賭けに、出た。
紅渦軍に、投降したの。自分で。
「キラ・シのハル? 聞いたことはあるな。何カ国語も知る賢女だと」
くくり上げられた私を見て、赤い男が眉を寄せた。
紅渦(こうか)軍大上将(だいじょうしょう)、夕羅(せきら)。髪も肌も真紅なんて、どういう趣味なの? それに赤い甲冑、赤い具足。目は黒い紗(しゃ)をかけていて顔は見えない。
「私は、賢いから何カ国語も喋れるのじゃぁ、ないわ」
賭けに、出た。
「生まれながらに、どの国の言葉もわかるの。
私の子も、同じ力を持ってるわ」
リンちゃん。
本当なら、サル・シュ君に守られて帰還できたはずのリンちゃん。
「その子はどこに?」
「あなたたちが殺したわよ」
あなたたち、男が殺したの。
戦してるくせに。
強い癖に。
自分の子供一人守れなかった男が殺したの。
自分の子供を守らなかった男が殺したの!
どうせ、自殺するコのために、リンちゃんを殺したの!
太陽のような男。
真っ赤な男。
あの時の、サル・シュ君の方が、もっと、赤かったわね。
あの砂漠で、焼け死んだ……私のリン。
ああ……そう。制圧で産まれたサル・シュくんの子供たちはまだいる筈。
どうなったのかな? 全然、知らないわ。
リンちゃんは、死んじゃったんだもの……
きっとサル・シュ君みたいに真っ赤になって、焼け死んで、禿鷹に食べられた……
それでも、また、私は、産める。
産むの。
まだ、産むの。
生き延びるために。
赤い男が息をついて、足を組み換えた。
一言。
「お前はまだ、女か?」
嗄れた、声が、問う。
勝った。
紅渦軍が制圧した煌都に、私は部屋を貰った。
いいものを食べさせてもらって、すぐに太ったわ。
良かった……『おばあさん』では無くなった。髪は白いけど……
あの赤い男は毎晩私を抱いた。
私も口紅を塗って彼を誘った。でも、逆効果だったみたい。
「口を赤くするな」
って、出て行っちゃったわ。最新流行のお化粧の筈なのに……
鎮季(しずき)の花柳界ではやったから、貴族も口紅をつけだしたのに。上将は庶民だからかしら?
キラ・シ紅の口紅。これでキスしてやったら胸がすくと思ったの、悟られたかな?
でも、その紅が取れたころに、また抱かれたわ。良かった。こんなところで追い出されたら、たまったもんじゃないもの。
生理が来なかったことを告げたら、彼は静かに喜んだ。
そして、私を抱かなくなった。
最初以外一度も、私の名前を呼ばなかったけど。
まだ、私はこの綺麗な部屋を追い出されては、いない。
勝った……
この子は、リョウさんの子。
黄色い粛清が続いている中、生き延びた、キラ・シ。
肌が黄色くても、私の色。
あの赤い男は、この子を殺さなかった。
勝った……
「リンちゃん…………今度は、お父さんより大きくなりましょうねぇ」
誰だったかしら、この子の父親……
嘘つきばっかり……
どれぐらい大きくなればいいのかしら?
私は、どうしてここにいるのかしら?
私は、何に勝ったのかしら……?
リンが一才になったとき。
なぜかあの赤い男は、私を部屋から連れ出した。
あら……赤く……ないわ?
…………白い……けど、黄色くない? この人。
こんな顔をしてたのね。シュッとしたイケメンだわ。
ガリさんの線を細くした感じ。
「ハル、ちゃんと聞いていろよ?」
私の耳に口接けて、彼は、笑った。
『ハル』? ですって? どうして?
白い、髪。黄色い肌。
誰?
「俺が、夕羅(せきら)だ」
嗄れた、声。
彼は、切り落とした赤い髪を右手に掲げて、バルコニーの向こうの国民に、叫んだ。
「俺はキラ・シの血を引いている」
……なん……です……って…………?
「この通り、肌は黄色い。それを赤い色で隠していた。結果的に、皆を騙したことになる。それは謝りたい」
赤い色で、隠して……隠してた?
キラ・シなのに、キラ・シと戦ったの? なぜ?
「紅渦(こうか)軍にひき入れた者達も、黄色い者が多い。皆、キラ・シの血を引いている。
黄色い肌を隠すために赤く塗った。そのための紅渦軍だ」
私を、ここに、呼んだ……意味は?
「だが、俺達は蛮族ではない!」
かすれた声なのに、なんて耳に響くの……
「俺は大陸で生まれ、大陸で育った。母は、俺を産んですぐ、産褥で死に、どことも知れぬ地に埋められた」
赤い髪を握りしめて、彼が告げる。
「俺が発ったのは、キラ・シが滅びかけたからだ。
あのまま反乱が多発して、キラ・シが滅びた時、キラ・シとの間の子達も全員殺されるだろう、と思った。
キラ・シの罪を被って、殺されるだろうと思った。
なぜだ?
俺達は大陸で生まれたのに。
父親がキラ・シだと言うだけで、大陸の人間とは認められない」
あなたは……黄色い子の粛清を……しない?
「俺は、ただ……俺と同じ境遇の者達を救いたかった。
だから、キラ・シ打倒を宣言し、実行した。
黄色い肌を隠すために、暫時肌を赤く染めた」
太陽のような色だった。
血のような色だった。
サル・シュくんの最後の姿のような、色だった……
「俺の肌は黄色い。だが、蛮族ではない! 今ならわかってくれる筈だ。
俺達は今あったキラ・シを殲滅させた。
大陸に生まれた、お前達の同胞なのだ。それを、理解してほしかった。
だから、キラ・シを向こうに戦った。
今、王宮にいるからとて、禅譲して戴く気などはまったくない。黄色い肌の皇家などいらぬ! それは俺が一番よくわかっている。俺は身分などどうでも良い。家を構える気も結婚する気も無い。俺が俺の子に世襲して、王宮を陣取る気なども毛頭無い。皇帝の外戚になる気も無い」
この人は、キラ・シを守るために、ガリさんたちを……殺したの?
「お前達が望むのならば、俺はこのまま王宮を去る。キラ・シを殲滅させた今、何も未練など無い。もう誰も、黄色い肌の俺達を追い回したりはしないだろう?」
『……俺は、父上の子を産んで……死ぬから……』
あれは、ル・マちゃんの……声?
『そして、父上も、その子に殺される』
ル・マちゃんの……先見……?
「俺はただ、母の菩提を弔って、静かに暮らしたい。どこに埋められたのかはわからぬから、今から探さねばならぬが……独り身には丁度良かろう」
シン……とした王宮前広場に、彼の掠れた声だけが響いていく。
「キラ・シの血を引いている俺が、憎いか?」
語尾を上げて、彼が問うた。
「俺や、他の黄色い肌の者達も、キラ・シとともに、滅びねばならないか? この体に流れる血、すらも、滅びねばならないのか?」
バルコニーの向こうで、皆が首を横に振った。
振って、くれた。
「夕羅丞相万歳!」
「紅渦軍万歳!」
誰かが言い出したら、皆が合唱した。
広場はその声で埋めつくされていく。
世界が、黄色くなって、いく。
黄色い子の粛清は…………これで、なくなった?
もう、キラ・シの子が追い回されることは、なくなった……の……?
こんな、救い方が、あったなんて…………
こんな、方法で…………
彼が、バルコニーの上で、大きく両手を振っていた。
黄色い両手を振っていた。
こう、ならなきゃ……いけなかったのね?
だから、ガリさんが殺されなきゃいけなかったのね?
『キラ・シ殲滅』が『キラ・シの二世代目』と引き換えになったのね……
第一世代200人と、第二世代数十万人が…………引き換えに、なった、……のね…………
振り返った彼が、私を抱きしめた。
耳元でそっと囁く。
「約束は、果たしたからな。百石(ひゃくせき)は、解除してくれ」
かすれた声。
ゾクッと背筋が震えて、目眩がした。
あなたは、誰?
『制圧』で生まれた子では、ない……の?
私が『百石』を言ったことなんて………………
「後で遠乗りに出よう。子を置いてきてくれ」
彼は城に入って行った。
『……俺は、父上の子を産んで……死ぬから……』
あれは、ル・マちゃんの……声?
『そして、父上も、その子に殺される』
ル・マちゃんの……先見……?
『あとで』は二カ月後だった。
それまでに私は、彼のことを調べ尽くした。
彼は『夕羅(せきら)』の名前で反乱軍を指揮し、キラ・シ打倒で立ち上がった名将として、大陸に名を轟かせていた。
東南の鎮季(しずき)の国の小さな農村から発起してる。なぜそんなところから?
その村には、鎮季の王が目を掛けてる人が二人いた、って。
国を上げた武闘大会で優勝し続けた威衣牙(いいが)。
賢いと評判の京守(けいしゅ)。
その二人を抱えて『紅渦軍』を起こした『夕羅大上将』。
最初から肌も髪も赤かったみたい。
京守さんが『軍師』をこの世界で初めて名乗ったんですって。有能な参謀と、強力な右手を手に入れて、勝ち上がったんだ?
キラ・シを、滅ぼすほど……
ル・マちゃん……ガリさんっ!
あなたたちの子は、本当にキラ・シを、救ったわ……
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