【赤狼】女子高生軍師、富士山を割る。201 ~弱くても血は熱い~

 

 

 

 

 もう終わりなら、もっと強くなりたい。

 それは、わかる。

 ぐずぐずしていたくない。

 それも、わかる。

 しかも、怪我をして帰ってくるってことは『弱くなってる』んだ。それをもう『自覚』してる。

 でも、サル・シュくんより強い人なんて、いないんだよ。

 多分、今のガリさんでは、サル・シュくんに、勝てない。

 違うわ。羅季(らき)に最初に降りてきたときでも、単体で戦えば、サル・シュくんのほうが強かったかもしれない。

『殺す気』なら。

 サル・シュくんは、あの時から、全然、強くなれてないんだ。

 その焦燥がずっとたまっていたのに、守り続けてたル・アくんがいなくなって、はじけた。

「ル・アを守って山でこもっていた四年。戦えてたら強くなってたのに……」

 寝言みたいに、呟いたことが、あったわ。

 あの日から、イライラしだしたのよね。

 自分の命を賭けて守ってきたル・アくんが『死んだ』んだものね。

 こういうときってサル・シュくん、私をくれないの。一人で丸くなって震えてるの。

『前』に焼け死んだサル・シュくんの顔を思い出して、泣きそうになる。

 そう、『あの時』、私もそれで、狂ったの。

 私の息子よりル・アくんを助けてサル・シュくんが死んだのに、そのル・アくんが死んだから……

 核爆弾のボタンがあったら、押せたわ。

 世界なんて滅びてしまえと何度も思った。

 でも、今は『先』が『見えてる』から……

 それが、『救い』だと、『分かってる』から……

 サル・シュくんの絶望が、キラ・シの将来への布石の一つだから……

 何も、言えない……

  

 

  

 

  

 

「うるせぇなっ! とっとと出てこいっ! 俺を殺せるぐらい早く強くなりやがれっ!」

 サル・シュくんがお城にいると、常に彼の怒鳴り声が聞こえるようになった。

 もう、全員が戦々恐々としてる。

 キラ・シの戦士は慣れてるから無視してるけど、羅季(らき)人はまったく駄目だった。おびえて、硬直しちゃうの。そう言う兵士って『動けない』のよね。つまりは『言うことを聞いて動かない』から、余計にサル・シュくんは『役立たず』だと思って、イライラするの。

「なんで俺がお前らにつきあわなきゃならないんだっ!!」

 そう叫んで、何度も銅剣を叩き折ったわ。

 羅季人では、滅多に折ることのな銅剣を、キラ・シは簡単に折ってしまう。銅剣って、腕力だけで折れるものじゃないんだよね。タイミングがあるんだ。サル・シュくんは『速い』から、なんでもタイミングを合わせるのが巧くて、『率』も高いのよね。

 キラ・シの中では、まだ、彼は細く見える。その彼が、銅剣を簡単に折ってしまうことで『腕力』を見せつけられて、羅季の兵士は余計におびえるの。

 元々、サル・シュくんは、『弱い戦士』を嫌ってたし、配慮なんてしなかった。だから、鍛練でも、怪我をさせて無頓着なのね。

 実際、羅季の兵士は弱いから。

 それでも、大事なんだ、って何度も教えてるんだけど、最後の最後で、寸止めをする気力が出ないみたい。

 毎日、ナニカを壊してるサル・シュくん。

 イライラして、怒鳴り散らして、仲のよかったサナくんでさえ、良く殴り倒してた。

「サナくん、今のサル・シュくんには近寄らない方がいいよ」

 絶対、サル・シュくんの近くにいるのよね、サナくんって。

「サル・シュは、殴りたいだけだから。俺を殴ることで子供を殴らないですむなら、俺が殴られる方がいい」

 えー…………

「サル・シュも、好きでああなってるんじゃないんだし……一度殴ったら、しばらくモノを壊すこともないし……」

「でも、そんなことしてたらサナくんが倒れちゃうよ」

「サル・シュが壁を殴って、腕がダメになる方が、キラ・シの戦力が落ちる。俺が戦えなくなったって、キラ・シは困らないよ。

 戦があれは、サル・シュのあの強さも速さも、キラ・シの大きな戦力だ」

 まぁ……そうなんだけど………………

「戦がないからああなってるんだし。戦まで、サル・シュが怪我しない方が大事」

「サナくんだって、若手の中では一番強いじゃない」

「他の奴には、サル・シュを抑えられないから」

 あー……うあーっあーっ!!!

「ガリ族長の強さを越えられるのは、サル・シュしかいない。俺以下の強さのやつが何人死んでも、サル・シュ一人がいるほうが、強い」

 ため息しか、出ない。

 もう、キラ・シ全員が『ガリ族長に強さが無くなってる』ってことを実感してるんだ。

 それでも、まだ、ガリさんは強い。

 毎年の『勝ち上がり』では、『山ざらい』を使わなくても一位。

 ガリさんたちの年代の人たちは、どんどん力をなくしてるんだけど、下の世代も、あの強さまでは到達してないから。

 そこにいけるのは、サル・シュくんしかいないから。

 羅季に降りて来た時の、翌年生まれた子供たちが、17才。

 世代交代は、ギリギリ間に合った。

 ガリさんやサル・シュくんほど、飛び抜けた強さは誰も持ってないけど、羅季人の兵士の数倍強い『ランクイン』の戦士が800人以上いて、羅季の兵士の二倍は強い『ランク外』は5千人いる。羅季の兵士と同じぐらいなら、二万人ほどいる。

 だから、たしかに、羅季の兵士っていなくてもいいんだけど……

「うるせーんだよっ!」

 また、サル・シュくんが怒鳴って、ナニカ壊してる。

 煌都応急って、大理石と言うか、石造りだから声が響くのよねぇ。

 ただ、ああいうアウトローを好きな人ってどこにでもいるから、そういうのには囲まれて、どんどんサル・シュくんはイライラしていくの。

 サル・シュくんが怒鳴ると、ああいう女の人たちって、キャーッて笑って、はやし立てるのよね。あの声にびびらないって逆に凄いわよ。

 練兵場でも誰も相手にならない。キラ・シにも調練なんてしたことが無いのに、弱い兵士を任された。

 サル・シュくんがお城にいる、ってことは、ガリさんとリョウさんとレイ・カさん、ナンちゃん達が出陣してるってことだから。

 上位の誰か一人がお城を守って他が出陣、というサイクルは、今も続いてる。

 だから、誰も、いない。

 サル・シュくんより強い人が、いない。

 ショウ・キさんがいつもお城にはいるけど、サル・シュくんより『勝ちあがり』で下だから、何も言えないのね。それに、言う気もないみたい。『元気なだけいい』って言ってた。

「サル・シュが騒いでると、『ここはキラ・シの村なんだなぁ』ってわかって、いい」

 煌都の宮殿がキレイすぎて居心地悪いのが、騒ぎでましになるみたい。そう言えば、ル・ア君も、ル・マちゃんも、騒いでたものねぇ。ガリさんも、若いころ、はしゃいでたらしいし。ああいうのが、キラ・シにとっては、『落ち着く』のね。だから、誰もサル・シュくんを諭さない。

『落ち着け』なんて、誰も求めてないのね。

 それに、『強さではサル・シュが一番だ』と、みんな、『わかってる』から、余計にサル・シュくんに何も言わない。

『大声を出せるだけ元気がある』なんて言われたら、もう、どうしようもない。

 しかも、『目がかゆい』なんていう、『おとなしい現代日本人』でもイライラするだろう病変を抱えて、始終荒ぶってる。

「俺より弱い、ラキのヘイシ、全部殺させてくれよっ! 生きてていいのは、俺を殺せる奴だけだっ!」

 手当たり次第に物を壊して、蹴りつけて、その音でどうにか正気をたもってる感じ。

 出陣しないと強くなれないのに、出陣しても相手は弱い。鍛練相手もいない。しかも、弱い兵士を統率しないと行けない。

 サル・シュくんにとっては四面楚歌。

 なるべくしてなったのかもしれない。

 サル・シュくんが、羅季(らき)の兵士を、殺しだした。

 羅季の兵士を練兵場に、鍛練だと集めて、寸止めしなかった。

 鎧を紙のように引き裂いて、哄笑をあげたわ。

「弱くても血は熱いんだなっ、お前らぁ!」

 返り血を浴びて、ようやく楽しめたみたい。

「次ぃっ!」

 ただ逃げる兵士を追い駆ける。

 もっと早く、私は走れないの? 早く!

「こっちに逃げてきなさいっ!」

 練兵場に出た私の後ろに兵士が走ってきたから、サル・シュくんが、来た。

 真っ赤にしたたる刀を振り上げて、私の前に……

『ナガシュの狂王が有名だが、キラ・シも狂戦士を飼っておるな。良く、御していることよ』

『お前に凶つ者が憑き掛けていたからだ』

 たしかに、凶つ者が、憑いたんだ……

 サル・シュくんが、悪いわけじゃ、ないんだ……

 そう思わないと、『自分』がつらいんだ。

 こんなに、仲間を苦しめていた、って…………わかる、から……

 殺して、血を浴びて、笑ってるのに……

 泣いてる、サル・シュくん……

「サル・シュくん……」

 私を殺していいよ。

 そうしたら、私はもう、そんなサル・シュくんを見なくて済む。

『次』は、こうならないように、どうにかしてあげるからっ!

 私を殺さないなら、もう……そんな泣きながら、誰かを殺さなくて済むように、してあげるからっ!

 振り上げられた彼の刀は、地面に、落ちた。

 私の後ろで、兵士の人たちが、どっと倒れ込む。安堵のため息の洪水。

「ハル……」

 彼は私にすがりついて泣き崩れた。

「ハル助けて…………助けて……ハル…………」

 私の肌が濡れるほどの涙。

「助けてあげる。……ぜったいに、助けてあげるから……」

  

 

  

 

  

 

 絶対に、助けて……あげたかったのに……

  

 

  

 

  

 

 サル・シュくんが、マキメイさんを、殺した。

  

 

  

 

  

 

 わざとではなかった。

 後ろからうっかりぶつかってきた彼女を全力で払い飛ばしただけで、殺そうとしたわけじゃ、なかった、けど……

 私に触れた書記の人を壁に叩きつけて殺したように。

『キラ・シの本気』で払われた彼女は、壁につぶれて、へしゃげた。

 サル・シュくんは、それを一目見ただけで、もう、『忘れて』しまった。

 本当に、狂ってしまったの。

 マキメイさんを愛してたから、彼女の死がきっかけに、なってしまった。

 自分と他人の区別が、つかなくなってきた。

 私を泣きながら抱いて、噛みつくようになった。

 血だらけの私を見て、泣きながら謝ってくれるけれど、もう、次の瞬間にはボウッとして……心を飛ばすようになってしまった。

 でも、それは私の前でだけだったから、出陣はしてて……

 怪我をして帰って来ることが多くなって……

 その『自分の不手際』に、またイライラして……

 悲鳴を上げるように笑いながら、を繰り返した。

  

 

  

 

  

 

 人って、こんなふうに壊れていくんだ?

  

 

  

 

  

 

 泣くしかできないことがもどかしくて、悲しくて、……

『前』の私なら、もう、こんな彼を見たくなくて、殺されるように持って行っただろうな。

 でも大丈夫。

『今回』は大丈夫。

 ちゃんと、最後まで見ててあげるから。

 ずっと、抱きしめていてあげるから……

  

 

  

 

  

 

「ハル……ハル…………ハル…………」

 もう、私の名前しか言わなくなっちゃったサル・シュくん。

 痛い……痛いよ…………痛い…………

 でも、これは、サル・シュくんの心の痛さ。

 これ以上、彼を、キラ・シから浮かせるわけには行かないの。

 せめて、サル・シュくんの最後の願いだけはかなえさせてあげるから。

『俺より強い奴に殺されたい』

 その、願いだけは、かなえてあげられそうだから。

 待ってて……もうちょっとだから……

  

 

  

 

  

 

「ハル……ごめんなさい……ごめんなさい…………ごめんっ……なさいっ…………俺を嫌わないでっ! 助けてっ……俺、どうしたらいいのっ! 怖いよ……怖い………………俺、どんどん弱くなる……動けなくなる………………助けて…………ハル…………助けてぇっ!」

「大丈夫よ、私は大丈夫。大好きよ、サル・シュくん。サル・シュくんだけを大好きよ……いつでも、いつまでも……」

 必ず、助けてあげるからっ!

  

 

 

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