【赤狼】女子高生軍師、富士山を割る。207 ~髪には神がやどる~

 

 

 

 

  

 

  

 

  

 

「二年……?」

 もう、サル・シュくんはニコニコ笑ってた。

 それは、どういうこと?

 バルコニーに出たら、沙射君と史留暉(しるき)君が街に手を振ってる。

 凄い歓声。青い空。

 サル・シュくんは笑顔。

 笑顔。

 凄い、血のにおいが、上がってきた。

 サル・シュくんは振り返らない。

 練兵場の悲鳴が、剣撃が、空に吸い込まれていく。

 城壁の前の街の人達には一切聞こえないんだろう。

 史留暉君も、沙射君さえ振り返ったのに、サル・シュくんは、ずっと空を見上げてた。

 大きな気配がお城を包み込んでも、なお、雲を見てた。

 ガリさんが、全開、した気配、なのに。

「キラってさ、空から山に降りてきたんだって……空の上ってどうなってるんだろうね」

 サル・シュくんが呟く。

「空の上には、もっと空があるよ」

「そうなんだ?」

「空の上に月があって、太陽があるよ」

 京守さんがチラリと私を見た。そして、その視線が階段に、ずれる。

 誰かが上がってくる足音。

 ハァハァ喘いでる。途中で休んでる。また二段上がって止まった。私より体力ないな。

 誰?

 黒い髪の……誰?

 白い横顔。くるくるした髪が耳元から顎に揺れてる。

 凄い……美少女…………!

「ああ……やはり……こちらに……いたの……だね………………」

「ナール・サス、すまん。私は振り返ることができない」

 史留暉君が、下に手を振りながら声だけ投げてきた。

「わかってるわかってる。君にそんな器用なことは求めないよ。

 京守(けいしゅ)殿、君、僕がまだ山を降りてないのを知っていて城門を閉じたよね?」

「キラ・シの援軍が入ってきては面倒だったのですよ」

 ああ、山の上にいた紅渦軍(こうかぐん)の残りの人!

 そして、男の人っ!

 この世界、美少年多すぎ。

 まぁ、美人集めて子供生ませてりゃ、王子様は美形になるもんね。こんな戦乱の世の中では、深窓の王女様に会うより王子様に会う方が多いから、『出合う美少年の比率』が高くなるのはわかるわかる。眼福。

 彼は、汗だくの顔を袖で拭って、私を見た。

 ニコッと笑うと、本当に綺麗。

「キラ・シの人だね。マリサス国王ナール・サスだよ。いつぞやは、突然のご来訪、歓迎もせずに申し訳なかったね」

 マリサス? あの、ル・アくん毒矢事件の国? そう言えば、煌都(こうと)に来たときに、属国に出す書簡を送ったっけ? ずっと、上納があったわよね。ここの蜂蜜はおいしかった!

 あれは一方的にキラ・シが奇襲したことになってるし、いまさら何も言わない方がいいわよね。というか、これ、厭味よね?

 サル・シュくんも空から彼を見て、また空を見上げた。

「誰か、この状況を説明してくれないかな?」

「あなたはなぜ、こちらにいらっしゃったのですか」

 京守さんがそっと囁く。静かな声なのに、なぜか歓声にかき消されない、芯の通った音。

「ここが一番安全だと思ったからだけど……」

 王様がサル・シュくんを見て、ラキシタ君の向こう側に隠れる。

「なんだよナル。俺のそばに来るなんて珍しい」

「……同数の警護をつけてる……の、かな? 僕は警護のウチに入らないから、気にしないで」

 そりゃ、あの階段を上がってきただけでハァハァ言ってる人は警護される人よね。つまり、紅渦軍(こうかぐん)に足手まといが増えた、ってことになる。

 まぁ、そんなこと、もう関係ないだろうけど。

 あぁ……サル・シュくんと私、同時に、泣いてた。

 練兵場からの気配が、消えた、から。

 ガリさんの、気配が、消えた、から。

 なんて青い空。

 雲もなくて、風もなくて……

 血のにおいさえ、一瞬とだえた。

 静かな石畳に、私の涙がおちた。

 ガリさんが………………死んだ……

 キラ・シが、負けた!

 サル・シュくんが私を後ろに下ろして刀を抜いた。ラキシタ君も抜いて、咄嗟に史留暉君の後ろに立つ。

 ワアアアアアッ! って、練兵場から鬨の声が上がった。

 ただ騒々しかったそれが、一つの単語にまとまって来る。

「夕羅っ! 夕羅っ! 夕羅っ! 夕羅っ! 夕羅っ!」

 羅季(らき)語だ。

 当然だよね。

 ガリさんが死んだんだもんね。

 キラ・シは、誰か、生きてるかしら?

 ナンちゃんはどうしたかしら……他の子供たちは?

 ラキシタ君が、こっち、来た。彼も刀を抜いてる。

 このバルコニーに出る道は、あの階段を登ってくることだけ。ラキシタ君より、サル・シュくんのほうが、近い。

「向かってくるなら殺すぞ」

「その階段から上がってくる奴に、あんたが飛び掛からないようにしたいだけだ」

「しねぇよ、そんなこと」

「本当に?」

「ハル、これ持ってて?」

 サル・シュくんが、自分の髪をまとめてつかんで私に渡した。

 首筋に刀を突っ込んで、引く。

「きゃっぁっ……」

 私の手から、サル・シュくんの長い髪がだらって…………ひゃぁっ! 咄嗟に手放しそうになって抱き締めた。それをサル・シュくんががさっとつかんで投げる。

 カランカンカンカラン……って、髪の玉が石畳に転がった。

「キラ・シが、消えたんだからな」

 頭を振ったサル・シュくん。

 なぜかしら?

 髪は黒いのに、白い鳥が飛び立ったみたい。

 綺麗……

 短い髪のサル・シュくんなんて、初めてみた。

 無造作に切ったから、左が鎖骨に届くぐらい長くて、右が耳元のストレートボブ。頭の上の簪はそのままだから、そこらへんがまだ長い筈だけど……

 アバンギャルドなメンズゴスみたいになってる。

 ナニ系って言えたら面白そうだけど、そこまで知らないわ。でもそのままクラブのブラックライトの下で、凄く目立つだろうな……

「あー…………軽いっ! えっ? 軽いっ!」

 頭をぶんぶん振り回して目を丸くして私を見た。

 この殺伐とした雰囲気で、そんな声を出せるの、本当に君だけだよね。

 彼の胸から私のおなかまで、細かい髪の毛がいっぱいで、チクチクするっ!

「そりゃ……あんな長い髪切り落としたら、軽くなるわよ」

 かゆいかゆい、ってあちこち払ってるけど、お風呂入らないと落ちないよそれは。

「髪ってそんな重たかったの?」

「一キロぐらいあるよね」

「イチキロってどう?」

 ああそっか……度量に関してはキラ・シってなかったな……

「産まれたばかりの子供の半分ぐらい」

「そんな重たいのっ!」

 史留暉君まで、横目でサル・シュくんを見て目を丸くして、そのあとほっこりと笑った。

 髪には神がやどるんだよね?

 キラ・シの神が宿るんだよね?

 その神様を、サル・シュくんは、切り捨てたの?

 

 

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