ……
羅季(らき)を向こうに戦ってるんだ?
古代って凄いな。
驚いてたら、ラキシタくんにチュッとキスされて、青い空が飛び込んできた。ナニ?
サル・シュくんが、本気でラキシタ君を蹴り飛ばしたから、天幕の柱が倒れたみたい。
気がついたら、草原に転がってた。サル・シュくんが左手に私、右手にル・アくんを抱いて倒れる天幕から逃げたあと、ラキシタ君を見つけて、刀! 抜いたっ!
「ラキシタ君っ! 逃げてっ!」
そこで草むらに血を吐いてた彼が、サル・シュくんの一撃目をぎりぎり避けて、馬で逃げ去った。
リョウさんとショウ・キさんがサル・シュくんを両脇から羽交い締めにする。すかさずガリさんがおなかに膝蹴りを入れて失神させた。
本当にキラ・シって、他人にも仲間にも容赦ないわね。
「家を壊して済まなかった! 族長っ!」
リョウさんが両手を広げて謝った。
「今のは俺も見ていた。先にラキシタが彼女に不埒をしたからだ。こちらこそ済まなかった。家は元々が壊れるように作ってある。かまわない」
「ナンちゃんっ!」
「大丈夫っ! 俺は無事だよ、母上っ!」
まだ天幕の中にもがもがしてる人がいるけど、キラ・シは全員外にいた。向こうの族長さんも、ガリさんと前後して跳び出してたから、反射神経は凄かったわよね。
「……なんで俺が蹴られたのか、聞いていい? ガリ族長」
目覚めたサル・シュくんが、血を吐き捨てながらガリさんの前に立った。
凄い、機嫌、悪い……
「あのままだったらハルをさらわれてたぞっ!」
ガリさんはあわてず騒がず、サル・シュくんの方を向きもしない。
「お前に凶つ者が憑き掛けていたからだ」
まだキレたままのサル・シュくんが、止まった。
ああ『キレる』ことをキラ・シではそう言うんだ?
本当に黒い凶つ者が出てくることもあるけど、常軌を逸したのも、そういう表現するんだ?
そりゃ、サル・シュくんは凶つ者、よく憑きかけるよね。
「刀を抜いたのを覚えているか?」
ガリさんの問いにサル・シュくんは答えず、空っぽの鞘を見た。手を広げてガリさんに一礼。草むらから刀を拾って戻す。
自分が悪かった自覚は出たらしい。
無意識に抜いたってこと? キレるにもほどがある。
「ナガシュの狂王が有名だが、キラ・シも狂戦士を飼っておるな。良く、御していることよ」
ウィギの族長が笑って言ったけれど、目尻は引きつってた。これって、どう翻訳したらいいだろう?
「ここで狂戦士を放置しなかったことに礼を言っている、と伝えてくれるか?」
族長がガリさんを見て私に問う。
「『狂戦士』って、どういうモノ?」
「ああいうのだ」
それじゃわからないから聞いてるんだよ。
「一瞬で、猛り立って意識なく殺しまくるモノ……だな。魔物に取り憑かれたと、こちらでは言う」
イルヤクイルヤク……と、唱えながら、長老が手をグーパーグーパーした。この部族の御祓いだって。
『本人が悪い』とは、こちらでも言わないんだ?
みんな魔物のせいなのね。
「ナガシュの狂王ってナニ?」
「ナガシュは、たまに白い髪、赤い目の王が出る」
あの砂漠でそれじゃ、生きていけないんじゃない? 目も赤いって色素変異だよね? サル・シュくんより真っ白、ってことじゃない。
「赤い目の王は、神が下りた、とナガシュでは言うらしい。だが、血を好み、戦争を繰り返して領土拡大をしてくる。二百年ほど前にも、今は海嶺(かいれい)というこの西の国を制圧してこの草原まで入って来たことがあった。
泥で作ったような体に、白い髪、赤い目で、ナガシュが魔物を呼び出したと、こっちの者たちはただ逃げたな」
「そのあとどうしたの?」
「その王は早くに死んだから、今の国境線に押さえ込んだ」
国を二つ越えてくるとか凄い……
ああ……『前』に、車李(しゃき)王妃になった私に切りかかってきたあのナガシュの、あの白い王様! 砂漠色の髪に赤い目をしてた! あれかっ! なんか全身焼けただれてたと思ったけど、皮膚が日光で駄目になってたんだ?
あの白い王様って、今産まれてるなら、ナガシュで一才か二才? あとでサギさんに聞いたら、ナガシュ王族はあの大水で断絶したって。王都の人も9割死んだらしい。じゃあ、あの白い王子は産まれないのね? 良かった……
「部族に一人ぐらいは憑かれやすい者がいる。キラ・シはよく押さえてる。ガリ族長の英断だな」
サル・シュくんが刀を抜いた瞬間、三人で押さえ込んだもんね。
「ウィギにもそういう人がいるの?」
「さっきのラキシタだ。俺の息子だが、たまに取り憑かれる。今出なくて良かった。
キミが、ラキシタを逃がしてくれたからだ。あれがなければ、真っ向からあの戦士と向かい合って、ラキシタも取り憑かれただろう。今回なら、首を刎ねられていたな。
阿呆な跡継ぎだが生き残った。
あそこで叫べたキミも凄い。助かったよ」
褒められちゃった! 素直に喜んで置こう。
まぁ、ああいうこと、しょっちゅうあるから、今さら驚いてばかりいられないし。
「普通なら、あそこでラキシタは逃げない。
よっぽど、あの戦士が恐ろしかったのだろう。自分より強いものがいる、という良い教訓になった。おかげで、息子はもっと強くなれる。キラ・シには、感謝するよ」
複雑な感謝だなぁ……
面倒臭いので、そのままガリさんたちに翻訳した。
「二度と俺の目の前に出てくるな、って言って、ハル」
サル・シュくんが私を抱えあげて大人げないことをブッ込んでくるけど、族長さんは、笑って頷いてくれた。
「俺も息子を殺されたくはないからな。それは伝える」
カチカチカチカチカチ……って、サル・シュくんが歯を鳴らす。それ、怖いからやめてほしい……
誰かを切り裂きたいんだよね、こういうときって……
本当に狂戦士だな、サル・シュくんって……
ル・アくんが、さっきから真っ白になってサル・シュくんを見上げてる。
山ではこんなことなかったんだ? ル・マちゃんもこういうサル・シュくんは怖がってたな。
とりあえず、ラスタートで三日歓待されて、山に上がった。
雪が深い。険しい。
でも、キラ・シの馬はガツガツと危なげなく上がっていく。
そうだ、サル・シュくん、この移動のために先月の孕み日外したから、それで最近イライラもしてるんだよね。
山では、出産は一年に一度だったらしいけど、サル・シュくんがいない間ガリさんに抱いてもらってて、出産の翌月孕んでたから、もう、そう言うものだとサル・シュくんも思ってる。六年で七人産めるから、本当に詰めて出産してるな、私。生理も前より軽くはなってるけど、妊娠してると来ないから、ひたすらに面倒臭い。
山の上にあった、真っ青な湖で休憩……だったんだけど……
「まっっっっずい水っ!」
サル・シュくんが口をつけて叫んだ。我慢強いル・アくんでさえ、梅干しを食べたような顔をしてる。みんな、飲まない。馬も飲まない。慌てて他の水場を探してたら、ル・アくんが、ガリさんの前に手を伸ばした。ガリさんも咄嗟に馬から下りてた、けど……
ナニ?
ル・アくんの手に、矢が? 刺さった?
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