あの時のガリさんは、私が名乗ったら、『ハルナ』って呼んでくれた。
ちゃんと、キラ・シの男の人は、女の人に優しかったと、思う。
『自分のもの』って言うだけは、優しくしてくれたと、私は、思ってる。
だから、女の人達、キラ・シの戦士についてきて、あんな詐為河(さいこう)東の荒れ地に住んでくれたんだと、思う。
「『下』に降りて、本当に思った」
夕羅(せきら)くんが、残った左手を天井に伸ばして、呟いた。
「たくさんいる女を見て、間違ってなかったと思った。
ラスタートなんて、女でも戦えるんだ。
だから、させれば、女は男と同じことができる。
キラ・シでも、キラ・ガンみたいな酷いことはしてなかったけど、女は女館に閉じ込めてた。
女は喋れないし、歩けないのが普通だった。
キラ・シでも女を、男と『同じ人』だとは思ってなかったと、思う。
それが『女の人』になって、出たんだろう……と、思った」
「……凄く、考えたのね」
「凄く、考えた」
腕を下ろして、私にキスする夕羅くん。
「ハルが泣いて感動してくれるほど、良い答えだったと、自負してる」
目からこめかみに、拭ってくれる、長い、指。
ル・アくんの頃は、まだたくましさが追いついてなくて、蜘蛛みたいに長いって感じだった。太さが追いついて、それほど違和感なくなったわね。
ガリさんと同じ指ね。
「シュクダイ、終わらせたからな」
夕羅くんも、泣いてた。
「ハルが、キラ・シの中で、普通に歩いて喋っててくれて……あの時、凄く嬉しかった。
キラ・シはちゃんと、女の人と生活できてるってことが、嬉しかった」
もう、夕羅丞相は、消えてた。
5才のル・アくん、になってた。
「女も、戦える世界になると、いいな」
私の胸に額を押しつけて、泣いてる、ル・アくん。
「ちゃんと、弱い奴を守れる世界になると、いいな」
君を抱きしめても、腕がまわらない。
大きな男の人なのに、子供のように、泣くのね。
いつまでも、子供なのね。
「手足を切り落としたりなんかしなくても、女を守れる世界に、したい……」
そうして泣いた夕羅くんも、二年後に、死んだ。
彼が死ぬ前に、紅渦軍(こうかぐん)の面々がバタバタと死んでた。
史留暉(しるき)君も、賀旨(かし)に帰る途中、雪山で遭難した。
誰かの謁見で、侍衣牙将軍が夕羅くんを殺しにかかった。その理由は今でも不明。
あんなに、夕羅くんが好きだったのに?
夕羅くんをかばった、宰相の京守(けいしゅ)さんが即死。夕羅くんが侍衣牙君を刎ねた。京守さんは国葬をされたけど、紅渦軍にあんなに尽力した侍衣牙君は国賊として葬られた。
ナール・サス王も外交大臣を辞職して国に戻って、マリサスはほぼ鎖国になった。
ウィギ王のラキシタくんも、夕羅くんの暗殺未遂で葬られた。
キラ・シが滅ぶ前に、櫛の歯が抜けるように重要な人達が居なくなったときと、似てる。
でも、あの時と今は、違う。
誰も、引き抜いては、いない。
本当に彼らは、次々と死んでしまった。
みんな、若かったのに……
誰にも攻められてはいなかったのに。
戦争なんて、してなかったのに!
どうして?
そして、夕羅くんの死が、沙射皇帝の口から発表された。
「夕羅丞相の功績をたたえ、丞相の職は彼だけのものとします。彼が約束したことは全部、わたくしの名に置いて、継続します」
沙射皇帝の声からは、夕羅くんに対する怒りは、見て取れなかった。
けれど、私のところにも、暗殺者が、来た。
救ってくれたのは紅渦軍にいたリョウさんの息子と、マリサスのリズ・ナルくん? シュッとした美人の……男性? だよね? 誰?
「私は、ナール・サス王の近習です。王が、ハルナ様をお守りしたいとおっしゃっておられます。いらっしゃいますか? この王宮にいたら、間違いなく、あなたさまは殺されます」
なぜ? どうして?
それは、マリサスでようやく聞けた。
「沙射皇帝が、紅渦軍の関係者を全部殺してる」
だから、ナール・サス王は先に国に逃げたらしい。
「どうして私を助けてくれたの? 沙射君が私を追い駆けて来たら大変なことになるよ?」
おなかの子は、夕羅くんの子だから。それを殺したいのかもしれない。
王様は、テーブルにあった、綺麗な香炉を手にとった。
「これはね、ナガシュで300年前に作られた香炉だよ。あそこは暑いから、これを水に浮かべて、冷たい煙を愛でたんだって。チエヘネトって言われる、青い色が見事だろう? この青は門外不出で、どうやって作るのか分かっていないんだ」
「それはたしか……石英と石灰と灰と銅……で焼いたらそうなるって聞いたことがあるわ」
「ナガシュに居たときに見たの?」
テレビで見ただけなんだけど……こんなに食いつかれると思ってなかった……
「……ま……まぁね…………粘土を使わずに、石英の粉だけで、どうにか固めて焼くんですって」
「石英の粉……って、固まらないよね?」
「それをどうにか固めて乾燥させるんですって」
「粘土を使わない、ということ?」
「そうみたい」
はー……、か、あー……、かわからない息を吐きながら、王様が何度も頷いた。
「君が、そういうことを話してくれるから?」
「ナニ?」
「君を、助けた理由」
ああ……そんな話、してたっけ?
「そういうことを、あなたは理解してくれるから」
白貂の、気持ちいいカバーがかかったソファー。私の隣にするりと王様が座って、ニコッと笑う。
なんて綺麗な人。
「長い鎖国になる。
もう、新しい友人もできない。
長い長いそのを、あなたと一緒に、過ごしたかった」
私の手を捧げ持って、チュッと指先にキスしてくれた。
「覚えてるかな? 王妃になってほしい、と言った事」
「他に、王妃様、いたよね? 四人ぐらい」
「駄目かな?」
「凄い若くて美人ばっかりだったじゃない。ねぇちょっと……私、もう子供が埋めなくなる年だよ? 君、私の子供みたいな年齢じゃないの!」
「丞相もそうだっただろう? 彼は僕より二つ下だったよね?」
「……あ…………そりゃ、そう……だけど……」
「最後に、僕の子を、産んで?」
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