紅渦軍が史留暉(しるき)君を行程に担いで反乱を起こした!
でも『前回』は『史留暉皇太子』だったわ。
キラ・シが、沙射君を一緒に連れ回してたからだ。
彼がいることをル・アくんが知ってたから、一つ下げて皇太子で担いできた。今はそれを知らないから皇帝なんだよね?
今、沙射君を出したら、『皇帝が二人』になってしまって、負けた方の皇帝が、殺される……ことに、ならない?
『皇帝』に立ってしまった史留暉君が、皇太子に下がることはできないよね?
でも、黙っててどうする?
沙射君をこのまま『使わなかった』ら、結局は紅渦(こうか)軍に見つかって、暗黙のウチに殺されない?
沙射君は、姿を見れば『皇帝』だと必ずわかる。
金髪碧眼の人形のような美少年…………なのかな?
『前回』はそうだったけど、今回はずっと騎羅史城に押し込めてるから、ゆがんでたりして……
それでも、金髪碧眼であることは確かだから…………
考えてるヒマなんて、なかった。
『史留暉皇帝』の御旗に、キラ・シに開城してた属国が次々下っていく。やばい。全部が下ったら、籠城するまでもなく潰される。もう、紅渦軍は二万に増えた!
やっぱり沙射君を連れてきてもらった。
「ガリさん、沙射君を皇帝に即位させて、お披露目しよう!」
わけが分かってないのもあるだろうけど、ガリさんは何も言わなかったから、とにかく、即行で即位式をした。
そしたら、史留暉君が皇太子に下がった!
『皇帝陛下が生きていると知らなかったが故の僣越お許しください』って喧伝がでたわ。
良かった! 沙射君が生き残る隙ができた!
史留暉君いい子! というか、夕羅(せきら)くんの案なのかな? とにかく、皇帝をぶつけて来る気はなくて良かった。
まぁ、沙射君のほうが本家だから、下がらないと史留暉君の正当性が薄れるってのもあったとは思うけど。どう考えても、分家で銀髪の史留暉君のほうが沙射君よりははるかに格下だもんね。
どうしよう? 全力でいく?
私が全力で行くなら……ごめんね、沙射君!
一番、死ぬ人が少ないかも、しれない。
「ガリさん、勝つ気でいくなら、一番いい方法が、あるわよ」
地図の前で、キラ・シがたくさん居るときに、ガリさんに申し出る。
これで、もう、ガリさんは断れない。
「紅渦軍(こうかぐん)が周りを囲ったときに、沙射皇帝に、城門の前に立ってもらうの」
「それで、どうなる?」
リョウさんのほうが目を丸くした。
「『皇帝奉戴』してるのはこちら。
皇帝から『下(くだ)りなさい』って言ってもらうの。
紅渦軍を誰も傷つけない、という交換条件。
それで、戦には、ならない」
「戦にならねぇと意味ねぇだろっ!」
サル・シュくんが吠えた。予想内。
大丈夫。ちゃんと殺してあげるから。
「このまま戦をしたら、街の人達が大勢死んじゃうわ。キラ・シの子供たちを孕んだ女の人も巻き添えになる」
サル・シュくんでも、黙った。よし。
「紅渦軍を引き入れて、大将だけ殺してしまえばいいのよ。そして史留暉皇太子もこちらに貰えば、あちらは散るわ。あとはショウ・キさんの出番。
私の予想通りにならなければ、ガリさんが『山ざらい』を掛けてしまえばいい。そのあとサル・シュくんとレイ・カさんで左右に展開。後ろのほうにいる大将に、どちらが先にたどり着くか、よね」
「俺だっ!」
もちろん、サル・シュくんが手をあげて宣言。レイ・カさんは腕を組んだまま私を見て、ガリさんを見つめた。
ガリさんも、もう『老体』になってる。今『山ざらい』を掛けたら、多分、そうそう動けなくなるはず。
骨の異常なんて、一年二年では治らないから、もう『全力』では戦えない。
サル・シュくんなら今のガリさんに勝てるだろうけど、しない。
だから、他の人に殺されたがってる。
もう、明日なんて、どうだって、いいんだよね……
もう、体がおかしいんだもんね。
もう、弱くなるばかりなんだものね……
30になる前に死ぬ、って言われ続けて生きてきた、サル・シュくん。
『次の戦』で『自分より強い人』に殺されることだけを願ってるサル・シュくん。
ガリさんでいいなら、戦に負けてきて、ガリさんに刎ねられることを望むんじゃないのかな?
それを望まないんだから、ガリさんでは、駄目なんだ。
もう、ガリさんは自分より弱いと、サル・シュくんは思ってる。
……多分、山を降りる前から、思ってたんじゃ、ないのかな……
じゃないと、『あの時』、リョウさんとガリさんの仲違いをさせてまで、キラ・シを潰そうとした意味が通らない。
『あの時』はあそこまでするすると進んだ。サル・シュくんにとっては『つまらない』ことばかりで、キレたんだ。
つまらないことしかないのなら、ガリさんを向こうにした方が、楽しいから……
『今回』は、サル・シュくんが要所要所で面白いことがあったから、ついてきた。
というか、サル・シュくんが離反したのはあの一度なんだから、あの時が、よっぽどつまらなかったんだ。
とにかく、もう、サル・シュくんは終わりなんだから、最後の華を、あげたい。
夕羅くんをサル・シュくんにぶつける。
一対一で戦えるように。
どうしたらいい?
どうしたら、いい?
城門を開いて、街の人に外に出てもらった。
ガリさんの前に沙射皇帝を乗せた馬で、城門の前に出る。
ガリさんがそこで馬を下りて、乗ったままの沙射君に史留暉君を呼んでもらった。
私は、城門の上から、見てる。
隣にキラ・シの若戦士。私が言ったことを指笛で伝えてくれる役。
「紅渦軍よ、キラ・シは私を擁護してくれていました。
キラ・シはあなたがたの敵ではありません。
皇家を慮るのであれば、皇太子をこれへ」
史留暉君が、出てくる? 出てこない?
沙射君を蹴散らして紅渦軍が入ってくるなら、仕方ない。
街の人の目の前でそれをするとか、街の人も全滅させるのなら、ガリさんの『山ざらい』の上で、総力戦。
人数的にはキラ・シが完敗だけど、強さで言えば、かなうのは夕羅くんだけの筈。
夕羅くんはガリさんの『山ざらい』を知ってる。
ここにガリさんがいて、かかってくるなら、前列は雑魚ばかりの筈。
だから夕羅くんは高台に居る、はず……居た。
城門を背にしたガリさんから見て、左上。煌都(こうと)の北にある奉山の高台。
あんなところ、山の裏から入らないと出られないわよね? そうか、ラスタートを連れてきたんだ?
ラキシタ君と、仲良かったものね。
目の前には、賀旨(かし)の戦車軍団を後ろに、川科果(せんかか)、辺留波(べるは)、櫓羽(ろう)、音拝(おんはい)の援軍が展開してる。キラ・シに叛乱を起こしている民間人も後ろにいた。
予想しうることは全部ガリさんに話した。あとは、ガリさんがどうするか。指笛で現状を伝えることはするけれど、私は軍の采配を担ってはいない。
『ル・マちゃんの、5つ目の先見も、叶うと思ってますか?』
出陣の前に、そう聞いていた。
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