「え? ナニそれ」
「誰がいる? 名前を言え」
「…………リョウさん、ガリさん、サル・シュくん、ル・マちゃん……私…………だよね?」
ル・マちゃんまで、ガリさんとサル・シュくんの間を見た。
空っぽの椅子が、ナニ?
「ハル、ここに、レイ・カが、いる」
サル・シュくんが椅子の背中あたりを叩いた。
「レイ・カさん? 前もガリさんが言ってた、新しい人?」
「ハル……」
サル・シュくんがナニか言おうとして、リョウさんが右手で顔を覆って俯いた。
「ハル……ハル…………レイ・カが見えてないのか? ハル」
「ル・マちゃんまで、ナニ? 誰もいないで……しょ…………きゃあっ!!」
体がっ浮いたっ!
「ガリさんっ助けてっガリさんっ! ナニこれっ怖いっこわいよぉっ! 私が浮いてるっ! 宙に浮いてるっ!」
「ハル、レイ・カが今、ハルを抱き上げてるんだっ! 見えないのか? 本当に見えないのか?」
「助けてっ! いやぁっっっ!」
ガリさんが、抱きしめてくれた。
【見えないレイ・カ】
ハルナがガリの胸で泣いている間、リョウ・カがレイ・カを部屋から連れ出した。サル・シュもついて出て、レイ・カを覗き込む。
「ナニをした? レイ・カ。ハルにナニをした?」
「何も…………何も、して、ない……」
「何もしてなくてハルがああるわけなかろう」
「わからない…………大体、ハルに触ったこと自体、ほとんどないのに……」
「いつといつだ?」
「最初に連れてきたとき。抱いたとき…………だけ、だ…………子を見に行ったときに、ハルから抱きしめられた。その、三回だけだ。それも、一年も前だぞ? なぜ今さら?」
「ハルって、随分前からレイ・カ見えてなかったぜ?」
「そうなのか? いつから?」
「お前との子が死んだあたりから……かな…………元々お前、ハルに絡まないから、あんまわからなかったけど、帰って来たら『お帰りなさい』って言ってくれるハルが、お前にだけ言わなかったのは、覚えてる。
子が死んだあとの帰還からだ」
「ああ……それで? ガリメキアから、ハルにナニをしたか、としつこく聞かれてたのか?」
「聞かれてたのかよ」
「何度も。たしかに、そのころからだ」
「だが、たしかに、こいつは城に帰っていることがまずない。ハルにナニカ悪さをしたことはなかろう」
「じゃあ、ハルが勝手に見えなくなったって? レイ・カだけ?」
「子が死んだのがきっかけなんじゃないのか?」
レイ・カに言われて、リョウ・カとサル・シュは頷くしかない。
「そうだな、ハルは、子が死ぬことをあまり考えてなさそうだった」
「リンが死んだ時も、ル・マ以上に泣いてくれてた」
「葡萄を一つずつ食う女だからな……」
「けど、車李(しゃき)の城を『山ざらい』しろとか、考えもつかない無茶も言うぜ、ハルって。ラキに降りてきてすぐ、ルシを取ってこいとかさ。リンゴもいでこい、って感じだったよな、あれ」
「元々、ハルもわけのわからない女だった。山で会った時も、連れてくるかどうか迷ったし……『変』なのが出ただけだろう」
「部族三位が『見えない』じゃ、困るって話なんだよ、レイ・カ」
サル・シュが、噛んでふくめるように睨み上げる。それに、リョウ・カも大きなため息を着きながらゆっくりと頷いた。
「たしかに、玄関にお前とハルが居るときに、ハルがお前を無視するのは気持ちが悪いし、戦士たちも不気味がってる」
レイ・カは、くちびるを何度か噛んで、両手を肩まで挙げて広げて振った。
「ハルが居たら、俺が消えるさ。それでいいだろう?」
跳ねるように返事をするサル・シュが、レイ・カを見つめたままくちびるを引き結んでいる。
「あのわけのわからない女に、これ以上時間を使いたくない」
「いやレイ・カ、そうじゃねぇって…………先見ができる女にお前が見えないってのは」
「俺の先が長くないということだろう? そんなの、誰も一緒だ。戦をしているのだから」
「……レイ・カ……」
「もういい………………俺の頭がおかしくなりそうだ。たしかにハルの働きは凄い。あの地図も助かっている。俺も、ハルは好きだ。だが、もう、いい」
「ハルはいつも地図の前にいるのに、いつタンザク刺す気だよ」
「夜なら寝ているのだろう?」
サル・シュとリョウ・カが大きな溜め息をついた。
【ハルナ】
ガリさんの二人目がもうすぐ生まれる。
ル・マちゃんもそう。いつも二人で臨月。同じ時期に出産。公園デビューも必要ないし、マキメイさんはいるし、子の世話は誰かがしてくれるし、すごく、楽。
二時間ごとの授乳とかも、ガリさんがしてくれてるみたいで、私ずっと寝てるし、赤ちゃんが泣いたのを聞いたことがない。みんな、本当にあやすの巧いわ。
ただ、今回は……違ってた。
また、流行り病が出た。
キラ・シがばたばたと、血を吐いて倒れた。
ナニ? なんの病気?
あんな頑丈な人達が、立てないって…………血を吐くって……?
ガリさんは、どこ?
さっき帰って来て、部屋に上がった? 展望台?
「毒だ」
サル・シュくんが、私とル・マちゃんを小わきに抱えてお城の玄関へ駆けだした。
「城のものを食うなっ! 飲むな! 生きてるやつは城の外に出ろ!」
そう叫んだのに、ショウ・キさんも、出てきたのに……ガリさんと、リョウさんが、いない。
「ガリさんっ? ガリさんはっ!」
キラ・シも10人ぐらいしか、いない。
最近、車李がワインをたくさんくれて、凄くおいしいからキラ・シはすぐ夢中になった。ガリさんとかも、帰城したらワインを飲んでた。
リョウさんがいたら、二人で展望台で飲み会やってる。
今も、ワインを、飲んで……る……?
展望台には、誰もいない……けど……
あれ、もしかて…………杯?
いつも二人がいた展望台の塀の上に、杯が転がって…………落ちた…………!
「あれっ……サル・シュくんっ!」
彼も、それが見えてたみたい。
一瞬、泣きそうな顔を、して、た。
本当に、悲しそうな顔を、した。
今回は、裏切らない、の?
サル・シュ君は、関係、ない、の?
「酒だな……」
出てきた戦士の顔を見て、サル・シュくんが呟く。
『全員集合』の指笛を、何度も吹いた。あちこちで復唱が聞こえる。
「酒に毒を盛られたんだ」
「ああ、俺も、こっちの酒は飲まんからな」
ショウ・キさんが刀を抜いた。
サル・シュくんも、私も、ワインどころか、お酒を、飲まない。
お酒を飲まない人だけが、助かった? 出てきたキラ・シの戦士、みんな…………そう、だ…………
「みんな、無事だったかっ!」
グア・アさんが、シル・アさんと駆け出して来る。
大酒飲みのグア・アさん。
サル・シュくんの歯が、軋んだ音を立てた。
「お前っ! グア・アっ! 車李(しゃき)から酒を貰ってきたと言っていたな!」
「えっ………………」
グア・アさんは、反論、しなかった。
その首が、地面に転がる。
「おれ……俺は、知らないっ! グア・アが勝手にやったんだっ!」
シル・アさんもサル・シュくんが殺した。
「キラ・シ、滅びたりっ!」
周りを、弓兵に囲まれてたっ!
黄色い鎧。車李だっ!
キラ・シはここに10人しかいないのに! 騎羅史城に、黄色い鎧の兵士がどんどん入っていく。
弓がっ……私達に降ってきた。
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