【赤狼】女子高生軍師、富士山を割る。121 ~氷みたいな人~

 

 

 

 

  

 

「どうしたレイ・カ」

 入ってきたガリさんが彼をうかがってるけど、知らない。私は、ベッドに転がって泣いた。

 ギシ……とベッドがきしむ。

 首筋でくんくんされた。このにおいと雰囲気はガリさんだ。

 この一年、ガリさんは『次は俺だぞ』と、一度も、言わなかった。

 私にキスしようともしなかった。後ろに立たれることもなかった。

 レイ・カさんが、私に執着してなかったからだ。

 リョウさんは、私にべったりだったから、ガリさんが『順位を宣言』してたんだ。

 レイ・カさんと、目があったことすら、何回かしか、ない。

 氷みたいな人……

  

 

  

 

  

 

 私は、ガリさんの子供をすぐに孕んだ。

  

 

  

 

  

 

 ガリさんは見た目によらず子煩悩だし、いつでも私を気づかってくれる。出陣の挨拶は必ずしてくれるし、帰還したらまっすぐ私のところに来てくれた。

 ああ……ミニ・カちゃんが泣いてる。

 すぐに誰かがあやしてくれたみたい。

 不思議ね……他の子が泣いても気にならないのに、あの子の声だけは耳につくの。

 不思議ね。

 あんな人の子供なのに、あたたかいの……

  

 

  

 

  

 

 ミニ・カちゃんは、三カ月も経たずに死んだ。

 前と一緒。私が寝てる間にでもお乳を上げてくれて、キラ・シが世話をしてくれていたのに。

 元々、キラ・シは男性が育児をするから、私が赤ちゃんを抱かなくても不思議に思わなかったみたい。私は二回しかあの子を抱かなかった。見もしなかった。

 ごめんね。

 あなたをまったく、愛せなくて……

 今も、悲しくもなんともない。

  

 

  

 

  

 

 翌月、ル・マちゃんとサル・シュくんの子、リン・シュくんも死んだ。あんなに可愛がってたのに。

 少しだけ、罪悪感が薄れた。

 愛しても愛さなくても赤ちゃんは死ぬのね。

 そして、気付いた。

 ミニ・カちゃんを愛していた、自分の心に。

 レイ・カさんが冷たかったから、その子に愛を注ぎたくなかった。

 意趣返しを、子供にしてしまった。

 その罪悪感で、私はずっと、苦しかったんだ…………

 でも、リン・シュくんも死んだ。

 愛されている子も死んだ。

 ミニ・カちゃんが生きなかったのは私が愛さなかったせいではない、と…………自分に言い訳して、泣き止まない頭の中の彼を必死で捨てようとしている私。

 新生児死亡率が高いから、みんなそれほどショックではないみたい。

『子は、弱いぞ? ハル』

『前』リョウさんがそう言ってた。本当にそうね。

 今まで子を産むのも大変だったから、そこまで理解できなかったけど、産んだら産んだで、凄く、死ぬのね。

 誰の子が死んでも悲しかったんだけど、そのうち、涙が出なくなった。

 感動することが、なくなった、のかな。

 悲しむことすらできない冷たい女になっちゃったのかな?

 あまりに、みんなが、死ぬから……

 子供が、本当に、死ぬから………………

 もう一枚地図を書いて、生まれた子供を同じように短冊で管理してたけど、どんどん短冊が無くなっていく。

 四万人生まれてたのが、三カ月で二万人になった。今日も戦士が、自分の短冊を外してる。

 一カ月後、留枝(るし)のお城で流行り病が出た。

 留枝だけじゃなく、甲佐(こうさ)から夜清(やせい)まで、南側一帯にはやったみたいで、大人も死んだ。キラ・シの戦士も、二人、死んだ。

 初めての、キラ・シの死者は、病死、だった。

 羅季(らき)、貴信(きしん)、覇魔流(はまる)は隔離されてるから病が来てなかったけど、留枝側は三分の2の子供が死んだ。

 ベビーラッシュ四カ月で、一万五千人に、なった。

 こんなに、死ぬの?

 この時代の赤ちゃんって、こんなに、死ぬの?

『現代』でうたわれてる『しゃぼん玉』の歌。子供の死亡率が高いことを嘆いた歌だと聞いたけど……たしかに、これは、泣く。

『子は、弱いぞ? ハル』

 リョウさんの言葉を、実感した。

 だからあの時、リョウさんもガリさんも、あまり焦ってなかったんだ。

『三年』だったのは、刀が持てない、というのもあっただろうけど、『生き残った子だけ運ぶ』と『数が少ない』からだ。

 女性が三人しかいないのに、新生児が次々死んでいくなんて、キラ・シの山はなんて悲しいことばかりだったんだろう。

 9割が30才を生きられないなんて……

 ガリさんやサル・シュくんほど強くても、30才まで生きられるかどうかだなんて……

 そりゃ、子供産むよ。女の人抱きたいよね。

 私はたった一人産んだ、たった一人が今死んだ。

 ガリさんは、三千人生まれた子供が、2200人死んだ。

 どんな、気持ち、だろう…………

  

 

  

 

  

 

  

 

 女の人達がゾクゾクと、詐為河(さいこう)東岸の村に移動してきていた。

 騎羅史国からその村へ、荷馬車がドンドン食料を運んでいく。キラ・シが馬車を動かしてるから商人も集まってくる。五公五民をうたってるから、農民もどんどん集まってくる。車李(しゃき)から技術者を借りて、騎羅史国から東岸の村に道を作った。

『子供地図』は減ったり増えたりだけど『制圧地図』はどんどん拡大していく。

 もう、車李の北、ナガシュまで行った人がいて、道順を地図に起こした。

 紅隆(こうりゅう)の北の国もどんどん制圧してる。

 村の制圧が終わったら、城を陥として騎羅史国の旗を建てる。その旗を町に建てたら、町と城下町で一気に制圧が進むから、村の一〇倍、子供が生まれた。町の女の人達は東岸の村には行かないけど、家財を戦士に貢いでくれる。

 騎羅史国の(元留枝の)お城も随分とにぎやかになった。

 ナニカ不安なんだけど、何だろう。

 巧く行き過ぎてて、なんか怖い。

 そう、前回も、そうだった。

 あの時は不安なんてなかった。

 なにもかも、順調で、日々楽しくて、さらーっと一日が過ぎてたんだ。

 サル・シュくんに凶つ者がつくまでは。

 順調すぎるのは、怖い。

 サル・シュ君がまた、裏切る? あれって『固定』なのかな?

 でも、あんなことになったら、キラ・シの反映なんて、ないよね?

 ああ、そうだ。

 前回も、ル・マちゃんは、ガリさんの子を生んでない。

 まさか、それ?

 ル・マちゃんがガリさんとくっつかなかったら、サル・シュくんが裏切るの?

 今回も?

  

 

  

 

  

 

「ハル。お前は、レイ・カが嫌いなのか?」

 私が孕んでも、夜は私と寝てくれるガリさんが聞いてきた。『前』は10人ぐらい侍らせてたのに、いつも私一人。

 嬉しい……

「レイ・カさん? ……新入りの人? 私が会ったこと、ある?」

「…………ハル?」

 後ろから私を抱きしめて、髪を梳いてくれていたガリさんが起き上がった。ガリさんがずっと撫でてくれていたから、おなか、随分戻ってきた。

「サル・シュは、わかるか?」

「え? 何言ってるの、ガリさん。サル・シュくん、さっきもショウ・キさんと追い駆けっこしてたじゃない」

「リョウ・カは?」

「いつも地図を見てるよね? ナニカ間違いがあるんじゃないかとドキドキするわ」

「レイ・カは?」

「どうしたの? その人、亡くなったの?」

「ハル?」

「…………眠いよ、ガリさん……ギュッてして?」

 太い腕で痛くないぎりぎりに強く抱き締めてくれた。

 あたたかい……

  

 

  

 

  

 

 ガリさんの子供が生まれた頃、いやな噂が出た。

 ガリさんの長男のグア・アさんが、車李(しゃき)のお城に入り浸ってるって。

 車李の『制圧』かと、誰も気にしてなかったみたいなんだけど、お城に行ってるっていうのは、また、別。

 そんなときに車李から招待状が来た。

 騎羅史(きらし)国との同盟一周年記念で祭りをするからキラ・シ全員で来てくれって。

「行くの?」

 ガリさんは、考えてるのかな? 返事がない。

 車李は、まだ戦士の追加をしていない。

 先月、キラ・シがナガシュを陥としたから、雅音帑(がねど)王はものすごく喜んでた。参勤交代みたいな大行列で騎羅史国のお城まで来たぐらい。だから、今度はガリさんが車李に行くのも、おかしくは、ない。

 ゼルブが車李王城を見張ってるから、追い陥とすような仕掛けはないと報告が入った。

 ガリさんは、精鋭100人だけ連れて、車李王城に向かう。

 この先は、もう『見えない』から……不安で仕方がない。

「リョウさん、サル・シュくん、ショウ・キさん…………ガリさんをお願いね。ガリさんも、無茶はしないでね……」

 戦士たちがザワッとしたけど、ガリさんが抱きしめてくれて、キスして、くれる。ル・マちゃんも、サル・シュくんと長い間キスしてた。

  

 

  

 

  

 

 お祭り自体はつつがなく済んだ。

 帰って来たみんなは、不思議そうな顔をしてる。

「どうしたのガリさん? リョウさん、何があったの?」

 リョウさんも首をひねってた。

  

 

  

 

 その夜、小さな部屋で、キラ・シトップでの話し合い。

 話を総合すると、間違いなくガリさんは『王』として招かれた。

 雅音帑(がねど)王が壇上にいて、同じ並びにガリさんの椅子があってそこに座らされた。ただし、その隣に、グア・アさんがふんぞりかえって座ってた、って。

「グア・アを『ガリオウのタイシ』だと、何度もガネドが言っていた。どういう意味だ? オウタイシとも言っていた」

「タイシ? 大使? 王太子…………あ、グア・アさんが、ガリさんの跡継ぎだ、って……言われたんじゃない?」

「グア・アが跡継ぎ? なぜ?」

「あいつが次の族長になるなら、部族割るぞ」

 サル・シュくんが眉をつり上げて吐き捨てる。サル・シュくんなら本当にするんだろうな……

『前回』のあと、どうなったんだろう? あれはなんだったんだろう?

 答えはきっと、わからないんだろう。

 この部屋には椅子が六つ。

 私とル・マちゃん。その向かいに、リョウさん、ガリさん、サル・シュくん。ガリさんとサル・シュくんの間の椅子が空っぽ。

「なぜ車李王はそのようなことを言うのだ」

「『下』では王様が決まったら、跡継ぎを決めるの」

「王が死ぬときに誰が強いかわからないのに?」

「『下』では、強いから族長になるんじゃなくて、族長の息子とか弟が跡を継ぐから」

「……それは、聞いたことがある。だからグア・アがもてはやされた」

「それを、雅音帑王が、お披露目したことに、なると思う。車李の祭りで、ガリさんとグア・アさんが並んでいたら、グア・アさんがガリさんの跡継ぎだと思うよ」

 サル・シュくんが、立ち上がって椅子を蹴り壊した。

「アイツが跡継ぎ? ふざけるなっ! あいつ今何位だ?」

「グア・アさんは、35位」

 サル・シュくんが、空っぽの椅子を見て、私を見る。

 怒ってたのが止まったみたい。良かったけど、ナニ? 私に抱きついてるル・マちゃんの手が、強くなった。

「ハル、前から気になってたけど、目は、大丈夫か?」

「ナニよ……サル・シュくんにそんな言われるほど、目、悪くないよ」

「ハル」

 リョウさんが、私に掌を向けた。

「今、ここに、誰がいる?」

  

 

  

 

  

 

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました