そう来るか…………
昨日、お風呂で遊んでたから気が抜けてた。
ちゃんとリョウさん達は『死地』だったんだ。
さっきから、ル・マちゃんが私を握ってる手が痛い……
「ナニ?」
マキメイさんが私の腕がっつりつかんできた。リョウさんが何も言わないので、引っ張られるままお城に入る。周りを女官さんで囲まれた。ナニ? 一緒に着いてきたル・マちゃんもキョトンとしてる。
「ハルナさまのお命は、わたくしがお守りいたします!」
どういうこと?
「ハルナ様も、この蛮族にとらわれておいでなのでしょう? この蛮族が滅びれば一緒に滅びるから、助けているのでしょう?」
……そんなこと、言ったかな。たしかに。
「ハルナ様が御助言下さらなかったら、わたくしは、あの最初の時に、あの綺麗な蛮族のかたに娘共々殺されていたかもしれませんでした!
そのあとも、ハルナさまだけが、この城の者が殺されたときに悲しんで下さいました。あの蛮族のかたがたに説得してくださいました。
今、この城でわたくしどもが生きているのはハルナさまのおかげなのでございます!」
たしかに、私が何も言わなかったら、リョウさんたちは、このお城の中の人を全員殺してた。
「必ず、お助けします」
女官さん全員がコクコクとうなずいてくれた。
「ですから、車李(しゃき)の軍隊が来たら、キラ・シのそばを抜けて、わたくしどものそばに隠れてくださいませ。
蛮族はわたくしどもと話ができません。
ハルナさまは言葉が通じます。
蛮族ではないと、言い張れます!
ですからっ、必ず、車李の軍隊が来たら蛮族から離れてくださいませ!
ハルナさまは今、皇太后陛下の服をお召しになっています。蛮族の中にいても、大陸の者でしたら殺さないはずです。ル・マ様は口が聞けないと装えば大丈夫です」
皇太后の服! お姫様だと、たしかに、思った。
「あ……ありがとう……」
マキメイさんに頭をさげる。ル・マちゃんも、見よう見まねで頭を下げた。後ろの女官さん達も、私もル・マちゃんも、背中や肩や腕を撫でてくれる。安心する。
安心は、する。
涙も出た。
嬉しいんじゃない。
悲しいんだ。
私は昨日一晩で、随分『キラ・シ』になってしまっていた。
今、ちょっと、というか、かなり、リョウさんが好きなんだ。
そっか……さすがに大きな国の大軍がきたら、キラ・シも駄目かもしれない。
リョウさんも……駄目かもしれない…………
リョウさんが……死ぬかもしれない……
でも、私だけは、大丈夫かも、しれない。
リョウさんたちはたんに、私をあの山からこの羅季に、連れてくるためだけの存在だったのかもしれない。
生きなきゃ、いけないんだ?
私がなにか、この世界ですることが、あるんだ?
勇者扱いなのかな。やだなぁ。
そんなものになりたいなんて思った事、一度もないのに。
「絶対に、お助けします。ハルナ様は、わたくしの妹のようなものと考えさせていただいております。
生き延びましょう。
大丈夫、女は強いですから」
女官さん達も泣いてた。
そりゃそうだよね。
皇帝を殺すための軍隊に攻め込まれて、そこで死を覚悟したのに、キラ・シに攻められて、ソコでも死を覚悟して、乗り越えて、今、車李っていう、『本当の味方』が助けに来てくれるんだ。
本当なら、マキメイさん達は二回死んでたんだ。
「生き延びよう」
マキメイさんの手を握って、宣言、した。
「ナニがあっても生き延びて、十年後に、笑い話にしよう」
17才の私が、十年後の話。
学校にいたときには、考えた事もなかった。
自分が死ぬ事なんて、頭をよぎった事もなかった。なんて凄い自体なんだろう。こんな生活、私に生きてられるわけない、と、漫画を読んだときはよく思ったけど、生きてるわ、私。
もちろん、リョウさんに擁護されてるからだけど。
マキメイさんが女官さんを散らしたあと、私にささやいてくれた。
「あの、蛮族の頭のかたが、昨晩、ハルナ様に『良い服を着せろ』とおっしゃったのです」
ナニ? ガリさん? ガリさんが、私のこと?
「言葉が片言で分かりにくかったのですが、自分たちが滅びるなら、ハルナ様を手放すから、養護してくれ、というように、拝察いたしました。もちろんです、と請け合いました」
「え? どういうこと? ガリさんが?」
「……あ、いえ、『リョウ』様のほうです。いつもハルナさまのおそばにいらっしゃった、先程もいらっしゃった、たくましいお髭のかたです」
なにそれ? どういうこと?
「あのかたも、ハルナ様が単独でも、生きていらっしゃる事を、望んでらっしゃるのです」
リョウさんが……?
「昨日、お話をお聞きしなければ、皇太后陛下のお召し物をお出しする事は、思い付きませんでした。
リョウ様がおっしゃったから、『貴族の服』をお召しになっていれば、ハルナさまが生き残れるかもしれないと、わたくしも思ったのです。ほかの、小さいお子さまがたも、頼む、と」
「リョウさんが…………私を……助けたい……って?」
「はい。はっきりと、それは、おっしゃいました」
嬉し涙って、なんでこんなに熱いんだろう…………
マキメイさんも泣いてた。
こんな、他人を助ける事なんて、大変なのに……
「もう、ハルナさまは、『羅季の人』でございますよ。
逃げてきて、くたざいまし…………ナニがあっても、この城まで、逃げてきてください……そうなれば、なんとでもなります」
誰かに、『生きていてほしい』なんて、望まれるの、初めてだけど、…………凄く、嬉しい、こと、なんだね。
リョウさんまで……?
リョウさんまで、私を助けてくれるつもりなんだ……?
そうだよね。女の人と子供を助けるから。きっと、ル・マちゃんも、最後の最後で、リョウさんに突き飛ばされるんだ。
副族長さんだもんね。
ル・マちゃんがいれば、キラ・シは滅びない。
私も、もう、『キラ・シの女』なんだ。
だから、助けてくれる。
『ラキの人』より『キラ・シの女』のほうがいい、と思ってる、のは、今だけ、かな。
「ハル!」
玄関からリョウさんが叫んだ。
「ナニカあったら、お願いね、マキメイさん。走ってくる。ナニがあってもここまで走ってくるから」
彼女がうなずいたのを見て、リョウさんの方へ走った。
玄関の外で馬に抱き上げられる。横座り。ル・マちゃんも、私を見て、サル・シュくんの馬に横座りで乗った。サル・シュくんが驚いてたけど、私を見て、ル・マちゃんを自分の腰に結びつける。
長い帯で、リョウさんも自分の腰に私の腰をくくりつけた。そして、私の手に、短剣を持たせる。
「俺かキラ・シが死にかけたら、これを切ってこの城まで走れ」
「…………うん」
マキメイさんから聞いてなかったら、今、凄く驚いてた。
「ル・マちゃんも、ちゃんと連れて逃げるから、大丈夫だよ」
そんなこと、その時にできる気がしないけど。
キラ・シが全滅するならル・マちゃんも敵に走って行きそうだけど。
「ル・マは……逃げん。あいつは生粋のキラ・シの戦士だ」
そっか……それは、理解してるんだ?
「だが、連れて行ってくれたら、助かる」
「うん……大丈夫。ル・マちゃんはちゃんと守るから」
まだ並足でサル・シュくんの馬の後を走ってる。右から、たくさんキラ・シの戦士が馬で走ってきた。くさい……
「どこにいくの?」
「この上流に通り道がある。戦士が遠くから来るならそこしか無い」
「前にきたときに、調べてたんだ?」
「そうだ。俺の子も、何人か生き残っていたらしい」
『俺の子』? ああ、前に来た、って時に、そう…………
「何人?」
「前に下りたときの子だ」
聞きたいのはそこじゃない。
「女が育ててくれていた。ガリの子もな。今後も大丈夫そうだ」
「何人?」
「ん?」
「何人、子供、いるの?」
「10……二、三人? もっとか。ガリが確認したのは、三人ずつだが、もっとたくさん生きてそうだと言っていた」
「え? ガリさんの子供が十二人?」
「いや、ガリの子はもっと多いだろう。一人は山に連れ帰ったし……俺の子が、十二人ぐらい、の、筈だ」
感動の涙が、ヒュッて音を立てて引いた
コメント