【夏樹春菜 なつき はるな】
原因は、地震なのかな? 富士山なのかな?
まさか、2Bのシャーペンの芯のせい?
それとも、私、なのかな? そんな、超能力は持ってないはずなんだけど。
いつ、死ねるのかな?
解決方法を、見つけたい。
ダイニングの吐き出し窓から見える、富士山が今日も青い!
さすが『富士見台』の地名を名乗るだけはあるわ。帰宅は坂の上で大変だけど、文系でも足腰は強くなりそうだし、眺めは最高だよね。
この富士山の、夕焼け見たさに、昨日も走って帰って来た。
好きだなぁ、富士山。朝日の富士も美しい!
「春菜、早くご飯を食べたら? 学校に遅れるわよ?」
お母さんがお父さんを睨みながら私にジュースを出してくれた。お父さんが味噌汁を飲みながら、新聞を読むの、お母さんはいつも嫌がるのに、お父さんは知らんぷり。いやよね、って顔してお母さんが私を見て、私に麦茶を出してくれた。
「転校早々遅刻なんていやでしょう?」
「昨日、寝落ちしちゃって、日記書けてないんだ。もうちょっとだけ……あ、シャーペンの芯が切れた」
カチカチ、ノックして芯出したら、ポキッ……
カタカタテーブルが揺れた。
地震?
出しても出しても2Bの芯がポキポキ折れる。というか、長い揺れだな……
下ろしたての日記帳というか、ノートが、パツパツとした短い線で汚れた。最初ぐらい綺麗に始めたかったのに……
リビングにあった鉛筆を取ってきて続きを書く。
お母さんが、窓を背に、ダイニングチェアの椅子の背を引いた。
「いやぁねぇ……最近毎日じゃない? いくら関東に地震が多いからって、震度5がこんなに毎日じゃねぇ…………」
「せっかく父さんの転勤で富士山の見えるところに来たんだし、富士山の景色を楽しもうよ。
この、ダイニングから見える富士山の絶景ったら!
今日も日本晴れだよ! 今日もいい一日の始まりだよ!」
朝ぐらい、母さんの愚痴聞きたくないよー。明るく行こうよ、明るくさー。電動自転車も買ったんだし。
「でも、ご近所の奥様方が、震度4ぐらいならしょっちゅうだって言ってらしたけど、震度5はこちらでもあまりないんですって。それがもう、毎日で、こちらのかたも怖いらしいわよ?」
「毎日じゃないよ、先週は地震三日……」
富士山が、火を吹いた。
えっ?
座ろうとしていたお母さんの右腕と壁の隙間から、炎が、間欠泉みたいに吹き上がった!
「……富士山が、噴火……した!」
「何をばか……な…………キャァッ!」
窓が、割れたっ!
咄嗟に日記をかざした。
目の前にガラスっ! 日記の表紙に、ガラスが突き刺さって……っ! 目の前二ミリで止まってた! うわっ! 私死んでたっ!
こんなラッキー、一生でそうあるわけない! ちょっとこれ、写真撮って友達に送ろう!
「ちょっとこれっ……」
日記のガラスをお母さんに見せようとしたら、お父さんが読んでた新聞に、大きなガラスが突き出してた。新聞が、赤くなってる…………そこからテーブルまで、……真っ赤…………
ジェットコースターの坂でおなかにウッ、と来る、感じ…………ナニ?
目の前が富士山で一杯になった。右側に居たはずのお母さんが、私の後ろの壁にへしゃげてた。そのお母さんが、ずるっと床を滑って、リビングの窓から落ちてくっ!
ナニ?
お父さんも、椅子に座ったまま、真っ黒いところに……落ちて、……え?
富士山がまだ火を吹いてる。
噴火すると、高いところで煙がユーターンしてきのこ雲になる。この噴火はそこまで行ってない。だから、小さい、筈……なのに……
あ……私、どこにいる?
ちょっと待って、首が、動かない……
目も、動かせない!
手も、指も? なんで?
違う……
富士山の炎が、さっきとほぼ変わってない。
時間が、経って、ない!
時間が、停まってる?
違う……コマ送りに、なってる!
富士山の煙がカチンと高くなった。下の方に見えなくなっていく。私が、まわってる? 東京のビル群が、見えた。富士山とは反対側にあるのに……カチカチと進むコマ送りの風景が回転する。
こういうの,前にも、あった。
駅の階段から落ちたとき、視界がコマ送りになったんだ。
サッカーボールが頭にぶつかったときもそうだった。
そう、手を出せば、ボールをはじくことができた。
サッカーボールの時は、気付かなかった。
でも、駅階段でこけたときは思ったんだ。
「これ、サッカーボールがぶつかったときのコマ送りだ!」って、わかったんだ。
時間が、遅くなってる。
「手を出せ! 私!」
そう叫んでた。
「手を出せっ! このまま鼻から落ちる気か私! 手を出せっ! 手を動かせーっ!」
落ちる間なんて一秒もなかっただろうに、何十回も叫んだ。
気がついたら、階段の踊り場で土下座してたんだ。
手は、出てた。
間に合ったんだ。
このために、『コマ送り』になるんだ!
この後も、こける時はぬるっとこけた感じがした。
毎回、両手は出せた。私はトロイけど、こういうのはできるんだな、ってちょっと自分を褒めたんだ。
自転車でこけたときも、360度全部見えてた感じがした。駅前の商店街なのに、偶然、誰もいなかった。店もシャッターが閉じていたから、休日だったんだろう。
「あそこに右手をつけ私!」そう、思ったんだ。
10センチずれたら、植え込みがあった。あんな所に手をついたら、悪ければ複雑骨折になる。
「頭をかばってこけろ!」そう思った。
気がついたとき、右手の二の腕に頭を載せて転がってた。自転車は一メートルぐらい向こうにこけてた。
そう、あの『コマ送り』。
「どうにか怪我をしないように体を動かす方法を思い付け!」そう、言われてるんだ。
だから、助かる。
今回も、助かる。
どこに、腕をつけばいい?
頭をかばってどこにこければ…………
こければ…………
どこに?
私の足、ダイニングの床に、ついて、ない。
階段を落ちたときのあの感じ。
宙に飛んでる感じ。
ここ、ドコ?
ダイニングが、ない。
家が、ないっ!
空を飛んでる?
なんで?
家は?
空しか見えない。
さっき富士山が見えたのに。
ああ……そっか…………
さっきの揺れで、ワタシが家から投げ出されて飛ばされてるんだ?
空中で、回転してるんだ?
それってつまり?
頭の上から、地面が出てきた。
後方伸身宙返りしてる感じっぽい。
ムーンサルトできるかな?
地面って、上からみたら、あんな黒いの?
後ろから、向こう…………あの、トゲトゲ、まさか、東京のビル群?
それが見えるところまで飛ばされたの?
えっ? それって、どう落ちても即死じゃない?
地面の黒い線にそって、回ってる、私……
また、富士山が、見えた……けど…………
この黒い、線、地割れだ。
私達の住んでた富士見台の丘を割って、東京まで届いている、地割れ……だ…………
だって、富士山が…………真っ二つに………………なって、……る…………
家が、半分に、割れてた。
お母さんも、お父さんも、そこに……飛んでる!
黒い線が、パカッて割れた! 大きな、亀裂っ!
ダイニングテーブルが地割れに落ちて……いく……家が、倒れて、丘が崩れて……いく……
富士山のすそ野ぐらい真中が割れて、そこから溶岩が、富士山の三倍ぐらい吹き上がって、煙が上の方でUターン、した……あそこが成層圏だ……
私はまだ、上に……
目の前を新聞が……
ガラスが突き刺さって真っ赤になった新聞が……
お父さんが、読んでた、新聞?
お父さんとお母さんはもう、亀裂の中に、落ちてった。
良かった……
私の涙が、宙に飛んで行く。
二人とも、即死、してる……
リビングの窓ガラスが割れて私の日記に突き刺さった。あのガラスが、お父さんとお母さんにも刺さったんだ。
それで、即死、できたんだ……
苦しまずに、済んだ…………多分……
二人と日記がガラスを受けてくれたから、私が無傷なんだ。
落ちていく、二人……みんな、全部……
朝日は横から差してるから、亀裂の中は真っ暗闇。
富士山がもう一度大きく噴火して、大きな亀裂が都心のビルをなぎ倒したのだけは、見えた。
その亀裂は、富士山のすそ野より、広く割れていった。