【赤狼】女子高生軍師、富士山を割る。221 ~背中から、翼~

 

 

 

 

 

  

 

 見渡す限り、街が……燃え尽きた……

 あの時逃げてたって……間に合う距離じゃ……ない……

「これで、地下3階まで、全焼っ!」

「なんでっ……なんでこんなことっ! 殺し屋ならっ、単体で狙いなさいよっ!」

「なんで? だって、ハルがル・マに言ったんだろう?」

 座ってても、肘掛けを握りしめてないと怖いヘリの中。両方のドアが開いてて、燃えてる大学が見え続けてる。

 それでもサル・シュくんは、ナニにもつかまらずに、肩をすくめて両手を肩まで挙げてヒラヒラ。アメリカンな『ホワーイ?』のポーズと陽気な笑顔。

 乱れた口紅。喉までしたたってるマスカラ涙。

 まるで、ピエロのお面みたい。

 男の顔で笑って、粗雑なしぐさなのに、巨乳の白いドレス。大きく結い上げた黒いツヤ髪。ほつれて落ちてるのがまたセクシーで、この場にそぐわなくて、気持ち悪い。

 頭がおかしくなりそう。

 その上で、ナニ?

「ル・マちゃんになんて、まだ、会って……ない……」

『現世』でのル・マちゃんは、ガリさんの所にいるって……

「『前』、言ったんだろう?」

 北海道のホワイトアウトの中に立ったらこうだろうか、ってぐらい、ゴオゴオと風が耳をつんざく中、彼の声はクリアに聞こえる。

「ナニ?」

「俺が、ル・マと競争してたから、誰より速くなった、って……」

 ……それは、確かに、言った、覚えが、ある。

 でも、なんで、そんなこと……今さら…………

 血をなめたようなくちびるが、三日月みたいに笑ってゆがんだ。

 耳を抑えても聞こえる、彼の高笑い。

 なんて、楽しそうな…………

「『あの時』はできなかった。あの時は味方だった!

 俺は死ぬまでガリメキアが好きで、どうしようもなかった! 俺より強い奴なんて、キラ・シ以外にいなかった! だから、俺は、強くなれなかったんだっ!

 でも、『今』は違う」

 サル・シュくんが、ドレスを破り捨てた。

 黒い、戦闘服。口紅と髪形が、合ってない! おっぱい用のハーネスを脱いで、別のハーネスを、つけた。肩と腰と足まで、カバーするタイプの……パラシュートっ? ここから降りるのっ?

 簪を抜いて、ゴーグルのヘルメットかぶって……

 背中から、翼がっ!

 とっさにヘリのナニカの紐に掴まったけど、腰をつかんで引っ張られたら、耐えられるっわけっないっ!

「きゃっぁっ!」

 ヘリから飛び出した! 足が膨れ上がるみたいにあついっ……服が……ビシビシ凍っていくっ! 寒いっ! 凄い、スピードっ!

 私達が乗ってたヘリが……爆発、した。

 なんでそんな爆発するの……?

 山を越えて……あ…………息が…………っ…………

 ふっ……って……おなかが冷たくなった。

 私を抱いてたサル・シュくんの腕が……

 離された?

「きゃっ……ぁっ………………ぁっ!」

 落下っしてるっ! 谷底っ!

『助けて欲しかったら、サル・シュくん愛してる、って叫んで?』

 耳の中から声がした。ナニカ、耳に入れられたっ? だからさっき、耳をふさいでも彼の笑い声が聞こえたの?

 でもっそんなの、どうでも……いいっ……

 言わなかったら落とされる?

 ここで、死ねる?

 また、富士山噴火からやり直し?

 それとも……人生、終わり?

 手を広げた方が落下速度遅くなるとかいうけど、無理だよっ! 腕なんて、広げられないっ! これ、あれだっ! 初めてキラ・シの馬に乗ったときの……『馬の首を立たせれば馬は止まるけど、馬の筋力に勝たないといけない』っていう……あの無茶だ!

 何一つ、体が動かせないっ……

 クリスマスツリーみたいな木に刺さるっ!

 おなかっ……あっ!

 サル・シュくんが、掬うみたいに私を持って上がった。今度は、上空にっ……っっあっ……っ…………ふわって真っ白になった。

『失神はさせないぜ?』

 意識が無くなり掛けた寸前に苦しさが消えた。

 頭痛い……足が破裂しそう……歯がガチガチ鳴って…………息が苦しい。寒い……

『言わなかったな、ハル…………お前は本当に……強情だ……』

 ククッ……て耳元で笑われるのが、不愉快っ!

『それってさ面白いだけだぜ?』

 何回あの崖を降りさせられたと思ってるのよっ! 落下の恐怖なんかっ……もうっマヒしてる!

 ただ、雲が冷たいだけっ!!

 震えてるのは寒いからっ! 泣いてるのはびっくりしただけっ!

 怖がれば、彼を面白がらせるだけなんだからっ!

 涙がピシパシッと、頬で凍りついて、痛い……

 彼が抱き締めてくれる腕と、触れてるおなかだけが、あたたかい。

 このまま体全部砕けてくれたらいいのに……

『お前は、俺のものだ、ハル』

 頭の中に響いてくる。つむじにキスされた感触がおぞましい。

 凍りついてもいいから、ここで手放して!

「わっ……ぁっ!」

 雲を抜けたら、とたんにあたたかくなった。

 物理的には、そこまで温度変わらないだろうけど、水滴やみぞれが叩きつけてくるよりはよっぽどぬるい風。

 下にジャンボジェット……どこの? 真っ白に青いライン……どこの会社? 私達が見えてる? 通報してくれ……る…………

 扉が、開いた……そこから見上げた人が、サル・シュくんに手招き、して、る……

『ハイ、ハル。あそこのドアに入ってー?』

「きゃっ……ぁっ!」

 また……投げられたっ!

 飛行機に激突するっ! わたわたしてたら上向いちゃって、何も、見えなく……あ、サル・シュくんが翼を畳んで、両手を体側に沿わせて私に落下……抱きしめられて、扉に、飛び込んだっ! クッションに私を抱いてぶつかって、扉が、閉まる。

 吐いたら、洗面器で受けられた。防水シートまで敷いてある。本当に、全部、計算済み……鼻うがいまでさせられて、すっきりはしたけどっ……寒い……睫毛まで凍ってる!

 ゴトン、ってサル・シュくんのヘルメットが床に落ちた。手袋が投げつけられる。気持ち悪くて払い落とした。

「ほら、もう反撃してきた…………、あいつら、生きてる」

 なんの話?

「そりゃ、キラ・シが総なめしてオリンピック無くなったぐらいだから、身体能力凄いよな。ハハッ!」

 50年前に、各国の選手団が90%キラ・シ人になったことがあった。先進国の視聴率が下がって、スポンサーが降りて、オリンピック無くなったんだ。日本の相撲が外国人だけになったみたいに、スポーツ界とか傭兵とか、体使うゲームとか、全部キラ・シが『制圧』した。あの身体能力の凄さは子孫にまで受け継がれてたから。もちろん、全員では、なかったけど。私とろいし……

 リョウさんは『キラ・シ人が作った戦闘部隊派遣会社』。

 各国にいたキラ・シの傭兵が、全部リョウさんの会社に集まったから、一気に世界一になったって……その分、他は傭兵が弱体化したって。

 キラ・シ人がいないとスポーツできない、戦争できないって事態。

「まぁ……俺たちはそのオリジナルだから、もっと能力高いけどさっ。あっちもオリジナルだからなーっ!」

 サル・シュくんが大判のメイク落としシートで一気に顔拭いてた。黒服が出してくれるナニカを次から次に顔に塗っていく。無香料の基礎化粧品。

 女子力高すぎ。

「上空って乾燥するからいやよねー?」

 最後に大きな毛布みたいなの持って、私に掛けてくれた。

「はい、ホカホカっ!」

 あったかい毛皮みたいなのでくるまれた。ああ、本当……血が戻ってきた。

 リョウさんに抱きしめられたの思い出した……

 涙まで、溶けたみたい。

 それをサル・シュくんに拭われて、毛布に顔を埋めた。

 リョウさんが生きてる? あんな状況で?

 助けに来てくれてるの? ホントに?

「あの大学、地下四階があるから」

「それを知ってて、あの爆弾っ?」

 顔を上げたら、目の前にサル・シュくんがニチャッと笑ってた。

 あいかわらず、本当に、綺麗なコ。

「死んだらダメだろ」

「殺すつもりはなかったの?」

 ちょっとだけ、ホッとした。

「ハルが教えてくれたんだ」

 サル・シュくんがにっこり笑う。

 ここまでやって、『ドッキリ』はもう、ないよね。

 だって、あの大学を爆破したのとか、本当、だよね? 私に幻覚かけた? そんなこと、できないでしょ? 私はゴーグルとかつけてなかった。合成映像を見せることは不可能の筈。

 でも、そうであったら嬉しいと、心の底から思ってる。

 そうだと、言って、欲しい。

 そうじゃなかったら、どれだけの人が、今、死んだの?

「人間は、同じぐらいの実力の奴と競争したら、もっと強くなる、って」

 私を毛布のまま小わきに抱えて、大きなセスナの中を歩いていく、サル・シュくん。

 凄い豪勢な、リビング、ダイニング…………寝室っ!

「はい、到着」

 そっとベッドに下ろされた。

 そして彼は、黒い戦闘服のファスナーを下ろしながら、歩いてくる。

 前と同じぐらい、白い、肌。綺麗な筋肉……

 大好きだった……サル・シュくんの、顔と体。

 なんで、涙しか、出ないの?

  

 

 

 

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