【ハルナ】
「ハルー、タンザク書いてくれー」
戦士が一杯持ってくるから、新しいタンザクに名前を書いていく。
地図が一瞬で真っ黒になったわ……
子供の確認と、再制圧で、みんな短冊の差し替えが大変そうだった。
「リョウさん、キラ・シの戦士って、本当にマメね。ちゃんと、最初の村に帰ってまた制圧してきたのね」
なぜか、リョウさんがゴホゴホと噎せながら、あっち行った。風邪かな? あんなところで寝てたし、褥瘡もどきが体中にあるし、今弱いよね、リョウさん。
「ハル、今日も元気だな」
「ありがとう、レイ・カさん。どこ回ったの? 短冊は?」
手を出したら、刀を出された。
なんで、抜いてるの?
「レイ・カっ! お前っ、ナニをっ! ハル! 避けろっ!」
リョウさんがこっちに走ってきてくれてる、けど、その最初の一歩より先に、レイ・カさんの刀が、私の、おなか、に……
え?
「ハルナ様っ! アアアアアアアァァァァァァッッッ!」
マキメイさんの悲鳴が甲高く玄関に響く。
「お前がいるとキラ・シが割れる、ハル」
ナニ?
リョウさんと、ガリさんの、こと?
あれって、もしかして、もっと、重大な事態、だったの?
「サル・シュが凶つ者(まがつもの)に取り憑かれたっ!」
レイ・カさんがそう叫んだ。
凶つ者? サル・シュくんに? どうして? なぜ、わかったの?
リョウさんの刀が、レイ・カさんの首を刎ねた。
飛び散ったのは、レイ・カさんの血だったのか、血走ったリョウさんの涙だったのか……
「馬鹿だな……レイ・カは、本当に……」
玄関の入り口に立っていたサル・シュくんが、手近の戦士を切り殺した。
そこには、キラ・シの戦士しか、いない、のに?
「なにっ? サル・シュっ……うわっ!」
「サル・シュに凶つ者がついたっ! 逃げろっにげっ…………ぐっぁっ……」
玄関が、突然ちまみれ。倒れてる私に、どんどん血が降りかかってくる。
ナニ? どうしてこんなことに?
キラ・シの内紛?
リョウさんと、ガリさん?
サル・シュくんと、キラ・シ?
あんなに、仲良かったのに?
今朝もサル・シュくん、普通にみんなと笑ってたよね?
サル・シュくんが、真っ赤なドレスを翻しているかのようだった。
「はっあっ! ……あっっ!」
富士見台の家っ?
ナニ?
あの死に方なに?
あのあとキラ・シ、どうなったの?
レイ・カさんはなぜ私を殺したの?
サル・シュくんはどうしてキラ・シを殺したの?
『サル・シュが凶つ者に取り憑かれたっ!』
レイ・カさんのあの声は……一体、どういう、こと?
そしてなぜ、森の中で最初に会うのがレイ・カさんなの!
勘弁してほしい…………
ああ、でも、逆に考えると、こうなったら絶対、レイ・カさんは私を殺さないよね? それは、安心……かな…………
あの時、リョウさんが、レイ・カさんの首を、刎ねた。
私を殺されたから?
実の弟なのに?
『お前がいるとキラ・シが割れる、ハル』
レイ・カさんが、そう、言ってた……よね?
私個人に対する、好きの嫌いのじゃ、なかった筈……
リョウさんが、私を妊娠させたことで、本当にガリさんが怒ったんだ?
部族が、割れると、レイ・カさんが考えた、ほど。
私がいなければ、元に戻ると、考えられた、ほど。
『サル・シュが凶つ者に取り憑かれたっ!』
リョウさんをそちらに導いたのは、サル・シュくんだった。
『ハル、今日孕むぜ、リョウ叔父!』
あんなことをサル・シュくんが言わなければ、リョウさんは、私を、抱く筈はなかった……よね?
あれが既に凶つ者に取り憑かれたから?
キラ・シの凶つ者ってあの黒いの?
アレに取り憑かれたら、どうなるの?
サル・シュくんは、取り憑かれたから、ああ言ったの?
キラ・シに、内紛を起こさせるために?
どうして?
「誰だ?」
「……ハルナです」
「ハルナ。どこの部族だ?」
「日本」
「ニホン? 聞いたことがないな。キラの一族ではないのだな?」
「あなたはキラ・シのレイ・カさん」
「……凶つ者か」
「えっ?」
「ニホン部族など知らないのに、俺の名を知っているのはおかしい」
あ……
富士見台の家だっ!
あそこで刎ねられたっ!
レイ・カさん……凄い、用心深い。
怖い。
そして、森では、またやっぱりレイ・カさん……
どうしよう。
「誰だ?」
「……ハルナです」
「ハルナ。どこの部族だ?」
「日本」
「ニホン? 聞いたことがないな。キラの一族ではないのだな?」
とりあえず、首を横に振ってみよう。
「そうか。達者でな」
「え?」
レイ・カさん、行っちゃった!
どうしよう…………
「誰かーっ、いませんかー?」
キラ・シのにおいが、しない。馬の足音も聞こえない。
レイ・カさんが最後尾だったら?
もう、近くにキラ・シが、いない?
あ、キラ・シのにおい。
あの、……煮出した毛皮の……にお……い…………
狼の群れに、囲まれてた。
そうか……キラ・シって、野生の獣のにおいだったんだ?
富士見台の家っ!
「どうしたの春菜。凄い汗よ?」
「……狼に…………食い殺された…………」
「なんの話?」
私、3時間ぐらい、生きてた。体かじられてたのに……
これ、死ぬときの怪我とかって痛さを感じてないのが唯一の救いだわ。
そして森で会ったのはまたレイ・カさん。
もう勘弁してっ! どうしたらいいのこの人っ!
「誰だ?」
「……ハルナです。女です」
「女?」
レイ・カさんが、やっと私に興味を持ってくれたっぽい。
ただ、全然、がっついて、来ない。
逆に怖い。
そういえば、レイ・カさんってどんな人だっけ?
いっつも前戦走り回ってて、殆どお城に帰って来ないから……
「どうしたい?」
なんなのこれ。口説きゲーなの?
「助けてください」
「助ける? 俺が無頼ならどうする」
「あなたは……そんなふうに見えません」
「どう見える」
この男っ……
「悪そうには全然見えないけど、理屈が先に立って融通のきかなそうな、馬鹿」
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