【赤狼】女子高生軍師、富士山を割る。

 

  

 

  

 

 そのあと数日、ずっと馬で山を走り続けた。

 登って降りて登って降りて……

 なんかもう、やたら崖を飛び下りるから、怖くて失禁して失神して、ほとんど意識無かった。『数日』って思ってるだけで、一か月ぐらい経ってるのかもしれない。ただ、生理が来てないから、まだ数週間なのかな? というか、ずっと便秘だし、お漏らしだし……のってるだけなのに筋肉痛も酷くて、なんか、もう…………ひたすらにツライ。

 何日もこんなスピードで山を降りてるのに、まだ斜面って、なにこの山!

 私、リョウさんに見つけてもらわなかったらきっとあそこで餓死してたわっ! 漫画みたいなタイミングだわ! やっぱり夢だわこれっ!

 たまにルマちゃんの馬に乗せてもらってる。体重が一番軽いからっぽい。

 サルシュくんが、よくルマちゃんに並んで走ってた。ぜったいルマちゃんのことが好きだよね、よく食べもの持ってくるし。

 そのサルシュくん、いつも赤ん坊を三人抱えてるというか背負ってるというか、馬の上に四人いる。一番上が三歳ぐらいかな?

 あ、凄い。やっと下の地面が見えた! 遠くに大きな川が見える。あっちはあっちで、なんかぺたっと平原で丘もなさそう。

 みんな大歓声。耳が痛い。思いっきり耳を塞いでも痛い。ルマちゃんが前で騒いでるから、もうどうしようもない恐い。抱きついてるのツライ。でも話したら落ちる! ナニ言ってるのか聞き取れない。地下鉄工事してるど真ん中にいるみたいに耳が痛くて頭痛がしてきた……

「あれが『下』だっ!『タイリク』という土地だ!」

 ガリさんがすっっごい大声っ! 人間の声ってここまで大きく出るもんなんだ?

 そのせいか、みんなピタッと静かになった。

「山より暖かいっ! そして、女がたくさんいるっ! キラ・シが勝てば、すべてキラ・シのものだっ!」

 えっ! ナニソレ。本当に蛮族だった? 今から戦争するの? やだ怖い。たくさんいるったって、200人ぐらいしかいないんじゃない? それで『戦争』するの?

 相手がそれ以下ならいいのか……って…………うわ、凄い『建物』が崖の間に。

 多分、岩壁をくり抜いて作ったんだろう、塔? てっぺんがとがってるのを上から見下ろせる機械なんて珍しいリッチ!

 この建物を作った人達は、普通に服も縫製してるよ。そして、もっといい武器と武具持ってるよ。だってあの窓、石壁に木枠つけて戸板ついてる。部屋の中に金糸入りの絨毯も見える。凄い文化的な建物だよ。ガラスが無いだけっぽい。板ガラスが作れない時代というと文化的には、中世欧州の前のほう? 日本だといつぐらい?

 こんなの作る『部族』を相手にするの? 無理だよ!

 って、ここで私が説明してもこの勢いの人達が聞くわけないし、それよりルマちゃんが私を乗せたまま崖際を走るのが怖い。

 きわまでくると、下が…………クラッときた。

 八階建てのビルぐらい、下がっ! 深い!

 塔の崖がわは別段彫刻されたふうもないから、自然でこんな形になった岩の中をくり抜いただけっぽい。

 というか、私、あんな遠くの部屋の中が見えるぐらい、目がよかったっけ? 彼らとあってから、本とか読んでないし、もちろんスマホもパソコンも見ずに、森の緑ばっかり見てるから、目が良くなったんだわ。すごいなー、人間の体って。

 ル・マちゃんが延々と崖の際を歩く。下を覗き込むから私もそっちがわに揺れる。怖い!!

「ルマちゃん、そんな崖際に立たないでよ! 怖いよっ!」

「ここじゃないと下が見えないだろ」

「いやいやいやいやいや、落ちるよっ! 怖いってばっ!」

 すっごい崖! 塔の先端が、私達が立ってるところより少し低い。だから一番上の窓でも二階分ぐらい下。その、窓のその二階下ぐらいがこっちの崖と橋梁でつながってるから、そこから上が三階分。繋がってると言っても、わざわざフライグバットレスみたいに橋を渡したんじゃなく、自然に繋がってるっぽい。自然って凄いなぁ……自然じゃなかったとしたら、そんな建築技術もってるこの文明も凄い。

 塔の下の向こう側に何か蠢いてる。蟻の群れを見下ろしてるみたい。多分あれ、人間なんだろうな。どう見ても、二〇〇人以上いるよ。それに戦争仕掛けるの? 無理だって!

 まぁ、そろそろ、富士山の亀裂のソコに叩きつけられるから、夢が終わるのかな? こっちでも、私が死ぬのかな? 一瞬で終わってくれたら、もう、なんでもいいよ。

 塔の、一番上の窓がもっと開いた! 中で人が動いてる陰が見える。

 あの窓が、日本によくある腰窓ぐらいの大きさだとしたら、どれぐらい? ここから一〇メートルも無い?

 突然、また地下鉄工事みたいな轟音!!

 何っ? あっ!

 ガリさんが、馬で崖から遠ざかってく……のをユーターンして戻ってきて……うわっ! あの窓に、飛んだっ!

 馬でっ、崖から窓へっ!

 嘘でしょ!

 部屋の中に着地したみたい。

 ここを飛ぶのも凄いけど、あの小さな窓にあの巨人がナニもぶつからずに通り抜けたのも凄い。だって、腰窓ぐらいの大きさしかないのに! なんでぶつからなかった? どんな操馬術なのよそれっ!

 また歓声! うわ。声量の圧迫で内臓よじれそう。怖い。ルマちゃんも腕を振り上げて何か叫んでる。怖い。暴れないでっ! 後ろに私がいるの忘れないでっ! 怖いよぉっ! 抱きついてるルマちゃんが暴れると、つかまってるのもツライし、恐いし、…………疲れた………………SAN値ゼロ。目眩と、顔から血の気が引いてくる感じ……そろそろ失神しそう。

「降りるぞっ! あの洞窟を奪取だ!」

 リョウさんが真っ赤な顔をして崖を駆け下りていく。

『族長を救えーっ!』って他の人達も叫びながら駆け下りてく。ガリさんって族長だったんだ? 族長があんな危険なことしたら駄目じゃないっ!

「ル・マ! 行かないかっ!」

 サルシュくんにルマちゃん馬がツノを引っ張られてる。他に誰もいない。砂ぼこり凄い。ゲホゲホ。

「降りろ、ハルナ」

 振り返らずにルマちゃんが、私に命令しながら、馬を下りた。

 なぜ、私が降りる?

 彼女が私に手を伸ばす。いつもこの細腕で抱き下ろしてくれるルマちゃん怪力。

「待て、ル・マ! お前も族長の後を飛ぶ気だろっ! 無理だ、よせっ! なんで俺が止めなきゃいけねーんだよっ! 俺だって飛びたいぜ!」

 サル・シュくんがわめく。まわりをグルグル走り回る。やめて、目がまわる。せめて、止まって叫んで!

「降りろハル!」

「乗ってろハル!」

 どどとどどど……どーすればいいの? 最近どうにか、乗るのは無理でも降りれるようにはなったんだよ。って、足をこっちがわに向けるだけだけど。降りる前に誰かが抱え下ろしてくれて、リョウさんが抱き上げてくれるから。絶対、私が歩けないと思ってるな。ホント。でも、ホント、『ココ』に来てから、歩いてない私。まだ靴下も、黒ずんではいるけど、土につけられたことがないから、綺麗。とか、そんな場合ではなくて……

 サルシュくんがルマちゃんのカモシカの角を持って崖から背けた。カモシカがなんか辛そう。怖い。チョット待って、まだ私が乗ってるのよ。ルマちゃんいなくて、一人だけで乗ってるの怖いよ! 助けてっ! ルマちゃん下りたなら私も下ろしてぇっ! って、声にならない。

「ル・マ! 降りてこいっ!」

 誰かが戻ってきた。

「レイ・カっ! ル・マが飛ぼうとしてるんだっ! 抑えてくれっ!」

 いつもリョウさんの隣にいるレイカさんだ。リョウさんの弟さんって言ってたな。

 リョウさんは『丸い熊さん』だけど、この人は狼みたい。

 髭もしゅっとして縦に長い。みんな髭生やしてるんだよね。ああ、いや、ガリさんは髭無かった。族長だけ剃るのかな?

 サルシュ君が無いのは、まだそんな年齢じゃないのかな?

 そう言えば、ガリさんの息子さんって紹介された、次男の……えっと……シルアさんもヒゲがなかったな。長男さんはリョウさんみたいにふっさふさだった。というか、ボッサボサだった。

「早く降りろハル」

 いやいや、もうちょっとこっち来てくれないと、降りられないよ。というか、サル・シュくんがカモシカを引っ張ってるから、ウロウロしてて、こんなの、またいでないと怖い。足をそっちに向けられない。

「邪魔すんな!」

 ルマちゃんが、くちびるを尖らせて、サルシュくんとレイカさんをにらみつける。

「ル・マ」

 もう一度、レイカさんに言われて、ようやく私の前に乗り上がって、レイカさんのあとを下ってくルマちゃん。よかった……とにかく落ち着いてくれた。

 でも凄い崖。

 歩いて登るのもロープ掛けないと無理だよね、これ。いつも思うけど、よくこのカモシカ降りられるなぁ……というか、よく乗ってられるなぁ。私はルマちゃんとかリョウさんに抱きついてるだけだけど、ツノを持ってる腕力と、胴体を挟んでる脚力だけで、斜めになってるんだよね? どんな筋力なのそれ。

 ようやくちょっとなだらかになったと思ったら、目の前は戦場だった。

 赤い鎧と白い鎧と毛皮がわっちゃわちゃになってる。

 やっぱり技術的に鎧があるんだ? そりゃあんな建物作れるんだもんな。

 本当にリョウさんたち『蛮族』なんだな。で、色違いの鎧が武器を持って血まみれで向かい合ってるってことは、二つの勢力がここで元々戦争してたってこと?

 それって、なんてタイミング? タイミングよかったの? 悪かったの?

 上で見えてたあのありんこみたいなのがこれかな?

 でも、鎧を着てる方はほとんどが歩兵。

 馬はいるけど古代戦車? かな。馬に荷台を引っ張らせるタイプの、直接騎乗しない馬の使い方。エジプトの古代戦車よりごつくて、金箔がや彫刻が凄い。そういうのが三騎だけいる。装飾が三つともちがう。身分が違うんだろうな。

 三国志時代って普通に馬に乗ってたから、『古代戦車』なら、その前だよね。始皇帝の時代? ちょっとでも知ってるのは三国志までなんだよなァ……

 日本で古代戦車の時代っていつだっけ? そもそもが日本で古代戦車? あった?

 というか、あんな『塔』があったら、『現代』でも余裕で世界遺産になってるよね。ないってことは……いや、世界中の世界遺産を私が知ってるわけじゃないしな…………ただ、日本の昔ではないってことだけは確定した感じ?

 でも、現代までに崩れちゃったら残ってないし、それかもしれない。せめて日本の昔であってくれたら、なんか、まだ社会の授業で習ったぐらいの知識でも役に立つかも。

 あ、なんか鎧、弱そう。リョウさん達の刀でばっさばさ砕かれてる。

 鎧が体ごと一刀両断とか、凄くない?

 マジで、ちぎれて飛んでる。

 映画『300』の世界だよ。凄すぎて気持ち悪いとか思えないぐらいだけど、これ、ノンフィクションなんだよね? いや、私の『夢』ならフィクションでいいのか? 私が怖く思わないのもそのせいかな。そのせいだと思っておこう。今悲鳴上げて逃げ回ったって私が死ぬだけだ。平常心、平常心…………

 でも、とにかく、リョウさんたち、凄い『強い』んだ?

 甲高い鳥の声みたいなのがキュンキュンって、この惨状の中聞こえて、毛皮の人達が一斉にこっちに駆けてきた。物凄い焦ってる顔、だよね、お髭であんまりわからないけど。

「馬から降りろっル・マ! ハルっ!」

 リョウさんが、自分も飛び下り様、ルマちゃんと私を馬から引きずり下ろした。全員、馬まで倒して馬の頭を抑えてる。

 あ、城門の前に、ガリさんがいる。もう降りてきたんだっ? 遠いからわかりづらいけど、真っ赤だね! 真っ赤だね……それ、血しぶきなんだろうなぁ……

 あの、なっがい刀振り上げて……

 まただ。

 あの、亀裂の上に投げ出されたときみたいに、また、景色がコマ送り!

 それでも、ガリさんの刀はすでに振り下ろされてた……あ、振り上げてる。ゴルフのスイングするみたいに、右上から足元を通って左上に……

 ガリさん側からなんか正面に、向こうに、衝撃波が出るみたいな、陽炎みたいな『透明なもの』がシュバッってわき出た! その空気の透明な流れにそって、赤と白の鎧の人達が、上下に別れる!! ヒャッ!

『上』が吹っ飛んでいく。ガリさんの近くは馬の首も飛んでた。人間は胸辺りから飛んでいって、後ろの方は首だけ、顔面だけ、飛んで真っ赤なのがぼたぼたって空中にまき散らされたあと、胴体側からブシューッて間欠泉が噴き出したみたいに赤いのが吹き上がって、ばたばた倒れてった。

 ああ……やっぱり、夢だったんだ。

 こんな剣豪漫画、こないだ読んだよね。あれだよ。ガリさんはあの凄い剣豪の代表なんだ。漫画『ベルセルク』のガッツにしては細いけど。

 凄いなー。あの漫画が実写化したらこんなことになるんだなー。内臓まで宙を飛んでるよ。そっか、腹圧で腸が跳び出るんだ? 細かいなー、私の夢。

 だから、ここは『日本』でもないんだ? だから、あの塔は世界遺産にもなってないんだ。

 そっかー……異世界タイムスリップモノの夢かー。そういう漫画、大好きだね、私。うん。

 城門前、一〇〇メートル四方から生きた人間がいなくなった。片づけるの大変だなこれ。

 ガリさんが、まだ生きてる方の鎧に馬で駆けていったら、鎧の全員があっちに逃げた。まさしく、『蜘蛛の子を散らすように』逃げた。鎧側はなんの号令も上がらない。もしかしなくても、今の一撃で指揮官がやられたのかも。そういえば『三機の古代戦車』は全部真っ二つ。

「おらーっ、ガリに全部持っていかれるぞっ! 刈り取れっ!」

 リョウさんが叫んだら、キラ・シの人達もまた馬で走って行った。でも、もう『大半』はガリさんが『飛ばしちゃった』じゃない?

『刈り取れ』ってのも凄いな。

 というか、蛮族凄いな。私のどこかに蛮族信仰あったのかな。さっきもたしか、鎧とか紙みたいに刀でぶったぎってたもんな。

「サル・シュも、ココで待ってろ!」

「なんだよっ、サル・シュも、って俺もかよっ!」

 ルマちゃんがリョウさんに駆け寄ったら、弓で殴り飛ばされたっ!

 いや、あたってはいないけど、ル・マちゃんがその風で吹っ飛んだみたいに避けた?

「今、助けなければガリの刀で千切れ飛んだだろうがっ!『撤退下馬』という口笛に反応しなかったっ! ガリのいる戦場はまだ速いっ! 崖の上で子守をしていろっ!」

 私も、ルマちゃんと馬のお尻にはさまれて瀕死……量産の声も殆ど聞こえなかったけど、『引っ込んでろ!』ってのはわかった。

 さっきのあの鳥の声、口笛だったんだ? 何もかも大きい人達だな、ホントに。

「サル・シュっ! キラ・シの女と子を任せるぞっ! 崖の上にいろっ!」

「わかったっ! リョウ叔父っ!」

 リョウさんが弓を射ながら駆けていく。凄い、百発百中……というか、なんで弓で首が千切れるのっ! 本当に漫画だな! 矢を回収しながらあっちに見えなくなっていくリョウさん。血のにおい凄い……キラシのにおいより凄くなった。

 口の中酸っぱい。でも、多分、今日、失神してたから食べてないっぽくて、何も出てこない感じ。酸っぱい唾液を呑み込めなかったので吐こうとしたけど、きっと水もないこんなところで、吐いたらつらいのは私だから、呑み込んだ。唾液を回して、口の中を掃除、掃除。

 切実に水が飲みたい。うがいしたい。

 神経はマヒしてるけど、やっぱり体はストレスをこの惨状に吐きたいんだ。山を見つめて深呼吸。茅野に追い噎せるけど、ル・マちゃんの毛皮に顔を押しつけて、『キラシのくささ』で誤魔化す。誤魔化す。

「ほら、ル・マ。崖を上がれ。お前らもだ」

 サルシュくんが声をかけると、茂みに隠れてたらしい若い子たちがカツカツ崖を駆け上っていく。みんなサルシュくんみたいに赤ちゃんや子供が、背中に、おなかに、馬に、鈴なりだ。五人ぐらい馬に乗せてるコも居る。二歳ぐらいの子がたくさんいて、よちよちだけど歩いてる。こんな崖をよじ登ってる! 二歳児!!

 崖の上下で、大きなコが幼児を持ち上げて受け渡ししてた。馬ならぱぱっといけるけど、人間にはやっぱり高い崖だよねこれ。渡しでも登れないわ。

 もしかして、これ、『全部族』なの?

 遠征しに来たんじゃなく、『部族移動』? じゃなきゃ、新生児なんて連れて来ないよね? 大丈夫かな、首。新生児って、あんまり揺らしたら首がおかしくなるって聞いたけど……

「ル・マ。ハルがつぶれてる。起きろ」

 美少年の白さが、一服の清涼剤ですな。とか、心の声がおばあさんみたいな口調になってしまった。右側、赤いから見たくない。

 ルマちゃんの腕を引っ張って起こしてくれる。そうされて始めて、大きく息をすって噎せた。呼吸ができなかったみたい、私。

 ありがとう。サルシュくん。すごく苦しかったです。

 ようやく起き上がってくれたルマちゃんが、私も馬に抱き寄せてくれて、しぶしぶ崖を上がって行った。

 その頃には、もう城門前は人影も無い。向こうに逃げて行った鎧の人達をキラシの全員が追い駆けて行ったみたい。声も聞こえない。

「さっきのガリさん、凄かったね」

「凄かったなっ!」

 シンとしてたからつい、何か喋らないと、と思ったんだけど、私の小声にサルシュくんが大砲みたいな大声で返してきて耳がつんざかれた……

 耳痛い痛い…………

 この人たちの声の大きさって凄い……

 大きな声を出すな、って育てられてるから、私、大声出されるのキツイ。私のまわりでは、私が一番声が大きかったんだわ。騒々しくてごめんなさいでした。周りが騒々しいってツライ……

「さすが族長だぜっ! あんなのありかよっ! リョウ叔父が助けてくれなかったら、首飛んでたかもっ!」

 声大きいっ、大きいっ、耳痛い! 真っ赤になって興奮してるから、仕方ないか……そりゃ興奮するよね、あれは。私でも、映画で見てたら拍手喝采してるわ。映画『300』とか、あんなノリだよね。

「さっきの鳥の声みたいなのが口笛なんだ?」

「そうそう、こういうの」

 サルシュくんが、指を銜えてキーン、って音を出した。金槌で頭叩かれたみたい……そして、遠くから、なんか鳥の声。あれも口笛? 指笛?

「このまま進むってよ」

 あれだけでそんな会話ができるの凄い!

「さっきの崖まで戻って火ぃ起こそうぜっ。ル・マ、ハル置いて、狩って来い。そこの三人、ル・マと行け。他は、渇いた木や木の実を持って来い、火をつける。崖を降りられない奴は子守り! 小さいのはじっとしてろ! 行けっ!」

 サル・シュくんが手『行け』と同時に手を打ったら、これまた金属音みたいな柏手の音がして、みんなが一瞬で駆けて行った。ルマちゃんが下りたのに、私だけ馬に残されてる、なぜ?『私をおいて狩りに行け』ってのは、『私を下ろして』じゃなかったのか!

「サルシュくん、下ろしてよ……」

「そこの方がケツがあたたかいだろ」

 え? そんな心配? 温かいより、馬が動く方が怖いんですけど!

『大きい子供組』が、馬に乗せてた子供たちを地面に下ろして、サルシュくんの言いつけ通り森に消えた。残った『小さい組』が新生児とか、もっと小さい幼児とかを崖の反対側に集めて囲ってる。しかも、ようやく歩けるような子供たちも、じっとしてる。統率凄いな。

 サルシュくんは全員の馬のたてがみを指でさわさわ撫でながら、抜け毛を手のひらでくるくるまとめて、自分の簪を一本抜いた。四本も簪差してたんだ? それを弓の弦でくるくるって巻き取る。持って来られた渇いた木切れに簪を突きたてた。弓を前後に動かして……あっと言う煙がでた!

 ああ、これ、『弓きり式』の着火法だ。

 さっき作ってた馬の毛玉に煙包んだら火が着いたっ! 向こうに作ってた、焚き火のしたに押し込んでふーふー。かぶせられた枯れ枝がすぐに燃え上がる。

 二分ぐらいで火付けた凄い!

「こんなすぐに火が付くの?」

 彼が私を見て、フッフンッ、ってドヤ顔で笑った。

「もっと褒めていいぜ! 他の奴らはもうちょっと時間かかる!」

 そんなこと言われたら、いつもなら、褒める気なくなるけど、二分で火つけるとか、ホント凄い!

「凄い凄い!」

 馬につかまってなかったら、めっちゃ拍手したのにーっ!!

 その火が大きくなってきたころにはルマちゃんだけでうさぎ一〇羽ぐらい持ってきた。凄い。他にもなんか、次々山積みにされていく。全員で獣を捌いて,枝に刺して火にかざして、焼いてる。馬も果物食べてる。おいしそうだけど、いっきに辺りが血の海になった。人間の血のにおいよりは全然マシだけど。

 サルシュくんの膝にルマちゃんが座ってた。私はいまだ、馬の上、怖い。小さい子たちがいろいろ持ってきてくれる。ありがとうありがとう。でも、下ろしてほしい。

「サルシュくん下ろしてよぉ……ルマちゃぁんっ……怖いよぉ」

「俺の膝、ル・マで埋まってるから駄目」

「なんで膝に座る前提なのっ!」

「女は地面につけちゃ駄目なのっ!」

 なにそれっ!

「女は寒くしちゃ駄目なのっ! 子が生まれなくなるだろっ! 夜なんて冷えるんだから、駄目っ!」

 えっ? その心配? おなか冷やす心配? だから地面に座らせてくれないの? だからルマちゃんもサルシュくんのお膝なの?

「ハルを俺の膝に座らせたら、あとでリョウ叔父に殺される。そこにいろ」

 ああ……私はリョウさんのものだからかー……そっかー…………やっぱり、彼の子供を私が産むの確定かー……そっかー………………

 覚悟はしたけど忘れてた問題復活!

『山を降りるまで』ってガリさんも言ってたな……

 うう……佐川くん…………いや、佐川くんの子供を産むなんていう決心はどこにもなかったけど……でも、違うよね……

「じゃあ、ルマちゃんはサルシュくんと結婚するの?」

「ケッコン? なんだそれ」

「……えっと…………ルマちゃんはサルシュくんの子供を産むの?」

 言ってて照れるな……

「俺は父上の子を産むんだぜ!」

 なんですって?

「えーっ! ル・マ、毎回それ言うけど、俺の子産んでよーっ!」

 すっごい綺麗な子供が産まれるんだろうな、……って、期待を勝手にしてしまうわ。

 というか、サルシュ君も、好きとか愛してるとかじゃなく『俺の子産んで』なんだ?

「サル・シュ、もう三人いるんだからいいだろっ!」

 なんですって?

「父上だって三人しか子、いないんだぞっ!」

 ガリさん凄く若く見えたのに、もう三人もっ! というか、

 

「サルシュくん、もう三人も子供いるってどういうことっ? 君、何歳っ?」

「一五」

 15っ!! 若い! というか、やっぱり子供だったんだ!

「一五才で三人も子供いるってどういうことっ?」

「年少組で俺が三年連続、優勝したから!」

「ナニを優勝したの?」

「初雪が降ったら、部族一位を決めるための『勝ち上がり』があるんだよ。大人で一位二位三位を決めて、子供で一位二位三位を決めて、女の数だけ上から子を作れるの」

 それが結婚システムなんだろうか?

「もう結婚してるってこと?」

「ケッコンって、だから、ナニ?」

「女の人と子供を作る前にする儀式」

「……なら、してる、かな? 三回」

「三回!」

「毎回女別だから。三回ケッコンしたことになる」

 なんか、これは、キラシの部族の何かなんだろうけど、……たしかにガリさんも『女も全部自分たちのもの』って言ってたから、……そっか…………これで部族全部、なら、私を入れても女の子二人しかいないもんね。

 つか、普通に私を入れちゃったな、キラシに。

 仕方ないよね。なんか、逃げられる気がしないもの……

 誰かと逃げたらその相手、絶対リョウさんに一発で殺されるわ。断言できるわ。なんてったって、弓で首千切る人だもん。なんだあの弓矢怖い。

「もしかして、女の人少ないの?」

「山キラ・シはたくさんいるぜっ。今三人もいる!」

 三人って多いの? それってどういう数?

「山キラシってナニ?」

「族長について来ずに山に残ったキラ・シ」

「ずっと移動してるんじゃなく、部族を別れたの?」

「そうそう。族長が、『下』には一杯女がいるから、って。山はどんどん女が減るから、そのうち全部族が滅びるから、って」

 うわ……鳥肌っ!

「女の人が三人って、男の人、二〇〇人ぐらいいるんでしょう?」

「うん」

「それで、女の人が、三人なの?」

「だから、初雪が降ったら、強い奴を決めて、一番強い奴だけが子を残せるんだ。勝ったら女を貰えるんだから、俺だって勝ったら男欲しいっ! 父上が欲しいっ!」

 いやいや、ちょっと待って……ナニ?

 えっと…………女の人って、賞品なの?

 恋愛とか、結婚とか、無い……ん、だ?

 だから『結婚』がわからないんだ?

 で、なんで父親とやりたがってるの、ル・マちゃんは。

「だから、ル・マは族長の子なんだから、族長とはできないってばっ!」

 ル・マちゃん族長の子なの? ガリさんの娘さん? ……たしかに、言われたらそっくり……かも。ガリさん、歌舞伎メイクだから、全然顔がわからない。

「俺にしとけよっ! 俺だって、部族四位だぞっ!」

「父上は部族一位だぞっ! 強い男がいいに決まってるだろっ!」

「お前が大人になるまでに俺が族長に勝ったらどうするっ!」

「お前の首を落とすっ!」

 なぜかしら。

 なぜ二人が互いに刀を互いの喉に突き付けているのかしら? 私、ずっと二人見てたよね? いつ刀抜いたの? というか、いつ立ち上がったの?

 もしかしなくても、この子たちもとんでもなく強い? だから、ガリさんのあとをついて崖を飛びたがったし、出陣したがったんだ?

「一位になったらお前指名するからなっ! その時には絶対逃がさねぇぞっ!」

「その時には父上死んでるからっ、俺は父上と一緒に死ぬ!」

「なんでだよっ!」

「死んじゃだめじゃないっ、ルマちゃんっ!」

 なんてこと言うのこの子はっ!

「ハルさん、うさぎ焼けたよ」

 サルシュくん以外に大きな子が、馬の私の所までお肉を持ってきてくれた。全然、二人の会話に驚いてない……もしかして、いつもこうなの?

「あの二人いつもああだよ。もう誰も気にしてない。最初にル・マさんが族長を指名したときはみんなびっくりしたけど、親子は禁忌だから、成らない成らない」

 そっか……蛮族でも親子は禁忌なんだ? ホッとした。

 血族結婚で子供に支障が出やすいとか、知ってるんだ?

「サル・シュが毎回ル・マさんを指名してるけど、断られて大変」

「ナニが大変なの?」

「ル・マさんは『キラ・シの女』だから自分の選んだ相手の子を産める。サル・シュの子を産めって、みんなから言われてるの断ってるから、子が生まれなかった」

「生まれなかったってどういうこと?」

「女は毎年子を産むものだから。

 女のル・マさんが子を産まないってのは、部族の危機。

 本当なら、もう二人産んでる筈だから。

 サル・シュとル・マさんの子なら、絶対強い戦士になるのにもったいない」

 ルマちゃん一人が子供を産まないことが『部族の危機』!

 そりゃ……200人男の人がいて、三人しか女の人いないならたしかに、毎年産まないと、部族が廃れちゃう。

 新生児死亡率も高いだろうし、毎年三人子供産んだからって、三人成人になれるわけじゃないだろうし。

 新生児の死亡率が下がったのって、本当に『現代』の100年ぐらいだ、って聞いた。特に男の子は弱いから、子供の内に死んじゃう。一年に三人なんて、全員死んじゃう確率も高いよね。

 ああそうか、だから『強い男の子供』が必要なんだ?

 生まれて死ぬような子を最初から産まないようにしてるんだ? だから、部族内で競争して、強い人だけ『権利』があるんだ?

 だから、この部族は強いんだ。そっかー……

 ガッツが村に200人居て、一位を争ってる感じかー…………………………

「ルマちゃんが『キラシの女』ってことは、他には『キラシの女』の人っていないの?」

「キラ・シで女が生まれたのはル・マちゃんだけだよ」

「毎年三人子供が生まれてるのに?」

「俺が生まれる前から、女はル・マちゃんだけ。ル・マちゃんは唯一の『キラ・シの女』なんだ」

「え? それって、十年以上、女の子が生まれてないってこと?」

「うん、そう。女は他の部族から獲ってくるものなんだ。けど、山全体で女が少なくなって、女一人取ったら男が十人は死ぬから」

「なんで死ぬの?」

「女盗られたら戦になるから」

「えっ? あ……そうか。そりゃそうだよね」

 自分の仲間拉致されたら怒るの当然だし、それがまた、200人中三人とかの女の人盗られたらたしかに、部族が滅びるから戦争になるよね。

「だから、普通は女は外に出さない。キラ・シなら、温泉のある洞窟に守ってる」

「……女の人は、家のこととかしないの?」

「イエノコト?」

「ご飯を作ったりとか、掃除をしたりとか」

「大事な女をなんでそんなことに使うの?」

「なんでって……」

 現代だと、大体そういうのは女の人がすることが多いから。

「女はもろくて弱い。まず洞窟の外に出さないよ」

「どうして?」

「山は寒いから。女は冷えるとすぐ駄目になる。あたたかくしないといけない」

 言いたいことはわかる気がする……

 なんか、キラシって超蛮族なんだけど、妙なところで医学が進んでる印象があるな。

 というか、『蛮族』ったって、馬鹿じゃないんだもんな。文化度が低くて粗野なだけで。それだって、その当時の先進国の尺度だし。

「最近だけでも、二つ村がつぶれたんだ。キラ・シも二〇〇年以内にそうなる、って族長が言って、『下』には女がいるから、一緒に来るなら案内してやる、って部族を分けたんだ」

「村がつぶれた、って、戦争で全滅したんじゃなく?」

「うん、女全部盗られて、でも戦っても勝てる相手じゃなくて、結局、みんな散り散りバラバラに他の部族に走って部族がなくなった」

「それって、でも、全員死んだ、ってわけじゃないんだよね? 子供増やして部族再起できるよね?」

「…………そんなことしたの、聞いたことない。部族はいくらでも移れるけど、元の部族に戻ろうなんてのはいない」

「なんで? 自分の部族なのに」

「弱いからつぶれたんだから、弱いところに行く奴はいない。副族長が女をつれて部族を割ることはよくあるけど。

 キラ・シは女がいなくても滅びなかった。山で一番強いから、どんどん戦士が入ってきたんだ」

 移民だけで国家支えてる状態かな? それはそれで凄いとは思うけど……。

『女も全部俺たちのもの』ってガリさんのあの宣言は、本当に切実だったんだ?

 私が女だから、リョウさん、あんな優しいんだ?

 いや、それはわかってたけど、私の中のそれと現実が違ってたわ。

『恋人が欲しい』じゃなく、『子供が欲しい』んだ?

『現代』だと女の子の方が数多いからね。実感ないけど。

 昔でも、男の人は戦争とか病気で死んじゃうから、女の人の方が多いのに。部族全体からして女の人が三人とか、酷すぎる。男系になっちゃったんだ?

 ……来年の私は、子持ちか……そうか…………この分だと、毎年子供産まされそうね……

「ねぇ……サルシュ君は『リョウオジ』で、ルマちゃんが『リョウカ』って呼んでるのはどういうこと?」

「リョウ、が本人の名前で、カが筋の名前」

「筋?」

「親と同じ名前。子ができたら、子にも同じ名がつく」

「名字?」

「ミョウジ?」

「……えっと、血筋の名前?」

「…………そう……かな。チスジ? 筋?」

「じゃあ、『リョウオジ』って『リョウという名前の叔父さん』ってこと?」

「そうそう」

「ルマちゃんも『マ』が筋の名前? 父親のガリさんもマ? ガリマ?」

「『マ』は女の人の名前。ガリ族長はガリ・ア。『ア』」

 ん? ああ、『普通の「筋」名』は男性にだけ受け継がれるってことね。日本語で表記すると、『ル・マ』でいいのかな? 間に黒い丸が入る名前。

「サルシュくんも、サルが名前で、シュが筋名?」

「そうそう」

 サル・シュ、なんだ。

「さっき、私のことをハルさんって呼んでくれたけど、私の『ナ』は筋名ではないよ?」

「そうなの? 女の人で二文字の名前は珍しいとは思った」

「女の人は一字で、男の人は二文字?」

「そう」

「……もしかして、キラシって、部族名、これも、筋名が入ってる?」

「うん。キラの長男、でキラ・シだからシが筋名」

「へえ…………じゃあ、キラの次男とか三男、とかの部族があるんだ?」

「次男がキラ・ガン。

 少し前まで山をキラ・シと二分してた。

 ガリ族長が、キラ・ガンの族長の首を獲ってきたから、キラ・シが一番になった」

 ガリさんの武勇伝、多そうだなぁ……しかも『本当の武勇伝』。族長だから当然なのかもしれないけど、その血みどろさが怖い。

 けど…………あの人には合ってるよね。あの怖い人が『何もしてない』って逆に怖い。

「……私は、どうなるんだろう?」

「どうって?」

「私も、リョウさんの子供産むの……よね?」

「今年はね」

「……え? ……来年、は……?」

「女を見つけたら、見つけた男に最初の権利がある。二年目からは、他の女と一緒。初雪の時の『勝ち上がり』で、上位から女の選択権がある。

 でも、今年は山を降りるから『勝ち上がり』を春にしたから、次はいつやるのかわからない」

「毎年旦那さんが変わるってことっ? やだ、なにそれっ!」

「ダンナサン?」

 やだ、そんなのやだっ! リョウさんでも勿論いやなのにっ!

 逃げないとっ……でも、逃げるってどこに? 食べものどうするの? でも、食べものの代わりに子供産むの? 毎年ずっと? それって、エンコーとナニが違うの?

「だから、来年は族長がハルさんを指名するよね」

「えっ? なんで?」

「だって、今、キラ・シにハルさんしか女いないから」

「えっ? ル・マちゃんは? あ……いや、あの子は子供か……」

「うん、それはできないできない。だから、ハルさんしか、いない」

 ガリさんと……私、が?

「勝ち上がっても、三年ずつしか指名権利はないから、4年後は、多分、また副族長だよね。その次は三年、族長」

 足元に穴が開いたみたい、って凄い、よく、わかった。

 今、開いた。

 馬の上にいるのに、なんか、ストーンと落ちていく感覚、した。

「や…………そんなの……やだ……」

 あんな怖い人…………リョウさんとだって、納得したわけじゃないのにっ!

「あっ……キャァッ!」

 カモシカが、突然暴れ出した! サル・シュくんが凄い速さで走ってきて、カモシカの角抑えてくれてるけど……なんか、彼でも振り払われそう……やだ、怖いよ怖いよっ! どうしたらいいのっ!

「ハルっ! 動くなよっ! 馬から落ちるだろっ! お前、何言って怖がらせたっ?」

「えっ……俺は、別に、ナニも……っ」

「二度とハルに近づくなっ! ハル、落ち着けっ!」

「私はナニもしてないよっ!」

「怖がるなっ! 馬はナニもしないからっ! ハルが怖がるから馬がおびえるんだっ! 誰もハルを殺したりしないっ! 俺が守ってやるっ! キラ・シの全員でハルを守ってやるっ! だから落ち着けっ! 怖がるなっ!」

 怖がるな……って、もう暴れてるのにっ! 怖くないわけないじゃないっ! 守ってやるったってっ、大事なのは私じゃないでしょ! 私が産む子供でしょ! あんな怖い人とそんなことするぐらいなら……

 高い、崖……

 母さんたちが落ちて行ったあの亀裂……

 夢でしょ?

 これ夢でしょ?

 ここから落ちたら、私もあの亀裂に戻れるんじゃないの?

「サル・シュっ! ハルを下ろそうぜっ! ハル、来いっ! ルマ! おとなしくしろっ!」

 ル・マちゃん、腕細いのに、力強いっ! 手首痛いよっ! え? ナニ? ル・マちゃんがカモシカにルマ、って……同じ名前つけてるの?

「キラ・シの土地でもないのに、夜に女を地面に下ろしちゃだめだっ!」

 ナニソレッ! なんか民間伝承なの? 速く下ろしてよっ! 下ろしてくれたら済むんじゃないっ!

「俺が抱いてりゃいいだろっ! ハル来い!」

「無理だル・マ! お前一人でハルは抱いてられないっ!」

「ハルが死んだら意味ないだろっ!」

「そうだよっ! 下ろしてよっ! 怖いよっ! お願いだから下ろしてぇっ! 死にたくないぃっ!」

 ゴメン、お父さん、お母さんっ! やっぱり、夢でも死にたくないぃっ! 駄目っ、怖いっ! 怖いよっ!

「早く助けてぇっ!」

 ル・マちゃんが後ろに飛び乗って角を抑えてくれてるけど、馬が止まらない。怖いっ! 振り落とされるっ! 掴まれるものがたてがみしかないんだよっ! ツノなんか持ったら、手がザクザクになる。もう腕疲れたよっ! 鐙がないから、足も腰も浮いててっ、いつずり落ちるかと思うと気が狂いそう。

 恐い……恐いっ恐いっ!!!

 こんな所から落ちたら、即死できたらいい方だ。骨でも折ったら……薬も無いのにっ! 痛み止めだって無いのに!! 最低でも一カ月はずっと痛いっ! そしてそのあと、絶対歩けなくなるっ! 逃げる逃げないの話じゃなくなるっ!

 ガリさんの子供なんていらないぃっ!

「怖がるなハル……! あぶなっ……」

 馬から落ちたっ! 私落ちた! あんな高いところからっ! 腰、痛いっ……けど…………そこまで、じゃ……

「ハル、怪我ないか! ル・マっ! どこにいるっ!」

「大丈夫だ! ハルは!」

 ル・マちゃんの声が遠ざかっていく。サル・シュくんの声は側から聞こえる。あれ? どこ? いない?

「下、下」

「下?」

「どこも痛くないか?」

「私、君の上に落ちたのっ! ごめんなさいっ!」

「それはいいから動くな」

 足首つかまれた。両方。

 なんか、全然、動ける気がしない。サル・シュくんも凄い、力、強いなぁ……

「女落とすより、つぶれる方が絶対いいから、とにかく、怪我は? 降りるなよっ! 地面に足も手も付くなっ! 凶つ者(まがつもの)が入り込むからっ! 体の上にいろっ!」

「は……はい……」

 マガツモノ? ナニソレ怖い……

「マガツモノ……って、ナニ?」

「『その世』から出てくる、人を騙す冷たいもの」

『冷たいモノ』! やっぱり『化物』って意味?

 咄嗟に立ち上がろうとしたら凄い怒られた。でも、人の上にいるって、馬の上とは別に、怖い。多分、ただの民間伝承で実害はないと思うんだけど……こんな勢いのサル・シュくんにそんな説明できるわけないし……でも、おなかも胸も、固いな……凄い筋肉……細く見えるのに……

「怪我は? ハル」

「ない……です…………多分…………」

 私が落ち着いたら、サル・シュくんも私の足を話してくれて、手をヒラヒラ降って笑ってくれた。

 青痣できたかもしれないけど、今は痛くない。というか、サル・シュくんの手から血が出てるんだけど……あ、ル・マちゃんが馬と走ってった。「ルマー! てめぇ何度も俺を舐めやがってっ! 今度こそ焼き肉にしてやるーっ!」って、自分の名前呼びながら走るとか、混乱しないのかな? しかも、そんなこと言われたら、馬、もっと暴れるよね?

「サル・シュくん、手の怪我大丈夫?」

「ああ、これは頭かばったからだから、心配……す…………ん…………」

 なめてりゃ治る、とは言わなかったけど、なめた時。

 私の視界の上から、金属がぬるりと出てきた。

 初めて『ここ』に来たとき、私の目の前に突き付けられた……あれだ。しかも、今回は血まみれだ……血のにおいっウウッ!

 刃の向きが、逆だった!

「どう殺されたい? サル・シュ」

 リョウさんが、後ろに、いる。サル・シュくん真っ青。一瞬で脂汗、凄い。前髪が一気に濡れて顔に張りついた。私の手のひらの下で、めっちゃサル・シュくんの鼓動が速い! 私もつられたのか、カーッと灼くなってくる!

 刃は、サル・シュくんの首元に、向いてた。というか、もう、おかれてる、感じ。首が刃でへこんでる。

 それを、サル・シュくんがつまんで持ち上げて、叫んだ。

「ハルが馬から落ちたから支えただけだぜっ! わざと触ったわけじゃねぇよっ! さっきまで馬に居たんだからっ! ル・マも見て……ああっ! ル・マいねぇっ! ……だよなっ? ハルっ! というか、そこらのガキ! 見てただろ! 誰かリョウおじに説明しろ! サナ・イ!」

「サナイって人が、いる感じ、ない……よ? みんな頭を抱えてうつむいてる」

「ああっ! 騒ぎが起こったら伏せろって言ってたからっ! 誰も見てなかったのか? ハルが落ちるの!」

 まだ伏せてる子供たちを見ると、そうっぽい。

 リョウさんの雰囲気が……重たくなってきた。

「私どうすればいい?」

「リョウ叔父に抱きついてっ!」

「えっ、やだっ!」

「じゃないと俺、殺されるからっ! 早くっ!」

 血まみれの刀……凄い、怖い……

「リョ……リョウ、さん……?」

 漫画でだと、真っ黒になって、目だけ輝いてシュゴーっ! とか吐いてる息が渦巻いてそうな……感じ。めっっっっちゃ、怒ってる!! なぜ?

「ハル。サル・シュに何をされた?」

「馬から落ちたのを助けてくれただけだよ……」

 本当に、こんなことでサル・シュくん、殺すつもり?

 というか、リョウさんに抱きつくには後ろ向かなきゃいけないわけで……、地面に足つかずにそんなことしたら、サル・シュくんめっちゃ踏んづけるわけで……人間の上に乗ってる、って時点で、もうなんか、馬の上に乗ってるより心理的に凄くいやなんだけど…………地面に立ちたい……

「地面に足をつくな。ハルはル・マ程強くなかろう?」

 後ろから、ウエスト抱えて持ち上げられた。私ってけっこう重たいのに、軽々されるなぁ……怪力って凄い。というか、ル・マちゃんはいいんだ? そういえばそうだよね。なんでル・マちゃんより私が弱いと思われてるんだろう。そりゃ、戦えないけど……

「別に地面に立ったぐらいで風邪引かないよ? 大体、歩いた方が体にいいんだよ?」

「風は今、吹いてはいない。地面に座ってたから体中がまだ痛いのだろうが」

「最初に出会ったときのアレ? 今、体が痛いのは、馬に乗ってる筋肉痛だよ」

 今はたしかに歩けない。けどそれは足が不自由なわけではないよ?

「とにかく、痛くなくなるまでは立つな。特に夜は、駄目だ。凶つ者が地面から上がってくる」

 地面に直接座ったらお尻冷えるから、おなか下す確率は上がるし、言ってることはわかるんだけど……地面に立っちゃいけないって、地味につらい…………まだ靴下のままだし。こんな岩肌歩きたくない。でも『持ち歩かれる』のも結構つらいんだ。

 ここに来た最初の何日か、何週間かは知らないけど、失神しては起きて失神しては起きてだったから、どれだけ経ってるのか全然わからない。でも、筋肉痛って、私ぐらいなら、二週間もあれば治るんじゃない? それがまだあるんだから、一カ月も経ってない気はするんだけど……

 馬なんて乗ったことないしなぁ……というか、筋肉痛が来るほど運動したこともないし……

 ただ、気がつくと、違うところが筋肉痛だから、全身、じゅんぐりに筋肉痛になって、治って、筋肉が強化されて、他の所が筋肉痛になって……とかなら、本当に全然、日数わからない。

 リョウさんが刀下ろしてくれた……けど、鞘にはおさめてくれない、なんで?

 サル・シュくんが慌てて立ち上がって、刀、抜いた。なんで刀抜くの?

「リョウ叔父だからって、俺に刀向けてただで済むと思ってんじゃねぇだろうなっ!」

 リョウさんが、私をぽいっとリョウさんの馬に乗せて、足場固めたっ!

 えっ、これって、『手合わせ』だよね? 本気じゃないよね?

 って、サル・シュくん、本当に真っ赤な顔して、髪の毛逆立ってる。

 え? 本当に怒ったの? 今ので?

 リョウさんも真っ赤だよっ! まさしく鬼神の顔してるよっ!

 馬が、空気読んだみたいにふらっと離れて草をはみ出す。いやちょっと……ちょっと、二人が遠くなってくよっ! 馬停まってーっ!

「今すぐ、二位の座っ! 空け渡せぇっ!」

「その口裂いてっ、二度と笑えぬようにしてくれるわっ!」

 あ、向こうにいた、焚き火の周りの子たちが、あんな遠くまで逃げてるっ! 大きい子が崖の上に小さい子を移動させてまで逃げてる! さっきうつむいてたのもそうだけど、危機回避スキル高すぎ!

 いやいやいやいや、リョウさんの年知らないけど、副族長が一五才の子供相手にあんなことで死闘始めるとか、大人げなさ過ぎだよ! ……って………………うわ、凄い…………太刀筋が一切見えない…………振ってるん、だよね? 胴体の影がかろうじて見えてるだけで、ビュンビュン音がするだけで、ナニも見えない! 残像? あのおっっっきな刀を、この速さで振り回してるの?

 前に面白動画で見たことがある。すっっごく早く走ったら、足が分身したみたいな、漫画の、あの、いっぱい足が描いてあるようなああいう、残像が、見える。それがたしか、時速17キロだったはず。

『残像が見える』のが時速17キロなんだから、残像も見えない、あの二人の腕の振りは、時速17キロをはるかに越えてるってことだよね? 速すぎない? ああ、まぁ、その究極が、ガリさんのさっきのアレなんだ? そっか。

 私の夢なんだもんな。なんでもありだよね。

『カマイタチ』とか、剣劇のワザとしたら、それぐらい速いから出るって理屈だよね。本当にこの夢、漫画なんだなぁ……

「うぉーっ! やってるやってるっ!」

 崖下からル・マちゃんがカモシカで駆け上がってきた。

「ル・マちゃんっ、あの二人、本気で殺し合ってるの?」

 あ……ちょっと、残像が見えてきた。漫画みたいになってきた。と思ったら、止まって、にらみ合ってる。二人とも腰を落として刀向け合って……そのまま止まって……

「ハルのことでやりあってんだろ? どっちか死なないと止まらないぜ?」

「なんでっ!」

「リョウ・カの女に触ったんだから、当然。でも、サル・シュはハルを殺さないため、って理由があるから、殺される気無いし」

「そりゃそうだよ。私を助けてくれようとしたんだからっ……ああ、ル・マちゃんっ!」

「うぉりゃぁっ! 俺も入れろーっ!」

 ル・マちゃんが騎馬のまま、残像に突っ込んでく。無茶だなー……残像が大きくなった。うわー……

 全然見えなくて、逆に怖くないわ………

 どのみち、私にあれを止められるわけないし……

 馬がドンドン離れていくし……馬、空気読みすぎ。

 ああ……馬が、反対側向いてしまって、三人が見えない……振り返ってると首痛いっ! というか……目の前崖ーっ!

「助けてっ! 崖に落ちるっ! 助けてぇっ!」

 どうしてそんな崖っぷちの草を食べようとするのよぉっ! 山肌の斜面にいくらでもやわらかそうな草あるじゃないっ! いやーっ! ビル8階分の崖っ! マジ勘弁してーっ! 首下ろさないでーっ!

「動くなハル! 馬も落ちたくは無いから、危険な所には行かん!」

 リョウさん来てくれたーっ! 馬のツノを持って、山肌側に連れて行ってくれた。ああぁああぁあああ……助かったっ!

「だって崖に行ったじゃないっ! 高いところ怖いのよっ怖いのよっ! さっきだって、突然馬が勝手に暴れ出したのよぉ! 馬に一人で乗せないでぇっ! 地面に下ろしてぇ! 馬の上だって高いのよぉっ! リョウさんの馬、ル・マちゃんのより大きいんだからぁっ! 怖いんだからぁっ! 高所恐怖症なのよぉっ! できたら脚立にだって乗りたくないのにぃっ! もうやだぁっ!」

 こんな怖いところもうやだぁっ! 早く夢さめてよっ! お父さんとお母さんと一緒に死ぬぅっ! 一分待ったら裂け目の底で即死できるんだからっ! たった一分なんだからっ! 早く過ぎてよぉっ! もうやだぁっ!

「…………ああ、報告忘れてた。つか、今のは一つ貸しだからな。リョウ叔父!

『あの岩』の中、全員死んでる。入っていいんじゃないか?」

「制圧しろ。ハルが落ち着いたら行く。貸しは知らん」

「知らん、じゃ、ねぇだろっ!」

「ハルに触ったお前が悪い」

「俺はハルを助けたんだよ!」

「ハル、食え」

「聞けよ!」

 なんか口に押し込まれた。泣いてるときにそんなことしないでよぉ……………甘い! あんまんみたいな感じのふわふわ。蒸しパン?

「ナニコレ?」

「あっちの家で、女のそばで見つけた食い物だ。甘い」

「うん」

 ガシガシ頭撫でられた。

 あ、私、今、ずっとリョウさんに抱きついて泣いてた? いつもみたいに膝に座って焚き火の前にいる。隣の膝にル・マちゃんもいる。泣きすぎて記憶飛んだ? 寝たのかもしれない。私、図太いな。

「今度からはずっと一緒に乗っててやるから、安心しろ、ハル」

 ル・マちゃんが私の手を自分の頬に押しつけて頬ずりする。

「ハルの手、気持ちいー」

「そうなの?」

「もう、ここに来てからハンドクリームとかも塗ってないから、ちょっとがさがさして来てるのに」

「はんどくりーむ?」

「手とか顔とかに、保湿…………えっと………………渇かないように専用の油とか水を塗るの。ここに来てからそれが無いから、ちょっと荒れて来てるんだよ……ささくれたら、痛くてやだなぁ……」

「油? 油を体に塗るのか?」

 この人たちの生活で『油』って言ったら、肉焼いたときの油しか想像しなさそうな気がするけど……

「じゃあこれ塗る?」

 ル・マちゃんが腰の袋を開いて見せてきた。

「ナニコレ?」

「椿油」

 ツバキアブラ? え? それって、『現代』でも高級品だよ?

「なんでこんなの持ってるの? ル・マちゃんだけ?」

「椿油は全員持ってる。髪と刀に使うから」

 リョウさんも腰の袋開いて見せてくれた。中は、何か白いものが入ってる。手を突っ込まされた。なんかふわふわしたものが油を吸ってる。指がツヤツヤ、塗り伸ばす。一応顔にも塗って置こう。あー……なんか頬のヒリヒリがなくなった!

「わー……これ、気持ちいーっ!」

 椿油を顔に塗るとか、『現代』だと絶対しないと思うけど。でも、全然いやな感じしない。凄い。ベタベタしないんだ? さらっとしてる。ニオイもない! もっとすべすべになったーっ! って、ル・マちゃんが私の手をすりすりしてる。かわいい。

「髪はわかるけど、刀も椿油なの? 刀に油っているの?」

「油を塗っておかないとすぐに錆びるからな」

 ああそうか。鉄なんだもんね。錆止め油とか、っていうの、必要なんだよね。それに椿油かー……贅沢だな蛮族。いや、現代で刀にどれぐらいの価格の油塗るのかしらないけど。

「髪は?」

「髪を梳く時に櫛につけるんだよ」

「櫛なんてあるの?」

「ほらっ、父上が作ってくれたんだーっ!」

 リョウさんとル・マちゃんが自分の櫛、懐から出してきた。リョウさんちょっと荒いけど、ル・マちゃんの凄い、目が細かい。こんな細かい櫛、現代日本でも凄いわ、ってぐらい目が詰まってる。

 櫛じゃなくてブラシだ。片手で握って丁度いい長さの柄と、それと同じぐらいの部分が、ブラシみたいに刻んで櫛目を作ってる。え? これ、木工細工? 木工でブラシって! 凄くない?

 いつも毛皮でフードかぶってるみたいになってるから気付かなかった。ナニ、その綺麗な髪。

 そういえば、この崖で弓きり式で火を起こしてたサル・シュくんが簪でやってた。リョウさんもル・マちゃんも、頭のテッペンに簪刺さってる?

「うわっ! リョウさんもすっごい髪綺麗っ! なんで?」

 ヒゲもツヤツヤだけど、髪はもっと凄い!!

 なんだこの、艶髪女子高生みたいな髪が、熊さんにしか見えないリョウさんの頭から生えてる不思議!

「髪は神が宿るから、綺麗にしておかないといけないんだぜ! 綺麗だろーっ、俺の髪ーっ!」

「すっっごい綺麗っ! というかっ、長(なが)っ!」

 リョウさんもル・マちゃんも、ツヤツヤストレートが腰まであるっ! なにそれ凄い!

 ル・マちゃんも綺麗は綺麗だけど、リョウさんのが凄い。

 男の人の腰の強い丈夫な髪を手入れしたらこんなつやっつやになるんだ?

 リョウさん、後ろから見たら現代女子だわ。見返り不美人だけど……なんだこの髪っ! うらやましいっ!

 私、ちょっと癖掛かってて縮れてるから、伸ばすとぶわーって広がるんだよ。

 長い前髪を真ん中分けして、耳を隠してポニーテールの位置で簪でとめて、そこから三つ編みして下ろしてる。他の髪はそのまますとん、だ。ル・マちゃんは三つ編みの先に木の玉が一つついてるだけだけど、リョウさんは髪全体に一杯玉がついてる。体は毛皮だけだったから、髪に飾りつけてるとか全然思わなかった。

 三つ編みのだけ大き……

「……え? 何、この髪留め、重たいっ!」

「鉄だ」

「どうして髪留めが鉄なの?」

「髪を振り回して敵を殴り殺すためなんだぜっ! 髪が長いのは、首を落とされないように。耳を隠してるのは、耳を落とされないように! 雪の中でも、髪長かったらあったかいしなっ!」

 イエーイッ! って感じでル・マちゃんが両手振り上げて笑ってる。

 相変わらず理由が怖いなー……そっかー……髪って防具なんだ?

 これ、夢だと思ってるから私、深く考えなかったけど、リョウさん、今、多分、数十人殺してきたよね? 現代にそんな人居たら怖いどころじゃないけど……

「三つ編みの鉄飾りは、初陣で生き残ったら、族長が渡すんだ。今なら父上! そのあと、出陣するたびに髪に珠をつけていく。だからリョウ・カも父上も、珠一杯っ! うらやましーっ! 俺も早く一杯つけたいーっ! 出陣したいーっ!」

 あー……髪飾りが出陣の数なんだ!

 リョウさんが微妙な顔してル・マちゃん見てる。多分さぁ、ル・マちゃんを出陣させる気なんて、誰も無いよね? 女の子これだけ大事にする部族で、女の子出陣させないよね?

 ハッ! ……私、今、フツーにリョウさんに抱きついたまま超もたれかかってたっ! といっても、あぐらの上で背筋を伸ばすとつらいだけだから、いつも持たれてるけど。なんか、ソファーな感じ。もうなれた。

 お父さんだと、私が全力でもたれたらよろけるのに。あぐらで座ってるだけなのに私が全力でもたれてびくともしないリョウさんやっぱり凄い。

 そうだ よなー……護身術とかじゃなく『他人を殺して』『生き残るため』の体なんだもんな……現代人の感覚で言うと、スーパーマンだよね。

 泣きすぎて目が痛い。というか、いつのまに焚き火の側に座ったのかとか、全然記憶無い。

 サル・シュくんが崖を馬で登ってきた。

「おーいっ! リョウ叔父!『あの岩』の中、制圧完了! 移動しようぜっ! なんかすっっごい、なんかあるっ!」

 全然説明になってないよ、サル・シュくん…………

 でもわかる、うん。

 多分、いろいろ文化的なものがあって驚いてるんだろう。もしかしなくても、ベッドか布団で眠れるかもっ! あ、それ嬉しいっ! 体伸ばして寝たいっ! リョウさんいつ寝てるのか知らないけど、寝たときと起きたときとずっと彼の膝の上にいるから、私。歩いてないし、体どんどん悪くなってそうな気がする。まだ馬に乗ってるから、筋肉痛あるから、寝てるだけよりかなりましなんだろうけど。

 歩きたい……

「お風呂入りたい……」

「オフロ?」

「お湯で体を洗うの。せめて体拭きたい。服を洗濯したい……」

 でも洗濯機無いんだよね……手でゴシゴシするの? この制服、ドライクリーニングだよね。どうやって洗ったらいいんだろう……

 多分、この服凄いくさい筈なんだけど、リョウさん達の方がもっともっともっとくさいからぜんぜんわからない。

 というか、もう、リョウさんの服とかくさいのも気にならなくなってるから、私も随分くさいんだろうな……やだなぁ…………おしっこもらしたままなのに、におわないんだもんな……

 そうだ、私、ずっと便秘でトイレしてないわ! 怖いことあるたびに漏らしてるから、おしっこも、わざわざしたことないし……なんて生活だ!

 女として、とかじゃなくて、人間としてどうなんだそれっ!

 今まで必死で忘れてたけど、お風呂入りたいと思ったら、とたんに全身かゆくなってきた……いやーん。頭洗いたいよぉ……

 

タイトルとURLをコピーしました