僕がいるよ、って?
そうね、まだ、あなたがいるわね。
サル・シュくんも、いるし……後一人は、産めるかな……
三年後には、二人の子供を抱えて、私一人ね……
私一人ね……
バルコニーの向こうで、街の人が鬨の声をあげてる。紅渦(こうか)軍、紅渦軍、夕羅(せきら)、夕羅、夕羅……って、変わって行った。
どんどん、死体が運ばれていく。
ナンちゃんも、荷馬車に、藁みたいに積まれて行った。
王宮にいた女の人や子供たちはみんな、詐為河(さいこう)東の村に連れて行ったから、ここには大人しかいない。その、全部は、殺された。
サル・シュくんと私、以外。
降りてきた夕羅くんにサル・シュくんは叫んだ。
「さらし首を作っておいてやったぜ!」
だから、ナンちゃんの首を斬らなかったのね。
さらされるよりは、捨てられる方が、マシよね。そうよね。
マシよね……
キラ・シが全滅したあの時、サル・シュくんの命が二年延びて喜んでたけど……
二年って、すぐね。
夕羅くんが『あの宣言』でキラ・シの子供たちを守る、って言った、直後。
サル・シュくんは練兵場で夕羅くんに斬りかかった。
私を練兵場のそばのクッションに下ろした後、真ん中に歩いて行って、いつもどおりそこらへんの兵士をなぎ倒して……
夕羅くんが出てきたら、土をえぐるぐらいダッシュして、飛び掛かったわ。
まるで、隼が獲物をつかむみたいに……
この二年、ずっと夕羅くんと鍛練をしていて、お互い手の内は全部知ってる。
夕羅くんは切り落とされた右手に、長いとげの生えた鉄の腕をはめてた。それを楯代わりに使うから、ヘタに斬り込むと刀を折られて大変、ってサル・シュくんが笑ってたわ。
日付なんて気にしなかったサル・シュくんが、部屋の壁を刻んで数えてた。
自分の死ぬ日を、数えてた。
良かった。
ちゃんと、死ねた。
夕羅くんの刀に胸を貫かれて、倒れた、サル・シュくん。
ガリさんと同じ顔ね。
笑ってた。
楽しめたのね。
嬉しかったのね。
残る私のことなんて一瞬でも考えてくれなかったのよね……
今日やる、なんて、一言も言ってくれなかった。
別れの言葉は、なかった。
『前』からそうだったもんね。
サル・シュくん。
出陣の挨拶すら、してくれなかった。
自分の死期を悟ってふらっと出て行く猫みたいに、消えようとしていたサル・シュくん。
大丈夫。
忘れてあげるから。
君の綺麗な顔だけ覚えてるから。
君のことで、泣かないから。
明日からは。
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