摩雲(まう)で少し休んでから、もっと北の央枝(おうし)に移動。
日本海みたいな黒い海に出迎えられた。
そこで雪を見て、キラ・シが凄いはしゃぐ。
私は温石帯でぐるぐるになって、コートを来て毛皮を着て、目しか出てない状態で、サル・シュくんの左肘にいる。
あんな真夏のナガシュから、一か月で雪の降る日本海って……キツイ…………しかも、キラ・シの大半が半袖とか……サル・シュくんも。
「サル・シュくん、寒くないの?」
「キラ・シの山の方が寒い。……というか、動いてるとすぐ暑くなるからどうでもいい」
山を降りてきたときはあれだけ毛皮着てたんだから、寒さ対策はしてたと思うけど。でも、たしかに、半袖の人もいた。『袖』じゃなくて、『長手甲』みたいに、手首側から毛皮を巻き上げてて、脇周りが開いてたよね?
そして、ガリさんみたいに、服に着替えたらすぐに包帯みたいので指なし手袋の長手甲にしてた。
そっか。『寒い』じゃなくて、『動いたら暑いから冷やしたい』が先なんだ? まぁ、いつでも走り回ってるものね。冬でも汗はかくし、通気性が最優先なのね。だからって、雪が降ってるのに殆どが袖無しって、見てる私が寒い!
央枝(おうし)も、レイ・カさんが先に落とした無血開城。央枝王さまからのプレゼントで、キラ・シに上等の毛皮の服をくれた。とりあえず2000人分もらっておいた。だから、今のキラ・シはみんな、スタイリッシュ毛皮! キラーン!
そこで『勝ち上がり』実施。
ガリさん、リョウさん、サル・シュくん、レイ・カさん、ル・アくん、ショウ・キさん……と、上位が入れ代わった。
ル・アくんが、5才でショウ・キさん抜いた!
本当に、化物の子って幼いときから化物なのね。
実際この勝ち上がりも、ガリさんはあまりする気がなかったみたい。ただ、キラ・シの戦士が、ル・アくんの順位を知りたかったからせっついたって。『指笛に挿れたい』んだろうな、ル・アくんの名前を。
ナンちゃんでも、一人でやると上位には入れない。ただ、六才で48位は凄く強い。今回の勝ち上がり参加者、子供も合わせたら1000人いるんだよ! その48位って凄いよ! しかも、グア・アさんより上だしね。
サル・シュくんは山を降りてきてすぐ、羅季(らき)でやったときに三位になってた。長いこと四位だったのに、って前に聞いたことがある。
『今まで』一度も、サル・シュくんが三位になったことはなかったのに。羅季でそれ聞いたら、胸が詰まった。
「強くないとハルを取られる」
カチカチ歯を鳴らして、凄く悔しそう。
「リョウ叔父も、実戦だったら勝てたのに……」
「そうかしら? 実戦だったら、リョウさんも『刀叩き』本気で出すよね?」
「立ち会った瞬間に手首の内側を少し切ればいい」
ああ……そうね。そういう勝ち方は『勝ち上がり』ではできないものね。
「一位にならないと……来年ハルを取られる……」
あの時は、ちょっと、ゾッとしたな。
『殺す前提』だったら、ガリさんはどうしたかしら……
『山ざらい』を出す前に、サル・シュくんはガリさんに近接できるはず。
『お前がいるとキラ・シが割れる、ハル』
レイ・カさんに殺されたときの痛みが、おなかに来た。
あの時、サル・シュくんはキラ・シを簡単に切り裂いた。
あの精神状態になったら、ガリさんでも、殺した?
『あのあと』、あのお城はどうなったんだろう?
そんなことを考えてたからかしら、ル・アくんに聞かれたわ。
「ハルは凶つ者(まがつもの)を見たことある?」
「あるわよ」
ル・マちゃんが呼び出してくれたから…………
「黒くて冷たかった?」
「……そうね、そんな感じ」
「やっぱり凶つ者ってそうなんだ?」
ふうん、って何度も首を縦に振るル・ア君。かわいい……
「ル・アくんはどこでみたの?」
「俺が初めて弓を持った日に、森の中で。
前に、ほら……竹を逆に曲げてた弓作ったって言っただろ? あれをとにかく使ってみろ、ってサル・シュが木のうろを指さすから、そこに矢を向けたら、出た」
「……どういうこと?」
「弓指は呪い指で『突き刺す』ことが『呪いをかける』ことで、刀は『切り払う』から、『呪いを払う』んだって。
俺がうろに弓を向けたから、そこにいた凶つ者が、殺されたくなくて出てきた、って言ってた」
そういう理屈?
切り『払う』、ね……確かに……
そっか、だから、弓を打つときに前に向ける人指し指が『呪いを掛ける指』なんだ?
「サル・シュはああいうのが全然見えないって」
「それは……見たわ。サル・シュくん、凶つ者に突っ込もうとしたもの。『目ぇ開けろ!』ってル・マちゃんが蹴ってた」
「それ母上だったの? そう言って蹴られた、ってサル・シュも言ってた」
ル・ア君、目がキラキラしてる。かわいいっ!! 抱き締めたらしっとりしてくれるのも嬉しい。『サル・シュもよくそうしてきたから、逆らっても無駄だし……』だって。本当に、諦めの早いコよね、ル・ア君って。
「それで、凶つ者の話だけど」
トントン、って背中をノックされたから、ル・ア君を離した。彼の前に座り込んで話を季弘としたら、私のお尻のしたにル・ア君がクッションを持ってきてくれた。涙が出そうなほどのフェミニスト。
「彼、結構敏感なのに、ああいうのは見えないのね。不思議」
「凶つ者って人に取り憑くの?」
「……そういうこともあるみたい…………」
『サル・シュが凶つ者に取り憑かれたっ!』
レイ・カさんの、悲鳴のような叫びが耳に残ってる。
あの時のサル・シュくん、絶対に普通じゃなかった。
でも、たんに『キレた』だけにも、見えたわよね。
別に、目が赤くなったとか、口が耳まで裂けたとか、ツノや翼が生えたとか、そういうことでは、なかったもの。
ただ、楽しそうだった。
たしかに、凶つ者が人の不幸を願うのなら、仲間を切り捨てていくサル・シュくんはとても『仲間』だったんでしょう。
「サル・シュがさ……俺が凶つ者に取り憑かれたら殺せって……俺に、言うんだ」
また……四才の子に重たい荷物を背負わせるわね……
「ル・アくん、逃げてもいいのよ?」
涙目でル・アくんが、私を見上げた目がまんまる。なんで驚いてるの?
「もう、今は、サル・シュくんより強いガリさんもリョウさんもいるんだから、ル・アくんが、しなくていいのよ?」
きょとん、って感じ?
そっか、『自分がサル・シュを殺さないと!』って使命感があったんだ?
そうだよね。きっと、『山』でも、他の大人の人よりル・ア君が強かったよね。
サル・シュ君を止められるのは、ル・ア君しかいなかったんだよね。
「子供はまず逃げないと、ね?」
「逃げて、いい?」
「ル・アくんが弱いウチは、逃げないと死んじゃうわよ。ガリさんが生きているウチは、ガリさんに任せなさい。君の父上なんだから」
ル・アくんが、私に抱きついてめっちゃ泣いた。
きっと、サル・シュくんが、考えなしに彼に責任を覆い被せたんでしょう。『自分で考えろ』って。
それはつらいわよね。『考える』ための材料がないんだから。山ではそんなことばっかりだったんでしょうね。
判断材料のない子供に『自由にしろ』って、拷問にも近いのよね。『自由』ってことを知らないんだから。それって教育放棄なのよ。
でも、『勝手に弓を作った』こととか聞くと、ル・アくんは毎日『自由に』ナニカをしてて、サル・シュくんが感心したんだろうとは思う。幾らガリさんとル・マちゃんの子供だろうと、グア・アさんとかシル・アさんみたいな子供だったら、きっと……サル・シュくんは山に捨ててきたんじゃないのかな。
ここで育つより、きっと、山で育つ方が大変。
『山の洗礼』を受けに行ったのね。
部族三位を、四年間もつけて、『山の倣い』を覚えさせたのね。
ガリさんは、凄く、『山』が好きね。
自分たちのルーツだものね。
私も、一度行ってみたいな、キラ・シの山に。
「大変だったわね、ル・アくん」
抱きしめてあげることしかできないけど、それだけは、できた。
央枝(おうし)のお城は断崖絶壁の上にあるから、あちこち階段だらけで運動にいいわー。
雪国だから、白いサル・シュくんも全然平気。元気に制圧に行ってる。逆に雪焼けを気にしてるから、外では顔も見えないぐるぐる巻き。
私一人のときに、クッションを背中に抱えて階段を上がり下り。背筋も伸びるし、疲れたらそのクッションに座る。
「ここらへんにいらっしゃると思いました! お茶でもいかがですか?」
必ず、何回かマキメイさんがお茶を出してくれる。
「最近、女官が増えたのでヒマなのですよ」
キラ・シについて行きたいっていう女の人が増えたから、たしかに、大所帯。
『キラ・シに抱かれたいから』だけの女の人は、マキメイさんがリョウさんに言って追い出してるみたいだから、本当に、働き者しかいない。もちろんみんな、戦士の恋人だから、戦士と一緒に寝起きしてる。
マキメイさん自身も、もう、キラ・シから尊敬されまくってるから、居心地いいみたい。元々が働き者だから、一杯働けて、甘えてもらって、凄く充実してるって言ってた。
彼女もサル・シュくんの恋人。でも、サル・シュくんがいない間、ガリさんが抱いたわけではないから、まだ子供は二人。どちらの子も、もキラ・シ本隊と動いてる。ナンたち先頭グループほどではないけど、二番手かな。やっぱり、たまにキラ・シの戦闘を見てるからかな、鍛練の切迫感が違う。
流行り病でどんどん減るしね……私とガリさんの最近の子も、産まれてすぐ死んじゃった。
悲しいけど……もう、慣れちゃった。
人が死ぬことに、慣れちゃった。
こんなことに慣れる日が来るとは思わなかったけど……
慣れないと、私が死んでたよね。
たまに思い出す、焼け死んだサル・シュくんの顔。
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