【赤狼】女子高生軍師、富士山を割る。117 ~サル・シュとレイ・カ禍つ物~

 

 

 

 

  

 

 【レイ・カの悲鳴】

 

  

 

  

 

 レイ・カが騎羅史に帰還して、リョウ・カを見舞った。

 キラ・シの女神、ハルが看病をしていて、レイ・カは微笑んでしまう。

 元々、今にも死にそうなほど貧相な上に、葡萄を一つ一つ食べたり、栗の薄皮を向いて食べたりと、面倒な女だとレイ・カは思ったが、彼女の知識がキラ・シの戦を楽にしたことは認めている。

 ル・マの先見は夢で出るらしく、ガリ・アしか解読できない。明後日雨が降るとかの天気はすぐに当たるが、ハルナのそれには及ぶべくもなかった。

 その彼女に、兄が入れ揚げているのをレイ・カも知っている。否、キラ・シ全員が知っている。

 そして、ガリ・アも、知っていた。

 来年、ハルを抱く権利が族長に移ったら、この兄はどうするだろう……と、レイ・カは少し心配だったのだ。

 だからといって、産後すぐの女を抱くなどと、誰も想像しなかった。

「どうかしてるぞ、リョウ。ガリメキアを裏切るなんて」

 リョウ・カは首を横に振るだけだ。

「……我慢できなかった……」

「ナニが?」

「サル・シュに、今日したらハルが孕む、と教えられて……我慢、できなかったのだ。

 次はガリだと、わかっていたのに……」

 あれだけ実直で豪気で、ガリ・アを好きな兄が『我慢できない』と震えて嘆く。その様にレイ・カは胸が痛んだ。

 キラ・シでは、女を抱くのは『勝ち上がり』の時だけだ。だから、誰も何も言わなければ、リョウ・カが手を出す筈がなかった。

 誰も、産んですぐの女がまた孕むなど、知らなかったのだから。

 だが、その話が回ってきたときにレイ・カがしたのは、リョウ・カを問い詰めるために騎羅史に帰ることではなかった。

 先日自分の子を産んだ女を抱いて回ったのだ。新たに制圧するよりよほど簡単だった。

 キラ・シの山は女が三人しか居ない。

 だから、『女を自分の所有にする』という感覚がなかった。

 それに、孕んでいる女を抱くこともない。

 山では、女の血の道が引いてから十日後に十日間しか女を抱けなかった。

 だから、下で『制圧』したが、あちらこちらの村で自分の子を産んだ女は、次は誰かの子を産むもの、と考えていた。だから、『制圧のし直し』が予定に入っていた。

 違ったのだ。

 自分の子を産んだ女は、制圧より簡単に抱けた。

『これは俺の女だ』

 キラ・シの全員がそれに気づいた。

 結果的にみなが、羅季(らき)や覇魔流(はまる)、貴信(きしん)に戻ってきていたのだ。

 最初にサル・シュがしたように、女の頬に紋を描くものもいた。

 レイ・カも、そう、したのだ。

 それでも笑って抱きついてくる女に、初めて愛着がわいた。

 リョウ・カのしたことをきいて、馬鹿なことを、と考えていたが、意味が分かったのだ。

『下』では、女はそういう意味で自分に抱かれていた、と気づいた。

 十カ月前に一度抱いて、そのあと一度顔を見に戻っただろうか。それだけなのに、彼女は自分を歓迎してくれ、子を見せてくれ、また抱いてくれとねだってきた。

 なんてかわいいのか……と、レイ・カは胸が熱くなった。

 その上で、ハルだ。

 毎日城にいて、しかも、あの働きをした、女。

 どんな愛着だろう……

 レイ・カは、リョウ・カの心を思うと身が震えた。

 ガリ・アを裏切っても良いと思うほどの執着を持ったから、そんなことができたのだ。

 サル・シュが入れ知恵したから、リョウ・カは踏み切った。

 ハルナからすれば、ガリ・アの制裁は過剰に映っただろう。

 違うのだ。

 ガリ・アが許してくれたから、リョウ・カは生きているだけなのだ。

 リョウ・カがベッドから立ち上がったから、レイ・カはハッ、と息をつき、共に石畳の城を歩いた。

 昼なお暗いそこは、壁の灯で照らされている。羅季(らき)城は美麗な灯台だったが、ここではたいまつが壁に取り付けられているだけ。無骨な城だ。

 玄関に下りたら、既にサル・シュはいなかった。地図のそばにはハルがいて、自分やリョウ・カに笑顔で手を降ってくれる。

『レイ・カさんお帰りっ! 怪我はない? 今日はね、ちょうど、レイ・カさんの好きな鶏肉があるわよ』

 帰還するたびに笑顔で迎えてくれた彼女。何もそこまで必死に走ってこなくても、とレイ・カは思っていた。

 何度か、彼女のいない帰還があった。具合が悪いから寝てる、とか、つわりが酷くて歩けないとか。

 とても心配で、顔を見に行った。安らかに寝ていて、安心したものだ。

 レイ・カは、最初から制圧に出ていたから、城に自分の女がいない。だから、長い間、気づかなかった。

 ハルはリョウ・カの女だ。それでも、いつも出迎えてくれることが嬉しかった。それは、『居なくなった時』にわかったのだ。

 いつもいつも一緒にいた自分の兄が、どれだけ彼女を大事にしていたか。

 それを思うと胸が痛くなる。

 サル・シュを見つけて、レイ・カは息をついた。彼とは幼いころかの付き合いだが、こうして離れているのは降りてからずっとだ。いつも、違う驚きを抱えていて、身構えてしまう。

 彼は、練兵場で鍛練していた。

 レイ・カもそれにまじり、汗を流した後、サル・シュが少し離れた茂みに歩いたので並んだ。

「ナニ?」

 彼の方から聞いてくる。

「いや……、リョウを、運んでくれてありがとう」

「アレは、俺のが当たったから、お礼」

 サル・シュは、軽く腹をさすりながら、肩をすくめて明るく笑った。

 いつもの彼だ。何も気にした様子はない。

「ナニを当てたんだ?」

「ハル、今日孕むぜ、リョウ叔父!」

 リョウ・カに言ったようにサル・シュは言い放った。

 レイ・カの眉間に深いしわが寄る。

 手に入れた女は、手に入れた男に最初の権利がある。そのあとは、『勝ち上がり』の順位での指名だ。

 そして、最初からガリ・アがそれに名乗りを上げていた。

 ハルの顔を見るたびに『次は俺だ』と言い続けていたのだ。

 あの執着は、レイ・カでもゾッとするものがあった。

『今』はリョウ・カのモノなのに、隙あらばハルに触ろう、キスしようとしていた。リョウ・カがそれでイライラしていたことをみな知っている。

 このままなら、次の『勝ち上がり』の時に、ハルの所有権はリョウ・カからガリ・アに移る筈だった。

 だが、今ハルが妊娠してしまえば、ガリ・アがハルに触れられるのは十カ月後になる。

 ガリ・アの怒りは正当だ。キラ・シの戦士はそれを理解していた。だから、誰もリョウ・カやサル・シュをかばわなかったのだ。

『ハルの働き』は見事だった。

 誰だって、あんな女の、子は、欲しい。

 リョウ・カも、欲しいのだ。

 もっと。

「決闘になっていたら、どうするつもりだった?」

 本当にそうなれば、リョウ・カは黙って殺されただろうか?

 ハルを連れてキラ・シを割れば、リョウ・カを慕うものはついていっただろう。

 ガリ・アの『山ざらい』は、怖い。

 だが、『下』に降りてきてから、リョウ・カが城を采配していたことをみな知っている。

 ハルがどれだけ働いたか、知っている。

 ガリ・アに、何人が残っただろうか?

 半数、残っただろうか?

 ゼルブはどちらについただろうか?

 サル・シュは、どちらについたのだろうか?

 レイ・カは気持ち悪い悪寒に歯を軋らせる。

 俺は、どちらについただろうか?

 それを、胸の奥に押し込める。

 みな、今回のことでそれを考えただろう。

 今回はガリ・アが我慢したから、そうならなかったのだ。彼自身も、ここでリョウ・カに切っ先を向ければどうなるかわかっただろう。

 だが、二人の友人関係は壊れているのではないかと、レイ・カは思う。

 次は?

 ガリ・アがハルを離さないだろう。その時に、リョウ・カはどうなる?

 それに、耐えられるか?

「族長がリョウ叔父に決闘、言い出したら、俺は、横で、リョウ叔父を応援したかな」

 サル・シュが軽く笑ったことに、レイ・カは眉を寄せた。

「お前……サル・シュ………………わざとか?」

「なにがー?」

 青ざめたレイ・カとは逆に、サル・シュは天真爛漫に微笑んで見せる。

「キラ・シの、内紛を、煽ったのか?」

 彼はきょとんとした顔でレイ・カを見ている。

 だが、ややあって、赤瓜がはぜたかのように、笑った。

「退屈だろ?」

「退屈? これから城を攻撃していこうというこの時に?」

「だってー……キラ・シの楽勝だろ。つまんない」

 楽勝には違いない。誰も死んでもいない。

 だが、戦は戦だ。人の命は散っている。

 今、死んでいるのは敵だけだが、自分もいつ、そうなるかわからない。

 強いから生き残れる。

 戦は、そんな簡単なものではない。

 サル・シュでも、うっかり戦場でこければ、周りから八つ裂きにされるのは目に見えている。

 戦慄しているレイ・カの前で、サル・シュは両手をあげて、『たいくつーっ!』と体を揺さぶった。

 昔、楽勝だと族長が笑っていた戦で、レイ・カは兄を亡くしているのだ。

 どんな戦でも、気を抜けない。一人一人、確実にとどめを指していく。戦は楽勝だったが、レイ・カは『楽』だと感じたことは一度もなかった。

 どこも死地だ。舐めてかかるととんでもない目に合う。

 他人の命を奪っているのだ。自分もいつかは奪われる。

 サル・シュとて、一対一では山で一番強いだろう。それでもキラ・ガンにさらわれた。それを一番知っているのはサル・シュの筈なのだ。

「お前はっ!」

 サル・シュの襟首を引き寄せようとしたレイ・カの腕は、たたき落とされた。そして、首に、切っ先を、突きつけられる。

 いつ抜いた?

 先程まで両手を頭上に上げていたのに。

「『勝ち上がり』で、俺の上に『居させてやってる』って、わかってんだろ? 逆らうなよ」

 プツッ……と、喉を突き抜けてくる、鉄に、レイ・カは生唾を呑み込んで傷口を広げた。

「ガリメキアは神じゃない……って、ことさ」

「キラ・シを、割ろうと、したのか? お前」

 サル・シュが右側を見て、レイ・カを見て、ニッ、と笑う。

「面白くなりそうだよな」

 サル・シュは確かに『変』だが、ここまで狂っていたか? とレイ・カは涙した。

「この先、どうなると思う?」

『変』なモノは早く捨てるべき。

 先人の教えは、正しかったのだ。

「お前は、どっちにつく? レイ・カ」

 凶つ者が笑っていた。

  

 

 

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