「たしかに、キラ・シってハンドサイン…………じゃなくて、手で、指図すること多いよね」
「二つ向こうの山に声は届かないが、手の動きは見えるからな」
「あー………………そういうことで!」
というか、二つ向こうの山に合図を送る?
「キラ・シって、よく合図送るよね? 細かいよね?」
「それは、入ってきた奴らにも言われたな。覚えきらんと。特に、指笛がめんどうくさいらしい」
「そう言うときどういうの?」
「なら、死ね」
……ごめんなさい……
どんな顔して言ったのかも想像つくわ。すっごい見下げ果てたような目で言い捨てるんだろうな。
リョウさんって、『良いと思ったこと』は説明してくれるし、多分、私のことを良いと思ってくれるから、こうやって喋ってくれる。けど、『こいつ駄目だ』と思ったときには無視してるよね、きっと。それか、戦場で後ろから石を射掛けるんだ。
『面倒くさい』って言う時点で、キラ・シでは『変』だから、もう、そういう人ってどうでもいいんだろうな。
それでいうと、ガリさんも『面倒くさい』から、『最初の時』に車李(しゃき)王城を攻めなかった。サル・シュくんもけっこう『面倒くさい』って言うけど、実際、キラ・シではしてないことで、しなくてもいいことのときだけ言ってる……かな?
リョウさんが大事だと思ったことを『面倒くさい』って言ったら、ちゃんとリョウさん、諫めてるし。
私が『リョウさんの身内がわ』にいるから、優しいと思ってるけど、元々、リョウさんだって容赦ないもんね。
「左手は『来るな』『やめろ』、右手は『来い』『やれ』だ」
リョウさんが、左手の掌を見せる。
説明始めたことは最後までしゃべるのもリョウさんの癖。
「掌側が進行方向だ。誰かが前にいて、左手を前に広げれば、『それ以上近づくな』とか『帰れ』だな。列にいて自分が止まるときは、左手を後ろに振る。掌を下にして振ったら、『今していることをやめろ』だ」
「通訳いらないとか、しゃべるのやめろ、とか?」
「そうだな。右手を上げれば待機。指し示した方へ突入、だ」
羅季(らき)入場の時にそうやってたのは見た。
ガリさんの指さした方角に、サル・シュくんが特攻したんだ。
「あっち、とか方向を示すときは?」
「弓指(人指し指)と神指(中指)だけを並べて立てる。指示をするときは、指を全部閉じる」
「弓指で指さしていいの?」
「神指を並べると、弓指の呪いが消える」
なーるほど。
「ガリと山にいて、下に降りる道を探し続けていたときは、中天の時に、待ち合わせ場所に戻る。『こっちは降りられなかった』だと、左手を下にして振るだけだ。羅季語どころか、キラ・シ語も忘れそうだったな」
「日の入りを目印にしたら、夜、たき火を囲んで喋れたでしょう?」
「寝てたかな……あの時……」
「寝てたでしょ」
「馬が寝てる時だけ寝てた、から……
俺とガリの馬は速さとかが違うから、一緒に動くと遅くなる。ガリの馬は早い分ばてるし、俺の馬は遅いが長く走る。夜を共にすると、合わせるのが面倒臭いな」
本当に個人主義だね。
そう言うときも『仲間に合わせて』じゃなく、『馬に合わせて』なんだ?
確かに、山下りしてたときも、ガリさん先頭で、やたらめったらあちこち行ってたみたい。偵察もやってたんだろうな。それに、水場があったら必ず止まる。馬って、私が思ってたほどは走らないよね。もちろん、人間が行けないところ行けるし、人間が走るより長く走るし、結果的には速いけど。
馬も動物だもんな。
走り続ける、なんてこと、できないんだよね。
「普通は、寝るときに危険だから二人で動くんじゃないの?」
「危険?」
すいませんでした。熊より強いんだもんね。
「毒蛇が来たりとか、しないの?」
「蛇は、じっとしていれば通りすぎていくし、頭を潰せばいい」
拳でがつん、って感じの振りをする。
そうですね。
「狼の群れとか」
「それはやっかいだな」
「だよね」
「一人では食べきれん」
ホント、すいませんでした。
「気配を完全に消すと、見つけられないから、襲われない」
「そうなの? あんなにくさかったのに?」
「獣はもっとくさいぞ」
「そうなの? くさかったら、潜んでてもばれるよね?」
「山で一番くさいものを知ってるか?」
「わかんない」
「腐り切った獣の死骸だ」
「あー………………そうだよね」
「山のいたるところで獣が死んでる。それよりはどの獣もにおいはしない。大体は、そうなる前に食われるが、自然に死んだ動物を食うのはそんなにいないからな。腐ってる」
「…………そっか………………そっか! だから、キラ・シは自分がくさいと思ってなかったんだ?」
「……そうだな。降りてきて、ハルに言われて初めて気づいたことだな。だから今は、とにかくにおいを落とすことをみなやってる」
「うん……あんな綺麗になると思ってなかった」
もちろん、『現代』の『清潔』からはほど遠いけど、実際、ここら辺の人も水浴びしてるだけだし、ある程度はくさい。石鹸とかないからね。完全ににおいがとれるわけじゃないんだ。
けど、服とかも一緒懸命洗ってるよ。色落ちって部分じゃなくて、くさくない程度まで、だけだから、血のしみは凄いことになってて、もう白い服を着てる人はいない。アースカラーの茶色のグラデーション。
普通に服を迷彩にしたよ、キラ・シ。
血の汚れは、がびがびになるから、なんかバリバリした服になってる人もいる。もむと柔らかくなるから、ってサル・シュくんは濡らしたときに踏んでたな。サル・シュくんの服は、ホント、もう、完全に茶色い。最初からそんな色に染めたみたいな色してる。みんな似たようなものだから、凄い戦いだったんだろうな。それで誰も怪我してないってのが、ホント凄い。
「この馬で探してたの?」
「まさか……前の馬だ。山でなら、もう一頭替えたいところだが、育つかな」
「あ! 馬の子供も育てなきゃいけないんだ?」
「そうだな。まぁ、馬は勝手に増えるから」
「勝手に増えるの?」
「戦士が乗っていないときは好き勝手しているからな」
そうだ、キラ・シの馬はつないでないんだ。
「部隊が帰還したら、馬が街に走っていかない? 誰かに迷惑掛けてない?」
「馬は山に走るから、好んで街には降りとらんな」
「そうなんだ? 良かった! そういえば、馬を全然お城の周りで見なかったよね」
「今の馬は街を知らんから、食い物が街にあると思ってない。わざとに人里に行く必要がない。ただ、気をつけんと、畑のサクモツを食うから、それは止める」
「どうやって止めるの?」
「やめろ、と」
「言うだけ?」
「そうだな」
そうですか……
人間離れしすぎてて、驚くの飽きたよ、もう。
「春とか、馬が荒れててつかまらないんじゃないの?」
「他の村ではよく聞くな。だから、春は戦が少ない」
「キラ・シの馬は来るの?」
「来なければ殺すからな」
馬までその理論っ!
「来ない馬をどうやって殺すの?」
「山を探し回って、仲間の前で挽き肉にする。戦士のほうが強いと知ってるから、キラ・シの馬は呼べばすぐに来る」
「でも、あの馬って、とんでもないところ走るじゃない? 崖とか、キラ・シは登れるの?」
「登る」
そうですか。
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