これ、やばい方にいってない?
私、手を引いた方がいい?
「父上の……役に、立ちたいんだっ……」
きっと、サル・シュくんが一カ月居なかったからだよ。
前はずっとル・マちゃんと一緒にいたもん。
でも、きっと、留枝(るし)を倒しに行ったのも、ル・マちゃんを助けるためだと思うんだよね。
私の先見で、留枝が攻めてきたからル・マちゃんが危険になった、ってサル・シュくんは『知ってる』から。
ただ、出るときに声を掛けてほしいってだけなんだけど……
「サル・シュくん、なんで出陣の時に、ル・マちゃんにすら挨拶しないの?」
本人に聞いてみた。
キラ・シには特別に食事出さなくていい、ってマキメイさんに言ったから、みんな勝手に外で食べてる。殆どは制圧に行ってるから、羅季(らき)城にはあまり人数いない。今回は女の人も増えてないし、これぐらいなら近所の獣だけで足りるんだよね。近くの村の人達も、キラ・シが獣を狩ってくれることに、直接感謝してくれてる。お城の食料も減らないし、いいことずくめ。だけど『一堂に会して』って機会がないので、目当ての人を探すのが大変なことがある。指笛吹いてまで聞きたいことじゃないしね。
「挨拶? めんどくさい」
「挨拶はしないと、サル・シュくん。ガリさんもちゃんと、出陣するときはル・マちゃんに言っていくんだよ?」
「族長はそう言うところ細かいから」
「キミが大雑把すぎるの」
「いいだろー、めんどくせぇ」
本当にいやそうだな。どんどん逃げるから私が追い駆けて、玄関の中何周もした。既にそこにいるキラ・シの注目は浴びてるけど、別にどうでもいい。
本当にいやなことは、すぐに外に逃げちゃう。最悪、馬呼んで走っていく。だから、この玄関にいてくれる、ってのは、『話したい』んだろう。
「よくないよ。サル・シュくんの女の人達も、私も、ル・マちゃんも、サル・シュくんがこのお城を空けるなら、教えてほしいんだから」
「なんで?」
「なんで?」
「俺がどこで死のうが、何が変わるんだよ」
もう一歩私が進んだら、サル・シュくんが二歩下がった。
よっし。サル・シュくんを地図の前に誘導完了。
助走を、取って、頭突きっ!
「げっ……」
『いつも』、本当に避けないな、サル・シュくん。
キラ・シが両手を上げて私を賛美してくれる。四位の名前、奪還! よっし!
マキメイさんまで凄い喜んでる。
「サル・シュくんがいないことが寂しいからに決まってるでしょっ! 何言ってんの! 誰かの愛しい人である自覚を持ちなさいよっ!
遅くなっても帰る時間を教えないお父さんみたいな、馬鹿なことしないのっ!」
お母さんは夕飯作って待ってるんだよっ!
とは、今は言わなかった。サル・シュくんの食事はお城で用意してないから。
「待ってるとか、言われたら、めんどくせぇだろっ」
「なんでそれがめんどくさいのよっ!」
「戦で死ぬかもしれないのにっ、待つなっ!」
「帰って来なさいっ!」
そのまま出ていこうとしたサル・シュくんに、もう一度頭突きしたら、抱きしめられた。
「危ないから、ハル……それやめろ」
「帰って来るつもりで、出陣しなさいよっ! 馬鹿ぁっ!」
わんわん泣いてしまって、気がついたらリョウさんの胸の中だった。サル・シュくんは?
玄関の外で、ル・マちゃんとディープキスしてた。
どういう状況?
「帰って来いよ!」
そんな距離なのにル・マちゃんが怒鳴る。
「わかったよっ!」
サル・シュくんも怒鳴った。
またキスしてる。どうみても夫婦なのに、本当にサル・シュくんかわいそう……
でも、『わかった』らしい。
そのあと、本当にサル・シュくんは、お城を空けるときに宣言していくようになった。
「サル・シュ、制圧に出るぜっ!」
玄関で怒鳴ってから出ていくだけだけど、制圧なのか、鍛練に出たのか、わからないってことはなくなった。
ただ、ル・マちゃんにも、個別に挨拶はしてない。もちろん、マキメイさんにも。私にも。
「前よりマシ」
ル・マちゃんが何度も頷いた。
まぁね。サル・シュくんいないっ! どこ行ったの? 誰も知らないってどういうことっ! いつ帰ってくるのっ! って事態は、無くなった。
キラ・シの全員の名簿札作って、『制圧』『出陣』って札を掛けてもらえりゃわかりやすいんだ。出欠表みたいに。
でも、それすると『キラ・シ全軍の数』が、このお城に来るだけで分かっちゃうんだよね。しかも、玄関だし……ココ。出入り業者の人は裏口使うからいいんだけど、玄関開きっぱなしだしね。
多分、サル・シュくんが行き先を言いたくないのも、自分の行き先が諜報に入ると、分かってるからなんだと思う。
だから、制圧って言ってても、出陣してる可能性はある。
留枝(るし)攻略にしても、『出陣してくる』で出てたら『車李(しゃき)出陣組には居なかった、ナニしてるんだあいつ?』ってことになっちゃう。
『制圧』は何してるかわかんないけど、とにかくすぐには帰って来ない、ってだけだろう。
わがままを言えば、『制圧』と『出陣』では命の危機が違うから、どちらかは教えてほしい。
『殺したいほど憎んでいる男でないなら、出陣は、綺麗に見送れ』
ガリさんでも、それは区別して出ていくのに……
『戦で死ぬかもしれないのにっ、待つなっ!』
あれが、サル・シュくんの本音なんだろうな。
自分がいなくなったことを、覚えていてほしくないのかな……悲しんでほしくないのかな。
それって、多分、ル・マちゃんに、泣いてほしくないってことなんだと、思うんだけど……
泣くよ。
好きな人が死んだら泣くよ。
そんな無茶、言わないでほしい。
「待たれることって、そんな、面倒なのかな」
サル・シュくんを見送って、ル・マちゃんが呟いた。
「サル・シュは、外では女のことを何も考えてない」
私を抱きしめてるリョウさんが呟いた。
「何も考えてないってどういうこと?」
「戦のことだけで頭がいっぱいで、他のことを考えてない」
でも『面倒』って言ったんだよね。
多分、サル・シュくんは『待ってる』って言った人の顔を、よく思い出すんだと思う。戦いたいときに、ル・マちゃんの顔が浮かぶと、大変なんだと思う。
だから、自分も忘れてるからお前も覚えてるな、って思ってるんだろう。
サル・シュくんが思い出すから、忘れろ、って言うんだ。
そうだとしたら、本当に『愛』なんだけどなぁ。そうかなぁ?
「そりゃそうだな。サル・シュのこと、思い出すことなんてほとんどないしな」
ル・マちゃんは納得したらしい。
「俺も制圧行きたいなー……」
リョウさんに抱かれてる私の左腕に抱きついて、ル・マちゃんがゆさゆさ揺れる。
「出陣じゃなく、制圧?」
「俺も俺の子供ほしーっ! 誰か産んでーっ!」
そう来たか。
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