困った質問だな……
「私、どの国の言葉もわかるの」
「マリサスに来たことがない、ということ?」
「うん、ここに国があるなんて、今日の朝は知らなかった」
「……それで、ここまで……来たの? どうして言葉がわかるの? マリサス語は他の国の人に教えたら死罪だよ?」
鎖国が徹底してるな……
「言葉は、とにかく、わかる、とだけ言っておくわ。
族長の息子が毒矢で射られたら、死に物狂いで解毒剤探すよね」
族長の? と、彼はガリさんを見上げて、悲鳴を呑み込んだ。
背中向けててもわかるぐらい、ガリさんが、めっっっちゃ、燃えてる。多分、無表情なんだろうけど、凄い、怒ってるの、わかる。怖い。私の目の前の寝台にル・ア君がいるから、吹っ飛ばされてないだけ、って感じ。多分、後ろにいたら、立ててない気がする。
「射た狩人はどうしたの?」
薬師さんもボロボロ泣いてるけど、見開いた目で、真相を聞いてくる。凄い。
「強すぎて、解毒剤を聞く前に殺しちゃった」
薬師さんが、ギュウッ、と目をつむって、拳を自分の胸に押しつけた。
「……このお城を乗っ取る?」
「すぐに出て行くみたい。こちらも、毒矢じゃなかったら、こんなことはしなかったのよ。謝っても仕方ないけど、ごめんなさいね。手加減できなかったの」
「マリサスの猟師が、子供を射るとは……思えないんだけど……?」
教育水準の高そうな国ね。
「狙われたのは族長。彼が手を出してかばったの」
ああ……って、薬師さんは凄く納得したようだった。
「こちらこそ、僕が謝っても仕方ないけど、ごめんね。
この国は隠れ里だから、国民全員が、よそ者を嫌うんだ。我火洲(がかす)が良く国境侵犯をしてくるから、特に国境の猟師は気が荒い。つい先月も我火洲が来て、国境沿いの家を荒らしたから、また来たと思ったんだろうね」
「今度は、相手を確かめてから殺すように言っておいて」
「……国王と僕が生きていたら、お伝えするよ」
今になって彼は震えだした。道具を片づけようとしてガチャガチャ落とす。両手をあげて、顔を横に振って、手を下ろした。動かないほうがいいと、思ったみたい。壁に沿ってずるずると座り込んで、頭を抱えた。
「大陸にも、この国は全然知られてないわよ?」
ふらふらと、膝の上で頭を振って、それでも私を見上げてくれた。
「うん、隠れてるから。……だから、他でもこの国のことを言わないでいてくれると助かる……と、マリサス王は考えてると思う。
この子は全力で助けるから、他でマリサスのことを言わないでほしい。
僕たちは、このまま隠れていたいんだ」
ガリさんに伝えたら、頷いた。
そんなこと、キラ・シにはどうでもいいことだものね。それで、ル・アくんの命が保証されるなら、簡単なことだわ。
「これ以上、他の人を、殺さないでもらえる……かな?」
それもリョウさんに聞いてみたら、今はもう、逆らわなかったから殺してないって。でも、既に凄い数を殺してそうな気はする。
リョウさんみずから、この薬師さんをずっと監視してたから、彼は他の人と一切喋れなかった筈。
結局、マリサスには13日いた。
レイ・カさんが我火洲(がかす)を落としたと連絡が来たときに、薬師さんを連れて山を下りた。
私はリョウさんの馬に、ル・アくんはサル・シュくんの馬に。他の戦士たちは走り回ってるけど、私達は並足で降りる。
「なぜ僕を連れて行くのっ!」
「ル・アくんが途中で死んだら、マリサスを滅ぼすわよ?」
「やめてくれっ、67才の母がいるんだっ! せめて、天寿を全うさせてあげたい」
「うん、だから、ついてきて。ル・アくんが元気になったら、送り届けてあげるから」
残念ながら、その薬師さんは山を降りてた時に、崖に落ちて死んでしまった。
ル・アくんがまだ元気になったとは言えないから、みんな必死で助けようとしてたけど……彼は、死ぬことがわかっていたのかもしれない。薬草類は、全部、薬効を教えてくれていた。
ああ、そうか……
マリサスの山を降りるのが、イヤだったのかもしれない。
死んでるようだから、そのまま崖の下に放置してきたけど、あそこはまだ、マリサス国境の中だったのかも……
ル・ア君が治ったら、本当に、国まで送って上げるつもりだったんだけど、そんなこと、信じられないよね。
その三日後、朝っぱらからル・アくんは雪の中を走り回ってガリさんに平手で殴られた。雪の上にル・アくんが吹っ飛んだわ!
「……ごめんなさい…………でも、もう、大丈夫だよ」
雪に血を吐きながら、ル・ア君が頭を下げた。
ガリさんって、こんな心配の仕方するのね……びっくりした! だからって、病明けの子供を殴らないで!
「まだ顔が赤いわ、ル・アくん。熱があるはずよ。動かないで、座ってなさい。人って簡単に死ぬのよ…………ドコを殴られたの?」
私はリョウさんの馬に乗ってるから、降りられなくてよく見えないけど、頬が赤くないわ。
「肩……かな。腕? 脇? 背中? そこらへん」
ああ…………、そうだ、キラ・シは頭を殴らないんだった。手が痛いから。
「血を吐いたから、顔を殴られたのかと……」
「口の中を切っただけ。歯を食いしばるの忘れてた」
そういう問題?
あ、ガリさん、もう行っちゃった。
「ル・ア、こっちに乗れ」
リョウさんが、私の前にル・アくんを呼んだ。
「ハル、つかまえていろ」
三人乗って大丈夫なのはリョウさんの馬だけだものね。
サル・シュくんが前から、イラッとした顔して振り返った。
彼は、マリサスで見つけた付け髭がお気に入りで、今も、ふっさふさのあごひげになってる。サル・シュくんに吾子ヒゲがあるとこんな顔になるのねぇ。
「サル・シュが凄い怒ってる……」
「ル・アくんがじっとしてないからよ」
まぁ、私の前に乗ってるからでしょうけど……
「リョウ叔父、ハルをよこせ」
「襲われたら特攻する奴に女を乗せられるか」
だよね。
サル・シュくん、特攻隊長だもんね。
湖にたどり着くまでは『戦う気』がなかったから、私がサル・シュくんの馬に乗ってたけど、もう戦闘態勢だから、『動かないリョウさん』の部隊しか、女の人を乗せてないんだよね。
だから、ガリさんもとっくに走って行っちゃったんだし。
ギシッ、て、サル・シュくんの歯が軋る音が聞こえたけど、黙って雪山に消えた。
怖い怖い……
雪山でたき火囲んで馬の上で寝る。毎回思うけど、器用ねぇ………
起きたら、ル・アくんいないし……っ!
「ル・アね、でっかい熊殺してたよ!」
ゲラゲラ笑いながら、サル・シュくんが崖の上から走ってきて、報告してた。
毎回思うけど、よくそんな高い崖を、その馬、飛び下りるわね。しかもこんな雪で足元が不確かなのに。
「何してるのあの子! じっとしてなさいって言ったのに!」
サル・シュくんがちゃんと監視してたのはいいけど、病み上がりなのよ!
あ、指笛。
五位から族長へ、下馬で集合……かな? ル・アくんだよね?
なんで下馬?
サル・シュくんが馬から下りた。歩いていくガリさんと、ナンちゃんの馬に乗ってる私を交互に見る。
「行っていいわよ、大丈夫よ」
そう言ってるのに、私を肘に抱いて、雪を滑って滑り降りていくサル・シュくん。スキー板なくてもスキーってできるんだなぁ……
もう、ホント。置いて行ってください……
怖いよぉ……
やっと止まったと思ったら、口をふさがれた。ガリさんとかリョウさんとかが、ハンドサインしてる。その指先にル・アくん。
あら、本当にル・アくんが、大きな熊と一緒にいる。というか、熊の血? だよね? 頭から真っ赤になってる。肌色も全然わからないぐらいどろどろ。
ル・アくんの隣に、シュッとした子がいるけど、その子も頭から血を浴びてた。でも……目が、金色? 髪も血で真っ赤ってことは、黒髪じゃ……ないよね? まさか……
「これっ俺のっ! 俺のだからなっ! シルキだって! 俺のだからなっ!」
ル・アくんが、キラ・シらしい独占欲を表に出してきた。
そりゃ、そんな綺麗な女の子、押さえておきたいよね。わかるわかる。
サル・シュくんでも、わかたっわかった、って、ル・アくんの頭叩いた。
でも……たしか、賀旨(かし)には皇家が降嫁したから、たまに黒髪じゃないのが産まれるって文献に載ってた。最近だと、銀髪金目の史留暉(しるき)王子、って……
この子だ…………!
ガリさんとリョウさんで橇みたいなの作ってた。サル・シュくんは私を抱いたまま辺りを警戒。下の方から、レイ・カさんが上がってきた。
「この子、王子さまよ。女の子じゃないわよ、ル・アくん」
「知ってる。でも、俺のだからなっ!」
なんで? なんで女の子じゃないってわかってて『俺の』なの?
「ハル、行くぞ」
サル・シュくんががっつり私を抱き込んで橇に乗った。
熊を乗せた橇に……全員で乗って、山の斜面を滑り降りたわ……
ウォータースライダーより怖かった……
だって、バキバキ木を折っていくんだもの!
橇が止まったとき、私も立てなかったけど、史留暉君も腰が抜けたみたい。良かった。普通の子だ。ル・アくんに背負われて真っ赤になってる。
リョウさんとレイ・カさんが熊ごと橇を引っ張って……黒い、お城に…………位置的には、賀旨(かし)の王城?
これ、黒大理石? 凄い……
白い空、白い大地にブラックホールみたい。
なんだっけ、『黒曜城(こくようじょう)』だったっけ? 大陸の美麗な城で名前が上がってた。
『妙技な羅季(らき)城、巨大な車李(しゃき)城、朱塗りの煌都(こうと)、華やかな鎮季(しずき)城、そして、忘れてはならない黒曜城』だったかな? なんか、『凄いお城五選』に入ってたお城だ。
確かに、これは一見の価値があるわ。
熊を見て、町の人達凄い大騒ぎ。どうやら、ずっと町を怖がらせてた大ひぐまらしい。迎えに出て来た兵士の人達が、橇を引くのを替わってくれた。
サル・シュくんが熊を仕留めたのかって聞かれたから、彼がル・アくんを指し示したらまた大騒ぎ。史留暉(しるき)君を背負ってるのもあって、ル・アくんがあちこちから肩を叩かれて褒めたたえられてた。
「この熊を料理に出すから、是非城に来てくれって言われてる。行く?」
コメント