「サル・シュが嘘ついたことある?」
ある、けど、言えないよね。
『今回』の彼じゃないけど、『百石の嘘』は忘れない。
ただ、『今回』の彼じゃないから、誰にも言えない。
たしかに『あの時』以外は、嘘をつかれては、いない。
「サル・シュくんのせいでナンちゃんに嫌われちゃったよーっ! 酷すぎるっ!」
ナンちゃんもそうだけど、あの書記の人が頭のすみ炭ぐるぐるして、たまに、吐く。
あんなところで、あんな死に方をしていい人じゃなかったのに……
もちろん、ご家族には『殉職』扱いで、いろいろ贈らせてもらったけど、宮殿に出仕できるような息子が殺されたなんて、ホント……もう………………ごめんなさい、って土下座するしかなかった。
明るくいようとはしてるけど、気が滅入る……
戦士や宮殿の人たちが、私を見て、ヒッ……て、逃げるのが、つらすぎる。
ル・ア君に抱きついて、髪に頬ずりした。ナンちゃんもこんな髪の毛なんだよね。サル・シュくんよりちょっと柔らかいんだ。子供の髪なのかな。
キラ・シの髪は『日本人の剛毛』そのままで、太くて固い直毛。それで手入れしてるから、凄い綺麗なんだよね。たしかに髪で耳や首を覆ったら、刀がすべる、っていうのも分かる気がする。
いっしょうけんめい、頭をよそにそらそうとしてる。
だって、目を瞑ったら、ひびのはいった、血まみれの壁がよぎるから……
「ナンはハルのこと、嫌ってはいないよ」
「だって逃げちゃうっ! 今だって、凄い勢いだったじゃないっ!」
「ハルがそばに来たら、抱きつきそうだから先に逃げる、って言ってた」
「……そうなの?」
「だって、よくハルが抱きしめてくれただろ? 今だって、俺を抱いてるし」
「だって、ル・アくんは息子みたいなもんだし……」
ル・ア君がおおーーーーきなため息をついた。
「それが、困るんだよ。ハルに触ったらサル・シュに殺されるわけだから、ハルが抱きついてくる距離には行けないだろ?」
「えーーーーー…………私、絶対息子とそんなこと、しないよっ!」
「ハルがするしないじゃなくて。俺でも、ハルなんて簡単に押し倒せ……る……」
大魔神の刃がル・アくんの首に当てられた。
「ル・ア、なんだって?」
いつ近づいて来てたの? なんで忍ばせたの? なんで気配消してるの?
抱きついてるル・ア君の肌が、冷たくなった。本当に血が引いてるのね。
「ハルが、ナンに抱きつかないように、説得してたんだよ。ハルが嫌がっても、俺でもハルを押し倒すのなんて簡単だ、っていう、説明! 説明! そんなこと絶対しないからっ!」
サル・シュくん、完全に『殺すモード』に入ってる。カチカチカチカチ……って、歯を鳴らす音、してる。私でも怖い。
あ、ナンちゃんが壁のあっちから、見てる。手を振ったら、振り返してはくれた。良かった!
ちょっとだけ、心がほっこりした! やったーっ!
「ハル……まず、俺を助けて……」
ル・アくんから悲痛な訴えが入った。
そうだね。
「サル・シュくん、ル・アくん、そんなことしないから、刀引いて」
「ル・アが、ハルを押し倒すって言った」
「説明だって言っただろっ! ハルに警戒しろ、って言ったんだよっ! 説明っ! 説明のための言葉っ! しないよっ!」
サル・シュくんは『例え』とか、理解しないからなぁ……
「サル・シュくん……本当に、刀、引いて?」
刃の前に私が手を出したら、ようやく、そっと引いてくれた。鞘になおされた刀を見て、ル・アくんが大きなため息をついて、額を拭った。
「ハルは、俺が怒ってるの、わかってない」
「サル・シュくんが怒ってるのは分かってるよ」
書記の人をあんな無残に殺すぐらい、『気にしてる』のはもう知ってる。
「でも、怒る必要ないことだと思うから、気にしてないだけ」
「気にしろよ!」
「なんでよっ!」
これを気にしてたら私が狂ってるわ!!
「ナンちゃんが私を抱く訳無いしっ、私がナンちゃん誘うわけないでしょっ!
そんなことを疑ってる時点で、私も、ナンちゃんも、サル・シュくんは信用してないんだよっ!
私を信用して無い男のナニを私が信用するのよっ! 信用してない男が怒ろうが困ろうが知ったことじゃないわよ!」
あんなことで、あんなに良い人を殺すような人を、旦那に持った私がふがいないわっ! って、言えないけど。万が一口にしたら、書記の人全員殺しそうだから。
「それは言える」
ル・アくんが口添えしてくれたのもあるのか、サル・シュくんのカチカチが止まった。
止まった!
「…………信用とか、そういう問題じゃ、無い」
「どういう問題なのよっ!」
「そばに女が居たら抱きたいんだよっ!
そこに我慢とか、信用とか関係ない!」
「……それは、自分が、下半身の抑えの効かない馬鹿です、って言ってるの?」
サル・シュくんがカッ、と赤くなった。
「ハルは女だからわからないんだ!
そばに女がいるのに抱けないってことがっ、どんだけ大変かっ!」
「私いつも地図のところにいるけど、誰も私を抱こうとなんてしないじゃない」
「みんな我慢してるのっ!」
「じゃあ君も我慢しなさいよ!」
サル・シュくんが、引いた。よし。
「ナンだって我慢するわよ!
自分の息子を信用しなさいよっ!
キラ・シの仲間を信用しなさいよ!
今のサル・シュくんどれだけみっともないと思ってるのっ!
しない、って言ってる人に向けて、するだろっ近寄るな、って、嘘つき呼ばわりしてるのよ!
生き恥さらしてるぐらいみっともないわよっ!」
なんか……キラ・シが寄ってきた。
誰かが騒いでると集まってくるお祭り好き。後ろにガリさんもいる感じ、する。
サル・シュくんの視線は私から逸れないけど、気配があちこちに漏れて、私に集中してないのは、わかる。
「前に、ラキシタ君が私にキスしたみたいに、あっちから、その目的で近づいてきたのは、追い払ってくれないと困る。私じゃ振りほどけないからっ。
けど、ナンちゃんとか、絶対近寄ってこない、って言ってるのに追い払うのは、サル・シュくん自身が、他の男の人の女の人でも抱きたいと思ってるからだよ!
その自分をまず糺しなさいよ! そのことがみっともないでしょ!
自分ができないからって人もできないと思うんじゃないわよ!」
そうだそうだー、とは、サル・シュくんが怖いから誰も言わないけど、みんな、親指を立てて、私に賛同の意を示してくれてた。
もちろん、サル・シュくんに見えない側の人だけ。
ガリさんとリョウさんが、わざわざ私の後ろからサル・シュくんの後ろに回って、親指立てた。
族長と副族長は、サル・シュくんの前でやって!!
なんで二人とも逃げるのよっ! この人を抑えてよ!
「ナンちゃんっ!」
私が呼んだら、ナンちゃんは、サル・シュくんをぐるっとまわって私の後ろに来た。一メートルぐらい向こう。
「ナンちゃん、私に向かって手を伸ばして」
前へならえ、みたいに手を出す。
「男の人が手を伸ばしても私に触れないぐらい、この距離。これよりそばに寄らない。これで、いいでしょ?」
サル・シュくんはいやそうな顔をした。
「私だって、ナンちゃんの頭を撫でたり抱きしめたりしたいのっ! 私の息子なんだからっ! でもそれを我慢してるのっ!
サル・シュくんも少しぐらい我慢しなさいよっ!
全部の男の人にこの距離まで許すって言ってるんじゃないのっ! キラ・シとか、息子とか、サル・シュくんの仲間はかまわないでしょ、って言ってるの。もちろん、ガリさんもっ!」
ガリさんはたまに、地図の前で私に近接することがある。
後ろにソッ……と立って、ぬっと腕を出して短冊を刺すから私がびくってして、地図にぶつかりそうになるから抱き留めるとか……前は頻繁だった。今でもたまに……ある。
私もびっくりするから、これを機に距離を作ろう。ただ、よく喋るリョウさんの真横に立てないのは困るけど……仕方ないよね。毎日サル・シュくんにイライラされるよりまし。
「そのかわり、私が倒れたりしたときは別よ? その時に触った人まで怒らないで? 私が床に倒れたら死んじゃうからね。
廊下ですれ違ったときとか、角を曲がって、ぶつかった人も仕方ないでしょ? 見逃して」
まだ歯を食いしばってるけど、サル・シュくんは、頷いた。
よし。
こういうこと言うと、みんな図に乗って、『前へ習え』をしながら私のまわりをぐるっと囲んじゃう。ノリがいいと言うか、お祭り好きというか、サル・シュくんの弱みは全員で的確に突くというか……
サル・シュくんがイラッ、としたけど、大きく息を吸い込んで、吐いて、両手を上げた。
「わかったっ!」
サル・シュくんの前で、ル・アくんが笑顔で両手を上げた。近くの戦士たちとパンパン手を打ち鳴らす。
全員が万歳みたいになって、サル・シュくんの背中をバシバシ叩いて歩いて行った。
私の1メートル向こうにクッションを置いて、ナンちゃんを座らせ、私もこっちのクッションに座る。
「母上に会えなくて寂しかったーっ!」
ナンちゃんが一メートル向こうから手を伸ばしてくれた。
「良かった、嫌われたかと思ってた」
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