「女官さんのご飯は?」
知らない、って感じで、肩をすくめて見せるサル・シュくん。
だよね、そこまで面倒見てないよね。見られないよね。
期待はしてなかったけど……飢え死にしちゃうよね?
「それは、ゼルブが世話をしています。ハルナ様」
サギさんが言ってくれて安心した。
「キラ・シが入るお城ですから、健常に保っております」
「え? キラ・シが留枝(るし)に移動するって、リョウさんかガリさんが言ってた?」
「あ……申し訳ありません。そういうことではなく、キラ・シが制圧した城ですので、健常に保っております」
ああ……そういうこと。
というか、手筈いいなぁ、本当に。本当に!
制圧した後を頼めるって、凄くいいっ!
まぁ、サル・シュくんの特攻が成功したのは、留枝から抜けたかったゼルブが協力してくれたんだろうな。
本当なら、窓から矢を射ようとしたサル・シュくんとゼルブが戦ってる筈だよね? だって、彼ら、天井を走れるんだもの。屋根に出たサル・シュくんを囲んで落とそうとしてるはずだよね?
12人、本当に死んだ?
「サル・シュくんお城の中で10人ぐらい殺した?」
「『刀折り』以外に、倍以上、殺った筈」
そっか……それがゼルブかどうかは、もう、わかんないもんな。
サギさんが、ニコッて、私に笑う。
「サギさん、ガリさんの帰還はいつごろ?」
「四日後ぐらいでしょうか?」
「リョウさん、ガリさんを迎えにいかない?」
リョウさんの腕を抱いて玄関からエントランスに連れ出した。サギさんはお城の中に残ってる。
「ゼルブは、キラ・シが弱くなったら、キラ・シを裏切るよ。信用する?」
耳を噛むぐらい近くでささやいた。さすがにゼルブにも聞こえないよね。
「ゼルブがいる限り、もうお城の中で内緒話はできないの」
リョウさんが辺りを見回した。十メートル四方誰もいない距離なら、耳元にささやけば大丈夫だけど、三人での話し合いでこの距離はおかしい。
「それは、ガリを迎えに行っても話ができんだろう? ガリにゼルブを見せてからだ」
「ガリさん、まだゼルブを見てないんだ? 車李(しゃき)で会ったのかと思ってた」
「それと、ハルを馬には乗せられん」
そうか、もう妊娠しちゃってるから……
「布団をいっぱい敷いた牛車でなら、移動しても大丈夫そうだよ?」
「考えておこう」
「車李の近くの方が、大陸全部行きやすいよ」
「あそこは暑いのだろう?」
それか。
「ヒゲがじゃりじゃりになるし、肌がヒリヒリするし、水が倍いるし、草木がない。あれは人の住むところではない……と、多くの奴が嫌がっている。ガリが行くと言えばいくだろうが……」
そういえば、車李に移動しちゃったり、川向こうにとっとと行ってしまったりの時と、いつまでも羅季(らき)に残ってるときと、ナニが違うんだろう?
キラ・シの基本性格は変わってないよね? つまりは、異分子である私がナニカしてるから違う結果になってる、ん、だよね?
でも、最初の出会いも、リョウさんだったりガリさんだったりだから、そこらへんはランダムなのかな?
普通ならスムーズに出勤できるけど、靴紐が気になって結び直ししたら電車に乗り遅れて……みたいな、そんな差なのかな?
最初に川向こうに行ったり、羅季城脱出したりは、結局、あの時のリョウさんが私を抱かなかったから。私が妊娠してなかったから、馬でうろうろできた、っていうのもありそう。
でも、前は、牛車で移動したしな……どっちもリョウさんの時だったし…………
あ、私が有用だと、ガリさんが認識した日が早ければ早いほど、移動が遅くなってる? 私が山下りでくたばってたから、動かしちゃいけないと思ってくれたとか?
でもこれは、確証の取りようがない。
確かに、回数を重ねるたびに、キラ・シの『本拠地移動』は遅くなってる。だから、前回は、留枝を落とし損ねてゼルブにやられたんだ。
いや、これは、今考えることじゃないよね?
『次』があると分かったことじゃないんだから。
もうそんな、何回も死にたくない。
『今』のことだけ考えよう。
『これから』のことだけ考えよう。
『前』もたしかに、キラ・シのみんなは砂漠を嫌がってた。キラ・シの山は豊かだったみたいだし、そんな山の夏は湿度が高いから、砂漠じゃなくても、乾燥地域はつらいよね。川の西は、雨も多いし、湿度高い。あの砂漠の家より、羅季城の方が住みやすいのはわかる。
「なら、砂漠を南に迂回して、緑地だけであっち側まで攻める? …………あ、流れ星っ!」
いつの間にか夕焼け。
羅季城は西が山だから、午後はずっと日陰。夕日も東にしか見えない。
「キラ・シでも、流れ星って言う?」
「ああ」
「なにか、流れ星で逸話ある? 私の部族では、流れ星が流れている間に三回願い事を言うと叶う、って言われてるんだよ」
「流れ星は『兆し』だな。直前の会話が正しい、いう、神からの兆しだ」
「……兆し?」
「今だと『砂漠を南に迂回~』だな」
空が綺麗だから、現代よりこの時代のほうが流れ星はよく見える筈。ずっと見上げてたら一時間に一回ぐらい流れる。
「流れ星、よく出るよね?」
「よく出ているのだろうが、それを人が見ているのかどうかということだろう? そして、その直前の会話を覚えているかどうか、だ」
「覚えてるでしょ」
「今は、喋っているときに星が流れたからな」
「……何時間も喋ってないときに流れ星が出ても、前の会話を覚えてないってこと?」
たしかに、つまんない会話だと覚えてないよね。
そっか、男の人って、二人いても喋らなくて平気なんだっけ? 女の人は喋らないと気が済まないからずっと喋ってるけど。
男ばっかりのキラ・シだと、けっこう静か……?
静か? 静かか?
羅季城の玄関フロアはいつも喧騒にあふれてるよね?
「サル・シュでもおらんと、常に喋ってはおらん。あいつも、ル・マがいなければ喋らんしな」
「羅季のお城は凄くうるさいんですけど?」
「鍛練の声もあるし……こんなに、長距離を走って何日も会わないことがあれば、会ったときに話をするからな。山では、毎日会っていたから話すこともなかった。静かだったぞ」
そっか。
情報伝達がまず先だし、それはあの玄関の大広間でするから、あそこが騒々しくて、それが上まで階段で響くんだ? そっか。ちょっと騒がれると微妙にハウリングして、上の方の私の部屋まで聞こえるんだよね。
そう言えば、山下りのたき火は、けっこう静かだった。いたたまれなくなったこともよくあって、ずっと私が喋ってたかも……
「サル・シュくんはよくしゃべるよね?」
「あれとル・マがいると、耳が割れる……ついでにショウ・キが来ると、頭が砕けそうだ」
ほとほとうんざり、って感じでのリョウさん。
そうだね、ショウ・キさんもおしゃべりだね。常に喋ってるね。というか、戦士を励ましてるね。
みんな、相談とかはレイ・カさんに行くけど、遊ぶというか、気を抜いてるときはショウ・キさんと喋ってる。鍛練の時なんかは、ショウ・キさんを数人で囲んだり、よくしてるね。それはレイ・カさんもだけど。
「私、ずっと喋ってるね、ごめんね」
「ハルの声は全然構わん。これだけ側で聞いていても、小鳥のさえずりのようだ。あの三人の声は、キラ・シでも大きいからな。あれで、のべつ幕なしに喋る。ナニをそんなにしゃべることがあるのかと、不思議でならん」
「ガリさんと二人で山の中に居たときも、打ち合わせばっかりじゃないの?」
「あー………………十日に一度も喋ったかな……」
「羅季語の鍛練してたんでしょ?」
「馬を並べることもそうなかったし、二人で別々に探してるから」
「なんで別々なの? 二人で探してたんでしょ?」
「二人で同じ道を探しても意味がない」
……そうだね……
「なら、合流したときにしゃべるだけ?」
「首を横に振れば終わりだ」
男の人って……
「あっちに行くか、コッチに行くかとかは?」
「手で指し示せば済む」
無口が揃うとそんなことになるのかー……
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