【赤狼】女子高生軍師、富士山を割る。205 ~弱い兵士~

 

 

 

 

 ル・マちゃんの、『五つの先見』。

 一つ目の先見は、東に女が居る。

 二つ目はキラ・シの村を襲った鉄砲水。

 三つ目は『俺と父上の子供がキラ・シを救う』

 四つ目は『……俺は、父上の子を産んで……死ぬから……』

 ここまで、三つが当たってる。

 五つ目。

『そして、父上も、その子に殺される』

 五つ目が叶わないと、三つ目が叶わない。

 夕羅(せきら)くんを、ここで殺すことは、できない。

 私の問いに、ガリさんは何も言わなかった。

 そのためだけに、愛する息子に憎ませて、『今のキラ・シ』も全部捨てるつもりで育ててきた?

「サル・シュを、頼む」

 ガリさんが、初めて私に頭を下げた。

 キラ・シの鬼子、サル・シュくん。

 この最後の時に、言うことが、それなんだ?

 自分が弱くなってしまったから、サル・シュくんの願いを叶えられなくなった。それを悔いているのね。

 そんなの、サル・シュくんの勝手なのに。

 私がリョウさんの女だったら、リョウさんを頼んだ?

 それでも、サル・シュくんを頼んだ?

「ただ負ける気は、無い」

 ガリさんは、笑っていた。

「俺より強い戦士以外に、負ける気は、無いからな」

 沙射君を乗せた馬の前に立つガリさん。

 街門からちょっと出たところで止まった。

 街門の上に立ってる私からよく見える位置。

 そこに、戦車が一台、駆けてきた。

 白い鎧の戦士が飛び下りて膝をつく。

「曜嶺(ようれい)皇太子史留暉(しるき)。沙射皇帝の御前に馳せ参じましてございますっ!」

 銀髪金目の、史留暉君。

 相変わらず綺麗ね。

 曜嶺皇家ってお人形さんみたい。

 その、史留暉君の後ろに、ガリさんが進み出て、刀を、抜いた。

 山の上から、多分撤退の銅鑼なんだろうこだましたけれど。

 賀旨(かし)の戦車軍団が突っ込んで来たけれど。

 歩兵が逃げたけれど。

『山ざらい』が見張るかすすべてを二つにした。

 ガリさんが、笑っていた。

 笑って、私を見上げた。

 目の前の平原を刀で指し示す。

 三万の軍隊が、二つに折れて、荒野に血を吹き上げていく様を、私に自慢した。

 車李(しゃき)の城を落としたときのように。

 人生最大の戦果を、出した、ガリさん。

 まだ俺は強くなれる!

 その声が、聞こえたかのよう。

 実際、吠えてた。

 気配も全開にして、夕羅(せきら)くんの足元の岩山を崩せそう。

 本当に、『強いオス』でしかない、ガリさん。

 自分に、それ以外の価値を、持っていない。

 戦士だからこそ強さを求めた。

 戦士だからこそ、他を省みなかった。

 晴れやかだけれど、悲しい人生。

『人間』として生きようとすれば、もっと長く生きられるのに。

「あ……っ……」

 声を上げて史留暉君が振り返ったときには、ガリさんに振り下ろされようとした賀旨軍の刀が、地面に落ちた後だった。

 ガリさんが、沙射君の後ろに乗り上げて城門をくぐっていく。史留暉君は、賀旨軍団を振り返ったけれど、ガリさんを追った。

 歩兵のおなかの位置に合わせた『山ざらい』は、戦車に乗っていた賀旨軍団の足を両断した。

 だから、賀旨軍団8000人は、みんな、生きては、いた。

 紅渦(こうか)軍4000の騎馬は、山の高見から駆け下りて、街門が閉まる前に滑り込んできた。そうしないと、史留暉君だけ、取られちゃうから。

『山ざらい』に腰を抜かせた街の人達は、街門がしまっても、ただ呆然としてた。紅渦軍(こうかぐん)が落ち着いたら入れてあげるから、ちょっと待っててね……って言わなくても、みんな何も気にしてない感じ。多分、今、何がおこったのかもわからない筈。

 足の無くなった賀旨軍団が、うめきながらこと切れていく。

 誰も、助けようとはしなかった。

 助けられなかった。

  

 

  

 

  

 

 都大路を進む夕羅(せきら)くんが、私を一瞬見上げた。

 サングラスのように黒い紗を掛けていて、顔は顎しか見えない。その見えている顎も手の甲も、真っ赤。

 キラ・シが頬に紅を描くために持ってきた紅花の色。

『制圧』の時に女の人のくちびるに塗ったり、紋を描いたりしたから、あちこちで栽培して、今では雑草みたいにそこら中で生えてる。

 大陸には、それまで『あか』と言えば『朱色』だった。そこに血の色の赤を持ち込んだキラ・シ。

 そして、その赤を『真紅』と名前をつけて、体に塗った紅渦軍。

 キラ・シの伝統の一つ、紅花を、残そうと、してくれている、夕羅くん。

 真っ赤な歩兵が山から降りてきて、賀旨軍で生きている人の手当を始めた。生きている人を、門から見えない位置まで運んでいく。荼毘の煙がどんどん上がった。

 あの彼らが、キラ・シの子供たちなのね。

 騎羅史(きらし)城から、子供を奪われた、という報告は入っていないけれど、大人のキラ・シは殺されたのね。

 それとも、詐為河(さいこう)東の、戦士村に入れなかった子達かしら? あっちなら、籠城した今、さらに目が届かないわ。元々が、ゼルブが連絡を取ってくれる前提での村設立だったもの。

 夕羅くんは、都大路を、前を向いて馬で歩いて行った。史留暉君が、たまに彼を振り返る。沿道には、残った街の人が出てきて行列見物。喜んでいいのか、逃げていいのかわからない感じ。

 そうなの。私もわからないのよ。

 ガリさんがどうするのか。

 もう、20メートル後ろに『息子』がいるの。

 死んだはずの、息子が敵になって帰って来たの。

 どうするのかしら?

 私は、どうしたらいいのかしら?

  

 

  

 

  

 

 夕羅くんは、随分大きくなったわね。

 サル・シュくんと一緒。

 私は、16才までのル・アくんしか知らない。成長期を見てない。

 リョウさん以外は、赤い顎だけではル・アくんだとはわからない筈。

 サル・シュくんはどうかしら? 気づくかしら?

 ル・アくんは、知らないわよね。

『山ざらい』を掛けたガリさんの体が、駄目になってる、と。

 それは『前を見た』私だけが知っていること。

 ガリさんに、伝えては、いた。

 今、『山ざらい』を掛けたら、そのあと一年は、全力で戦えないし、もしかしたらそれで死ぬかもしれない、と。

 それでもガリさんは、した。

 三万人以上を一気にさらったガリさんの名前は、これでもう、『伝説』になる。紅渦軍と煌都(こうと)の人達が生き証人。

 キラ・シ軍は、全軍で一万五千人。紅渦軍は現在、城内に四千人になった。

 数だけで言えば圧倒的に足りないけれど、キラ・シ本隊は3000に足りない。その他は、サル・シュくんが嫌がった『弱い大陸の兵士』。

 キラ・シ本隊も、その大部分はナンちゃんのような第二世代の若戦士。

 第一世代は、ル・アくんが知っている通り、200人。化け物な強さを誇るのも、その200人、だけ。

 14才で部族五位にいたル・アくんなら、第一世代のキラ・シでも、100人以上は一人で殺せる。

 対して紅渦軍は、殆どがラスタートの騎馬民族。

 あれがラキシタ君かしら。夕羅くんのすぐ後ろ。お父さんによく似た大きな体。ショウ・キさんより大きいかしら?

 あ、山の上に、まだ紅渦軍が残ってる。輿があるわ。女の人がいるのかしら?

「ハルーっ! 戦にならなかったぞっ! どうなんのこれっ! あの先頭の赤いのが一番強いんだろ? 殺してイ?」

 城壁の上をサル・シュくんが駆けてきた。私を抱き上げて、宮殿へと歩いていく。走らないなんて珍しい。

「ガリさんに聞いて」

「今のガリメキア、話しできない」

 

 

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