【ハルナ】
サル・シュくんが死んだ後、何人ガリさんの子を産んだかしら……
ル・アくんより一つ上だったリン……
ル・アくんが笑うたびにリンを思い出す。
でも、その顔も……サル・シュくんのあの最後の顔で塗りつぶされていく……
地獄のそこで煮えたぎる、溶岩で作った人形のようだった……
綺麗な頃の彼を思い出したいのに……
キラ・シは大陸中央の煌都(こうと)までたどり着いて、ガリさんは王帝(おうてい)を名乗った。
雅音帑(がねど)王は殺してるし、元気な国は刎ねてまわったし……反乱はあるけれど、敵はない感じ。
そして、いつのまにか、王宮からル・アくんが居なくなってた。
あら……この柱、朱色だった? キラ・シが塗り直したかのかしら。
「ル・アくんはどうしたの?」
「何の話だ?」
リョウさんに聞いたら聞き返された。
「ル・アくんよ。笑い声が聞こえないわ」
いつでも明るかったル・アくん。
憎みたかったのに、嫌いになれなかった。
サル・シュくんが生まれ変わったみたいにいい子なんだもの……
あんなにつらく当たった私にも、ずっと笑顔でいてくれた。
嫌い続けて、いられなかった……
「ル・アは、去年死んだぞ?」
「え?」
「コクソウ(国葬)もあげた。ダイサンオウジのツイトウとして、カッコクから使者が来ていた。
それをさばいたのはハルだぞ?」
「あら…………そうなの……」
記憶にないわ。
記憶になくても働けていたのならいいけれど……
「百石を投げないといけないわね……」
「誰にだ? まさかハルにナニカしたのものがいるのか?」
「ル・アくんに、百石を投げないと…………嘘をついたわ……ねぇ……百石を投げるのってどうするの?」
「ハル、ル・アは死んだ」
「ル・アくんを探してよ。せめて正座させましょう。一年ぐらい」
「ハル……」
「あの子のためにサル・シュくんとリンが死んだのにっ!」
どうして雨はやまないの?
紅渦(こうか)軍という反乱軍が出たんですって。
東南から北に向かって、賀旨(かし)の史留暉(しるき)王子を皇太子として担いだんですって。
キラ・シも、羅季(らき)の皇子様を即位させて、立ち向かったの。
「こちらにも皇子様がいるじゃない」
そう言ったのは、私。
キラ・シは『皇子』がナニカ、いまだによく分かってなかったから。
でも、残念ね……
紅渦軍がこの王都を、囲んでるんですって……皇子様、意味なかったわね。
残念ね……
雨が……酷い…………
ガリさんが、私を馬に乗せた。
馬の嘶き。
青い、空。
「リョウ、ハルを頼むぞ」
リョウさんが、後ろに、乗った、けど…………
「ガリさんは?」
寂しい後ろ姿……、そう思ったら、振り返ってくれた。
戻ってきてくれて、馬の上の私に手を伸ばしてくれた。
かがむと、頬を撫でてくれて、くちびるに、キス。
「最後に、ハルの声が聞けて良かった」
最後?
どうして?
「明後日が孕み日なのにな…………残念だ」
「生き残ってくれればいいのよ」
ガリさんが少し目を見開いて、笑った。
馬が……走り出す……
青い空に、向かって。
「どうしてっ! どうして最後なのっ!」
「黙ってろ、ハル。舌を噛むぞ」
ガリさんは、腕を組んで私達を見送っていた。
笑っては、いたけど……
左目を閉じてた。
体中に包帯をまいていた。
戦が……あったのね…………
雨の中で出陣してたのね……
副族長を、逃がすのね……
キラ・シを、存続させるために。
日が落ちたころ、煌都の外壁の河で馬を下りた。
奉山(ほうざん)からあふれて、お城の下を抜けて、国境を超えた辺りで北からの流れと合流し、六カ国を通って海に出る大河。
「ここを泳ぐの? どこまで?」
「生き延びるまでだ」
リョウさんは、右腕が、なかった。まだ血がにじんでる怪我だわ。
「外は、両側に紅渦軍の援軍が陣を張って、脱出者を見張っている」
「ガリさんは、左目、」
「紅渦軍の矢でやられた。あいつも、長くない」
「どうして?」
「もう、体が駄目になっている。47だからな……よく生きた」
47? サル・シュくんが死んだのは19よね? ガリさんも、リョウさんも、12才上だった筈……16年も……経ってるの?
水に映った私の顔はげっそりやせて……おばあさんみたいだった。
逃げ延びることは、できた。
水車小屋にもぐり込んで、戦禍は過ごせたみたい。
でも、リョウさんはもう、駄目みたい。
毒矢だったんですって。手が腐ったから、切り落としたんですって。
リョウさんは……その水車小屋で腐ってしまった。
私は、賭けに出た。
コメント