リョウさんのお馬で戦場へポクポク。
人工物が一つもない林の中の一本道。
目的地が目的地なのに、平和だなー……
「ハル、お前、怪我をしているか?」
「してないよ? ナニ」
「…………では、死体のにおいだな」
リョウさんが言った直後に、ソレが道端に転がってた。
シャキって国の軍隊は、リョウさんが駆けつけたときには、殆ど『掃除』されてた。
『橋の下に蹴った』んだろう、死体が河にぷかぷか浮かんでる。大量に浮かんでる。この河、隅田川の何倍あるんだろうってでかさなのに、『一面』が人間。もちろん、真っ赤。河なの? 湖じゃなく? 流れてる? ……微妙に流れてるなたしかに。
昨日の赤と白の鎧より、もっと強そうな黄色い鎧の兵士。
もっと上流に走ったら、急に川幅が狭くなった。あの、向こうの川と合流して広くなってたんだ? こっちは水が澄んでる。……いや、赤いけど……
橋が見えてきた……けど、これ、キラ・シの馬二頭が並んで走ったらいっぱいな感じ。たしかに、軍隊が大量には一気に渡れないよね。つぶれそう。
「ガリのやつ…………、全部さらったな……」
「さらった? 誰か連れて行ったの?」
「全部ガリが殺した」
「それを『さらった』って言うの?」
「ん?」
「ん?」
『さらいあげる』ってほうの『さらった』なのかな?
「リョウさんの言葉と私の言葉、ちょっと違うの。『ドア』とか『部屋』とか、リョウさん、分からなかったでしょ? あんな感じで、私も、リョウさんの言葉がちょっとわからないことがあるの。時間があったら説明してほしい」
「ナニが分からなかった?」
今でいいの? まぁ、サル・シュくんも前を並足だから、急いではないのかな?
「今、急いでないの?」
「このハシは、馬を駆けさせたら崩れそうだ。大体、もう、何もすることはなかろう。大陸一の部族と聞いたから焦ったが、ガリの敵ではなかったな」
流れてくのを見てリョウさんが軽く笑った。いや、それ見たくないから、ずっとリョウさん見上げてるんですよ、私。
「『さらう』ってナニ?」
「ん?」
熊さんが小首傾げてるのかわいい。
「崖崩れをさらう。落としたものをさらう。血をさらう……」
用例を出してくれてる。優しい。いろんな言葉に使うんだ? その共通項は……なんだろう?
「崖をさらうってどういうこと?」
「崖が崩れて、木がなくなったところに木を植える」
林業?
「……落としたものをさらう、は?」
「手に持っていたものを落として、……こう……バラバラッとなったものをもう一度拾い上げることだ」
「血をさらうは?」
「村の中で血が大量にあると、獣を呼び寄せるから、砂ごと滝に捨てる」
その共通項とは?
「元に戻す、ってこと?」
「……そう…………だな。そう、かな」
「え? じゃあ、『ガリさんがさらった』って、のは? 何もなかった地面にいた人達を全部殺して『無くした』ってこと?」
「……そうだ」
なんで、そんな……一つの言葉で全部まかなってるんだ。
ああ、でも、なんとなく理解できた。英語の『走る run』に『経営する』って意味があるのと同じだね。
『会社を走らせる』イコール『会社を経営する』。
『崖崩れをさらう』イコール『崩れたところを元にもどす』。
『大地をさらう』イコール『立っていた人達を殺してなくする』。
コレ全部、同じ『さらう』って乱暴! だけど、うん、まぁ……わかる。なんか、キラ・シの言語体系って貧弱だよね。
他の言葉も、こんなふうに、なんか、『まとめられてる』んだろうな。
確かに、ものを陥としたときに『さらう』って言って、人を殺すことは想像しないよね。ケースバイケースなんだ。
英語で『コンダクター』って言うと、指揮官、指揮者、ツアコンも入るんだよね。前後の文脈がわからないと、その単語の意味がわからない。キラ・シはもっと、大雑把に、一つの単語をたくさんの場所で使ってる感じだね。
あ。やっと血みどろの橋が終わった、と思って前向いたら……地面も真っ赤でしたよ。
デスヨネー!
血なまぐさい。もう何度か吐いたけど、まだ吐く。朝御飯食べてないから出るもの無くて、ちょっと楽だったかもしれない。吐くときに目を開けると、崩れた人達と目があっちゃうから閉じたまま。それ以外はもう、リョウさんの胸に顔をくっつけて目をつむって、両手で口をふさいでる。
服が綺麗で良かった。リョウさんのにおいしかしない。
最初はトゲトゲしたにおいだとおもったけど、もう、なれたわ。このにおいで安心する。お城なら。
周り中血の海で、なんか、叫んでしまいそう。
キャーッ! て喚きながら、ここから逃げ出したい。地平線まで死体。これ、千人じゃきかないでしょ……
「なぁ、リョウ叔父! どこまでいくの? 俺たちすることナイだろこれっ!」
サル・シュくんの声。
「俺も族長の部隊にいるんだった! すっげぇ戦えたのにーっ!」
そうだ、サル・シュくんは最初に、あの、ル・マちゃんがガリさんのあとを追って崖から窓に飛び込もうとしたのを止めたから、『後ろ』にいたんだ。アレがなかったら、最前線に居たんだろうな。でも、ル・マちゃんは最前線には行かないから、ル・マちゃんのそばにいるなら、やっぱり後陣にいたのかな?
なんか、鳥が鳴いた。
「やっぱり、帰れって…………あーあー…………来るだけ損した。寝てりゃ良かった……」
サル・シュくんの声が後ろの方へ流れていく。
うん? 羅季(らき)に戻るの?
なんか、凄いくさいのが…………
「ハル、噛んでいろ」
リョウさんが、ナニカを私の口に突っ込んで、走り出した。
「サル・シュっ! 走れっ! ガリがあのハシを壊す気だ!」
「なんでーっ!」
「二人乗りでは泳げんっ! 潰されるぞっ! 走れっ!」
さっきの橋を駆け戻った。あんなに時間掛かったのに、走ったらすぐ。
高台で止まったリョウさん。そっと目を開けたら、『目が合う』距離ではなかったので、ちょっとラク。真っ赤だけど。
くわえてたのを外した。なんだろうこれ、袋? 木の実が入ってる。非常食かな。
橋を向こうから、騎馬軍団がすごい勢いで駆けてきた。
「父上ーっ!」
ル・マちゃんが両手上げて騒いでる……けど…………あっ! みんなが渡り切る前に、橋が崩れたっ!
後ろの人達は川に飛び込んで、馬で泳いでくる。
あんな大きな橋、この時代だと一大土木事業だろうに、砕いたよ……このあと、みんな困るだろうなぁ…………
でも、『あっちからの大軍』はこれで来られないんだろうな。
『戦場に架ける橋』とか映画があるみたいに、橋って軍事拠点だろうから、うん……まぁ、自軍のために作ったり壊したり、するよね。
でも、柱は残ってるから、再建はまだ簡単そう。
羅季の城の方に帰ったら……、ガリさんたちの部隊はまた別の方向に走って行った。
「どこいくの?」
「ここから北も潰す」
そうですか……
「この川の北は、馬でなら向こう側に行ける」
回り道はあるんだ? ああ! だから、あの橋が、あんなにがたついてたんだ? 急がば回れか。
羅季の城に帰ったら、マキメイさん達に抱きしめられた。
「どうなりました!」
「全滅させたみたい」
「全滅っ! 車李の軍団をですか?」
「地平線まで死体だった」
「まぁっ…………本当に、お強いのですね……」
本当に意外そうなマキメイさん。
絶対、キラ・シのほうが全滅する、って思ってたよね。私も思ってたけど。
「マキ」
リョウさんが私を抱き寄せながら、親指で城の奥を指さす。
「昨日の、オフロの用意をしろ。すごいのが来るぞ」
マキメイさんが、青ざめてコクコクコクコクコクコク。それをみて、周りの女官さんもコクコクコク。
「…………キラ・シ全軍が……こちらに?」
「そうみたいだね……血まみれで凄いのが来るよ。キシンとハマルを全滅させて、さっき、シャキの援軍を全滅させた最前戦部隊だから」
「はあああぁぁぁぁぁぁ…………」
女官さんとマキメイさんが一瞬、顔を覆ってうめいた。
そのあと、思いなおしたようにマキメイさんがテキパキ指示を出してみんな動き出す。
「ハル。ル・マを頼む」
サル・シュくんが、ル・マちゃんをお姫様抱っこして連れてきた。頼むって……抱き上げられないよ?
そのまま私を通りすぎて奥へ。そっか。連れて行くのはしてくれるんだ。そりゃそうだよね。
「ル・マちゃんどうしたの? 倒れたの?」
真っ青な顔して、目を閉じてる。失神した?
「毎月こうなるから、こいつは。いつもなら俺がついてるけど、頼むな、ハル」
ベッドにル・マちゃんを寝かせて、私の頭をポンポンして、サル・シュくんは黙って出て行った。笑ってないサル・シュくんって、敵意がなくても不気味。
「……ぁ………………ハル……」
「っ! 大丈夫? ル・マちゃんっ!」
手を上げたいんだろうけど、指先しか動いてない。
「熱石の分、楽だ………………ありがとう……」
真っ青で脂汗出して……私よりよっぽど重そう。これで周りが男の人ばっかりって、つらかっただろうなぁ……もうっ!
「もう冷えてるよね、外そう。新しいの作ってもらうから」
頼んだら、大きめの温石が二つ。それを抱えて横に寝てるル・マちゃんの腰にも一つを当てる。
「うわ…………凄い……………………らく…………痛みがなくなってく……」
「良かった良かった」
私も痛いんだけど、腰をさすってあげると、凄くふにゃんとするから、ずっとしてあげる。
「ハルも痛いんだろ? 一緒に抱えようぜ……」
腕を引っ張ってくるル・マちゃん。ベッドのあっち側に行ってくれようとするから、温石を持ち上げて移動させた。私も、ル・マちゃんの前に転がって、温石を抱きしめる。
ああ……本当に、気持ちいい…………
「外は戦争してるのにね」
「………………早く出陣したいなぁ……」
うわ言みたいな弱々しい声。
こんなル・マちゃんを、サル・シュくんは毎月見てたんだ?
どんな気持ちで?
自分はいつも元気なのに。
いつも元気だった彼女が、突然、毎月こんな元気なくなる日が来るなんて、思わなかっただろうに。
サル・シュくんはずっと、ずっと、ル・マちゃんを守るつもりで、そばにいてくれたんだろう。だって、今のル・マちゃんは戦えないから。
だから、今回も、ずっと後陣にいたのかもしれない。ル・マちゃんが『変』なのを彼は知ってるだろうから。
ガリさんと一緒に、先頭を走りたかっただろうに。戦だけが誉れのキラ・シで、ル・マちゃんを守るために、戦うことを選ばなかった。
「サル・シュくんは、いいお父さんになるよ……」
「…………知ってる……」
青い顔で、ル・マちゃんが目を開けた。
くらい瞳。
強いのに、出陣させてもらえない、ル・マちゃん。
「でも……無理なんだ…………」
友達以上には、見られないか…………
「……俺は、父上の子を産んで……死ぬから……」
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