「そうね……なんだか…………全然眠れない気分。背中は痛いし……」
馬に布が二枚乗せられてたから、それを被りはしたけど、砂と水の反射で目も痛いわ。ナンちゃんは小さいからもたれることもできなくて、もう、なんか、一杯一杯。本当に、なぜ私、起きていられるのかしら?
レイ・カさんの部隊が、寝てる人達に水を掛けてくれてる。白い人達はもちろん水湿布。
「移動は来月の筈だ」
「ガリさんが、突然明日出る、って言ったから替え馬を揃えたら、今すぐ出る、って……走ってきたの」
「……あぁ、あの川に沿ってきたのか?」
「そうみたい。あれ、いつから流れてたの?」
「昨日の夕方だな。地響きで揺れたから、全員が外に出て、こっちも白い奴が倒れてる」
ここは平城だけど、城壁に梯子で上がる。
砂漠を指さすレイ・カさん。
ナイル川みたいに流れてる……違うわね、ナイルはさすがにないけど、なんか、凄い……なに、この水量……でも、砂漠の真ん中で見た時より、勢いはない……かな? もう切れるの?
「ガリさんも先見ができるの?」
「雨ぐらいはわかると聞いてるが……この、一日の川を当てたのなら、凄い」
凄い所じゃないわよ。神掛かってるわよ……
玄関に下りたら、ガリさんとかサル・シュくんが、もう起き上がってた。
「ガリメキア。何も今こんな無理をしなくても、来月なら、ゆっくり来られただろ」
「四日もかかる」
ガリさんが、あぐらを立て膝にして、ぶすったれた顔をした。レイ・カさん側の足を立てて防御してるのかわいい。
布をかぶってとろとろ歩くのがイヤだったんだ?
思わず、レイ・カさんの背中をバシバシ叩いてしまう。ただ、レイ・カさんはおかしいとは思わなかったみたい。
「子供が一人でも足りなかったらどうするつもりだ。しなくていい無茶をするな。その火傷だって、ひと月は痛むぞ。そんなふらふらで、今、全軍で戦わないといけない事態になったらどうするつもりだ。ガリ族長」
それもそうね。
「俺がさらってやる」
ガリさんが立ち上がって、レイ・カさんを睨み付けた。
レイ・カさんも睨み返してる。
なんで私、笑いたいのかしら。
ガリさんもレイ・カさんも気迫全開で、後ろの戦士たちが次々目覚めるほどなんだけど……おかしいっ!
レイ・カさんが先に目をそらした。
「さっき、ゼルブから知らせが来た。ナガシュは、あの川で大半が流れたらしい」
まぁ大変……
ガリさんの肩を押さえて座らせるレイ・カさん。
「昨日出てなきゃ、キラ・シも流されただろう。あとは三位の俺が守ってるから、寝てろ。あんたの命が一番大事だ」
ガリさんが、しばらくレイ・カさんを見てたけど、くたっとしおれて目をつむっちゃった。かわいい顔してる。そうよね。ガリさんも白いから、他の人よりつらいのよね。
「ハル、本当に大丈夫か。寝ろよ?」
ガリさんの寝息を確認したレイ・カさんが、眉を寄せて私を見上げてきた。
「ごめん……なさいっ………………なんか、おかしくって…………笑いがっ…………」
「サル・シュっ、ハルに触るぞ」
断ってから私を支えてくれるレイ・カさん。
サル・シュくんがゆらりと立ち上がったのは、見えた……けど……
この匂いはサル・シュくん。もっとギュッとして……
「寒い……」
「こんなに暑いのに?」
レイ・カさんの声? サル・シュくんは……どこ……
「サル・シュッ!」
レイ・カさんの悲鳴、だけ? どうして……
おもらし、したみたいな…………熱い……寒い…………
ああ……
私の子も、流れちゃった。
私が起き上がれた時には、摩雲(まう)のお城はピカピカになってた。
あまり手入れがなってなかったのを、マキメイさん達が拭き上げたって。あいかわらず、働き者ね、彼女。
こういう時こそ笑顔笑顔。
泣いたって、何も始まらないもん。それに、ここ数日ずっと泣いてたし……しかも、笑いも止まらなかったから、凄く苦しかった。
「けふっ……」
しゃっくりも、さっきからたまに出る。胸が痛い……背中がヒリヒリする……おなかが、ズキズキする。
玄関に下りたら、子供たちがあっちこっちに物を移動させてた。ああ、あそこの池。綺麗になったみたい。
「母上っ! 歩けるんだっ! 良かった!」
ナンちゃん達が、荷物をおいて走ってきた。
「ナンちゃん立派だったわ、みんなも、無事だったのね。良かった。私は大丈夫だから、働いてらっしゃい」
「ハイッ!」
元気のいい声。良かった。今、心配される方がイヤだったわ……大丈夫、まだ幾らでも産める筈。
「ナニしてんのハル! 寝てろよ!」
走ってきたサル・シュくんに、噎せた。凄い、香水の匂い。
「そのにおい……落としてきて」
気持ち悪い…………吐きそう……
「におい?」
「女の人のにおい、消してきて」
今まで気にしたことなかったのに…………凄く、イヤだった……
「……ぁ…………ア、あぁ………マキメイっ! サギ! ハルを頼む!」
気にしないように、してたのに…………最初から、だったから………………サル・シュくんが、私以外の女の人を抱いてるって事実が今、無性に、悲しかった。
分かってる。私が今普通じゃないのは分かってる。だから……サル・シュくんに、やつあたりしたく、なかったの…………
一夫一婦制なんて、最初からなかったもの……
でも、それを理解して、嫁いできたわけじゃなかった。
送り込まれた世界がこういう世界だった。
一体何人に抱かれたのかしら私…………馬鹿みたい…………キラ・シが生きようが死のうがかまわないのに……
最初に、リョウさんを、好きになったから…………
キラ・シを好きになってしまったから……
私が……この転生から……抜けたかった、から…………
ああ……私がいつももて遊ばれてるような気がしてたけど、私が彼らの歴史を弄んでるのかしら?
違うわよね?
私がいなかったらいなかったで、世界は進んでるのよね? そうでなくても……私に、何も、できないんだけど……
キラ・シの子を増やさないと、戦士が増えない……まだ、大陸組の子供たちは、ナンと一緒。六才だもの……
あと、9年…………
駄目よ、ここで死んじゃ、駄目。気を失っちゃ、駄目。
今、気を失ったら、また富士見台に戻される。
あぁ……空が青いわ。
「ここ、どこだっけ?」
「摩雲(まう)のお城です。中庭ですわ。倒れられたようです。こちらに横になられてください」
マキメイさんが私をそっと倒してくれる。クッションを一杯池のそばにおいてくれたのね。柔らかいのに……涼しい……
池の中からサル・シュくんが私を見てた。
水もしたたるいい男。そのままね。
長い腕で、私の頬を撫でてくれた。冷たくて気持ちいい……
「サル・シュくん…………大好き……………」
「……俺も、ハルが好きだよ……大好き……」
私達おそろいね。
いやだ……寝たくない………………もう……死にたく、ない…………ねぇ、サル・シュくん……ギュッとしてて…………
寝たくないと思ったちゃったからかな……富士見台に戻されなくて良かったけど、眠れなくなっちゃった。”
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