”【赤狼】女子高生軍師、富士山を割る。208 ~焼き肉~”

 

 

 

 

  

 

  

 

  

 

 あ……焼き肉のにおい?

 階段を上がってくる。この気配は、夕羅(せきら)くんだ。

 ガリさんとやったあと、気配ダダ漏れのままだよ。相当疲れてるんだろうな。階段を上がってくるのが遅い。

 バルコニーに顔を出す前に、止まって呼吸を整えてる。

 史留暉(しるき)君と沙射君も振り返った。

 町の人も、少し、静かになった。

 出てきた赤い姿に、ラキシタ君が笑顔を見せて、サル・シュくんも振り返る。

 焼き肉のにおい…………夕羅くんの右手だ! 肘から先がっ、ないっ! 出血を焼き潰してきたんだ!

 サル・シュくんが大きな息を吐いて、もっと気配を消した。

「夕羅っ、お前っ! 右手っ!」

「無傷では勝てなかった」

 左手に刀を握ったまま。

『前』の彼は五体満足だったのに……そういえば、あの時は、ガリさんが左目を怪我して見えてなかったから?

 彼が、サル・シュくんを見て、そこに散らばってる髪の毛を、見た。

 夕羅くんもラキシタ君も、サル・シュくんの髪の毛を踏んで立ってる。

 もしかして、この髪、滑る?

 油撒いたような状態?

 テキトーに捨てたように思ったけど、敵の足場を奪う目的も、あった?

 敵の足場を奪う目的『が』あった?

 あら……夕羅くんのほうが、少し、背が高い……よね。

 サル・シュくんが、腰の袋に手を二回突っ込んで顔をこすったら、真っ赤になった!

 椿油をつけた手で、紅花の粉を取ったんだ。

「はいっ! これで俺も紅渦軍(こうかぐん)っ!」

 残った手で私の顔までヌリヌリ。ウウ……

 紅花の甘苦い匂いがすごい……

 私の手までヌリヌリ。自分の手も塗って、まくってた袖を下ろした。とりあえず、出てるところはみんな赤くなったね。

 紅渦軍に帰順するってことは、死ぬ気はないんだ?

 サル・シュくん、生きてくれるつもりなんだ?

『あと二年、生きていてあげる』

 あれは、そういうこと? ホントに?

 良かったっ!

 夕羅(せきら)くんも、静かに大きく息を吐いて、二回頷いた。

「お前が、毎日俺と鍛練すること」

 サル・シュくんが小指と薬指を立てた。

「20プンでいい。二年間、毎日だ」

 夕羅(せきら)くんが頷く。

「わかった」

 二年間?

「羅季(らき)語は覚えろ」

「条件つけられる立場だと思ってんのかよ」

 夕羅くんの言葉に、サル・シュくんがカチンと反応した。語尾を下げた、明らかな恫喝。

 ラキシタ君と史留暉君が、振り返った。夕羅くんも少し目を丸くしてる。ここで怒るとは思わなかったんだろう。

「今すぐ、お前ら全員、根絶やしにしてやろうかっ!」

 サル・シュくんの『全開』で、沙射君とナール・サス王様が腰を抜かした。街の人がシンとして、史留暉君が慌てて沙射君を支えて立たせる。

 切った襟足の髪が、本当に逆立ってる。

「腕が治って、調子が戻るまで、二年は待ってやる、ってだけだ。ガリメキアに腕取られた奴がつけあがるな」

 夕羅くんが眉を寄せて顎を引いた。

「この煌都(こうと)の奴ら、ハル以外全員殺すぞ。

 今、すぐに」

 赤い炎が空に登ってく感じ……

「約束だろ、坊や」

 サル・シュくんが、夕羅くんの右手の傷に指を突っ込んだ。ヒャァッ! よく声出さないな、夕羅くん。

 キスできそうな距離で、畳み込む。

「お前は、俺を、ちゃんと、殺せ」

 ラキシタ君が眉を寄せて、サル・シュくんと夕羅くんを交互に見る。

 ああ……だから、なのね……

 だから、キラ・シを捨てたのね、サル・シュくん。

 ガリさんじゃ、殺してくれないから。

 ここに登ってきた最初から、捨ててたのね……

 だから、私と来て、くれたんだ?

 私のためじゃ、なかったんだ?

「そうしないと、凶つ者(まがつもの)を解き放つぜ? この大陸に」

 サル・シュくんが、ここから全員を殺してまわる……と?

 彼なら、できる、よね。

 どこまで息が続くかしら。

 誰が彼を殺してくれるかしら。

 煌都の全員を殺すのに、何日かかるかしら?

 動くものが無くなった煌都から、他の都に移れるかしら?

「俺との鍛練は、来月から一日一ジカンな。鍛え直してやるよ。

 そうそう、叛乱とかあったら、出るからな。月に一度はちゃんと殺させろよ? じゃないと、お前ら殺すぞ」

 サル・シュくんがラキシタ君を見たら、彼もびくっ、と肩を揺らした。

「お前も、大口叩けるだけ強くなれよな。二年後に今のままだったら、こいつより先に殺すぞ」

 私を抱き上げて、サル・シュくんはバルコニーを下りた。

 後ろでラキシタ君の「イルヤクイルヤク……こえーっ!」という声が聞こえる。

 玄関に下りた彼は、そこにあった地図とかの画板に火をつけた。

 そして、練兵場へ。

 既に死体の運び出しが始まってる。

 この大陸最大の戦の筈だったのに、こんな最小限の被害で済んだ。

『殺すためだけ』の戦。

『キラ・シは全滅』。

 荷馬車に積んで、どこかに捨てるのね。ゴミみたいに、捨てるのね。

 練兵場のど真ん中に、丸く、死体のない場所があった。

 ああ、ここから向こうは、白い肌の兵士だわ。二つになってる。二回目の『山ざらい』が、出せたのねガリさん。

 あそこからまた紅渦軍(こうかぐん)は減ったのね。

 ウィギの騎馬戦士たちが死んだのね。

 ガリさんも、左腕が無くなってた。夕羅くんより、ズタズタ。

 でも、二回も『山ざらい』を出したなら、もう体もボロボロだったでしょう。『全力』では、ないわよね。

 でも、ガリさんの、この時の全力よね。

 血を吐いたくちびるが、少しだけ笑ってる。

 胸を貫かれたんだから、痛いだろうに、苦しいだろうに……穏やかな顔をしてる。

「いいなぁ……ガリメキアは………………自分より強いやつがいて……」

 サル・シュくんが、刀を、抜いた。

「……きゃぁっ!」

 ドン、と、ガリさんの口に刀を突きたてて、首を斬った。かすかに見えていた笑顔は、もう、ぐしゃぐしゃ。

 他にも、リョウさんやショウ・キさんの首を斬っていく。

 ナンちゃんも、いたわ……俯いてたから、見過ごすところだった。ガリさんより、ズタズタだわ……

「死ななかったから、雑魚に寄ってたかってとどめを刺されたんだ…………」

 サル・シュくんは、ナンちゃんの首は落とさなかった。

 キラ・シは全員、刀を取られたみたい。矢も刀も、無くなってた。ナンちゃんの右手もひき殺された蛙みたいにぺしゃんこ。指も無くなってた。

 刀を放さなかったから、切り落とされたのね。

 死んでも、放さなかったのね。

 ガリさんに一番近い場所で、ガリさんに向かって右手を伸ばして、倒れてた。

 私の子供は、全部、死んじゃったのかな……

 おなかで誰かが蹴った。

  

 

 

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