見渡す限り、街が……燃え尽きた……
あの時逃げてたって……間に合う距離じゃ……ない……
「これで、地下3階まで、全焼っ!」
「なんでっ……なんでこんなことっ! 殺し屋ならっ、単体で狙いなさいよっ!」
「なんで? だって、ハルがル・マに言ったんだろう?」
座ってても、肘掛けを握りしめてないと怖いヘリの中。両方のドアが開いてて、燃えてる大学が見え続けてる。
それでもサル・シュくんは、ナニにもつかまらずに、肩をすくめて両手を肩まで挙げてヒラヒラ。アメリカンな『ホワーイ?』のポーズと陽気な笑顔。
乱れた口紅。喉までしたたってるマスカラ涙。
まるで、ピエロのお面みたい。
男の顔で笑って、粗雑なしぐさなのに、巨乳の白いドレス。大きく結い上げた黒いツヤ髪。ほつれて落ちてるのがまたセクシーで、この場にそぐわなくて、気持ち悪い。
頭がおかしくなりそう。
その上で、ナニ?
「ル・マちゃんになんて、まだ、会って……ない……」
『現世』でのル・マちゃんは、ガリさんの所にいるって……
「『前』、言ったんだろう?」
北海道のホワイトアウトの中に立ったらこうだろうか、ってぐらい、ゴオゴオと風が耳をつんざく中、彼の声はクリアに聞こえる。
「ナニ?」
「俺が、ル・マと競争してたから、誰より速くなった、って……」
……それは、確かに、言った、覚えが、ある。
でも、なんで、そんなこと……今さら…………
血をなめたようなくちびるが、三日月みたいに笑ってゆがんだ。
耳を抑えても聞こえる、彼の高笑い。
なんて、楽しそうな…………
「『あの時』はできなかった。あの時は味方だった!
俺は死ぬまでガリメキアが好きで、どうしようもなかった! 俺より強い奴なんて、キラ・シ以外にいなかった! だから、俺は、強くなれなかったんだっ!
でも、『今』は違う」
サル・シュくんが、ドレスを破り捨てた。
黒い、戦闘服。口紅と髪形が、合ってない! おっぱい用のハーネスを脱いで、別のハーネスを、つけた。肩と腰と足まで、カバーするタイプの……パラシュートっ? ここから降りるのっ?
簪を抜いて、ゴーグルのヘルメットかぶって……
背中から、翼がっ!
とっさにヘリのナニカの紐に掴まったけど、腰をつかんで引っ張られたら、耐えられるっわけっないっ!
「きゃっぁっ!」
ヘリから飛び出した! 足が膨れ上がるみたいにあついっ……服が……ビシビシ凍っていくっ! 寒いっ! 凄い、スピードっ!
私達が乗ってたヘリが……爆発、した。
なんでそんな爆発するの……?
山を越えて……あ…………息が…………っ…………
ふっ……って……おなかが冷たくなった。
私を抱いてたサル・シュくんの腕が……
離された?
「きゃっ……ぁっ………………ぁっ!」
落下っしてるっ! 谷底っ!
『助けて欲しかったら、サル・シュくん愛してる、って叫んで?』
耳の中から声がした。ナニカ、耳に入れられたっ? だからさっき、耳をふさいでも彼の笑い声が聞こえたの?
でもっそんなの、どうでも……いいっ……
言わなかったら落とされる?
ここで、死ねる?
また、富士山噴火からやり直し?
それとも……人生、終わり?
手を広げた方が落下速度遅くなるとかいうけど、無理だよっ! 腕なんて、広げられないっ! これ、あれだっ! 初めてキラ・シの馬に乗ったときの……『馬の首を立たせれば馬は止まるけど、馬の筋力に勝たないといけない』っていう……あの無茶だ!
何一つ、体が動かせないっ……
クリスマスツリーみたいな木に刺さるっ!
おなかっ……あっ!
サル・シュくんが、掬うみたいに私を持って上がった。今度は、上空にっ……っっあっ……っ…………ふわって真っ白になった。
『失神はさせないぜ?』
意識が無くなり掛けた寸前に苦しさが消えた。
頭痛い……足が破裂しそう……歯がガチガチ鳴って…………息が苦しい。寒い……
『言わなかったな、ハル…………お前は本当に……強情だ……』
ククッ……て耳元で笑われるのが、不愉快っ!
『それってさ面白いだけだぜ?』
何回あの崖を降りさせられたと思ってるのよっ! 落下の恐怖なんかっ……もうっマヒしてる!
ただ、雲が冷たいだけっ!!
震えてるのは寒いからっ! 泣いてるのはびっくりしただけっ!
怖がれば、彼を面白がらせるだけなんだからっ!
涙がピシパシッと、頬で凍りついて、痛い……
彼が抱き締めてくれる腕と、触れてるおなかだけが、あたたかい。
このまま体全部砕けてくれたらいいのに……
『お前は、俺のものだ、ハル』
頭の中に響いてくる。つむじにキスされた感触がおぞましい。
凍りついてもいいから、ここで手放して!
「わっ……ぁっ!」
雲を抜けたら、とたんにあたたかくなった。
物理的には、そこまで温度変わらないだろうけど、水滴やみぞれが叩きつけてくるよりはよっぽどぬるい風。
下にジャンボジェット……どこの? 真っ白に青いライン……どこの会社? 私達が見えてる? 通報してくれ……る…………
扉が、開いた……そこから見上げた人が、サル・シュくんに手招き、して、る……
『ハイ、ハル。あそこのドアに入ってー?』
「きゃっ……ぁっ!」
また……投げられたっ!
飛行機に激突するっ! わたわたしてたら上向いちゃって、何も、見えなく……あ、サル・シュくんが翼を畳んで、両手を体側に沿わせて私に落下……抱きしめられて、扉に、飛び込んだっ! クッションに私を抱いてぶつかって、扉が、閉まる。
吐いたら、洗面器で受けられた。防水シートまで敷いてある。本当に、全部、計算済み……鼻うがいまでさせられて、すっきりはしたけどっ……寒い……睫毛まで凍ってる!
ゴトン、ってサル・シュくんのヘルメットが床に落ちた。手袋が投げつけられる。気持ち悪くて払い落とした。
「ほら、もう反撃してきた…………、あいつら、生きてる」
なんの話?
「そりゃ、キラ・シが総なめしてオリンピック無くなったぐらいだから、身体能力凄いよな。ハハッ!」
50年前に、各国の選手団が90%キラ・シ人になったことがあった。先進国の視聴率が下がって、スポンサーが降りて、オリンピック無くなったんだ。日本の相撲が外国人だけになったみたいに、スポーツ界とか傭兵とか、体使うゲームとか、全部キラ・シが『制圧』した。あの身体能力の凄さは子孫にまで受け継がれてたから。もちろん、全員では、なかったけど。私とろいし……
リョウさんは『キラ・シ人が作った戦闘部隊派遣会社』。
各国にいたキラ・シの傭兵が、全部リョウさんの会社に集まったから、一気に世界一になったって……その分、他は傭兵が弱体化したって。
キラ・シ人がいないとスポーツできない、戦争できないって事態。
「まぁ……俺たちはそのオリジナルだから、もっと能力高いけどさっ。あっちもオリジナルだからなーっ!」
サル・シュくんが大判のメイク落としシートで一気に顔拭いてた。黒服が出してくれるナニカを次から次に顔に塗っていく。無香料の基礎化粧品。
女子力高すぎ。
「上空って乾燥するからいやよねー?」
最後に大きな毛布みたいなの持って、私に掛けてくれた。
「はい、ホカホカっ!」
あったかい毛皮みたいなのでくるまれた。ああ、本当……血が戻ってきた。
リョウさんに抱きしめられたの思い出した……
涙まで、溶けたみたい。
それをサル・シュくんに拭われて、毛布に顔を埋めた。
リョウさんが生きてる? あんな状況で?
助けに来てくれてるの? ホントに?
「あの大学、地下四階があるから」
「それを知ってて、あの爆弾っ?」
顔を上げたら、目の前にサル・シュくんがニチャッと笑ってた。
あいかわらず、本当に、綺麗なコ。
「死んだらダメだろ」
「殺すつもりはなかったの?」
ちょっとだけ、ホッとした。
「ハルが教えてくれたんだ」
サル・シュくんがにっこり笑う。
ここまでやって、『ドッキリ』はもう、ないよね。
だって、あの大学を爆破したのとか、本当、だよね? 私に幻覚かけた? そんなこと、できないでしょ? 私はゴーグルとかつけてなかった。合成映像を見せることは不可能の筈。
でも、そうであったら嬉しいと、心の底から思ってる。
そうだと、言って、欲しい。
そうじゃなかったら、どれだけの人が、今、死んだの?
「人間は、同じぐらいの実力の奴と競争したら、もっと強くなる、って」
私を毛布のまま小わきに抱えて、大きなセスナの中を歩いていく、サル・シュくん。
凄い豪勢な、リビング、ダイニング…………寝室っ!
「はい、到着」
そっとベッドに下ろされた。
そして彼は、黒い戦闘服のファスナーを下ろしながら、歩いてくる。
前と同じぐらい、白い、肌。綺麗な筋肉……
大好きだった……サル・シュくんの、顔と体。
なんで、涙しか、出ないの?
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