【ハルナ】
富士見台の……家?
私、飛び下りた?
初めての、自殺?
あの時、レイ・カさん………来て、くれた。
飛び下りた私を、抱きしめてくれて……
二人で……死んだ?
レイ・カさんが…………一緒に、死んで、くれた?
あんな私でも、生きてた方が良かった?
「あら、春菜? どうしたの? 花粉症?」
「うん……そうかも…………」
もう、母さんたちより長く過ごしてるキラ・シの世界。
森の中でも、また、レイ・カさん……
「助けてください……あなたに見捨てられたら、私、今日中に死んじゃう……」
馬には乗せてくれた。
でも、そこまで。
それで、いい。
私は、何も喋らなかった。
みんながたき火を用意してるところに馬を止めて、レイ・カさんが先に降りる。
「サル・シュ!」
レイ・カさんの声に、既にくし刺し肉を食べていたサル・シュくんがのろのろ歩いてきた。
「女だ。いるか?」
「いる」
お肉を全部口の中にいれて、串を投げ捨てて走ってきた。ありえないほど喉を膨らせて呑み込む。
「なんでくれるんだよ」
「要らないならリョウに……」
「要るッ! わーいっ! 名前は?」
「春菜」
「ハルっ! なんか食う?」
「おなかすいてる」
「喋るんだ? かわいーっ! ホントにもらっていいのか?」
「その女、すぐ死ぬぞ」
「死なないよっ!」
「死なないってさ」
サル・シュくんに抱き下ろしてもらいながら、イーッてレイ・カさんにしたら、サル・シュくんもイーッてして、そのまま、チュッてして、ディープキスっ!
サル・シュくんのお膝でたき火の食事。あのメンバー集まったから、先見をしたら、ガリさんとリョウさんもレイ・カさんを殴った。
「なぜっサル・シュだッ!」
「そこにいたから」
「俺たち相棒だもーんっ!」
そっか……『今回はサル・シュくん』ってことになるんだね。OK。
レイ・カさんは全然私に興味ない。
うん、その方が良かった。
レイ・カさんが生きてくれてる方がいい。
もう、二度と太ろうとしないから。
早く……忘れたい……
けど、前のショックが残ってるのかな……
生まれ変わったんだから、体の異常はないはずなのに…………サル・シュくんがナニを言っても、笑う気力が出ない。
全然食べられなくて、吐いてばかりで……山を降りる前に、意識が無くなった。
そのあと数回、富士見台の家と森の中から数日、を繰り返した。
なんだろう…………がんばろうって気になれない。胃が、動かない。
これ、多分、あのトラウマなんだろうな…………どうしたらいいのかな………………って、ガンバル必要なんて、あるのかな?
『キラ・シと生きていきたい』って思ったの、少し前の筈なのに、もう、どうでもいい……
喋るのも億劫。
『女は喋らない』とキラ・シは思ってるから、別に、変な顔もされなかった。レイ・カさん以外なら、誰でもあの山から私を助け出してくれる。
『女』と呼ばれた。
女だなんて思ってないくせに……
もう、どうでも良かった。
マキメイさんとも喋らなかったし、お風呂も入らなかったからみんなくさいまま。温石もなくて、ル・マちゃんも毎月唸ってる。
今までも『意識が無くなった』ことが何回かあった。
それでも、キラ・シはこんなふうに、私を生かして連れ歩いたんだろうな。
ガリさんに抱き潰されたときとか……
そう、今回も、ガリさん……で…………
私、何も喋らなかったのに、ガリさんは凄く優しかった。
前と何も変わらなかった。
私、先見をしなかったのに……
何も、キラ・シに有用なことをしなかったのに……
それでもガリさんは、よくお城に帰って来て私を抱いて眠ってくれた。
いつも髪を梳ってくれた。
私の髪、ちょっとくせっ毛だから、するっと櫛が通らなくてつっぱるんだけど、丁寧に解いてくれるから、痛いと思ったことが無い。
ガリさんって、実は細かいよね。猪突猛進かと思ったけど、そばにいると、凄く優しい。
お城にいるときは、私だけを、抱いて眠ってくれた。
「ありがとう……」
その日も、私の髪を梳いてくれたからお礼を言ったら、凄く嬉しそうに笑ってくれたガリさん。
「いい声だ」
喋れたのか? とか、なぜ喋らなかった? とか、言わないのね……
「ありがとう……」
「名前は?」
「春菜」
「ハルナ……」
頭をぎゅっと抱いてくれて、耳にキスしてくれた。
「ハルナは俺の子を産むぞ。それは、分かっているか?」
「はい。……嬉しいです……」
ガリさんが、少し目を見開いた。また笑って、抱きしめてくれて、キス……してくれた。
十人の女の人と一緒に寝てもこうだったのかな? なんで他の人を抱かないのかな?
もう、羅季(らき)城の前、女の子でいっぱい。女の子の貢ぎ物でいっぱい。
女の子たちキラキラしてる。
キラ・シの戦士に抱いてもらいたくて、みんな必死。
私も、そうだったのかな? だから、あんなことされたのかな?
ガリさんに、喋りたいことはたくさんあるのに、くちびるが、動かない……
手足が人形みたい…………言葉が出てこない……
もう、10回ほど、早くに死んだからかな……
脳味噌が富士見台に残ってる、感じ……
努力、しなかった。
何も、しなかった。
どうして、私は動かなかったんだろう?
どうしてもっと早く、喋れるようにしなかったんだろう……
どうしてもっと早く、歩けるようにしなかったんだろう……
族長の馬になんて、私が乗っていて良い筈なかったのに!
キラ・シが、奇襲されるなんてっ!
ナガシュの市場のど真ん中だった。
ガリさんが…………背中に矢を、受けるなんて……
ガリさんは、分かってた。
攻撃に気づいてた。
でも、私を抱きしめる方を、取ったんだ。
私がいなかったら避けてたはずだったのにっ!
私がもうちょっと頑丈だったら、抱き締めて馬から飛び下りてた筈なのに!
なんて青い空! どうやって目を開けてたの私! まぶしい!
ガリさんが食いしばった歯から、血がしぶく。私がガリさんの命で熱く濡れる。
その目が、光ったように、見えた。
「伏せろっ!」
ル・マちゃんが、私を抱きしめて地面に転がった。リョウさんも、咄嗟に撤退下馬の口笛を吹いた。
頭の上を、風が吹き荒れて旋風を作った。
四方八方から来てた敵は、腰から千切れて落ちた。
馬から跳び下りたガリさんが、水平に360度、『山ざらい』を掛けたんだ……
市場は全部、布の屋根だけや掘ったて小屋。
見張るかす限り……腰より高いものが、無くなった。
降り注ぐ血の雨と内臓。一瞬で、真紅の湖になった。伏せてたら簡単に窒息死できる深さ。日干し煉瓦の家も、上が吹っ飛んでる……
「父上っ!」
ガリさんは、まだ、立ってた。
ル・マちゃんが真っ先に駆けつける。
抱きついたら、くたりと倒れたガリさん。
まるで、賽の河原に積み上げた石が崩れるかのように……
ガリさんは目を閉じてた。
笑ってるように、見えた。
戦った後だった。
仲間を救った後だった。
そうだよね、嬉しいよね。
私達、無事だったもんね……
ああ、血の海が、砂に吸い込まれて、バリバリと固まっていく。
「お疲れさまでした……」
ガリさんの手を握って、そんなことしか、言えなかった。
その指が……じゃりじゃりしてる………………関節じゃないところで曲がってるっ!
リョウさんが抱き上げたら、服を持ち上げたかのようにゆらりと『たわんでいく』ガリさん。
背中に矢を受けただけだった筈なのに、手足の骨が粉みじんに折れてた。肋も、背骨も……首から上、以外は……
『山ざらい』の、衝撃で?
今までの『山ざらい』でも、こんな衝撃を受けていたの? でも、今までは『前方だけ』だった。今回は、360度に振り切ってた。
地面は岩盤。
その、衝撃で、全身が砕けた?
ル・マちゃんが、生きてる限りガリさんの骨を持って歩くって言うから荼毘に付したのに、骨は砕けて拾えなかった。
こんな火力で人間の骨が燃え尽きるわけがないのに。
ル・マちゃんが火の中に腕を突っ込んでまで探したのに……
たった一つ残っていた骨。頭蓋骨をル・マちゃんが持ち上げたら、ぱさりと砕けて落ちた。
ガリさんは、砂になってしまった。
ル・マちゃんが、腰の袋にその灰を掻き入れようとしたときに風が吹いた。
「待って! 父上っ、連れてかないでっ!」
地平線までル・マちゃんの悲鳴は届いたかもしれない。
やっぱり……『山ざらい』で寿命を縮めてたんだ。
骨に、物凄い負荷がかかってたんだ……
寿命を強さに変換してしまってたんだ……
留枝(るし)全軍もゼルブの実行部隊もそれで壊滅し、キラ・シは留枝の城を騎羅史として居すわった。
そのあとは、以前と一緒。
今回も、雅音帑(がねど)王が生きていたのね……
グア・アさんが毒を持ち込んで、キラ・シは壊滅。
騎羅史城は炎に包まれた。
ガリさんの子は、まだ、おなかの中……
あと10分で私も焼け死ぬ。
肌があぶられていく。
この子だけでも、生き残らないかしら……
「雅音帑王を殺すのよ……ガリさん……」
たくさんの悲鳴が石のお城に響きわたって……敵軍の、鬨の声が、それを打ち消していく。
避けられた筈だった。
私が、グア・アさんが危険だって言ってたら避けられた筈だった!
私が、ゼルブが危険だ、って言ってたら避けられた筈だった!
次は絶対に……私もキラ・シを守るからっ! 守る、からっ!
ガリさん、あなたの夢をっ、かなえてみせますっ! 絶対にっ!
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