【赤狼】女子高生軍師、富士山を割る。12 ~毛皮とキス~

 

 

 

 

  

 

「いや、トイレだっトイレっ!」

 部屋のドアを開けたらマキメイさんが『お小水はこちらです』って案内してくれたけど……六畳ぐらいの綺麗な部屋の真ん中に、一抱えぐらいの漆の丸いたらいが一つ。その脇に、螺鈿漆の台にシルクのハンカチみたいなのがそっとあった。

 だよねー……この時代『トイレ』なんてないんだよね。

 いや、悩んでるヒマはないんだ。昨日、久々に凄く食べたからおなかがもうパンパンっ! お風呂のおかげで便秘も解消したっぽい。

 もしかして私、この世界に来てから一度も大きいのしたことなかった? だよね? お尻ふけないから、出なかったんだ。

 シルクでお尻拭く日が来るとは…………嬉しくない贅沢感。

 たらいを残して部屋を出たら、もちろん、女官さんが入って、木の蓋をしてたらいを持って出てた。うわー、この罪悪感というか、なんか……うわーっ!

 というか…………なんで、キラ・シの人達、まだみんな全裸なの? 腰にベルト締めてるけど、全裸。刀持ってるけど、全裸。広間も覗いてみたら、子供たちもみんな全裸っ!

「おうっ、ハル! ル・マ、もう起きてるか?」

 サル・シュくんも全裸…………なっっがいなっ!

「ま……マキメイさんっ、キラ・シに服、渡してくれたんだよね?」

「お出ししたのですが、着てくださらなかったのです」

 静かにお辞儀されてしまった。

「蛮族のかたにはよくあることなので、とりあえず、ハルナさまのお目覚めをお待ちしておりました」

「え? 蛮族によくあるって?」

「この南の、覇魔流(はまる)では、海沿いの下々のものは服を着る習慣がないのでございます。東に行くと砂漠があるのですが、そこも、裸族だと、聞き及んでおります」

「……やだよね?」

 マキメイさんは、何も言わなかったけど、コクリとうなずいた。私もやだ。

「なんで服着ないの? サル・シュくん」

「暑い」

「毛皮着てたくせにっ!」

「だよなー? 降りてきた時はなんとも思わなかったけど、一度脱いだらもう着る気になれねーよ。くさいし」

「マキメイさんが服を出してくれたでしょ?」

「暑いって」

「戦争してるのに、危なくない?」

「キラ・シに刃が届くならな」

 …………そうですか………………

 これは手ごわそうだな……どうやって服を着てもらおう……?

 悩んでる私の耳に、リョウさんの驚いた声が聞こえた。寝室に戻ると、すれ違いにル・マちゃんがふらーっと出て行く。

 全裸で。

「ル・マっ! そのまま出て行くなっ!」

 リョウさんが全裸で追い駆けてる。

「漏れるっ!」

 引き止めたリョウさんに肘鉄を入れて、ル・マちゃんは走って行った。というか、トイレだよね? どこ行くつもり? 理由が理由だから、リョウさんもすぐ手を放した……けど、私を見る。

「ナニ? 私、何もわるいことしてないよ?」

「それ、どこにあった?」

 拳をひっくりがえしてまで、親指で私の服を指さす。人指し指が使えないってつらいね。

「寝室にあったでしょ? マキメイさんが全員分用意してくれてるはずだよ?」

「シンシツ?」

「寝るための部屋……あ、ル・マちゃんっ!」

 ル・マちゃんがふらーっと帰って来て、寝室の床に毛布抱えて転がった。まだ眠いらしい。というか、床! 昨日一緒にベッドで寝てたよね?

「どうして床に寝るのっ!」

「床で寝るだろ」

「え? ベッドは全部あったでしょ?」

「べっど?」

「これっ、これに、こうして、枕に頭を載せて寝るの」

 私がベッドに転がって毛布を掛けたら、サル・シュくんがヘーって、感心してたけど、リョウさんもぱちくりとまばたきしてた。

「さっきリョウさん、ベッドの上にいたでしょ! まさか、リョウさんも、床で寝たの?」

「毛皮が敷いてあったからな」

 この部屋の床の毛皮を親指で指さした。

 ここで寝てたんだ?

 というか……リョウさんの太股凄い太さ。私のウエストより太くない?

 ゴリマッチョ越えてる。サル・シュくんも細マッチョというには太いもんな。背が高いからスリムに見えるけど、腰も足も太いわ。それも長いわ。そういや、キラ・シ全員長かったな。私、子供の頃、父さんが銭湯好きだったからついてったんだ。陰毛からそれが出てる人はあまり居なかったよ。長いよキラ・シ。なんかしらんけど、そんなところにイライラするのはなぜかしら?

「……じゃなくて、ル・マちゃん。そんなところで寝たら冷えるってっ!」

 ヨッ、て、サル・シュくんがル・マちゃんをベッドに抱き上げた。毛布にくるまってるル・マちゃんを抱き抱えて、サル・シュくんもそのまま寝た。

 一瞬で寝た。

 自由だなー。

 リョウさんが、まだそこに立ってる。朝の忙しいときに、じっとしてる副族長っておかしいんじゃない? 昨日でも、凄いあちこちうろうろしてたのに。

「……リョウさん、ナニ困ってるの?」

「ル・マにはナニカ着せたい」

 女の子には着せたいよね。良かった。そう思ってくれる人達で。

「じゃあ、リョウさん達が服、着ないと」

「なぜ?」

「ル・マちゃんは『男の真似』をしてるんでしょ? リョウさんやサル・シュくんが服を着てないのに、彼女が着るわけないよ」

「暑い」

「ル・マちゃんだって暑いよ」

 私はこの服着て丁度いいけど、そりゃ、あんだけ筋肉ついてて、いつも動き回ってる人達だから、暑いよね。分かるけど……アフリカの人達とか現代でも裸に近いから、危ないとかより暑いのが先なんだろうってのも理解はできるけどさ……

「ぐあっ!」

 突然、ル・マちゃんが、サル・シュくんを蹴り離して起き上がった。

 サル・シュくんは、悲鳴を上げて吹っ飛んだのに、ちゃんと壁にぶつかる前に頭を片手でガードして、左手に刀持ってる。ほんと、さすがだわ。めっちゃ寝てたよね? 本気で寝てたよね? 寝ててもそれができるって、本当に、なんか、凄く、戦ってたんだな……というか、『部族四位』だからこうなのか。

『強い』って、戦ってるときに強い、としか考えてなかったけど、こういう『普段から戦う準備をしてる』ってのは、確実に強いよね。隙がないもんな。

 ル・マちゃんは、ベッドから左足だけ下ろして、立て膝で頭をガリガリかいてる。はしたないとかは別にどうでもいいけど、それは駄目でしょル・マちゃん。全部丸見え。

 サル・シュくんが鼻血を右拳で拭きながら、ル・マちゃん見て絶句してる。ねぇ君、すっごいとこまじめに見てるよね、見てるよね? 今出た鼻血じゃないよね? 殴られたから出たんだよね? それ?

 マキメイさんが持ってきてくれた服を、リョウさんが黙って着付けられてた。サル・シュくんも、リョウさんに顎で合図されて真似て着てる。リョウさんが脱いだからやっぱりいやなのかと思ったら、また着て、また脱いだ。着脱の練習? 次も着せてもらおうとか、全然思ってないんだ。いさぎいいな。

「うあー…………涼しいなこれっ!」

 サル・シュくんが手足振り回して服の動きを確認してる。そのために刀抜くのやめて怖い。

「すげぇっ! 腕がここまで回るっ! リョウ叔父、これすげぇっ! ほらっ、こんなに腰も肩もまわるっ!」

 なんかデッサンおかしい、サル・シュくん。

 右手で刀を持って後ろに振り回して、ほぼ真正面に切っ先が来てる。ねじりすぎっ!

 ギリシャのあのヒラヒラに似た服。なんだっけ? キトン? だったかな。あれよりヒラヒラは少ないし、両肩に布があるけど。

「そりゃ毛皮をあんだけ分厚くぐるぐる巻きにしてたら、体も動かないよね」

「そっかー……ほらっ、足もここまで上がるっ!」

 ムエタイの踵落としみたいに、真上まで足上げてるサル・シュくん。やわらかいな。

 その白いのを下着にして、女官さんが上に和服みたいなの着せようとしてたけど、リョウさんもサル・シュくんも、それを拒否して、白いのだけでうろうろしてる。サル・シュくんはまぁ、いいけど、クマ髭のリョウさんがミニスカートはキツイ。しかも、後ろ姿はツヤ髪女子高生なのがさらにヤバイ。後ろだとすね毛見えないから太い足の女の子みたい。シルエット怖い。

「あれ……下着なんですけど……」と、マキメイさんが困ってた。

「下着に見えないように、黒いので作ってあげてくれる? あれ以上着てくれそうに無いから」

「……そうですね。黒いアレでしたら、たしかに、下着には見えないですね」

 目の前で、さっき締められた褌を脱いでる二人。

「なんでそれ脱ぐの?」

「暑い」

 今度は、リョウさんとサル・シュくんが声揃ってた。

「褌をしないと、股間に虫が卵を産むんですよ」

 マキメイさんの御注進をそのまま伝えたら、不承不承、二人とも褌を着てくれた。良かった。というか、股間に虫!!

「……覇魔流(はまる)の南の話で、羅季(らき)で聞いたことはありませんけど」

 マキメイさんがしれっとささやいた。私を見てニコッとお辞儀。キラ・シに言葉が通じないと思って……まぁ、都合いいからいいけど。

 この人、やっぱり女官長になるだけあるわ。 この調子で皇帝にも言うこと聞かせてたんだろうなぁ。

 後ろの女官さんがル・マちゃんの服を持ってきてくれた。

「ハルナ様の服もございます。お着替え、なさいますよね?」

「私は着るよ!」

 すっごい、ドレスっ!

 映画『西太后』とかで、お姫様が着てたようなドレス! もちろん、時代がもっと前っぽくて、あんなに『精巧』ではないけど、凄いっ! 髪も結ってくれた。簪は重たかったのでパス。靴も、厚底陶器のを出されたのでパス。マキメイさん達が履いてる、革のにしてもらった。昨日の布のよりちょっと底が硬くて安全そう。

 陶器の靴って…………さすがにいやだわ。

 でも、このドレス、お姫様気分凄い。

「鏡無い? 鏡」

 女官さん達が持ってきてくれた。 でも手鏡。そりゃ姿見なんてもの、技術的にあるわけないよね。

 鏡ってどうやって作るんだっけ? ガラスが必要だから、本物のガラスはムリか。

 くるぶし丈のロングスカート。着物みたいに巻き付けるのじゃなく、箱ヒダスカート? だから、歩きにくくもない。もちろん、裾踏みそうにはなるけど、これはなれでしょ。こんなドレス着られるなら、歩き方も変えるよーっ! 楽しいっ! 足回りに裾がふわふわするの、不思議で気持ちいーっ!

「馬子にも衣装っていうけど、ホントだぁ。私もお姫様みたーいっ!」

「ハルナ様はキラ・シのお姫様でございましょう?」

 う……

 いや、立場的には、………………奴隷だよね……重労働させられてないだけで。『市民権』は無い。『お姫様』ではないな。

 あれ? リョウさんがいな……私の足元にル・マちゃんがうずくまってて、つまずきそうになった。

「なんだこれ」

 私のスカートの裾をつまみ上げるル・マちゃん。

 さぁ、多分、今日一番の重労働を始めよう。

「ル・マちゃん、私とおそろい、しよう!」

「おそろい?」

「同じ服、着よう」

「やだ」

「なんで?」

「なんでそんな暑いもん着なきゃいけねーんだよっ!」

「こんな狭い部屋でそんな大声出さないでよ」

 耳いっったいっ!

「俺だって着てるのにっ!」

「さっきまでサル・シュも裸だったろっ!」

「だから、着ただろっ! お前も着ろ! このまま押し倒すぞっ!」

「できるもんならやってみろっ!」

 ナニカ怒鳴りそうになったサル・シュくんが、そのまま息を静かに吐いて、腕組みしてル・マちゃんを睨み付ける。ル・マちゃんがビクッ、て引いて、私にぶつかった。

 静かなサル・シュくんって、怖い。

「ル・マ」

「…………お……おう…………」

「腕力で俺に叶わないことは、わかってる、よ、……な」

 ル・マちゃんがくちびる噛みしめた、けど、うなずく。

「俺が、お前を殴らないことも、わかってる、よ、……な」

 うなずく。

「それでも、そういうことを、言う、わけ、か」

 ちょっと……私は出て行った方がいい気がするけど……動いたら、駄目な気もする。

 ベッドに座って、右足を左膝にひっかけて、腕組みしてるサル・シュくん。

 ル・マちゃんが、私のスカートをギュっと握った。私の足に押しつけられてる拳が震えてる。

 いや、駄目だって、そんなふうに追い詰めたら……って言おうとしたら、なんか、吹っ飛ばされた!

 えっ?

 床の毛皮とキスしかけた。咄嗟に両手出て、顔面衝突回避した私エライ! そもそも、なんで私は倒れてるの?

 ベッドの上にサル・シュくんが、ル・マちゃんを押し倒してた。えっ? さっき君、ベッドに腕組みして座ってたでしょ! どんな早業よソレッ!

 ル・マちゃんの左手が私の服を握ってたから、私がひきずられたらしい。サル・シュくんの速さも凄いけど、ル・マちゃんの握力も凄いなっ! もうっ……

 このまま匍匐前進してこの部屋から出たい……でも、そんなスキル、私にない。大体、服をまだル・マちゃんがつかんでる。服を脱いでまで逃げる? 冗談でしょ。腹這いで気配消す。消せてる?

「これを、ここにいれるだけなんだぜ? それで、お前は、俺の子を、産むの」

 

 

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