またサル・シュくんを枕で殴った。
痛くないだろうし、避けないし、肚が立つ!! けど、他に、できることが、無い。
「言葉で反論できないからって、そうやって殴ってくるハルは、まともなの? 暴力反対なんじゃないの?」
別に、痛くないからいいけど……と、サル・シュくんは呟く。
でも、一度も、笑っては、いない。
「責めてないよ」
髪を撫でようとされたから逃げた。
「『まとも』なんてものにしがみつこうとしてるから、教えてあげただけ」
今度は、追い駆けては、来なかった。
どうする? もっと逃げる? もう、ベッドの端。逃げるなら、降りるしかない。どこに?
部屋のすみに?
「知らないのは、罪じゃない」
もっと、逃げた。
でも、ベッドの上。
「『まとも』ってなに? 多数決なの?」
ベッドの反対側に、逃げた。
「なら、先進国で水に困ってない奴より、発展途上国、後進国で水に困ってる奴の方が多いよ? 経済世界二位の中国も水不足だぜ? なら『まとも』は『真水を飲めないやつ』らじゃないの? 衛生的に『清潔』でない環境で住んでる奴の方が多いんだよ?
先進国だって、親が金なくて、学校にいけないやつなんてザラにいる。世界で言えば、八割以上がまともに勉強してない。
なら、受験勉強なんてできない奴の方が『まとも』だろ?
全世界の半分以上は、『今日生き残れるかわからない』状態なら、明後日のデザートにケーキを食べられるかどうかを悩めるのは、『まとも』じゃないよな?」
耳をふさいだ。
「古代の戦国時代に36人の子供を産んで、122才まで生きて、また未来に生まれ変わって、戦争で財をなした人殺しの親玉と電撃結婚して大統領に祝福される女子高生って『まとも』なの?」
頭の中に声が響く。
「ナニこれっ! なんで聞こえるのっ!」
「骨電動スピーカをハルの体に埋め込んだから」
「なんてことするのよっ!」
「小型追跡装置も入れた。ハルの心臓が止まったら除細動するようにしてある。ナノロボットをいれて、体を内側から自動修復させてる。ハルが喋ったことは、全部、俺に聞こえるし録音してる。低体温になったときは自動で上がるようにした。呼吸できなくても、一日は生きて居られるようにしてある。首を吊っても死ねないよ? 23時間以内に見つけるから。ハルの視神経にハックして、見たものも全部録画してる。どこかから落下したとしても、永久磁石を腰に埋め込んだから、どこかにくっつく。山とかなら、俺がカラビナで結んでる」
「な……何してくれてるの! 私の体に!」
「ハルが死なないように」
「だからって……」
「俺も同じことをしてる。俺を守るためだ。
守るからには完璧に守る。
思考のデジタルバックアップ技術が確立したら、随時接続する。この体が死んでも、クローンですぐに生き返るように。サイボーグ技術が先か、そっちが先か。まぁ両方やるよね。生き残る確率を高めるために。
言っただろ? 300才まで生かせるって」
指先が震えて冷たくなったのに、……カッ……と体が熱くなってきた。
「ハルは、怒ると体温が下がるから、少し上げるようになってる。それで気が散って、怒ってられない」
たしかに、今、気がそれた。
「ハルの『まとも』って、ナニ?」
「キミの『まとも』ってナニ!」
「俺のまとも? そりゃ、ハルが俺を愛し続けてくれることっ!」
キャハ、と笑う悪魔の笑顔。
「だから、ハルの好みを聞いてるの。
なれるなら、俺がなってあげるよ。いったい、どういうのが好みなの?」
「人を……殺さない人……」
「じゃあ、リョウ・カも無理だろ……って、話を、してるんだけど? あいつがこの人生だけで何万人殺したと思ってるの?」
言葉が、通じない……
たしかに、サル・シュくんの言うことは、間違って、ない。
でも、私も、そんなに、間違って、た?
「何度も言うけど、そのことでは怒ってないし、ハルを責めてもない。俺は、ハルを理解したいだけ。
ハルが喜ぶならなんでもしたいから、ハルの望みを聞いてるだけ」
「じゃあ……家に帰して……」
「ここがハルの家」
「……私が生まれた家に、帰して」
「爆撃したらなくなるよ?」
「やめてっ!」
「ナニをやめるの?」
「私の両親が住んでる家を、爆撃しないで……」
「わかった」
「父さんも母さんも殺さないで……あ、機械とか入れて、無理に長生きにさせないでっ!」
「わかった。
それと、さっき、爆弾仕掛けられたけど、解除、する?」
「え? なんで?」
サル・シュくんが壁時計を指さした。
「ハルがリョウ・カとくっついたから、アンチリョウ・カの過激派がハルの両親が住んでる家に爆弾を仕掛けた。
あと、五分で爆発するよ」
「なに? 爆弾って?」
「リョウ・カって救国の英雄だから。そりゃ敵国からしたらブラックリストのトップだよ。関係者の中で、一番弱くて、一番効果的なのから、殺すだろ? 今、赤マル急上昇で世界的注目を浴びてるハル。その家族はまだ無防備。だから、殺しやすいし、アピールもしやすい。
五つの組織が、ハルの両親を狙ってるよ。もちろん、ハルも狙われてる。
あの爆発は俺もできるけと、俺の組織の仕業じゃないよ。
俺はたんに、その爆発に合わせて、ハルを助け出しただけ」
私が、リョウさんとパーティーに出ただけで、そんなことに、……なるの?
「ハルがあの大学に、あの日、あの時間にいくことは、一か月前に決まってた。リョウ・カが派手にぶちかましたから、ハルの身元は全世界公開されてる。あの大学、受験者も記者もテロリストも殺到して凄かったんだぜ?」
リョウさんって、そんな人……だったの?
サル・シュくんが自分の右耳を押さえた。
「良かったね。今回はリョウ・カの手下が解除したよ」
「ナニ……を?」
「ハルが子供の頃から住んでいた家の爆弾の解除」
……心臓が…………止まりそう……
本当か嘘かもわからないのに……
「ハルが考えもなく、リョウ・カとテレビに映るから、こうなった」
反論……できない…………
「リョウ・カも馬鹿だよね。顔出し有名人なんて。
俺みたいに、顔写真なんてなきゃぁ、両親も狙われないのに」
本当にそうだよ……私も、顔写真出るの、凄くいやだったから、友人達とのパーティーでも、カメラから逃げ回ってたのに…………あの時、映されまくった。あの時は、なんか……もう、気になってなかった。
あの時点で、おかしかったよね。
たしかに、おかしかった。
目立つのいやだから、パーティーとか行きたくない、って、いえば良かったんだ。
でも、サル・シュくんは前から私を知ってるから意味ないんだな……
「それで?」
「……ナニ?」
「証人保護プログラムじゃないけど、リョウ・カがハルの両親を別の家に移動させた。会社もやめさせて、飼い殺し決定。どうする?」
「……どうするって……?」
「住んでた家、守るの?」
「え?」
「家を爆撃しないで、って言ってただろ? 昨日まで住んでた家、守るの? なら、新しい家は爆撃してもいい?」
「ダメに決まってるでしょっ!」
「昨日まで住んでた家はいいの?」
「爆撃は駄目!」
「そう?」
サル・シュくんが、テレビをつけた。
私の家が…………爆発、してる…………
「爆発、解除したんじゃなかったの!」
「アンチリョウ・カが仕掛けたのはね」
「今のはなに!」
「俺の」
「爆撃しないでって……」
「今のは爆弾。爆撃じゃない。ご近所も無事」
ああ……もう………………この狂人っ!
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