【赤狼】女子高生軍師、富士山を割る。193 ~心が痛いよ……

 

 

 

 

「ナニソレっ! どうしたのっ! これっていつ描くの?」

 ナンちゃん、少し自慢げ。ふふん、ってしてる。

「昨日出陣したから!」

 昨日、私が具合悪くて寝てたから! 見てなかった! やだーっ! そんなメモリアル、見過ごすなんてっ!

「そうなのっ! おめでとうっ!」

 キスできそうなほどナンちゃんの顔を覗き込んだら、サル・シュくんに押し離された。

「ナンは元服したから、ハルは寄るな」

「だから、元服っていつなるの? みんな一斉にしたわけじゃないし、なんなの?」

「白い道がついたのっ! もう子供生ませられるからっ、ハルは寄っちゃ駄目っ!」

 ああ、精通したってこと? それで、個人個人が元服するんだ? ナンちゃん……私には言わずにサル・シュくんに言ったのね……まぁ、父親に言うか。そうか……

 女の子なら私に言ってくれるだろうから、それは仕方ないよね。

 出陣年齢って、一律じゃなくて、大人になったらすぐ出陣なんだ?

『15才で元服』ってなんで私、思ってたんだろう? そう言えば、そんなこと聞いたことなかった……かな? 日本の侍の元服が重なってたのかな? 今、ナンちゃん、12才よね?

 サル・シュくんに抱えられたまま、ナンちゃんに腕をのばしてたら、その腕も、手首を握りこんで引っ張り寄せられた。ナンチャンも、両手を胸に引き寄せて、サル・シュくんを見上げてる。

「サル・シュくん……自分の子供にも嫉妬するの?」

「俺以外の男がハルに触っちゃ駄目っ!」

 ナンチャンにシッシッ、ってなにそれっ!

「だって、息子よ?」

 左肘に抱え上げられちゃった。

「ナン、あっち行け。絶対もう、ハルに触るなよ」

「えー……」

「殺すぞ」

「っはい!」

 こんなところで気迫全開したわ、サル・シュくん。

 ナンちゃんが駆けてった……けど、角のあっちで覗いてる。手を振ったら手を振ってくれたけど、サル・シュくんがカーッて歯を剥いたから逃げちゃった。

 サル・シュくんの『全開』に近くにいた戦士たちがこの廊下を覗いて、去っていく。

「サル・シュくん、追い払うの酷すぎっ! 息子よ!」

「俺だって、俺を産んだ女に俺の子産ませたのっ!」

「えっ?」

 そんなこと、聞いたかな? 聞いた?

「産んだ女だろうが、女は女なんだから、近寄るな」

「それは……女の人の数が少なかったからでしょ?」

「近寄るな」

「ナンちゃんは息子よっ! 長男よっ! 最初の子供よっ!!! サル・シュくんが以内間、私がずっと育てたのよっ!」

「育てたのは、キラ・シの戦士だろ」

 うっ…………確かに……赤ちゃんを私に抱かせては暮れなかったもんな……

「でも、そういうことじゃないわよっ!」

「ナンをハルが触ったら、ナンを殺すからな」

 言うに事かいて、そんなこと、言う?

「えーっ! 酷いっ! それが父親の言うことなのっ? せっかく元服まで育った息子に会えないとかっ! 酷いよっ!」

 サル・シュくん、ガツガツ部屋まで歩いてく。まわりの戦士がぱっと道を譲って、にやにや見てる。

「ちょっとっ! 話を聞きなさいよっ! あっ、リョウさんっ! 助けてっ!」

 リョウさんは、私を見て、サル・シュくんを見て、両手を振った。ナニ! 今、ここでキラ・シ礼ってナニ!

「話があったが、ハル、明日な」

「えーっ! 助けてよっ!」

 部屋に入れられようとしたから、ドアにしがみついてみたけど、勝てる訳、無い!

  

 

  

 

  

 

 二日後、地図の前でリョウさんが話しかけてきた。

 でも、手を伸ばしても触れないぐらい『隣』。

「なんでそんな離れてるの?」

 ちょっと大きな声を出さないと聞こえない距離。

「サル・シュに殺される。あいつが落ち着かないと、話にならん」

 リョウさんの声は、普通に聞こえる。

「ナンちゃんに触っちゃ駄目とか、酷すぎないっ?」

 リョウさんが、首をふらふら動かしながら、首当たりを掻いた。

「キラ・シの言葉に『父親』はあっても、『母親』という言葉は、無い」

「無い、って今喋ってるじゃない」

「これはラキ語だ」

 ああ……、私、本当に何語喋ってるかはわかんないんだな。

「サル・シュからも聞いただろう? サル・シュも、自分を産んだ女に子を産ませた。ガリもそうだった。

『下』では、女がたくさんいるからそんなことは無いようだが、だからと言って、『母親』が突然できるわけではない。キラ・シには『母親』という言葉が無いのだから、女はどこまでも『女』でしかない。

 サル・シュが、ナンをハルから遠ざけるのは、当然だ」

「だって、今でも私、妊娠してるのにっ! ナンちゃんの子供なんてできないよ!」

「俺がサル・シュだとしても、ハルに自分の子は近づけん」

「……どう……して?」

 リョウさんでも? なんで?

「ハルが警戒しないから」

「警戒? ……するわけないよ…………息子だよ?」

「だから、サル・シュは、いやなんだ」

「息子だよっ!」

「息子でも男だ」

 ナニそれっ!

「私が産んだ息子だよっ! 息子の子供なんてっ、産むわけないでしょっ!」

「……サル・シュは、自分の母親に、自分の子を産ませたんだ…………自分の息子がそうするかも、と考えて当然だ」

 リョウさんが首を横に振った。

「キラ・シに、『母親』は無い」

「私は一生、息子に会えないの? この子も、成長したら会えないの?」

「会うなとはサル・シュも言ってない筈だ。『他の男』と同じように扱え、というだけだ」

「息子なのに?」

 リョウさんの袖をつかんだら、振り放された。

 物凄い、『拒絶』された。

 こんなの、初めて。

 ナニ? なんで?

「俺を殺す気か、ハル!」

「殺せる訳無いでしょ!」

「サル・シュは本当に殺すから。絶対に触るな。ハルを嫌って言ってるわけではない。

 こんなつまらないことで死にたくないだけだ。

 今のサル・シュはいつもよりイライラしてる。絶対に、ハルから男に触るなよ? 男が殺されるからな。キラ・シの全員もう分かってるから、ハルには近づかんが、ハルを嫌っているわけではない」

 そんなこと…………

「リョウさんでも……殺すの? サル・シュくんが?」

「あいつならやる」

「リョウさんが、負ける?」

「真正面からやって負ける気はないが、あいつに昼夜付け狙われたら、体力で負ける。

 サル・シュは明るいバカだが、根は大蛇だ」

 ぞくっとした。

「今、キラ・シにバカが少ないのは、サル・シュが山で殺しまくったから、というのもある。逆らった奴を許す心など持っていないからな」

「サル・シュくんが、山で、何を、したの?」

「子供の頃にサル・シュをに敵対したものを、強くなってから殺して回った」

「ばれたら大変なんじゃないの?」

「戦で、後ろから殺したんだ」

 そんなこと、言ってたっけなぁ…………

「それで、誰も、何も言わないの?」

「証拠を残すやつではない」

「みんな、知ってる?」

「気付いてはいる」

「でも、今、みんな、サル・シュくんと仲、いいよ、ね?」

「サル・シュと敵対しなければ殺されない。サル・シュも、仲間は守る。それは全員、知ってる。戦場で、サル・シュに助けられた奴も多い。

 サル・シュは、味方であるうちは、守ってくれる。

 だが、ハルに触れれば、『敵』扱いされる」

「そんな……」

 私が一歩近づいたらリョウさんも一歩逃げる。

 誰も、私に一メートル以上近づいてこない。

 汚いものでも避けるみたいな扱い……

 廊下でうっかりすれ違ったら、ウワッ、て、跳ね飛んで逃げられた。

 心が痛いよ……

「ハルナ様。これをご覧いただけますか? 以前、質問いただいておりましたあの……」

 竹簡を持って、書記の人が二人駆け寄ってきた。

 宮殿の廊下。

 3人で窓の側に寄る。

 彼が竹簡を広げたからそれを覗き込んだら、白い竹が真っ赤に染まって落ちた。

 熱い……

 彼と、わすがに触れていた肩が、彼がいなくなってスゥッ、と冷たくなった。

 彼の顔は白い大きな手で影に叩きつけられて、壁にひびが入ってる。もう一人の書記官が、へたりこんで失禁してた。

 おしっこのニオイと、血のニオイ。

 世界が、ぐるぐるまわる。

 汗が、首筋を伝って落ちる。

 汗? 血じゃないの?

 彼の、血じゃないの?

「なんで…………?」

 私の大好きな、絶世の美男子が、笑う。

「男に近づくな、って、言ったよな?」

 笑う。

「ナン、でも、殺す、って、言った、よな?」

 サル・シュくんが笑った口から、大きな牙が見える気がした。

  

 

  

 

 そっか…………

 リョウさんが逃げるのは、『普通』なんだ?

  

 

  

 

 その時サル・シュくんに殺された書記の人はすごく有能なひとだったから、凄く困った。

 けど、そのせいで誰も私に近づかなくなったので、サル・シュくんはとてもご機嫌だった。

  

 

  

 

  

 

 大きな宮殿で、私一人。

  

 

  

 

 そのあと、ナンちゃんと話がしたかったのに、ナンちゃんも、逃げる逃げるっ!

「ちょっとル・アくんっ、話聞いてよ!」

 ル・アくんと話してたナンちゃんが、物凄い勢いで逃げたから、逃げなかったル・アくんをつかまえた。

 ル・アくんは逃げない。まだ『男』じゃないから?

「ハル……そんな走ったら、腹の子大丈夫か?」

「これぐらいなら大丈夫。でも……ちょっと、疲れた」

「そりゃそうだろう…………誰か! クッション持ってきて!」

 ル・アくんが私の耳を押さえて大声だした。

 ここで眠れるわ、ってぐらい、何人もがクッション持ってきてくれたので、座る。

「俺も、そろそろハルに触れなくなるから、……ハルも、覚悟しておいてよね」

「覚悟って?」

「そうやって抱きついて来ないで? 俺がサル・シュに殺されるから」

「ル・アくんでも殺すと思う?」

  

 

  

 

  

 

 

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