寝室。
良かった……また富士見台の家かと思った。
おなかはまだ少し痛いけど。
「出血はありませんでした。多分、赤様もご無事ですよ。冷えたところにガリ様のアレですもの……堪えましたよね」
マキメイさんが、温石を二つも持ってきてくれて、横からサンドイッチされた。ル・マちゃんも隣で、おなかに両手を当てて温めてくれてる。
「最後まで見たかったのに……」
リョウさんが強かったから、ガリさんもうっかり全開しちゃったんだろうに…………リョウさん、凄く楽しそうだった。
私が倒れたのとリョウさんの『負けた』宣言がほぼ同時だったのが、私のせいで切り上げたんじゃないか、って思ってる、自分の奢りにいやになる。
振り返らなかったリョウさん。
そこに、私は関係ないよね。
「男の人の足を引っ張るのって…………いやだね…………」
もっと先に下がっていれば良かった。
お城の中で倒れたのなら、こんな誤解を引きずらなくて済んだ。
あの、ガリさんの全開の迫力に負けない日って来るのかな……?
「ですが、殿方も、ハルナ様をお守りするために、戦っておられるのですよ?」
「私が居なくてもキラ・シは戦ってたよ」
山を降りたのは私が原因じゃないもの。
「……あっ、ごめんね、マキメイさんっ。励ましてくれてたのにっ」
「いいえ…………、そんなことお考えにならずに、お休みになってくださいまし。孕めば、誰でもイライラしたり、つらくなったりします。今、ハルナ様は普通ではないのですから、深くお考えにならないでくださいまし」
でも、ガリさんに既に、年子で子供産ませる宣言されてるし、そのあとリョウさんもそんなことしそうだし。つまりは私が子供埋める間、私はずっと妊娠してるんじゃない? なら、今のうちに慣れておかないと、だよね。
「……うん…………キラ・シの大きい人達にやつあたりするよ」
主にサル・シュくんとか。
「サル・シュ様とかね」
心読まれた?
「許してくれる?」
「してくださいませ。あのかたは、痛い目を見た方がいいです」
サル・シュくん、何してるの一体キミは。
「何も言わずに突然、一カ月もいらっしゃらなくなるとか………………ひどいです……」
マキメイさんもおなかを押さえて泣きだした。
「だよね。私も驚いたよ」
留枝(るし)を陥としに行ってたんだけど、出るなら出る、って行ってくれていいよね。
サル・シュくんは『前』もそうだった。
『出陣の見送り』をさせてくれないんだ。
フッと居なくなって、たまに帰ってくる猫みたい。
『殺したいほど憎んでいる男でないなら、出陣は、綺麗に見送れ』
『最初』のガリさんが、あんなに欲しがった、見送りの言葉。
サル・シュくんは、求めないんだ? ル・マちゃんにはどうなんだろう?
寝物語に聞いてみた。
「サル・シュ? 出陣の時にナニカ言ってきたことはないな」
あの馬鹿っ!
「前日、はがれないから、わかるけど」
「…………それは、挨拶の一つじゃないの?」
「でも『出陣する』とは、聞いたことがない」
「ル・マちゃんは、何も言わないの?」
コツンと額を合わせてみる。長い睫毛。
「何も言われないから」
「待ってる、とか、帰って来い、とか」
視線がうろっと動いて、くちびるを噛むル・マちゃん。
「父上にだけ、言うから」
そっちか……
「みんなには、もちろん、出ていくときは言うけどっ……大体、俺が寝てるときに出ちまうし……」
そうだ。ル・マちゃんが生理でつらいときに出陣してることが多いんだった。
新月に動くらしいから。
「ハルに言われて、気づいた」
「何を」
「サル・シュに、期待させちゃいけないって……」
そっちの覚悟かー……
うっかり溜め息ついちゃって、ル・マちゃんに覗き込まれた。
「あの時、ナニ言われてた?」
「いつ?」
「昼間、勝ち上がりで、サル・シュがずっとハルの側にいただろ?」
「ああ……留枝(るし)での戦果とか、どうやって戦うかとか…………『勝ち上がり』は殺せないからめんどうくさいとか…………」
「とか?」
「ル・マちゃんをどうやったら抱けるようになるか考えて? とか」
「ハルにっ?」
「うん……私に」
ル・マちゃんがベッドに起き上がって、バシバシと温石を叩いた。
「ハルが考えたら、俺、避けられないじゃないかっ!」
「断ったから、大丈夫」
「ホントに?」
「ホントに」
フシュー、と息を吐くル・マちゃん。
「頼まれても、そんなこと、考えつかないよ」
「そうか? ハルならなんでもできるんじゃないか?」
「ないない。私にそんな力ないです」
「だって、ハル、いろんなことしてるぞ?」
「私がしてるのは、『成ったこと』を『書き留めてる』だけだよ」
「それが凄い」
「でも、私から何かしたことはないよ。キラ・シがしたことを、思い出しやすいようにしてるだけ。決めてるのは、ガリさんだし、リョウさん。誰かの考えを変えさせる、なんてことは一度もしてないし、できない」
「…………そうなのか?」
「ル・マちゃんがサル・シュくんを好きなのか、ガリさんを好きなのか。どっちだと決める力もないし、する気もないよ。ル・マちゃんのことだもの」
ニパッ、とル・マちゃんが笑った。そしてバフンッ、とベッドに倒れ込んで、温石を抱きながら、私にぐりぐり額をおしつけてくる。鼻でキスして、二人で笑った。
「ハルは、俺にサル・シュの子を産んでほしいのか?」
「私がどうのこうのいう問題じゃないけど…………ル・マちゃんもサル・シュくんが好きでしょ?」
むに……とくちびるを自分でいじるル・マちゃん。
「……もっと、父上の方が、好き……」
それは違うよ、って私が言うのもどうかと、思っちゃうよね……
『父上も好きだけど………………サル・シュとは……違う……』
そう言っていたル・マちゃんを知っているのは私だけだし、『あの時』と『今』は、違うし……
「サル・シュは、他の女いっぱいいるからいいだろ」
「なら、ガリさんもいっぱい女の人いるよ」
思わず言っちゃった。
くちびる噛んで、ベッドに丸くなっちゃうル・マちゃん。
「父上は……父上だし…………」
「サル・シュくんもサル・シュくんだよ」
「ハルは……」
ル・マちゃんが、私の手を取って私の指を、噛んだ。
「俺がサル・シュの子を産んだ方がいいのか?」
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