ある朝突然、サル・シュくんが聞いてきた。
「ナニ? 馬でお散歩?」
そんなこと初めて言われたわ。
「いや、次の国に移動する」
そっか。今までそう言えば、私のお産が終わってから移動してたっけ?
「次の国って茘枝(れいし)だっけ?」
「レイシ……じゃなくて、その東のセンシに今、レイ・カが向かってる」
陥とせるかどうかわからないのに移動するんだ?
まぁ別に、私がお城でしてることなんて、短冊の管理だけだから、それがいらないなら、支障ないよね?
「私は、大丈夫」
「次の城につくまで、フロ入れないぜ?」
「…………諦めるよ……」
「ずっと雪の中だぜ?」
「サル・シュくんが暖めてくれるんでしょ?」
「……うん」
どこかがかゆいようなムニャッとした笑みを浮かべて、チュッ、てキスしてくれた。
「じゃあ、ずっと二人きりだね?」
「うん」
じわーっと、サル・シュくんが赤くなっていった。
なんで? ナニがツボだったの?
「あれ? そうすると、サル・シュくん、制圧行けないよ? 私は別に、牛に荷馬車引いてもらってもいいのよ?」
前に、そうやって運ばれたことあるし。
「やだっ! ハルと一緒にいる!」
「駄目だよ、サル・シュくんの子供たくさん作らないと!」
「えーっ!」
「ナニ言ってるのっ! 15年後のキラ・シの戦士の数に関わるじゃない!」
でも、ル・アくんに滅ぼされるんだよな……ヘタに抵抗して、キラ・シが夕羅(せきら)将軍殺しちゃったら、あの未来にならないかもしれないし……
あの時、夕羅くん何才だっただろう? 全然記憶にないな……でも、たしか、16年経ってたよね? ガリさんが47才だったから、私がこの世界に来た20年後……だよね? ということは、今七年目だから、13年後か……
今作った子供は14年後に元服。
夕羅将軍の紅渦(こうか)軍には、キラ・シの子供たちがいたって言うから、やっぱり、今年あたり産まれた子供を引き取ったんじゃないのかな? ル・アくんなら、キラ・シの戦士村知ってるし、可能だよね。ああそうか、じゃあ、戦士村も教えておかないといけないんだ?
というか、煌都(こうと)に入ったル・アくんって、普通に政務執ってくれてたから、その時にわかるか。なら、今は、力一杯遊ばせるのがいいのかな?
とにかく、去年から来年ぐらいの子供が、紅渦軍に入る確率が高い。サル・シュくんの子供がたくさん紅渦軍に入って、生き残る!
紅渦軍が強い方がいいなら、サル・シュくんの子供たくさん居た方がいいよね?
「サル・シュくんは、今年、三千人、子供を作ること」
「……サンゼン……?」
「一日10人ぐらいだから、できるでしょ? ガリさんと、女の人の権利が並んでるんだよね? ガリさん、ここずっと、それぐらいやってるから」
「いや……いや…………ハル……ちょっと、それ、移動日が入ってない!」
「私の、お城への移動は、リョウさんに話を聞いてみる。
お産が終わった後に一気に移動した方がいいと思うの。いつも通り」
「違うよっ!」
サル・シュくんが、悲鳴みたいな声、出した。
「ナニ?」
「俺が、ハルと一緒に居たいんだよ!」
「うん、わかってる。ありがとう。私も、サル・シュくんがそう言ってくれるの、凄く嬉しい」
「そしたら……」
「でも、一人でも多く、サル・シュくんの子供に生き残ってほしいから」
真っ赤になって泣いてるサル・シュくん。
かわいすぎて、なんでも言うことを聞いてあげたいと思うけど……
「サル・シュくんの子供ね、白く産まれることが多いの。
万が一『黄色い子供を殺せ』って命令が出たときに、生き残ることができやすいのよ……
キラ・シの血が、残る数が、多くなるの」
サル・シュくんが首を横に振るから、涙が飛び散って……真珠みたい。
「ガリさんの夢でしょ? キラ・シの夢でしょう?
かなえられる夢でしょ?
キラ・シの存続を願って山を下りたんでしょう?
その夢が、第一、で、しょう?」
前にサル・シュくんが私を連れて逃げたとき。結局、一年もたずに二人とも死んじゃったんだから。
「俺は、ハルと一緒に居たいんだよ……」
「私は、キラ・シと一緒にいるよ?」
「ハルとだけ、一緒に居たいのっ! 他の誰にも、ハルを見られたくないのっ!」
叫ぶ彼のくちびるに、キス、した。
「来世では一緒にいられるよ」
「……らい……せ………………?」
「ずっと一緒にいられるよ。
もう、キラ・シの存続も何も、考えなくていいから……ずっと、サル・シュくんと二人きりでいられるよ」
「ホントに?」
「うん、本当だよ」
あの未来なら、私は何もない、無名の女。
先見ももう関係ない。キラ・シを存続させなきゃいけないとか、ない。
サル・シュくんも、きっと、『ただの人』の筈。
「来世も先見できるの? ハル」
「うん。一瞬だけだけどね」
「来世ってどれぐらいあと?」
「三千年後」
「サンゼン……」
「人間が普通に、100才まで生きられるようになってるんだよ。お金持ちは、いろいろやって300年生きるって言われてる世界」
「……俺、多分、今世は30才まで生きられないよ?」
「……そう、なの?」
「白い奴は早く死ぬから。だから、リョウ叔父が最近凄いイライラしてるの。ガリメキアが30超えたから。もう、いつ死んでも仕方ないから、って」
そうね。
『あの時』ももうボロボロだったわね。
『前』、全方位に『山ざらい』を掛けた時、骨が砕けてた。
「ガリさん、47才まで生きてるよ」
「47っ! すげぇっ! 俺は?」
サル・シュくんは、砂漠でル・アくんを助けて死んだ……
真っ赤に……焼けただれて……
「言わなくていいよ」
サル・シュくんが抱きしめてくれた。
「思い出さなくていいよ」
頭から背中へ、何度も撫ぜてくれる。
「サル・シュくん、ル・アくんを助けて、死んだの…………砂漠で…………自分の体で影を作って、自分の服をル・アくんにあげて、サル・シュくんは……焼け死んだの……」
忘れてた、真っ赤な死に顔……
抱きしめてくれるけど、押しはなして、今の、顔を見た。
「サル・シュくんの子供も死んだの……みんな、死んじゃったの……サル・シュくんのものが私の元に何も残らなかったの…………」
「俺はここにいるよ。ハル」
「うん……」
「ずっとハルといるよ」
「うん…………」
わかってる……
きっと、最後の決戦で、サル・シュくんは、お城に残る。
私を逃がしてくれるのは、リョウさんだ。
きっと、サル・シュくんは、ガリさんと一緒に死ぬ。
だって、サル・シュくんはキラ・シの三番手だから。
副族長では、ない、から……
でも、どうだろう?
「ねぇ……私が、一度だけ、……一生に一度だけ『一緒に来て』っていうから……」
「ハル?」
「その時に、来て、くれる?」
「うん」
抱き締めて、くれる。
「絶対にハルと行く」
……多分、嘘、よね……
絶対、無理、よね……
キミはいつでも、私よりキラ・シを取った。
でも、一度だけ、キラ・シより私を取ってくれたことも、あった。
二人で滅びたけど……
サル・シュくんにはキラ・シで働いてほしい。
いいの。
それでいいのよ。
それでキラ・シは未来に残る。
それで……いい、ん、だけど……”
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