「どうしたレイ・カ」
入ってきたガリさんが彼をうかがってるけど、知らない。私は、ベッドに転がって泣いた。
ギシ……とベッドがきしむ。
首筋でくんくんされた。このにおいと雰囲気はガリさんだ。
この一年、ガリさんは『次は俺だぞ』と、一度も、言わなかった。
私にキスしようともしなかった。後ろに立たれることもなかった。
レイ・カさんが、私に執着してなかったからだ。
リョウさんは、私にべったりだったから、ガリさんが『順位を宣言』してたんだ。
レイ・カさんと、目があったことすら、何回かしか、ない。
氷みたいな人……
私は、ガリさんの子供をすぐに孕んだ。
ガリさんは見た目によらず子煩悩だし、いつでも私を気づかってくれる。出陣の挨拶は必ずしてくれるし、帰還したらまっすぐ私のところに来てくれた。
ああ……ミニ・カちゃんが泣いてる。
すぐに誰かがあやしてくれたみたい。
不思議ね……他の子が泣いても気にならないのに、あの子の声だけは耳につくの。
不思議ね。
あんな人の子供なのに、あたたかいの……
ミニ・カちゃんは、三カ月も経たずに死んだ。
前と一緒。私が寝てる間にでもお乳を上げてくれて、キラ・シが世話をしてくれていたのに。
元々、キラ・シは男性が育児をするから、私が赤ちゃんを抱かなくても不思議に思わなかったみたい。私は二回しかあの子を抱かなかった。見もしなかった。
ごめんね。
あなたをまったく、愛せなくて……
今も、悲しくもなんともない。
翌月、ル・マちゃんとサル・シュくんの子、リン・シュくんも死んだ。あんなに可愛がってたのに。
少しだけ、罪悪感が薄れた。
愛しても愛さなくても赤ちゃんは死ぬのね。
そして、気付いた。
ミニ・カちゃんを愛していた、自分の心に。
レイ・カさんが冷たかったから、その子に愛を注ぎたくなかった。
意趣返しを、子供にしてしまった。
その罪悪感で、私はずっと、苦しかったんだ…………
でも、リン・シュくんも死んだ。
愛されている子も死んだ。
ミニ・カちゃんが生きなかったのは私が愛さなかったせいではない、と…………自分に言い訳して、泣き止まない頭の中の彼を必死で捨てようとしている私。
新生児死亡率が高いから、みんなそれほどショックではないみたい。
『子は、弱いぞ? ハル』
『前』リョウさんがそう言ってた。本当にそうね。
今まで子を産むのも大変だったから、そこまで理解できなかったけど、産んだら産んだで、凄く、死ぬのね。
誰の子が死んでも悲しかったんだけど、そのうち、涙が出なくなった。
感動することが、なくなった、のかな。
悲しむことすらできない冷たい女になっちゃったのかな?
あまりに、みんなが、死ぬから……
子供が、本当に、死ぬから………………
もう一枚地図を書いて、生まれた子供を同じように短冊で管理してたけど、どんどん短冊が無くなっていく。
四万人生まれてたのが、三カ月で二万人になった。今日も戦士が、自分の短冊を外してる。
一カ月後、留枝(るし)のお城で流行り病が出た。
留枝だけじゃなく、甲佐(こうさ)から夜清(やせい)まで、南側一帯にはやったみたいで、大人も死んだ。キラ・シの戦士も、二人、死んだ。
初めての、キラ・シの死者は、病死、だった。
羅季(らき)、貴信(きしん)、覇魔流(はまる)は隔離されてるから病が来てなかったけど、留枝側は三分の2の子供が死んだ。
ベビーラッシュ四カ月で、一万五千人に、なった。
こんなに、死ぬの?
この時代の赤ちゃんって、こんなに、死ぬの?
『現代』でうたわれてる『しゃぼん玉』の歌。子供の死亡率が高いことを嘆いた歌だと聞いたけど……たしかに、これは、泣く。
『子は、弱いぞ? ハル』
リョウさんの言葉を、実感した。
だからあの時、リョウさんもガリさんも、あまり焦ってなかったんだ。
『三年』だったのは、刀が持てない、というのもあっただろうけど、『生き残った子だけ運ぶ』と『数が少ない』からだ。
女性が三人しかいないのに、新生児が次々死んでいくなんて、キラ・シの山はなんて悲しいことばかりだったんだろう。
9割が30才を生きられないなんて……
ガリさんやサル・シュくんほど強くても、30才まで生きられるかどうかだなんて……
そりゃ、子供産むよ。女の人抱きたいよね。
私はたった一人産んだ、たった一人が今死んだ。
ガリさんは、三千人生まれた子供が、2200人死んだ。
どんな、気持ち、だろう…………
女の人達がゾクゾクと、詐為河(さいこう)東岸の村に移動してきていた。
騎羅史国からその村へ、荷馬車がドンドン食料を運んでいく。キラ・シが馬車を動かしてるから商人も集まってくる。五公五民をうたってるから、農民もどんどん集まってくる。車李(しゃき)から技術者を借りて、騎羅史国から東岸の村に道を作った。
『子供地図』は減ったり増えたりだけど『制圧地図』はどんどん拡大していく。
もう、車李の北、ナガシュまで行った人がいて、道順を地図に起こした。
紅隆(こうりゅう)の北の国もどんどん制圧してる。
村の制圧が終わったら、城を陥として騎羅史国の旗を建てる。その旗を町に建てたら、町と城下町で一気に制圧が進むから、村の一〇倍、子供が生まれた。町の女の人達は東岸の村には行かないけど、家財を戦士に貢いでくれる。
騎羅史国の(元留枝の)お城も随分とにぎやかになった。
ナニカ不安なんだけど、何だろう。
巧く行き過ぎてて、なんか怖い。
そう、前回も、そうだった。
あの時は不安なんてなかった。
なにもかも、順調で、日々楽しくて、さらーっと一日が過ぎてたんだ。
サル・シュくんに凶つ者がつくまでは。
順調すぎるのは、怖い。
サル・シュ君がまた、裏切る? あれって『固定』なのかな?
でも、あんなことになったら、キラ・シの反映なんて、ないよね?
ああ、そうだ。
前回も、ル・マちゃんは、ガリさんの子を生んでない。
まさか、それ?
ル・マちゃんがガリさんとくっつかなかったら、サル・シュくんが裏切るの?
今回も?
「ハル。お前は、レイ・カが嫌いなのか?」
私が孕んでも、夜は私と寝てくれるガリさんが聞いてきた。『前』は10人ぐらい侍らせてたのに、いつも私一人。
嬉しい……
「レイ・カさん? ……新入りの人? 私が会ったこと、ある?」
「…………ハル?」
後ろから私を抱きしめて、髪を梳いてくれていたガリさんが起き上がった。ガリさんがずっと撫でてくれていたから、おなか、随分戻ってきた。
「サル・シュは、わかるか?」
「え? 何言ってるの、ガリさん。サル・シュくん、さっきもショウ・キさんと追い駆けっこしてたじゃない」
「リョウ・カは?」
「いつも地図を見てるよね? ナニカ間違いがあるんじゃないかとドキドキするわ」
「レイ・カは?」
「どうしたの? その人、亡くなったの?」
「ハル?」
「…………眠いよ、ガリさん……ギュッてして?」
太い腕で痛くないぎりぎりに強く抱き締めてくれた。
あたたかい……
ガリさんの子供が生まれた頃、いやな噂が出た。
ガリさんの長男のグア・アさんが、車李(しゃき)のお城に入り浸ってるって。
車李の『制圧』かと、誰も気にしてなかったみたいなんだけど、お城に行ってるっていうのは、また、別。
そんなときに車李から招待状が来た。
騎羅史(きらし)国との同盟一周年記念で祭りをするからキラ・シ全員で来てくれって。
「行くの?」
ガリさんは、考えてるのかな? 返事がない。
車李は、まだ戦士の追加をしていない。
先月、キラ・シがナガシュを陥としたから、雅音帑(がねど)王はものすごく喜んでた。参勤交代みたいな大行列で騎羅史国のお城まで来たぐらい。だから、今度はガリさんが車李に行くのも、おかしくは、ない。
ゼルブが車李王城を見張ってるから、追い陥とすような仕掛けはないと報告が入った。
ガリさんは、精鋭100人だけ連れて、車李王城に向かう。
この先は、もう『見えない』から……不安で仕方がない。
「リョウさん、サル・シュくん、ショウ・キさん…………ガリさんをお願いね。ガリさんも、無茶はしないでね……」
戦士たちがザワッとしたけど、ガリさんが抱きしめてくれて、キスして、くれる。ル・マちゃんも、サル・シュくんと長い間キスしてた。
お祭り自体はつつがなく済んだ。
帰って来たみんなは、不思議そうな顔をしてる。
「どうしたのガリさん? リョウさん、何があったの?」
リョウさんも首をひねってた。
その夜、小さな部屋で、キラ・シトップでの話し合い。
話を総合すると、間違いなくガリさんは『王』として招かれた。
雅音帑(がねど)王が壇上にいて、同じ並びにガリさんの椅子があってそこに座らされた。ただし、その隣に、グア・アさんがふんぞりかえって座ってた、って。
「グア・アを『ガリオウのタイシ』だと、何度もガネドが言っていた。どういう意味だ? オウタイシとも言っていた」
「タイシ? 大使? 王太子…………あ、グア・アさんが、ガリさんの跡継ぎだ、って……言われたんじゃない?」
「グア・アが跡継ぎ? なぜ?」
「あいつが次の族長になるなら、部族割るぞ」
サル・シュくんが眉をつり上げて吐き捨てる。サル・シュくんなら本当にするんだろうな……
『前回』のあと、どうなったんだろう? あれはなんだったんだろう?
答えはきっと、わからないんだろう。
この部屋には椅子が六つ。
私とル・マちゃん。その向かいに、リョウさん、ガリさん、サル・シュくん。ガリさんとサル・シュくんの間の椅子が空っぽ。
「なぜ車李王はそのようなことを言うのだ」
「『下』では王様が決まったら、跡継ぎを決めるの」
「王が死ぬときに誰が強いかわからないのに?」
「『下』では、強いから族長になるんじゃなくて、族長の息子とか弟が跡を継ぐから」
「……それは、聞いたことがある。だからグア・アがもてはやされた」
「それを、雅音帑王が、お披露目したことに、なると思う。車李の祭りで、ガリさんとグア・アさんが並んでいたら、グア・アさんがガリさんの跡継ぎだと思うよ」
サル・シュくんが、立ち上がって椅子を蹴り壊した。
「アイツが跡継ぎ? ふざけるなっ! あいつ今何位だ?」
「グア・アさんは、35位」
サル・シュくんが、空っぽの椅子を見て、私を見る。
怒ってたのが止まったみたい。良かったけど、ナニ? 私に抱きついてるル・マちゃんの手が、強くなった。
「ハル、前から気になってたけど、目は、大丈夫か?」
「ナニよ……サル・シュくんにそんな言われるほど、目、悪くないよ」
「ハル」
リョウさんが、私に掌を向けた。
「今、ここに、誰がいる?」
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