レイ・カさんの目が少し、見開かれた。
リョウさんに似て、鋭い目ね。
でも、ガリさんで慣れてるから、今はそんな怖くはないわ。睨み返す意味もないし、……ため息が出る。
もういい、今回も死んでやり過ごそう。これは無理ゲーだ。
レイ・カさんの時は諦めよう。崖にでも身を投げよう。
「助けてほしい奴に馬鹿ときたか。お前も相当の馬鹿だな」
「ええ、本当に。こんなところに突然連れてこられて困りましたけど、あなたのような言葉の通じない人に出合うなら、狼の腹に納まった方がましですわ」
「連れてこられた? なぜ」
どうして理由なんか聞いてくるの?
「全然わからないです。気がついたらここにいました」
「そうか…………帰るところはないのか?」
「ないです」
「そうか………それは困ったな……」
「置いて行ってくださって大丈夫ですよ」
あなたと話すの疲れるから、もう行ってください。
「大丈夫なわけはなかろう。帰るところがないのならば、本当に狼のエサになる」
あれ? なんか、方向が変わってきた。
「俺たちもこれから未踏の地に降りる、明日をもしれぬ身だ。ここでお前を連れて行っても、助けたことにならぬかもしれん」
ああ、そういうこと?
まさか、近所に住んでるなら、って前提が、今まであった?
他の人達、問答無用で私を連れて行ったのに!
リョウさんでさえっ!
ああそうか、リョウさんとガリさんは、一度降りたことがあるから、『未踏の地』じゃ、ないんだ? 周りにどの部族もいないことを知ってるから?
レイ・カさんは初めてだから、不安なんだ? そっかっ!
前も、私をここに残した方が安全だと思ったんだ?
もしかして、優しさだった?
「私は、あなたがこのまま行かれるのでしたら今日を生きることはできません。
あなたは、明日がわからないと言いましたが、私はもう、この先、日の入りまでの命がないです。それに、お仲間がいらっしゃるのでしょう? 私一人よりは、生き残りやすい筈です」
「なぜ仲間がいると思った?」
「俺たち、とおっしゃったので」
「ああ……」
レイ・カさんの瞳が右に揺れた。
え? 期待して、いい?
「そうだな、明日までの命は、守ってやれるか……」
馬を下りて歩いてきてくれたっ! マジで?
私の前にしゃがんで、ブレザーの襟から肩を撫でる。
「どこかの族長の娘だと思った。他の部族の女に近づけば、戦になるからな」
そういうのもあるんだ? え? リョウさんでも、普通に私を連れて行ったよ?
ああ、だからそれは、ここらへんに他部族がいないって知ってたからだ。そうだ。
「来るか? 俺と。明後日の命は知らんぞ」
「はい。行きます、あなたと」
初めて、レイ・カさんが笑ってくれた!
うっわ! 無理ゲークリアした?
私がエンピツとノートを抱きしめたら、その手を握ってきた。掌を伸ばすと、指先までゆっくり撫でる。
「馬に乗ったことはないな?」
「はい」
そっと抱き上げてくれた。
あ、なんか、全部が優しい! というか、おそるおそる触られてる感じがする。
やっぱり、もう、失神はしなくなった。
最初のたき火までずっと意識あったよっ!
枝じゃなく、ナニカ、柔らかい袋を噛まされてはいたけど、凄い、ゆっくり走ってくれてた!
「レイ・カっ! なんか拾ったって?」
馬から抱き下ろされた時に、サル・シュくんが駆けてきた。
ホントに、サル・シュ君って特攻隊長というか、猫みたい。変わったものがあるとすぐに寄ってくるのね。
「変わったかっこだな。なに、この白い足、なんの毛皮?」
「触るな」
サル・シュくんの手の先から、私の足をそらしてくれるレイ・カさん。
「女の命が縮む」
サル・シュくんの顔がカッと赤くなって、ギシッ、て歯がなった。いやいや、なんかこれは、凄いところ引っかいたんじゃないの? レイ・カさん。
「あれはっ、俺のせいじゃねーよっ!」
そういえば、サル・シュくんのお子さんを産んだ女の人が死んだ、って言ってたっけ? え? そんなことを、今つっつく? ガリさんでもそれで自殺しそうなほど落ち込んでた、って言ってなかった? なんで今、言ったの?
「よその女だ。触るな」
よその女? 新展開! どうしたらいいんだろうこれって。『俺の女!』ってまだ言われてないよ。
抱かれる決意はしてたけど、抱かれない決意はしてなかった。
そうだ私『俺の女』で『守ってもらえる』と、思い込んでた。
人間一人守るって大変なことだよねそうだよね。凄い、甘えてたんだ? 私。
うわ、どうなるんだろう? ここまできて放置? とか? レイ・カさんならなんでもあり得る気がする。
彼はキラ・シのたき火の端っこで、一人でたき火を作って座った。キラ・シに、背を向けて。
「どうしたレイ。なぜ一人だ」
リョウさんがくし刺し肉を食べながら、レイ・カさんの隣に座った。
「よその女だ。見せ物にさせたくない」
「あそこらへんはなんの部族もない。そこで拾ったのならばお前の女だ。よその女ではあるまい……しかし、凄いかっこうだな。どういう毛皮だ?」
「レーッイカッ! 変なの拾ったってーっ!」
ル・マちゃんが、勢い良くリョウさんの膝に座った。
「小さな女だな」
ガリさんが、来たっ! ル・マちゃんが、パッと立ってガリさんの膝に移る。
「ル・マっ! どこにいるんだよっ、探しただろっ!」
もちろんサル・シュくんもきて、ショウ・キさんも来た。結局、このメンバーになるのね。
レイ・カさんはさっきから、くるみを割って、私の口に突っ込んでくれてる。薄皮を剥きたい。
「私、自分で食べられますから、大丈夫です」
次のくるみを断ったら、オオーって歓声が上がった。
「しゃべるのか、この女!」
そうだった。キラ・シの女性ってそういうのだったね。
「喋れますよ」
どうしよう、先見できるって言ってしまいたいけど、レイ・カさんにまた殺されそうな……
でも、リョウさんとかの時はレイ・カさん、何も言わなかったし……
まぁいいや、まだ最初だし、やり直せばいい。
先見の話を出しても、今度はレイ・カさん、何も言わなかった。キラ・シに得になる部分まで一気に話してしまう。そうでないと、殺されそうだったから。
「これ、ヨソの女と言ったな?」
ガリさんが、レイ・カさんを覗き込む。右手で手招き。こっちによこせ、って?
「いや、レイ、こちらによこせ」
「レイ・カ、俺が相棒だろ?」
うっわ…………なんか怖い状態……
たしかに、ガリさんかリョウさんのほうが、なれてていいんだけど……
「俺の女だ。手を出すな」
レイ・カさんが、つらっと呟いて、リョウさんに背中を叩かれ、ガリさんとサル・シュくんに頭をはたかれる。
「それで、お前、名前は?」
「ハルナ」
ショウ・キさんは相変わらず、ガツガツ食べてた。
リョウさんの時と同じように、なにごともなく羅季(らき)城に突入。ただ、ガリさんが覇魔流(はまる)とかを『山ざらい』で全滅させると、必ずシャンデリアが壊れるのよね……
これどうにかならないのかなぁ……ゼルブが来るまで暗くてしょうがない……あ!
「サル・シュくんっ! 上に二人敵がいる! 射て!」
サル・シュくんが入る寸前に叫んでみた。
彼は上を見たけど、そのまま、馬の足で皇帝を踏みつぶした。廊下からこっちに出てくるときに上を射たけど、シャンデリアは、落ちた。
ああもう…………そっか、最初は上に、落とす人が見えないのか…………そりゃ、隠れてるよね……
「ハル。ここの言葉が分かると言っていたな、今ナニがあった?」
レイ・カさんが聞いてきた。前はこの突入列に居なかったよね? 既に近所を見て回ってた筈。さっき他の人にはそれをしろって言ってたけど、私が通訳できるっていうからコッチに来たんだ。
「皇帝が、ガリさんを喜んで迎えるって言ってたけど、嘘をついてたから、ガリさんがサル・シュくんに殺させて、サル・シュくんが奥の敵を倒してこっちに戻ろうとしたときに、シャンデリア…………天井の重たいものを陥とす罠を掛けられて、それはサル・シュくんが殺して避けたけど、ショウ・キさんが全員殺した」
彼が、黙る。この人喋らないからキツイなぁ……
「お前の先見で、中は安全か?」
「はい」
お城に入って、階段をドンドン上っていく彼。この『真っ直ぐな崖』が怖くないのかな?
「どの部屋が安全だ?」
「あの部屋」
ル・マちゃんが小さな穴から車李(しゃき)の戦士を殺した部屋。窓が無いから誰も入ってこられない。部屋の中まで馬で入って、ベッドの固さを確認して、私を下ろして、行ってしまった…………
そう来たか……
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