ガリさんが何も言わない。
ル・アくんが、史留暉(しるき)君を連れて出て行った。
コラッ! 君が話をつけたのに、最後までいなさいよっ!
結局このあと、ガリさんは好きなだけお酒を飲んだあと、酒瓶と女の人とどこかに消えた。
私とリョウさんで賀旨(かし)の大臣や話し合い…………
サル・シュくんが退屈がって、棚のものを落とし出したので、女の人を呼んでもらって追い出した。
「やだっ! ハルといる!」
「うるさいっ! 言ったでしょ! 今年は3000人子供を産むの! 行ってらっしゃい!」
『契約』のためにいろいろ書類を作らされた……私、こういうの嫌いなんだってば……ただでさえ嫌いな作業をしてるのに、サル・シュくんがうろうろしたら本当に目障り!
女の人を10人呼んでもらって、サル・シュくんの手を引いてもらったら、「リョウ叔父、ハル頼むぜっ!」って叫びながら、歩いて行った。さっさと行け!
そして、辛巳(しんし)さんが凄く手伝ってくれた。
「この文面を放置すると、毎年キラ・シの誰かが確認に来ないと、従属国を抜けられるようになっていますよ」
とか、教えてくれた。たしかに、そういうふうに書いてあるけど、言われなかったら読みとばしてたわ。
読まなきゃいけない書類の量にうんざりしたけど、ル・アくんが『遊び』に行ったのはこの時だけだった。大体『遊び』なんて言葉、キラ・シに無いのに、よく覚えたわね。
辛巳さんに教わって、一生懸命書類を読んでるル・アくん。凄い、政治に興味があるみたい。
まぁ、夕羅(せきら)さんになるんだからね……こういうので鍛えられたのかー。こっち方面は全部任しても良さそう。
やっぱり『政治』は面倒だわ。騙しあいの確認はしたくないわ。
これ、辛巳さんとル・アくんがいなかったらどうなってただろう?
『前回』は辛巳さんがいなかったのにどうしてたんだろう?
ああ、だから、紅渦軍(こうかぐん)がまっすぐ北に進んで、賀旨(かし)を取り込んだんだっけ? 私がさっきの書面に気づかなくて従属国じゃなくなってたから、キラ・シに上納してなくて、お金に余裕ができてたんだ?
どうする?
夕羅さんの手助けを、今から、する?
でもとにかく、『キラ・シの存続』をしておかないと、『あの時点』までキラ・シがもたなかったら意味ないんだよね?
先見ができるのってこういうとき面倒だな。
先が見えるから、雅音帑(がねど)王と、ゼルブのチヌさんを先に殺す、とかはすぐ実行できる。それは『全力で進める』だけだから。でも、将来負けるために、今、手を抜く、というのは、つらい。
だから、やっぱり、『できる限り精一杯』してなくちゃいけないんだよね?
私の信条としては、今すぐル・アくんを殺したい。
キラ・シを滅ぼす一人だから。
でも、キラ・シの最大の擁護者になるのもル・アくんなんだ。
だからって、あの時にキラ・シが綺麗に負けるために整えるとか、できない。
二位を目指したら十位にも入れない。
やっぱり一位を目指さないと。
確実な生き残りを狙っていかないと、この歴史に飲み込まれる。あそこにいくまでにキラ・シが負けたら意味ない。
うん。
全力で、いこう。
『ル・アくんを殺す』以外は、全部先見で見た危険なことを回避していこう。
となると、この史留暉(しるき)君も、殺してしまいたい。
でも、紅渦軍の餌になるから、この子は置いておかないといけない。
本当に面倒だな……ここから先の人間関係が。
それでいったら、たしか、あのマリサスの王様も、紅渦軍につくんだから、殺したい……とかになるよね。そういや、王様とか全然あわなかったけど、マリサスの。元気なのかな?
「戦にならなくて良かった」
史留暉君は、ただそれだけを真っ直ぐに喜んだ正直な子。
「史留暉君は皇帝の跡取りだ、って言う気は無いの?」
「賀旨の王になるのもいやだ。兄上を支えて、軍事面だけやっていきたい。政治は無理」
うん……顔は綺麗なのに脳筋らしいのがかいま見える。
ル・アくんが書簡を見せて読み方を聞いても、首を横に振ってた。書簡を読むのが嫌いみたい。98%脳筋だ。
でも、お城を守ることはできるレベルよね。だから、リョウさんレベル……まで行くかな?
大体、今はお父さんもお兄さんもいるから、責任を感じてなくて軽いだけってのもあるだろうし。
「今の賀旨の脅威ってなんだと考えてる?」
「我火洲(がかす)が年に三度ほど国境侵犯をしてくる! うっとうしい」
違うでしょ。今、キラ・シの属国になったんだから、キラ・シの敵国が脅威でしょ。このコは99%脳筋だ。
「今は、キラ・シが押さえたから、属国同士で争ったらキラ・シが潰しに来るわよ。だから、我火洲はもう攻めて来ないわ」
「そうかっ! それはありがたいっ!」
素直な子! かわいい。脳筋はかわいい。
「キラ・シは軍隊に女性がたくさんいるのですね。行軍はつらくはないですか?」
史留暉君が、私を見てつらそうな顔をする。
「もうなれちゃったわ。10人以上産んでるし」
「えっ? 10人っ!」
そうよね。『普通』だとびっくりするわよね。これが普通なのよね。
こんな話をしてると、大魔神が寄ってくるのよねー。
史留暉君が『男』ならこんなに話せなかった。
「剣出せ」
サル・シュくんが私を左肘に抱いてどこかにいこうとしたのに、史留暉君を振り返った。珍しい。何が気になったの?
「どうしたの? サル・シュくん」
「その、腰に吊ってる剣だ。抜け」
慌てて私が通訳する。どうしたの? 一体。
「えっ? ……あ……」
サル・シュくんが出した右手に、史留暉君が自分の鞘から抜いた剣の塚を、渡す。その手が震えてた。
それには、刃が無い。途中で折れてる。
白い刃。なんの金属? ここらへんの武器って、銅の合金だから、金色が一番強度があるんじゃないの? 銀色ってそれより上? 下?
サル・シュくんがその折れた刃で壁をガツガツ殴った。壁もはがれたけど、刃ももっと欠けた。ねぇちょっと……この壁、黒大理石よ、サル・シュくん。まぁ、価値なんて知らないよね。知ってもどうでもいいよね。
「これが、この国の武器か?」
史留暉君が真っ赤になって俯いた。
「さっき、そう言って、ル・アに、折られたんです」
ル・アくんも脳筋爆発させてるわね……武器を折るとか、何考えてるの?
「他の奴らは金色の刃を持ってた。もっと固かったぞ。なんでこれは白くてもろいんだ」
「…………僕に……似合うから…………って……」
「似合う? 何が?」
「僕が髪とか白いから、剣も白い方が似合う……て……」
「ハル、『似合う』、って『格が同じ』、って意味じゃなかったか?」
「そうだよ」
「この剣とこいつと、何が似合う?」
通訳したら、史留暉君が涙目で顔を上げた。
「僕が、銀髪で白いから、白い見がにあうって…………兄上が、下さった剣なのです」
「こんなもろい剣を? お前、結構強いだろ」
ついに、史留暉君が泣きだした。
「ぼく……僕っが…………前線に出ることは、ない、から…………奥にいろ、って……言われて………………見た目だけの……剣…………鍛練しても折れるようなの………………もたされ……て…………る…………ん……です……」
膝に拳を握って、真っ赤な顔でぼろぼろ泣く。
「そうやって泣いてるから、そんなもん持たされるんだ。背筋伸ばして、俺を見ろ」
ビッ、と跳び上がった史留暉君が、サル・シュくんを見上げた。
「お前、キラ・シに来い。俺のものになるなら、鉄剣をやって、もっと強くしてやるぜ?」
なんですって?
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