朝?
私の部屋のベッド?
ル・マちゃんはサル・シュくんの部屋かな?
おなか……痛い…………
食べられてはないみたい。怪我は、無い……よね?
立ち上がったら……ブシャッ……って、ナニカ……え? 破水?
臨月じゃないよ?
まさか流産?
慌ててスカートをまくったら…………
このにおい……
え?
昨日の、夢じゃ…………なかった……の?
私、誰か大勢に……犯された?
「うそ……」
そんなこと、『今まで』一度もなかったのに……
今までは、キラ・シにとって『女』じゃなかったから? 細すぎたから?
とにかく、洗わないと……
お風呂に駆け込んで、中、洗いたいのにっ、指が届かないっ!
「いやっ……いやっっっいやぁっっっ!」
「ハルナ様、どうされましたっ!」
「イヤアアアアアアアァァァァァァッッッ!」
叫んで、た。
吐いて、吐いて……吐いて…………
何も、食べられなく……なった…………
ベッドに丸まって、ル・マちゃん抱きしめて泣いてるしかできない……怖い……怖い……怖い…………
「ハルっ! どうしたっ! 食えなくなったってっ?」
レイ・カさんが階段駆け上がってきた。
一瞬、抱きつきたくなった……けど…………
「出て行ってっ! 私を見ないでぇっ!」
血が出るまで吐いた。
知られたくないっ!
レイ・カさんにだけは知られたくないっ!
【リョウ・カの兄弟】
「あの……リョウ様………………ハルナさまについて、お話があるのですが、お時間よろしいですか?」
マキメイが俺に話しかけてくるのは今に始まったことではないが、ハルのことについて?
フロで悲鳴を上げて気を失ったハルを、サル・シュがヘヤに連れて行った。そのあと、吐き続けてもう、二日も何も食べていない。指笛を吹いたからレイ・カがすぐに帰ってくるだろうが……
「ハルナ様……どなたかに乱暴されたのではないかと思うのですが……」
「ランボウ?」
「……えっと…………あの………………レイ・カ様以外の殿方……男のかた……に、子作りを……」
なんだと? 誰が? ジョカンにできるわけがない。
このシロにはキラ・シしかいないのに?
あの太ったリョウリチョウがするか? 長老のようなモッコウショクニンがするか?
キラ・シが? そんなことを?
他の女に手を出せば、殺されると、みな知っている筈なのに? しかも、ハルはレイの子を孕んでいるのに?
「サル・シュ、一昨日、誰がこのシロにいた?」
「どしたのリョウ叔父。……あの日は、少なかったぜ?」
「ハルを、犯した奴がいるらしい」
「……え? ………………キラ・シが? まさか……!」
また、ハルが吐いている声がしてる。
「ハルが招いたのではなかろう」
子供のサナでも、ハル一人、簡単に押し倒せる。ハルに逆らえる筈が無い。
「あれっ! あれがっ、……されたからっ! えっ、どいつだよっ! いつっ? 食えなくなったの今日と昨日なんだから、一昨日?
一昨日の、夜……?
あ、俺、ル・マとヘヤにいたっ!」
腹に3発埋めた。
「シロ守りでいるのに、ゲンカンにおらずにどうする……馬鹿者っ!」
「…………ごめん……」
「ごめんで済むことを祈れ」
サル・シュがいつになく青ざめていたが、守備を怠ったのだから、百石寸前の罰がある。
「リョウっ! ハルがどうしたっって?」
レイがカイダンを駆け上がってきた。
「出て行ってっ! 私を見ないでぇっ!」
なぜレイをいやがる? まさか、ハルが男を呼び込んだのか?
ル・マがトの前に立ってレイをおいやっている。
ハルの悲鳴。甲高く泣くたびにとなりでサル・シュが息を呑んでる。
ハルが静かになった? 寝たか?
ル・マを押し退けてハルのヘヤに駆け込んだレイが、ハルを抱き上げて、顔を拭いていた。
たかが二日でハルは痩せた。
顔など、最初に拾ってきたよりげっそりしている。
「ハルは寝たか?」
「ああ…………だが、凄い量を吐いてる……血のにおいすらするぞ? 一体どうしたんだ? その様子じゃ、悪いものを食ったとかじゃないのだろう?」
「キラ・シの誰かに犯されたかもしれん」
レイが一瞬固まって、ハルのフクをまきあげて確認した。
ドンッ……と、ガリのような気迫が、ヘヤから城中に波うっていく。「わ……わっ…………わ…………」と、サル・シュが怯えて泣きだした。
「誰だ……?」
やはり……そうか…………マドから、全員集合の笛を吹いた。
「サル・シュが、聞いていた。あの夜、五人の馬が帰って来て、朝出て行ったと」
「……五人? 誰か、わからないのか? サル・シュがゲンカンにいたのだろう?」
俺が『知らんようだ』と手を上げたら、サル・シュが謝る前に、腹に二発食らわしてカイダンを蹴り落とした。
帰って来た全員から、した奴は、すぐにわかったのがまだ良かったか……
レイを見て、逃げ出したから。
あとからキラ・シに来た奴らだった。
元からキラ・シでなかっただけ俺の気は休まったが、レイはまだ気迫全開のままだ。そのままシロも、サイコウすら、凍らせてしまいそうだな。ガリすら眉を寄せてくちびるを噛み締めている。
犯人をゲンカンに蹴り転がして、レイが首を取った。
その首を、ハルに見せた。
もう他にこんなことをする奴はいない。安心するだろうと、俺は思った。
レイも、そう思ったから、見せた、筈だった。
あのハルが、飛んで跳ねるようにテンボウダイへ駆け上がった。
サル・シュですら追えないぐらい、早く。
獣が鳴いているかのような叫びが、カイダンに、トウに響きわたる。
サル・シュは走れなかったから、レイが走った。
俺がテンボウダイに上がったとき、ハルは、ヘイの上に……あの身重の体で、どうやってそこに登った?
ナニをする……気だ……? あそこからできることなど……
「ハル……降りてこいっ! ハル!」
レイが、泣きながら叫んでる。
「ごめん……ごめんなさい…………レイ・カさん…………」
なぜ、ハルが謝る?
なぜ?
お前は、何も、悪くないのに!
「ハル!」
ハルは……あっちがわに………飛び下りた!
「え………?」
レイが……いない……
今、ここに、いた…………
ここにいたのにっ?
シロのイシダタミに……ハルを抱きしめたレイが転がっていた。
じわりじわりと二人の下に血があふれていく。
もっと、血が広がっていく。
ぴくりとも、動かない……レイとハル……
良かった……
ただ、それだけを、思った。
即死だ。
「……レイ……カ…………」
ようやく上がってきたサル・シュがそれを覗いて、またカイダンを駆け下りていく。
「間に合ったのだな、レイ……」
ハルが先に落ちたのに、レイの腕が、ハルを抱きしめていた。
眠っているだけのように、見えた。
二人のそばで、サル・シュが、泣き叫んでる。
「……一緒に………………死ねたな……? レイ……」
来世では、近くに生まれるだろう。
「初めて、お前が執着した…………女……と…………ずっと、居ろ……」
サル・シュの悲鳴がこだまする。
俺の兄弟が……全員、死んだ……
サル・シュは一言も喋らなくなった。
ル・マに抱きつかれても引き剥がしていた。
たまに赤い目で起きてきて、ふらりと制圧に出る。
あれは、用を足しとるのだろうか? 女の腹から凶つ者が生まれはしないか?
次の戦で、サル・シュは腕を失った。目も、殆ど見えておらんようだ。あの美しい顔が、ずたずたになっている。
「相棒がいないと…………ダメだな……
これでもさ……200人ぐらい……殺したん……だけ……ど…………」
「……5000は殺してたぞ……」
ガリが『山ざらい』の出し方を変えたように、サル・シュは、『刀折り』を変えていた。
水平に出せるようになった『刀折り』で、敵のヨロイを切らずに胴体だけ切れるようになってた。密集した敵がバタバタと倒れるのは見事だったな……
レイ・カの分まで戦果を上げようと、必死、だった。
ただ、キラ・シのために。
切れた腕を片手で止血して、笑う、サル・シュ。
久しぶりに聞いた声は、また、泣いていた。
「ジジイたちに全部おっかぶせて悪いな……」
「本当にな…………3位と4位が先に死ぬなど…………ありえん」
「ごめんな……リョウ叔父…………」
ようやく笑った口から血を吐いた。
ガリに向かって、残った手を広げる。
砕けた足。その腕さえ、地面から少し離れただけだ。
こんなに、若いのに……
「殺して、ガリメキア…………次も、あんたのそばに生まれるから……」
今回の戦で、ガリは何度、キラ・シを殺しただろう。
みな、サル・シュのように、来世でガリのそばに生まれると言い置いて、刎ねられた。
「本当に、ジジイだけが残ったな」
ショウ・キが笑う。
まわりを、車李(しゃき)の弓兵に囲まれていた。
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