のんびりしてると、たまに思い出す。
水車小屋の中で死んだリョウさん。腐って死ぬのはイヤだというから、私が熊手で止めを刺したんだ。
車李(しゃき)王城で、私が殺したお妃さんや王子たち。
ル・アくんを生み出す前に死んじゃったル・マちゃんの顔。
砕けたガリさん。
一緒に飛び下りてくれたレイ・カさん。
私達をかばって、息子のチヌさんに殺されたサギさん。
車李王になった私の息子の死に顔。
最初のうちは、私が弱かったから私が死んで終わってた。
慣れて生き残ったら、周り中で人が死んでいく。
もう何回、ル・マちゃんは死んだかな。
もう何回、私は死んだかな……
少しずつ、心が枯れていくのがわかる……
もう誰にも、死んでほしくないのに……
この、央枝(おうし)のお城の階段を歩き回ってると、適度に疲れて頭が真っ白になる。それが気持ちいい。
でもこれ、足が悪くなったら生きていけないわよね。まぁ、それはこの世界、どこでも一緒か。
あっちの部屋から、キラ・シじゃない人が出てきたわ。この棟は全部、キラ・シに明け渡してくれたはずなのに?
「あら……辛巳(しんし)さん?」
ナガシュで馬とラクダを売ってくれた商人さん。
「おおっ! ハルナ様。お久しぶりにございます!」
「こちらのお城とも取引があるの? 手広いわね」
「それもありますが、最近ずっと、キラ・シのかたがたに御厄介になっております。
摩雲(まう)では残念なことがあったとうかがっております。
お薬をお届けさせていただきました」
「あの、苦い粉薬?」
「はい……体温を上げるのにあれが一番よいのでございますよ」
「たしかに、冷えを感じなかったわ。よく眠れたし」
「そうでございましょう。ようございました!」
蜂蜜に入れて飲ませてくれた人もいたしね。
「寒けがある時は、あのお薬を熱いお湯でお召し上がりください」
「……ありがとう……お代はどうしたらいいかしら?」
「いえいえ、そのようなもの、お気になさらずに。ただいま、こちらに間借りさせていただいておる身でございます。なんなりと、御用をお申しつけくださいませ」
「…そういえば………ナガシュでお店をしていたんじゃないの?」
「ナガシュは全部が流れました」
そうだったわね。
「そうなのよ、ナガシュがあの川で流れたって聞いたけど、『全部』ってどれぐらい?」
「ただいま、外壁が一部残っているだけでございますな」
「お城は?」
「無頼なら住めるでしょうが、あの城も古かったので、地響きでかなり崩れました」
「えっ? じゃあ、辛巳さんのお店は?」
「もちろん、全部流れました」
「どうしてあなたは生きてるの?」
「キラ・シが、あまりに早く旅立たれたので……不穏に思いまして、店の重要なものを、急遽買い集めたラクダに乗せて、全員でナガシュから出ておりました。摩雲の店に移ろうと思いまして、砂丘の上で一晩過ごしておりましたら、明け方に轟音がしまして……日が登ったときには、ナガシュは水に沈んでいました……」
「……まぁ、凄い……」
「本当に痛ましいことでございました。あの1000年の都が一晩で砕け散るなどと」
そっちじゃなかったけど、まぁ、いいわ。
目端の効く商人って、こうじゃないといけないわよね。
あの事態に、キラ・シと同じ速度で逃げた人がいたなんて! この人も神掛かってるわ!
ル・アくんが、いつのまにか私の隣で話を聞いてた。ぺとっと私の右足にくっついてる。そして、ナンちゃんが左足にくっついて、そのうち全員が足元に来て、動いたらこける選手権で我慢大会が始まる前に、大魔神が支えてくれる。
誰も、私が喋ってるときは口を出さないのが、暗黙のルールになってた。
もちろん、辛巳さんも、サル・シュくんが来たときに深くお辞儀してる。子供たちにも、逐一愛想を振ってくれてた。好々爺って感じ。
「それで、摩雲(まう)に弟の店があったのですが、そちらも手狭に過ぎましたので、駄目もとと思い、しばらく厄介になれないかとこちらにお伺いしましたら、リョウ・カ様が、いつまででも居ろ、とおっしゃってくださいましたので遠慮なく、軒の先をお借りしております。央枝(おうし)まで、ついてきてしまいました」
あそこは軒の先ってレベルの部屋ではないと思うけど……
「弟さんの店があるのね? なぜそちらに行かなかったの?」
「ナガシュから連れてきた総勢が35人。ラクダが212頭おりまして……」
ナニソレ凄い。たしかに、誰かの家に間借りする人数じゃないわね。
「あの町で、使用人が35人って凄い大店じゃない?」
「私の脱出の意味を信じたかたも、連れてまいりました。栄賀(えいが)殿、白木(はっき)殿、賈華(かか)殿。ちょうど、ナガシュでの商売を始めるために煌都(こうと)からおいででしたので」
「商売敵じゃないの?」
「まぁ……そうもいいますが、融通し合った方が良いことの方が多いですからな」
「全員で値段をつり上げたり?」
辛巳さんが、目を細めて口元だけで笑った。
「お名前からして、ナガシュの人ではないのでしょう?」
「はい。わたくしはもとが鎮季(しずき)の生まれでございまして、本舗はあちらにございます。大陸中に店がありますので、どこが家かと言われると困る状況でございますな」
そんな大規模な商人さんだったのね。たしかに、目端が聞かないとそこまでならないわよね。その目利きでル・ア君に声をかけたのね。ホント凄い。
それに、本当に、家財全部積んできたんだ? ナガシュの大災害から生き残るなんて……
でも、『凄い人』ってそういうものよね。もう、キラ・シの凄さになれちゃったから、なんか『へー』で終わりそうになったけど。凄いから、大陸で唯一、キラ・シと商売しようなんて思うんだものね。
「あれだけ馬と駱駝をキラ・シに渡した後で、よくそれだけのラクダがいたわね」
「足りないとおっしゃられた時のために、多めに集めていたのでございます」
用意がいいわ。1000頭頼んだのだから、二割は多めに見てたってことね。
「あの時にお忘れでした、天秤も、お届けさせていただきました」
「ル・アくん、天秤貰ってなかったの?」
「その前にサル・シュに連れてかれたから。ごめんなさい」
「謝らなくていいのよ。腕は大丈夫だった?」
「右腕が抜けたけど……今は大丈夫」
たしかに、腕を引っ張って馬に乗せてたものね。あれぐらいで方がはずれるのね。恐い恐い。
「そうよね……あの引っ張り方じゃね……」
大魔神が揺れだしたので、チュッとキスして黙らせた。
「本当に……あんな一瞬で、わたくしの隣にいたル・アくんが馬の上! 驚きました」
「そうだっ! あの時、辛巳の足を蹴ったと思うけど大丈夫だった?」
「実は、半日ほど痛かったですよ」
「ごめんね?」
「いえいえ、その痛みのせいで、多分、脱出しなければ、と思ったのだと思います。ありがたい兆しを頂きましたな」
それが『兆し』だと思えるのね。そして、思っただけじゃなく、実行して、本当に生き延びたのね。
サギさんからも、ナガシュ壊滅の知らせは受けてた。ガリさんが出なかったら、本当にキラ・シは全滅してたから、ガリさんの神格化が上塗りされたわ。残ったナガシュのお城も、1000人が取り付けるほどではなかったって。多分、子供たちが流されてたわよね。
ル・アくんを後から連れに来たら、とかって……絶対無理だったわ。あの時のサル・シュくん、凄かったわ。
というか、『前』もそうだし、とにかく、ル・アくんを守るのよね、彼は。
死んででも……
『前回』の『真っ赤なサル・シュくん』が目の前によみがえった。
ちょっと胸が痛くなって咳をしたら、サル・シュくんが大きな手で背中を撫でてくれる。大丈夫? って顔を覗き込んで着てくれるかわいい旦那様。チュッ、とキスして後ろにおいやった。まだ、新治さんとしゃべりたいの。
実は、ル・マちゃんの先見って、ガリさんが見せてたんじゃない?
だから、ル・マちゃんには意味がわからなかったとか……うがちすぎかな。そうじゃないと、今回のナガシュ脱出の意味がわからないよ。
「それでですな、お時間頂いてしまって申し訳ないのですが、商売の話をさせていただいてよろしいでしょうか?」
そっか……摩雲では私がよく倒れてたから、遠慮してくれてたんだ?
地図も持ってきてるから何も追加はないし、倒れてたから私には用事がないし……、今も場内を散歩してただけだし。いいわよね。大魔神がいるから、別に座らなくても、いいか。
「こういうご縁もありましたし、どうですかな。キラ・シで必要なものを私の店で一手に取り扱わせていただけたらと考えております」
それ、全然、時間を取って話すようなことではないような……
「リョウさんがいいって言ったらいいわよ」
「リョウ・カ様も、ハルナ様が良いと言ったら良い、とおっしゃってまし……リョウ・カ様、おはようございます」
「おお、シンシ。ハルとあの話をしてるか?」
伝令溜まりを連れたまま、リョウさんが歩いてきた。
ゼルブが各国の様子をどんどん伝えてくるから、前よりリョウさんに集まる情報が多くて大変なのよね。
「今、あの洪水で流れたナガシュの話をしておりました」
「あの川はシャキのシロまで届いたらしい。まわりにあったヒボシレンガのマチが幾つか流された。シャキのシロのシュウフクも、シンシが取り仕切ってくれたのだ。ありがたい」
「とっくに出入り商人になってるじゃないの」
「ハルナ様にもご挨拶させていただきたかったのでございますよ」
「リョウさんがいいなら、いいわよ」
そこにいるサギさんも何も言わないし。
ル・アくんも気に入ってるみたいだし。
「ル・アくんとどこで知り合ったの?」
「ナガシュの町でございますよ。わたくしがぼうとしておりまして、ル・アくんにぶつかってしまった折りに、ル・アくんが羅季(らき)語で謝ってくださったので……それからのご縁です」
ああ、ル・アくんの『いい子』パワーに悩殺された人がここにも一人。
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