【赤狼】女子高生軍師、富士山を割る。124 ~真紅の瞳~

 

 

 

 

  

 

  

 

 そっか……あんなに足の速い彼女でも、駄目だったのね……

 産褥の体で、あんなにかるがる崖を登ったけど…………追いつかれたんだ……?

 そのそばに小さな首。

 凄く綺麗な白い赤ちゃん。サル・シュくんの子だ。

 父親がつけてくれなかったから……名無しのまま、手放した。

 私の子は? いないの?

 まだ、生きてるの?

「私の子は、必ずあんたを殺すよ……? それでもいいなら、好きにしたら?」

「気の強い………………流暢な羅季(らき)語をしゃべる癖に、蛮族か。ならば、この女も殺そうか?」

 兵士に連れてこられた女官さんと子供たち。

「……マキメイさんっ!」

「ハルナ様っ!」

 生きてたっ! そうだよね、お酒飲まないもんねっ! ミアちゃんと、サル・シュくんの子供の、ナナ・シュくんも抱いてる。

 子供は、助かったんだ?

 そうか、マキメイさんはキラ・シの女じゃないから、サル・シュくん白かったから、白人と、まだ、間違えられてるんだ? なら、サル・シュくんの子は、生き残る可能性が……ある。キラ・シにだって白い人はいた。シル・アさんも白かった。ガリさんだって…………

 大陸の、キラ・シでも、生き延びる? 生き延びられる?

 ガリさんの子が外にも生き残ってるのなら……

「仲のよい女官だったそうだな。身の回りの世話に、置いてやってもいい」

「………………ありがとうございます……。雅音帑(がねど)王の温情、いただきとうございます」

 ベッドから転がり落ちて、どうにか、土下座、した。

 このまま気を失ってしまいたい。全身が痛い。おなかが痛い。糸鋸でも吐いてるんじゃないかってぐらい、呼吸するたび苦しい。世界が回ってる……

 でも……

「ほう……? そうか……、そのような真似もできるのか? 本当に、頭のよい女だの? 逆に、恐ろしいわ」

 私の子の首はない。

 ガリさんの子の首はない!

 あったらここに持ってきたはず。

 逃げ切ってるんだ……

 誰かが逃がしてくれてるんだ!

 もっと、逃げて…………

 逃げてっ!

「もう、キラ・シの大人は全部殺したでしょう? 草の根分けてるんだから、キラ・シに育てられてない黄色い子供しか残っていないのでしょう?

 その子たちを、助けてください」

 ふかふかの絨毯に額をこすりつける。

「もう、あなたの国民の女性も殺さないといけない事態になっているはず。これ以上は無駄でしょう? 今、あなたの国にいる黄色い子供は、キラ・シに会ったことがない……ただの、あなたの国民です」

「……そなたの、働き次第だな」

 噛みちぎってやりたかった。

  

 

  

 

  

 

『黄色い子供の粛清』は、表向きの告知が、下げられた。

 一般人は、黄色い肌の子供を、追わない。

 けれど、きっと、雅音帑(がねど)王の、直属の部下はまだ追い続けているはず。

 だって、私の子が、いないから。

 ガリさんの、正当な跡継ぎ……

 黄色い肌だった。

 切れ長の瞳だった。

 私は、毎年、雅音帑王の子を産んだ。

 そして、雅音帑王は死んだ。

 私の子が王になり、私は王太后になった。

 他の王妃を、みんな、毒殺したから。

 他の皇子をみんな殺したから。

 私が……この手で、殺したから…………

「馬鹿ね、雅音帑(がねど)王…………毒を盛られた私が、毒を盛らないと思ったの?」

 王の臨終の間際に囁いてあげた。

「そうなの、その顔が見たかったのよ……」

 生きてる間に逸物を切り取って、窓に来てた鷹に上げた。

  

 

  

 

 この国に、私に逆らう者は、いない。

  

 

  

 

 私の息子の、即位式。

 車李(しゃき)の全国民が、祝ってる。

 車李の、砂漠の民よりは白い私も、息子も、この国では神扱いされた。

 車李の、国民が、祝ってる。

 キラ・シの子の即位を、祝ってる。

 ガリさんはきっと、こんな国が欲しかったんじゃないでしょうけど……

 リョウさんはきっと、こんな国の世話なんて、したくなかったでしょうけど……

 サル・シュくんは、こんなことのために死んだんじゃないでしょうけど……

「でも…………キラ・シの女が、車李を盗りましたよ……ガリさん…………」

 国民の歓声に涙があふれた。

 マキメイさんの子も生き残ってる。

 町の黄色い子も、子をなした。キラ・シは、三世代目が生まれてる。

 雅音帑王は、本当に、黄色い子の粛清を、やめてくれていたから。

「ガリさん…………キラ・シの血は、続いていますよ…………続けさせます、私がこの手で……」

  

 

  

 

  

 

「甚枝(じんし)の王子、ハルナ王太后陛下に拝礼」

 各国の使者が、私の子の即位を祝ってくれた。

「あら、あなた…………目が細いのね」

「はい……代々、我が国はこういう顔です。

 400年前の王がこういう顔だったようです。

 私の父や叔父は、私が生まれる前に死にましたが、もっと、黄色かったです」

 なんて……ガリさんに似た…………王子……

 右に若い兵士、左に老いた兵士を連れて、ひれ伏してる。

「400年……?」

『400年ほど前、キラ・シの東で倒れていた男を族長が救ったんだ』

 久しぶりに、リョウさんの声を思い出したわ。

『今回』は一度もリョウさんに抱かれてはいなかったけど…………思い出すのは彼の声ばかり……

『この世界』に来て初めての人だった。

 優しい人だった。

 なんでも、教えてくれた人だった。

『今回』も……ガリさんと同じ日に、死んだ……

 ガリさんが目指した、東への旅。

 400年前のシルシを追って、降りた、旅。

 400年前の族長が、東から来た人の言葉をガリさんまでつないだ。

 そうよね、そんな賢い族長さんが、『下』を見に行かない、わけ、なかったよね……

 道しるべの金塊が途中までしか無かったと言っていたから、断念したのかと、思っていたけれど……

 甚枝は大陸の北西の端の国だわ。羅季に降りるのとは、まったく方向が違う。

 それを、リョウさんたちは見失ったから、羅季に下りたのね。

 キラ・シは、既に『下』にいたのね……

 400年も前から……ずっと…………

「ハルナ王太后陛下にごらんに入れたい者がございます」

 隣の若い兵士が顔を上げた。

「…………ガリさん……?」

 なんて、そっくりな…………この王子も似てると思ったけど、もっと…………

「はい。ガリ・アの名を、継ぎました…………母上……お元気なウチにお会いできて…………良かったです……」

 私の……息子?

 ル・マちゃんが連れて逃げてくれた、私の息子?

 私の、息子?

「…………顔を……見せてちょうだい……」

 駆けていきたいのに……今すぐ抱きしめたいのに………………もう、私は、この玉座から、動けない……

「こちらに…………来て……」

 平伏しながらそばまで、来て、くれた。

 私の手はなんてしわしわになってしまったの。

 爪紅を塗って、たくさん指輪をしても、わが子一人抱き締めることができないなんて…………

「そう………………ガリの名を継いでくれたの……?」

「はい……レイ・カが、ずっと、守ってくれていました」

「レイ・カ……さん……?」

 王子の隣の、老兵士。

「ああ……いえ、私は………………」

「あなた、だったのね……レイ・カさん……」

 思い出したわ。

『今回』の最初の夫。

「見えてなくて…………ごめんなさいね…………」

 彼が、顔を、上げた。

 若いときの、彼の顔を、思いだした。

「狼みたいな雰囲気は前のままね……」

「……見えて…………いる、のです、か……?」

 あの精悍なまま、岩のようにしわを刻んだのね。

「あなたの子を……死なせてしまって、ごめんなさいね……」

「いえ……あの時は、流行り病でした。みな、子を失ったのです」

「私、あなたに嫌われてると思って…………全部、忘れて、しまったの…………」

 なんて若い頃のことを思い出しているのかしら、私。

 何度ガリさんに聞かれても、あなたの名前が頭に残らなかった。

「あの時は、申し訳ありませんでした………………あなたさまがあまりに小さくて……もろくて……触ったら…………砕けてしまいそうで………………近くにいるのが、怖かったのです……」

「うふふ…………わたくし……骨ばかりでしたものね…………」

 そうだったの? 嫌われていたわけでは、なかったの?

「葡萄を一つずつ食べているし……食が細いし…………ただ、怖くて……どうしていいか、わからなかった……」

 心の中で、ナニカがふわりと溶けていったみたい。

「氷のような人…………と、あなたを、忘れようと…………して…………忘れてしまったのね……」

「……仲間から責められましたが…………意味もわからず、俺も……ただ、忘れようとしました」

「ごめんなさいね…………最後のあの日も、あなたがいたことを、全然知らなかったわ…………」

 私は、あなたに、愛されたかった…………ただ、それだけだったの。

「それなのに、あなたは、守りきってくれたのね?」

「ガリメキアの…………ただ一人の跡継ぎを………………手放すわけにはまいりません…………あの時、ル・マが俺を突き飛ばしました。絶対に生き残れ、と」

「ル・マちゃんの首は……届いたわ」

「……生き残り……ました……」

 彼が泣いた。

「ようやく、これで…………死ねます……」

 土下座に近く頭を下げて、床が濡れていく。

「まだよ。キラ・シの復興を、しないと……ね……」

 そう、キラ・シの復興を、しましょうね。

「だって、ガリさんが生きていたのですから」

 彼も、顔を上げて、笑ってくれた。

「…………はいっ! 各地で、ガリメキアとサル・シュの子が生き残っているのを、覚えている限り甚枝(じんし)に集めました。みな、二人に似た、キラ・シです」

 ああ、やっぱり…………サル・シュくんの子は追手を逃れたのね…………そうね……ガリさんも、白かったから…………あの時は、寿命が短いのが確約されていて、怖かったけれど……それで、子供は生き残ったのね……

 逆に言うと、レイ・カさんの子たちはみんな、殺されたのね?

「ハルナが………いえ、王太后陛下が、身を挺してキラ・シへの追手を止めて下さったと……聞きました………」

「あのおいぼれの男根を、このまえようやくちぎってやれたわ……」

 レイ・カさんがキョトンとして、苦笑して、頷いてくれた。

「キラ・シは、滅びないわ……」

「はい……」

「ガリさんが……命を駆けて降りてきた、その意志は、もう、受け継がれた……」

 そう、思ったのに……

  

 

  

 

  

 

 甚枝(じんし)は隣国の摩雲(まう)に攻め滅ぼされ、焼き尽くされた。

 車李は今、新制ナガシュに城門を、破られる……

 あの時キラ・シが滅ぼしたはずだったのに、王子が残ってたんですって。ラスタートと組んで、攻めてきたんですって。

  

 

  

 

  

 

 私の子は、全部ナガシュに殺された。

  

 

  

 

 ナガシュも、キラ・シがいたから、黄色い子供の粛清を、始めたの……

  

 

  

 

 私が、キラ・シの女だと、覚えていた重臣が、いたから。

 キラ・シ憎しと、育てられたジャラード王子が、居たから……

 白い炎のような、真紅の瞳の戦士が、私の首をはね飛ばした。

  

 

  

 

  

 

 

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