【赤狼】女子高生軍師、富士山を割る。186 ~ブラックホール~

 

 

 

 

 

  

 

  

 

  

 

 困った質問だな……

「私、どの国の言葉もわかるの」

「マリサスに来たことがない、ということ?」

「うん、ここに国があるなんて、今日の朝は知らなかった」

「……それで、ここまで……来たの? どうして言葉がわかるの? マリサス語は他の国の人に教えたら死罪だよ?」

 鎖国が徹底してるな……

「言葉は、とにかく、わかる、とだけ言っておくわ。

 族長の息子が毒矢で射られたら、死に物狂いで解毒剤探すよね」

 族長の? と、彼はガリさんを見上げて、悲鳴を呑み込んだ。

 背中向けててもわかるぐらい、ガリさんが、めっっっちゃ、燃えてる。多分、無表情なんだろうけど、凄い、怒ってるの、わかる。怖い。私の目の前の寝台にル・ア君がいるから、吹っ飛ばされてないだけ、って感じ。多分、後ろにいたら、立ててない気がする。

「射た狩人はどうしたの?」

 薬師さんもボロボロ泣いてるけど、見開いた目で、真相を聞いてくる。凄い。

「強すぎて、解毒剤を聞く前に殺しちゃった」

 薬師さんが、ギュウッ、と目をつむって、拳を自分の胸に押しつけた。

「……このお城を乗っ取る?」

「すぐに出て行くみたい。こちらも、毒矢じゃなかったら、こんなことはしなかったのよ。謝っても仕方ないけど、ごめんなさいね。手加減できなかったの」

「マリサスの猟師が、子供を射るとは……思えないんだけど……?」

 教育水準の高そうな国ね。

「狙われたのは族長。彼が手を出してかばったの」

 ああ……って、薬師さんは凄く納得したようだった。

「こちらこそ、僕が謝っても仕方ないけど、ごめんね。

 この国は隠れ里だから、国民全員が、よそ者を嫌うんだ。我火洲(がかす)が良く国境侵犯をしてくるから、特に国境の猟師は気が荒い。つい先月も我火洲が来て、国境沿いの家を荒らしたから、また来たと思ったんだろうね」

「今度は、相手を確かめてから殺すように言っておいて」

「……国王と僕が生きていたら、お伝えするよ」

 今になって彼は震えだした。道具を片づけようとしてガチャガチャ落とす。両手をあげて、顔を横に振って、手を下ろした。動かないほうがいいと、思ったみたい。壁に沿ってずるずると座り込んで、頭を抱えた。

「大陸にも、この国は全然知られてないわよ?」

 ふらふらと、膝の上で頭を振って、それでも私を見上げてくれた。

「うん、隠れてるから。……だから、他でもこの国のことを言わないでいてくれると助かる……と、マリサス王は考えてると思う。

 この子は全力で助けるから、他でマリサスのことを言わないでほしい。

 僕たちは、このまま隠れていたいんだ」

 ガリさんに伝えたら、頷いた。

 そんなこと、キラ・シにはどうでもいいことだものね。それで、ル・アくんの命が保証されるなら、簡単なことだわ。

「これ以上、他の人を、殺さないでもらえる……かな?」

 それもリョウさんに聞いてみたら、今はもう、逆らわなかったから殺してないって。でも、既に凄い数を殺してそうな気はする。

 リョウさんみずから、この薬師さんをずっと監視してたから、彼は他の人と一切喋れなかった筈。

 結局、マリサスには13日いた。

 レイ・カさんが我火洲(がかす)を落としたと連絡が来たときに、薬師さんを連れて山を下りた。

 私はリョウさんの馬に、ル・アくんはサル・シュくんの馬に。他の戦士たちは走り回ってるけど、私達は並足で降りる。

「なぜ僕を連れて行くのっ!」

「ル・アくんが途中で死んだら、マリサスを滅ぼすわよ?」

「やめてくれっ、67才の母がいるんだっ! せめて、天寿を全うさせてあげたい」

「うん、だから、ついてきて。ル・アくんが元気になったら、送り届けてあげるから」

 残念ながら、その薬師さんは山を降りてた時に、崖に落ちて死んでしまった。

 ル・アくんがまだ元気になったとは言えないから、みんな必死で助けようとしてたけど……彼は、死ぬことがわかっていたのかもしれない。薬草類は、全部、薬効を教えてくれていた。

 ああ、そうか……

 マリサスの山を降りるのが、イヤだったのかもしれない。

 死んでるようだから、そのまま崖の下に放置してきたけど、あそこはまだ、マリサス国境の中だったのかも……

 ル・ア君が治ったら、本当に、国まで送って上げるつもりだったんだけど、そんなこと、信じられないよね。

  

 

  

 

  

 

 その三日後、朝っぱらからル・アくんは雪の中を走り回ってガリさんに平手で殴られた。雪の上にル・アくんが吹っ飛んだわ!

「……ごめんなさい…………でも、もう、大丈夫だよ」

 雪に血を吐きながら、ル・ア君が頭を下げた。

 ガリさんって、こんな心配の仕方するのね……びっくりした! だからって、病明けの子供を殴らないで!

「まだ顔が赤いわ、ル・アくん。熱があるはずよ。動かないで、座ってなさい。人って簡単に死ぬのよ…………ドコを殴られたの?」

 私はリョウさんの馬に乗ってるから、降りられなくてよく見えないけど、頬が赤くないわ。

「肩……かな。腕? 脇? 背中? そこらへん」

 ああ…………、そうだ、キラ・シは頭を殴らないんだった。手が痛いから。

「血を吐いたから、顔を殴られたのかと……」

「口の中を切っただけ。歯を食いしばるの忘れてた」

 そういう問題?

 あ、ガリさん、もう行っちゃった。

「ル・ア、こっちに乗れ」

 リョウさんが、私の前にル・アくんを呼んだ。

「ハル、つかまえていろ」

 三人乗って大丈夫なのはリョウさんの馬だけだものね。

 サル・シュくんが前から、イラッとした顔して振り返った。

 彼は、マリサスで見つけた付け髭がお気に入りで、今も、ふっさふさのあごひげになってる。サル・シュくんに吾子ヒゲがあるとこんな顔になるのねぇ。

「サル・シュが凄い怒ってる……」

「ル・アくんがじっとしてないからよ」

 まぁ、私の前に乗ってるからでしょうけど……

「リョウ叔父、ハルをよこせ」

「襲われたら特攻する奴に女を乗せられるか」

 だよね。

 サル・シュくん、特攻隊長だもんね。

 湖にたどり着くまでは『戦う気』がなかったから、私がサル・シュくんの馬に乗ってたけど、もう戦闘態勢だから、『動かないリョウさん』の部隊しか、女の人を乗せてないんだよね。

 だから、ガリさんもとっくに走って行っちゃったんだし。

 ギシッ、て、サル・シュくんの歯が軋る音が聞こえたけど、黙って雪山に消えた。

 怖い怖い……

  

 

  

 

  

 

 雪山でたき火囲んで馬の上で寝る。毎回思うけど、器用ねぇ………

 起きたら、ル・アくんいないし……っ!

「ル・アね、でっかい熊殺してたよ!」

 ゲラゲラ笑いながら、サル・シュくんが崖の上から走ってきて、報告してた。

 毎回思うけど、よくそんな高い崖を、その馬、飛び下りるわね。しかもこんな雪で足元が不確かなのに。

「何してるのあの子! じっとしてなさいって言ったのに!」

 サル・シュくんがちゃんと監視してたのはいいけど、病み上がりなのよ!

 あ、指笛。

 五位から族長へ、下馬で集合……かな? ル・アくんだよね?

 なんで下馬?

 サル・シュくんが馬から下りた。歩いていくガリさんと、ナンちゃんの馬に乗ってる私を交互に見る。

「行っていいわよ、大丈夫よ」

 そう言ってるのに、私を肘に抱いて、雪を滑って滑り降りていくサル・シュくん。スキー板なくてもスキーってできるんだなぁ……

 もう、ホント。置いて行ってください……

 怖いよぉ……

  

 

  

 

  

 

 やっと止まったと思ったら、口をふさがれた。ガリさんとかリョウさんとかが、ハンドサインしてる。その指先にル・アくん。

 あら、本当にル・アくんが、大きな熊と一緒にいる。というか、熊の血? だよね? 頭から真っ赤になってる。肌色も全然わからないぐらいどろどろ。

 ル・アくんの隣に、シュッとした子がいるけど、その子も頭から血を浴びてた。でも……目が、金色? 髪も血で真っ赤ってことは、黒髪じゃ……ないよね? まさか……

「これっ俺のっ! 俺のだからなっ! シルキだって! 俺のだからなっ!」

 ル・アくんが、キラ・シらしい独占欲を表に出してきた。

 そりゃ、そんな綺麗な女の子、押さえておきたいよね。わかるわかる。

 サル・シュくんでも、わかたっわかった、って、ル・アくんの頭叩いた。

 でも……たしか、賀旨(かし)には皇家が降嫁したから、たまに黒髪じゃないのが産まれるって文献に載ってた。最近だと、銀髪金目の史留暉(しるき)王子、って……

 この子だ…………!

 ガリさんとリョウさんで橇みたいなの作ってた。サル・シュくんは私を抱いたまま辺りを警戒。下の方から、レイ・カさんが上がってきた。

「この子、王子さまよ。女の子じゃないわよ、ル・アくん」

「知ってる。でも、俺のだからなっ!」

 なんで? なんで女の子じゃないってわかってて『俺の』なの?

「ハル、行くぞ」

 サル・シュくんががっつり私を抱き込んで橇に乗った。

 熊を乗せた橇に……全員で乗って、山の斜面を滑り降りたわ……

 ウォータースライダーより怖かった……

 だって、バキバキ木を折っていくんだもの!

 橇が止まったとき、私も立てなかったけど、史留暉君も腰が抜けたみたい。良かった。普通の子だ。ル・アくんに背負われて真っ赤になってる。

 リョウさんとレイ・カさんが熊ごと橇を引っ張って……黒い、お城に…………位置的には、賀旨(かし)の王城?

 これ、黒大理石? 凄い……

 白い空、白い大地にブラックホールみたい。

 なんだっけ、『黒曜城(こくようじょう)』だったっけ? 大陸の美麗な城で名前が上がってた。

『妙技な羅季(らき)城、巨大な車李(しゃき)城、朱塗りの煌都(こうと)、華やかな鎮季(しずき)城、そして、忘れてはならない黒曜城』だったかな? なんか、『凄いお城五選』に入ってたお城だ。

 確かに、これは一見の価値があるわ。

 熊を見て、町の人達凄い大騒ぎ。どうやら、ずっと町を怖がらせてた大ひぐまらしい。迎えに出て来た兵士の人達が、橇を引くのを替わってくれた。

 サル・シュくんが熊を仕留めたのかって聞かれたから、彼がル・アくんを指し示したらまた大騒ぎ。史留暉(しるき)君を背負ってるのもあって、ル・アくんがあちこちから肩を叩かれて褒めたたえられてた。

「この熊を料理に出すから、是非城に来てくれって言われてる。行く?」

  

 

  

 

 

 

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