おしいっ! ル・マちゃんが走ってきたときには、もう見えなくなってた。
最初に見えたのは『気付かされた』のかもしれない。
「よく見つけたな、ハル! けど、侵入者って……窓、全部押さえてるんじゃなかったのかっ?」
「ガリの出陣と、見回りで全然数が足りてない。侵入者だと? 何もせずに消えたのか? なんのために入ってきた」
「これを、私の目の前に落としてった」
咄嗟に踏みつけてたのは布切れだった。
「車李(しゃき)王とガリ・ア様が会見。直後にガリ・ア様帰還の途………………えっ?」
どんな脅し文句が書いてあるのかと思ったら、諜報? なんで?
「アツケイさん、これ、羅季(らき)語?」
速い内に確保しておいたアツケイさんにその諜報の布を見せた。
「……そうでございますね。羅季語ではありますよ……羅季国の羅季語では無いようでございますが」
「え? 羅季語って方言があるの?」
「はい。1000年前に羅季が立国しまして、曜嶺皇家が奉山の麓を治めていらっしゃったところから、各王が地方に国を作っていきましたので、随分言葉は変わっています」
「1000年じゃ、随分変わるよね?」
「300年ほど前に、字が簡略化されました。羅季国では簡略していない字を使っていますので、この簡略字は地方でしょう」
「この字画で簡略!」
そっか、私には全部日本語に見えてるから、古語も現代語もすらすら読めて見分けがついてないんだ?
「でも、ガリさんの進退を私に教えてくれる人って、敵では、ないよね?」
だから姿を見せたのか!
「あ、サル・シュくんは? 留枝を落としてゼルブの民を味方につけたんじゃない?」
「ぜるぶ?」
「サル・シュは消えたままだな」
また、ひらり。
「車李はキラ・シ族長ガリ・ア様のワザにより、王城を破壊され、雅音帑(がねど)王が死亡、一番王位に遠かった13王位継承者のぼんくらハネトが継ぎました……って、これ、前後が違うよね? 落とす順番間違えた?」
とりあえず、『最初』に、ガリさんが『山ざらい』したときみたいな状況っぽい。とにかく、王様は立ってくれたんだ。
またひらり。
「サル・シュ様は留枝を制圧して、もうすぐお帰りです……って、もうっ、出ておいでっ! うっとうしいっ!」
全員で天井を見上げてシーン。
「出てこないなら、サル・シュくんかガリさんが帰って来たときに、全開でお仕置きしてもらうよ?」
サギさんでも、あんなにサル・シュくんとガリさんを怖がってたんだか……ら……
玄関にシュタッと、土下座してる人が出現。
「ゼルブの人?」
「はいっ! 頭領の弟、ヤカと申します!」
「ハルっ!」
ふらっとしたら、リョウさんに抱き抱えられた。
「良かった…………サル・シュくん、間に合ったんだ……ここが彼らに襲われることはないんだ?」
あんな無念、もう二度といやだ……
「はい…………ハルナ様がその先見をされたのを聞いていた、この城の我が民から報告が入りまして、サル・シュ様が実際に留枝を制圧されましたので、その場でキラ・シへの帰順を願い出ました」
「留枝王との契約が終わったから?」
「はい」
「留枝王を助けは、しなかったんだ?」
「いえ、留枝王が生きている間は、サル・シュ様一派を下げるように戦いましてございます。我が民が12人死にました。留枝軍は……二軍が壊滅。王族は赤子まで全部殲滅されました」
「サル・シュくんに?」
「はい。それと、レイ・カ様の一分隊とでございます」
「サル・シュくんが、女性を殺したの?」
「はい」
なんか不思議だな、さすがに。
リョウさんとル・マちゃんと、顔を見合わせる。
「とりあえず、全員が帰って来てからの話だね……」
「そうだな」
ル・マちゃんは既に興味が無いようだけど、リョウさんも不思議そう。
「ヤカさん」
「はいっ」
「もう、ひそひそしなくていいから、普通に床を歩き回ってくれる?」
「は…………はいっ!」
「あ、そういえば、この城に入っていたゼルブの密偵って誰?」
「私です」
「アツケイさんっ!」
真後ろで挙手されてびっくりっ!
「えっ、だって、あなた、最近来たって」
「はい。皇帝の嫡子が産まれそうでしたので、その監視に配属されました」
「それまでは、だれも羅季を見ていなかったの?」
「前の皇帝では、監視しているだけ無駄そうでしたから、ということでした。実際、何も動きはありませんでした。誰も、皇帝に会いには来ませんでしたし」
ぼんくらだったんだ? あの皇帝。そりゃ、一発でガリさんに殺されるわ。なんかヘマしたんだな。
え? でも、アツケイさんって、『最初』の『羅季城脱出』の時、夜盗に殺されてたんだよ?
「アツケイさんは、強くはないの?」
「はい。ゼルブは、みんながみんな強いわけではないです。文官と武官に別れていますから」
納得。
羅季字って、現代日本語からしても難しいから、羅季字書いて、鍛練して、は無理よね。だから、キラ・シの戦士として入ったのが120人だったんだ? 5000人のうち、殆どは文官なんだ。
でも、夜盗に殺される彼女を、ゼルブは助けなかった。見捨てられたという見方もできるけど、文官の潜入に武官が警護に入ってないってだけかもしれない。それってものすごく危険だよね?
とりあえず、この羅季城は、そんな大層な情報入手先ではない、ってことだね。
それに、密偵なら、あの時一緒に逃げるべきじゃなかった?
ああそうか、密偵用のナニカの道具をかき集めてる間に、リョウさんが出ちゃったってだけか! あの時のリョウさん、速かったもんなっ! 彼女、どう見ても私よりとろそうだし。一番つまらない配置先に来た、落ちこぼれってことかもしれないし。
「ガリさんが帰って来てからの話だけど、アツケイさんは今のまま。ヤカさんはキラ・シの戦士として、動く?」
「そうだな、ショウ・キに任せていいだろう」
ル・マちゃんが、私の腕で抱っこちゃんになって目を爛々させてる。
「俺……が、キラ・シの戦士に?」
ヤカさんが、胸に手を当てて、問い返してきた。
「なにかご不満?」
「いえっ…………あっ……光栄ですっ!」
メッチャ輝いた笑顔! 本心っぽい?
「とにかく、床にいてね」
「いや、今、登ってみろ! どうやって登った?」
ル・マちゃんの問いに、ヤカさんがパパっと壁のスキマに足をつっかけて登った。二秒ぐらいで天井まで!
それをル・マちゃんが真似する。けど、壁を二歩登るのが限界みたい。二歩目が上にいけるのが凄い。そのうちすぐ行けるようになるんだろうな。そして、それをサル・シュくんも真似するんだろうな。そして子供たちも真似して、なんかややっこしいことになりそうな……
キラ・シってみんな重たそうだったけど、小さい子が忍者系になりそうだな。
「あ、ヤカさん。そこにいけるなら、シャンデリアを直してくれない? 暗くて仕方ないのよ」
皇帝ヘイカが待ち伏せなんかに使ってくださったからっ!
「はいっ! おまかせくださいっ! しゃんでりあって、この天井にあった、大灯台ですよね」
「そうそう」
ああそうか。『大灯台』なんだ。その呼び方だと、アレキサンドリア大灯台とか、『建物』の方を思いだすな。
「車李の最新の大灯台がありますよ! 作らせましょう!」
面白いことになった。
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