「……え?」
思いっきり顔をこっちむけたら、彼もパチッと目を開けた。
「………………凄い……ル・マちゃんそっくり……」
目が大きくて、口も大きくて、白くて、髪もつやつや。
ああ、子供の髪の毛ってなんでこんなに綺麗なのかしらっ!
子供のにおい、いいにおいっ!
「だろー?」
自分の手柄みたいにサル・シュくんがドヤがオ。
ル・アくんが、私をじーっっと見た。
ガリさんの凝視みたい。
速い瞬きはル・マちゃんね。
ナニカ言うまで口を閉じてるのはガリさんね。
この顎のライン、ホント、ガリさんにそっくり!
目は大きいけど、るまちゃんみたいな、猫っぽいどんぐり目じゃなくて、切れ長の目がちょっと縦に大きい、って感じ。
サル・シュくんを見て、私を見た。真っ黒の瞳。
「ル・ア、俺の女。ハルだよ。話しただろ」
不穏。
「ナニ話したのサル・シュくん……」
むにーっ、と口を閉じたまま両方に引き絞って笑ってるサル・シュ君。『内緒』って顔ね。
「抱いてるとふよふよして幸せになれる女、って……サル・シュが言ってた」
ル・ア君が喋った。
最初の会話がこれって…………
「私そんな太ってないよねっ!」
「でも、ふよふよしてる」
「どこがっ!」
「ここら辺がっ!」
サル・シュくんに抱きしめられて、キスされてっ……
「ちょっ……ル・アくんが……いる…………」
「ル・アー、見てろよっ! ここにな、これを挿れるんだ!」
「おお、ハル、……!」
玄関でリョウさんが、私を見て、一瞬眉を寄せて、パッと顔を上げた。何度も私の顔から足元までみて、うんうん、と頷いて笑ってくれる。
「心配してもらったよね。私、元気になったよ、リョウさん」
「そうみたいだな。よかった…………で、あの馬鹿どうした?」
玄関で正座して呻いているサル・シュくんを親指で指さすリョウさん。
「聞かないで……」
既にリョウさんは笑ってる。
「俺の目の前で、サル・シュがハルを抱いたら、サル・シュがハルに怒られた」
「ル・アくんっ!」
いつのまにかするっと私の左手を握ってた白い子供っ!
「アレでサル・シュ、アレされてるの?」
「ル・アくんは気にしなくていいから。全部サル・シュくんが悪いんだからね」
「でも、見たの俺だし、同罪だよね?」
ル・アくんは、とてとてサル・シュくんのそばに歩いて行って、サル・シュくんの足元をぐるっとまわってみて、勝手に隣に正座した。
思わず、リョウさんの胸をバシバシ叩いてしまった。
「なんていい子!」
胸がキュンッとしたわっ!
「……たしかに…………」
リョウさんも目を丸くしてる。
「サル・シュに育てられてどうなるかと思っていたが……」
「ナニ! あの子っかわいいっ!」
『だーれだ?』
『今回』、初めてサル・シュくんに会ったときのこと思い出した!
『俺はキラ・シのサル・シュ。どこの誰?』
そうよ。今まで一度も先に名乗られたことなかったの。サル・シュくんだけだったんだよ。うわ、ル・アくん、サル・シュくんそっくりじゃないっ! え? ガリさんの子だよね?
「ガリの幼いころとそっくりだな」
隣でリョウさんも目を細めてた。
「そうなの?」
「ガリも、俺が獣を逃がして仕置きを受けたときに、相棒なんだから俺も同罪、と、一緒に雨の中、山を走ってくれた」
ナニ、その超かわいいエピソード!
リンもかわいいけど、ル・アくんもかわいいっ!
「ル・アくん、キミはいいのよ、そんなことしなくても」
ル・アくんの脇を持って立たせてあげた。
「ハル……ハル………………俺を助けて……ハル……」
ル・アくんと手をつないで練兵場へ。子供も、大人も混じって銅剣でやりあってる。
じーっと、それを見てるル・ア君。
『行きなさい』って言わないと行かないのかな? さっきは勝手に正座したのに? それとも、びびってる?
「鍛練しておいで、ル・アくん」
「おうっ!」
銅剣を持って走っていくル・アくん。うわぁ、動きがル・マちゃんそっくりっ! かわいいっ! おびえてる様子は全くないわ。
私が連れてきた時点で、リンが真っ先にル・ア君に向かってきたけど……一瞬で叩きのめされた。え? どうして?
リンのほうが一つ上よね? リンだって、成人寸前の子に勝つのよ? サル・シュくんの子だもの。
うわ……! 子供じゃ歯が立たないから、大人の戦士を相手に…………あら……あらあらあら…………
「ル・アは俺じゃ無理! ショウ・キのとこ行けっ!」
まぁ…………部族5位のショウ・キさんのところまで、行っちゃった……
強すぎる……
……まぁ、『強いコ』って子供の頃から強いわよね。
サル・シュ君もガリさんもリョウさんも、成人前から凄かったらしいから。
でも、リンだってその道を歩いてるのよ?
なのに、ル・ア君、100倍強いわ。凄い……
リンも、サル・シュ君にずっと鍛練を受けてたらああなったのかしら? それってずるくない?
誰かが指笛を吹いた。
ああ、午前の鍛練の時間の終わりね。ナガシュで正午は、日の下にいたら死ぬから。
青い、空。
ここは影なのに、見上げるだけでまぶしいと感じる、雲一つない天。
ああ……そうだわ。
ぼうっとしてたけど、記憶は、あるのね、私。
そういえば、この練兵場にも、普通に来たわ。
ル・マちゃんが死んで、サル・シュくんがいなくなって……ずっと泣いてた気がした。
そして、ガリさんまでいなくなって……真っ暗だったわね……
記憶はあるけど、細かいことは覚えてないな…………別段、追い出されるようなことはしてないみたいだけど……
「母上っ!」
リンとマキとセイとヨキが走ってきた。
リンちゃんの顔も、久しぶりに見た気がする。
「どれが俺の子?」
「サル・シュくんの子はリン…………え?」
振り返ったら、牙のネックレス。顔は、もう一つ、上。
「えっ! サル・シュくん、背ぇ延びたっ?」
なんか大きくなってるとは思ったけど……20センチぐらい伸びてるっ! 私より少し高いぐらいだったのにっ!
というか昨日も今日も、身長分かるようなこと、してなかったっ! ずっと抱かれてたし、抱き上げられてたから!
「おー、リンーっ! 俺が父上だぞーっ!」
一瞬、リンがビクッ、と止まった。私を見て、サル・シュくんを見て、私を見る。
「あなたの父上よ、リン・シュ」
私の子供みんながそこで止まってる。サル・シュくん見上げてる。リン以外はガリさんのコだけど。
「四年も部族の働きしてきたのに、子に嫌われた?」
サル・シュ君が、私の反対側に小首を傾げて私をみた。とがったくちびる、下がった眉。超かわいい…………神様、今日もありがとうっ! 私の旦那がこんなにかわいいです!
「ハル、俺に見とれてないで、紹介してよ」
泣いてたらしい私。サル・シュ君がぐいぐいと、掌で拭ってくれた。思わずあとずさったら、腰を抱えられて抱き締められて、キス。
ああ……なんか、食べものが違ったんだろうな、前のサル・シュ君のニオイとちょっと違う。
「ごめんなさい、四年ぐらい私、記憶無くて…………そう言えばサル・シュくんの話、何もしてなかったかも……」
そうよね。ずっと泣いてたから、サル・シュ君の名前なんて、口にしたこと、なかったはず。
リンちゃんともろくに喋ってなかったと思う。なんて母親だろう。ホントに。
今日からしっかりしないと!
「酷いなハルーっ!」
「だって、サル・シュくんがいきなりル・アくん連れて行っちゃったからっ! ……私だってっ…………意味がわからなくてっ…………馬鹿ーっ!」
ギュッてされて、キスされて、抱き上げられた。
うわ……すっごい安定感……
前、サル・シュくん、私を前抱きにしかできなかったのに、リョウさんみたいに左肘に私座らせてる。腕が鉄骨みたいにカチンコチン。
昨日も抱き上げられてたけど、そんなこと、気付かなかった。顔しか見てなかった。
ああ…………サル・シュくん、本当に帰って来たんだぁ…………
「ナニ……この太い腕……」
「そりゃ、鍛えてるから…………」
「今、幾つだっけ?」
「19」
現代だとまだ子供だけど、でも、確かに、一番身長伸びる時期を一緒にいなかったんだ?
「うわぁ…………かわいげのかけらもない顔になって」
「……酷いな、さっきからハルは……もー」
また、キスの嵐。首も太くなってまぁ……マァマァマァマァ!
かわいさがなくなって、美人さだけ残ってる。
凄い……
かわいかった夫が、絶世の美女になって帰って来たらあなたはどうしますか? でも、別に、性転換したわけじゃないのよ。ちゃんと男だったし。
誰に聞いてるの私。誰に言い訳してるの私。
イヤだ……私が凄く見劣りするよね、これ。並びたくない……
ぴと……って、リンがサル・シュくんの右足に抱きついたから、サル・シュくんが右手で抱き上げた。私の真ん前に来たリンちゃんの頬に私もキスする。かわいい。リンちゃんが、泣きながら私に抱きついてきた。そうよね、お母さんらしいこと、なにもしなかったものね。ごめんなさいね。
白い顔でリンちゃんがサル・シュ君を見上げる。サル・シュ君と同じ、満面の笑顔。口が、私に似ちゃったから小さいの。ル・ア君は、ル・マちゃんと同じ、大きな口なのね。ガリさんって案外口小さいのよ。
ああそっか。母親に似たんだ? サル・シュ君みたいに大きな口だったら、もっとかわいかったのに。今もかわいいけど! というか、口が小さいから、本当にお姫様みたいなの。黙ってたら真相のお嬢様みたいな線の細さ。
『リョウさんの子供』は丸々してたから、これも父親譲りなのね。サル・シュ君も、今は大きくなったとはいえ、キラ・シの中で大きい内には入らないから。お髭のない白い人達は、総じて細いのよね。それはリンちゃんも受け継いでしまったわ。まぁ、私に似たって細かっただろうし、これは仕方ないのよね。
「父上?」
「おう。リン。強くなったか?」
「若戦士にも勝つよっ!」
「ホントに?」
サル・シュくんが私を見る。
「元服してない子供の中では、一番強いわよ」
「おーっ! 凄いっ! リン凄いっ!」
「俺強いっ! 父上自慢しろっ! 絶対に負けないっ! 俺強い!」
ガリさんの子たちと僅差だけど。
でも、ル・アくんはレベルが違うわ。
「あ、ガリさん……」
廊下をゆったりと歩いてきた族長さん。
なんだろう、ふんわりした雰囲気。でも、悲しそうなのはなぜ?
サル・シュくんがリンと私を床に下ろした。
「……最後に、いいか?」
ガリさんがサル・シュくんに、……なんの断り? サル・シュくんも、頷いた。
「ハル、よく俺の子を産んでくれた。ありがとう。これからもたくさんサル・シュの子を産め」
「……うん………………それは…………」
する……けど……
そっと、キスされた。
くちびるに。
額にキスされて、頭を撫でられて…………
ナニ?
ガリさんは、廊下をふんわりと歩いて行った。
廊下の角で振り返って、私に手を振って、消えた。
その足跡が、キラキラ光ってる感じ。
凄く、寂しい……光。
「……どういうこと?」
「ル・アを四年間育てたご褒美に、この先一生、ハルを俺にくれ、って言ったの」
「え?」
ニコッ、て笑う、サル・シュくん。綺麗……
「今後はずっと、俺の子だけ産んでね?」
そんな方法が、あったのっ!
「…………もちろんっ…………もちろんよっ! あのね、リンね…………私と一緒で、どの言葉もわかるのよ?」
「すごーいっ! もっと増やそうっ! キラ・シが楽になるなっ!」
「次はいつ? 私、いつ孕むかしら?」
すんすん。
「終わったトコだね……当たるかな?」
「当たるかしら?」
毎日抱かれたけど、今回は無理だったみたい。
残念。
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