「リョウさん、騎羅史(きらし)城にいる全員を、煌都(こうと)に呼んだ方が良くない?」
今度は俺! とサル・シュくんがダダをこねたから、リョウさんがお城に残ってる。
こんな近くで話したら、あとでサル・シュくんが怒るけど、今もおなか大きいし、浮気の心配なんて、ない、って言いやすい。
「騎羅史のお城を捨ててでも王宮を守らないといけなくない?」
「あ? ああ………ただ、あそこからサイコウの村に物(商用馬車)を出しているし、見に行ってるから、盗られたら、サイコウの子らも全滅する」
「今、王宮が、大変なんだよ。戦士を全部こっちに集めないと、数が足りないよ。騎羅史城は若戦士だけでどうにかなるでしょう?」
詐為河(さいこう)の村は、夕羅(せきら)くんが生きてるなら受け継いでくれるし、あそこから紅渦軍(こうかぐん)が戦士を調達できる。
綺麗に滅びるには『キラ・シが一カ所』に居たほうがいい。そこにいるキラ・シ以外は、死ななくてよくなるから。
『私達』が、死なないといけないの。
『キラ・シ本隊』が華々しく『全滅』しないといけないの。
『俺の肌は黄色い。だが、蛮族ではない! 今ならわかってくれる筈だ。
俺達は今あったキラ・シを殲滅させた。
大陸に生まれた、お前達の同胞なのだ。それを、理解してほしかった。
だから、キラ・シを向こうに戦った』
夕羅(せきら)くんにあれを言わせるには、『一気に「キラ・シは殲滅された」』ってならないといけないの。それに、『総力戦』のために兵士を集める、というのはおかしくは映らないわ。
ただ、私が本当にこのキラ・シを率いるなら、今のうちに山に戻るけど……
あの崖を、大半の人が登れないって。
背水の陣で降りてきたキラ・シ。
だから、強かったってのも、あると思う。
サル・シュくんは何度か砂金を採りに山に帰った。その時に、何人か連れて行ったし、その戦士たちなら帰れるかもしれない。
サル・シュくんも、帰れるかもしれないけど……多分、無理よね。
行ける行けないじゃなく、行っても、仕方がない。
あきらかにここより退屈な山で、サル・シュくんが『平静』で居られるわけがない。
ショウ・キさんはいつも通り明るいけど、座ってる姿を見るようになった。もう、立っているのも疲れているのね。体力の化け物みたいな人だったのに。
リョウさんは、こんなにそばにいても私の顔を見ない。
前は、まっすぐ目を見て話す人だったのに。
リョウさんも、サル・シュくんみたいに、狂ってるのかな?
『弱くなるなんていやだ……父上の気持ちが、わかる…………弱くなるぐらいなら、今すぐ死にたい……』
『最初』の頃に、そう言って泣いていたリョウさん。
多分、それはリョウさんの基本性格だから、今も変わらないはず。サル・シュくんみたいに強さを望むリョウさんも、今の出陣では不満だよね?
「……リョウさん? 最近、具合悪い? どこかつらいところある?」
「体が悪いわけでは……」
原因を分かってるの? 狂っては、いないのね?
知っててナニカを隠しているのね?
「何を考えてるの?」
そう言えば、リョウさんと話すことも殆どなかった。サル・シュくんがうるさいから、一メートル離れてると、大声で話すことしかできないから。
リョウさんは、喋ることで思考整理する人だ。それに、私以外にリョウさんの話を聞ける人はいない。それで、つまってたんだ?
「誰にも言わないから」
「ガリにも……言わんでくれるか?」
ガリさんに内緒って、何を抱え込んでるの? それは、体調崩すわよ!
リョウさんが左右を見渡して、私をお城の上に連れ出した。見晴らしがよくて、ゼルブがいても話を聞けない場所。
「ル・アが、生きてた」
それかーっ!
「いつ知ったの?」
「叛乱鎮圧で出たときに。
逃げたのならあの川をたどった筈だと、下った」
お城の下を抜けてる川だものね。
ガリさんの部屋の窓から飛び込めば、流れに乗れる。
ああ! それで『前回』も逃げたんだ! 手足を折られてどうやって、と思ったけど『落ちるだけ』なら、たしかにその体でもできる。川下で、助けてくれた人がいたんだ?
「どうしてル・アくんを探そうと思ったの? 死体があったのに」
「あれは、ル・アではない」
「どうして?」
「指が、短かった」
ああ……確かに、『普通の長さの指』だった。
私は、替え玉かも、と最初から思ってたから、見てなかったわ。そんなことで気づくんだ? リョウさん。
それで、実際に探しに行くほど確信があったんだ?
「どこにいたの?」
「鎮季(しずき)の角(かく)村だ。山のキラ・シの村と同じぐらいの規模で……こちらなら中ぐらいの村になる」
カチカチカチ……って、リョウさんが歯を鳴らして、泣きだした。これは、サル・シュくんの興奮ではなくて、恐怖? 寒くは、ないものね。
「髪が……真っ白、だった…………」
夕羅(せきら)くんのあの、赤い髪!
そうだ、髪を切ったあと、白い葱坊主になってた。
彼も『白い』から、既に老化が髪に出たのかと気にしなかったけど、髪が白くなってたのって、この時から?
あんなに、見事な黒だったのに?
ショックで?
『俺は、手足を折られてっ一晩中拷問されたんだよっ!』
『前』の夕羅(せきら)くんがそう言ってたわ。
「俺が見つけたときには、その村の族長らしい奴の家に匿われていたが……、目も、耳も聞こえていなくて…………体中………………傷だらけだった……手足も折れていて……刀を引っかいたような悲鳴を、上げ続けていた……喉も、潰されていた!」
本当に、ガリさん、力一杯やったんだ?
そんなのでよく助かったな、ル・アくん。
「言葉も……喋れなく、なって、た……」
「え?」
「記憶も何も、なくなってた……」
リョウさんが、私を抱きしめて、泣き崩れた。
大好きなガリさんから突然そんなことをされて、彼も、狂ったんだ?
「自分の名前も、わからなくて……セキ、と、呼ばれていた……」
夕羅(せきら)くんの名前ってそれが先?
「ガリ以外に、ない……」
リョウさんが、カクカクと膝をついた。
「あんなことをル・アにできるのは、ガリ以外に、ない…………っ!」
これを黙ってたから、リョウさん、具合が悪かったんだ。誰にも言えなくて、一人で苦しんでたんだ……
「なぜ?」
私の胸に問う。
「なぜ……あんな、ことを……っ! ガリっ……」
ル・アくんは、みんなで育てたもんね。
リョウさんも、自分の子供を山に置いてきて、ル・アくんを目に入れても痛くないぐらい可愛がってた。
「俺も…………ガリを…………見放してしまった…………」
「どういうこと?」
「ル・アが、あの村で、生きていると知ったとき……
俺が、面倒をみる、と……言って、しまった…………」
「……国葬もしたのに?」
リョウさんが、コクコクと首を縦に振る。
「俺が……キラ・シを抜けて、山に、戻ろうかと…………ル・アだけでも……せめて、……」
それは……たしかに、ガリさんを見放したことに、なる……
「最近のガリが、全然わからなくて…………何も、言ってくれなくて…………どうしていいのか…………」
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