「母上を嫌うはずなんて無いよっ! でも、父上が凄い怖いからっ!」
大魔神が後ろに座って私を抱え込んだ。
「制圧行ってらっしゃいよ」
「もう行ってきた」
私の肩に額をすりつけて、スンスン泣き真似する。
かわいい……
でも、もっと前にこうしていれば、あの書記の人は殺されずにすんだ……
ごめんなさい……
数日後。
「ああ、ハル」
部屋を出ようとしたら、まだベッドに転がってるサル・シュくんに睨まれた。
なんで睨むの。そのだらしないかっこうで。
男の人のグラビア写真に需要があるの、凄いわかるわー。だらだらしてるだけなのに、なんてカッコイイのサル・シュくん。なにしててもフォトジェニックって凄いよねー。私の脳細胞にREC。REC。
「ル・アに近寄るなよ」
「なんで?」
「あいつも男になった」
あらまぁ……
「ナンより一つ下じゃなかった?」
「俺も11でなったから」
ソレで不機嫌なのね。知らないわよ。
「…………わかった、近づかないよ」
ドア閉めて廊下に出たら、サル・シュくんがわさわさ服着てる音がする。気になるなら、ついて出てくればいいのに、なんでそんなぎりぎりまで寝てるかな。
「あ! ハルーっ! おはよう!」
ル・アくんが一メートル向こうで手を上げた。
昨日までは抱きついてきてくれてたのに。
いいもん、まだ子供たちいるもん。毎年産まれるもん!
「ナッちゃーんっ!」
ガリさんとの子供。飛びついてきてくれる。かわいい。
「母上ー」
多分彼も、来年は抱けなくなる。寂しい……
息子にまで嫉妬する、って、絶対にサル・シュくんがおかしい!
ナンちゃんもル・アくんも、みるみる声が低くなって、まぁ……笑い声がドス太い。
やっぱり『子供の声』ってかわいいわねぇ。キャッキャッて高い声、聞いててウキウキする。
そう言えば、サル・シュくんも、ガリさんも、まだ髭が出てないけど、白い人は出ないのかな? じゃあ、私の子供たち、みんなおひげなし? リョウさんみたいに『熊さん』にはなれないのねぇ……多分、どっちも細いだろうし……
「リョウさん、赤ちゃん抱かせて?」
「……なぜだ」
なぜ、聞き返されるんだろう? 私の子よ?
「何か手に持ってたらナンちゃんとか、抱きつきたくならないと思うの。私、赤ちゃん抱いたことないから」
「重たいぞ。ハルが持って居られると思えん」
却下された……
私の赤ちゃんなのに…………
仕方ないので、クッションを抱いて歩いてる。疲れたらそのまま座れるから、女官さんに持ってきてもらわなくていいし、いいよね。
私多分、世界一恵まれてる妊婦だと思う。
こんな古代でずっと子供産んでるのに、育児したことないとか、おかしい。
「わたくしも、赤ちゃんに触らせて貰えませんよ」
マキメイさんまで笑ってた。
「男のかたが育児されるなんて、本当に驚きです」
「ねぇ……びっくりだよね」
「はい」
女二人で頷いてると、サギさんまでそっと隣に座ってた。
そう言えば、この三人、全部旦那がサル・シュくんだ。
「私も、まさか、毎年子を産まされるとは思っていませんでした……」
サギさんも呟く。
サギさんはいつも、『大陸の忍者の一族ゼルブ』として殺伐とした所にいたから、今が凄い平和で、驚いてるらしい。
「そうだ、サギさん。ゼルブとキラ・シはどういう契約をしているの?」
「契約……ですか? そういうものは、存在していません。私達はただただ、キラ・シになったのです」
「そうなんだ? 良かった!」
「はい…………契約のような、冷たいものでつながる間柄でないことが、とても喜ばしいです」
良かった! これで『ゼルブの裏切り』はないんだっ!
「そうだ、女の人は抱きしめてもいいのよね!」
サギさんをギューとして、マキメイさんをギューッとしたら、目の前に大魔神が座ってにっこにこしてた。
「ナニが嬉しいのサル・シュくん」
「俺の女達がそうやってると、ぽかぽかする」
ぽかぽかする?『心がぽかぽか』でいいのかな?
女の子に対しては、本当に、サル・シュくんって和やかなのになー。
あ。ピキッ、ってサル・シュくんがとがった。
ル・アくんが廊下の向こうから歩いてくる。
「ねぇ、ハル。この書簡なんだけど…………ハイ、サル・シュ!」
ル・アくんは、サル・シュくんに手をあげて挨拶したまま書簡を私に見せようとして、竹簡がぐにゃっとなった。両端を私とル・アくんで持っても、一メートルは離れない。
仕方ないので、ル・アくんが廊下に竹簡を広げて、二人で覗き込んだ。
でも、竹簡を挟んで一メートル離れると、私が竹簡の文字を読めない。
ル・アくんが一歩離れるから、私が竹簡を持ち上げる。
サギさんも竹簡を覗き込んだ。マキメイさんは呼ばれてどこかに行った。
サル・シュくんはさっきの場所であぐらに頬杖ついてる。
サギさんもサル・シュくんの女だから、ル・アくんに一メートル近づけない。
「そこの文字がわからないんだけど」
「どれ?」
「……そこ……えっと……どこだっけ? 竹簡投げて」
ずずい、とル・アくんの方に竹簡を押した。
もう一度文章を読んで、コレ、と指さすル・アくん。
「『慙愧(ざんき)に耐えない』ですね」
私より目がいいサギさんが、目を細めて書簡を凝視する。
「ざんき? どういう意味?」
「自分のしたことを後悔するとか、恥ずかしいとか」
ふと、全員がサル・シュくんを見た。
「ナニ?」
サル・シュくんはご機嫌そう。
三人でため息をつく。
ル・アくんが竹簡を持って、ありがとうっ! と、走って行った。
あんなの、そばに寄っていいなら二秒で終わるのに……
この大魔神、どうにか軟化しないのかな……と思ったけど、このあともまったく譲らなかった。
煌都(こうと)に来て二年ぐらいした時、もう移動しないって聞いたから、水時計を作った。
一秒に一滴落ちるぐらいの器を作って、中天から中天まで、何粒落ちるか数えてもらう。
10日の平均の水滴量を24で割った升を作ってもらった。これでこの升がいっぱいになったら一時間。それの60分の1の升を作ってもらって一分。その一分に60滴落ちるように水滴調節してもらった。
これで、一滴落ちたら一秒。
一時間で鐘を鳴らして、水を捨てて、次の水を溜める。手作業だから時間は微妙にずれるけど、中天にリセット。
その『中天』はキラ・シの感覚を信じた。だって、真夜中のゼロ時はどうやったって、出せないもの。
夜明けが一時でも良かった。だけど、『揺るぎないもの』が欲しかったんだ。
別に24進法じゃなくても良かった。ただ、他の時間単位を私が思い付かなかったから。
江戸時代の日本のみたいに、太陽が出てる時間を割り当てるとかのほうが意味わからなかった。あれ、どうやって一時(いっとき)を算出してたんだろう?
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