【赤狼】女子高生軍師、富士山を割る。151 ~赤い男~

 

 

 

 

  

 

 賭けに、出た。

 紅渦軍に、投降したの。自分で。

「キラ・シのハル? 聞いたことはあるな。何カ国語も知る賢女だと」

 くくり上げられた私を見て、赤い男が眉を寄せた。

 紅渦(こうか)軍大上将(だいじょうしょう)、夕羅(せきら)。髪も肌も真紅なんて、どういう趣味なの? それに赤い甲冑、赤い具足。目は黒い紗(しゃ)をかけていて顔は見えない。

「私は、賢いから何カ国語も喋れるのじゃぁ、ないわ」

 賭けに、出た。

「生まれながらに、どの国の言葉もわかるの。

 私の子も、同じ力を持ってるわ」

 リンちゃん。

 本当なら、サル・シュ君に守られて帰還できたはずのリンちゃん。

「その子はどこに?」

「あなたたちが殺したわよ」

 あなたたち、男が殺したの。

 戦してるくせに。

 強い癖に。

 自分の子供一人守れなかった男が殺したの。

 自分の子供を守らなかった男が殺したの!

 どうせ、自殺するコのために、リンちゃんを殺したの!

 太陽のような男。

 真っ赤な男。

 あの時の、サル・シュ君の方が、もっと、赤かったわね。

 あの砂漠で、焼け死んだ……私のリン。

 ああ……そう。制圧で産まれたサル・シュくんの子供たちはまだいる筈。

 どうなったのかな? 全然、知らないわ。

 リンちゃんは、死んじゃったんだもの……

 きっとサル・シュ君みたいに真っ赤になって、焼け死んで、禿鷹に食べられた……

 それでも、また、私は、産める。

 産むの。

 まだ、産むの。

 生き延びるために。

 赤い男が息をついて、足を組み換えた。

 一言。

「お前はまだ、女か?」

 嗄れた、声が、問う。

 勝った。

  

 

  

 

  

 

  

 

  

 

  

 

  

 

 紅渦軍が制圧した煌都に、私は部屋を貰った。

 いいものを食べさせてもらって、すぐに太ったわ。

 良かった……『おばあさん』では無くなった。髪は白いけど……

 あの赤い男は毎晩私を抱いた。

 私も口紅を塗って彼を誘った。でも、逆効果だったみたい。

「口を赤くするな」

 って、出て行っちゃったわ。最新流行のお化粧の筈なのに……

 鎮季(しずき)の花柳界ではやったから、貴族も口紅をつけだしたのに。上将は庶民だからかしら?

 キラ・シ紅の口紅。これでキスしてやったら胸がすくと思ったの、悟られたかな?

 でも、その紅が取れたころに、また抱かれたわ。良かった。こんなところで追い出されたら、たまったもんじゃないもの。

 生理が来なかったことを告げたら、彼は静かに喜んだ。

 そして、私を抱かなくなった。

 最初以外一度も、私の名前を呼ばなかったけど。

 まだ、私はこの綺麗な部屋を追い出されては、いない。

 勝った……

 この子は、リョウさんの子。

 黄色い粛清が続いている中、生き延びた、キラ・シ。

 肌が黄色くても、私の色。

 あの赤い男は、この子を殺さなかった。

 勝った……

  

 

  

 

  

 

「リンちゃん…………今度は、お父さんより大きくなりましょうねぇ」

 誰だったかしら、この子の父親……

 嘘つきばっかり……

 どれぐらい大きくなればいいのかしら?

 私は、どうしてここにいるのかしら?

 私は、何に勝ったのかしら……?

  

 

  

 

  

 

  

 

  

 

 リンが一才になったとき。

 なぜかあの赤い男は、私を部屋から連れ出した。

 あら……赤く……ないわ?

 …………白い……けど、黄色くない? この人。

 こんな顔をしてたのね。シュッとしたイケメンだわ。

 ガリさんの線を細くした感じ。

「ハル、ちゃんと聞いていろよ?」

 私の耳に口接けて、彼は、笑った。

『ハル』? ですって? どうして?

 白い、髪。黄色い肌。

 誰?

「俺が、夕羅(せきら)だ」

 嗄れた、声。

 彼は、切り落とした赤い髪を右手に掲げて、バルコニーの向こうの国民に、叫んだ。

「俺はキラ・シの血を引いている」

 ……なん……です……って…………?

「この通り、肌は黄色い。それを赤い色で隠していた。結果的に、皆を騙したことになる。それは謝りたい」

 赤い色で、隠して……隠してた?

 キラ・シなのに、キラ・シと戦ったの? なぜ?

「紅渦(こうか)軍にひき入れた者達も、黄色い者が多い。皆、キラ・シの血を引いている。

 黄色い肌を隠すために赤く塗った。そのための紅渦軍だ」

 私を、ここに、呼んだ……意味は?

「だが、俺達は蛮族ではない!」

 かすれた声なのに、なんて耳に響くの……

「俺は大陸で生まれ、大陸で育った。母は、俺を産んですぐ、産褥で死に、どことも知れぬ地に埋められた」

 赤い髪を握りしめて、彼が告げる。

「俺が発ったのは、キラ・シが滅びかけたからだ。

 あのまま反乱が多発して、キラ・シが滅びた時、キラ・シとの間の子達も全員殺されるだろう、と思った。

 キラ・シの罪を被って、殺されるだろうと思った。

 なぜだ?

 俺達は大陸で生まれたのに。

 父親がキラ・シだと言うだけで、大陸の人間とは認められない」

 あなたは……黄色い子の粛清を……しない?

「俺は、ただ……俺と同じ境遇の者達を救いたかった。

 だから、キラ・シ打倒を宣言し、実行した。

 黄色い肌を隠すために、暫時肌を赤く染めた」

 太陽のような色だった。

 血のような色だった。

 サル・シュくんの最後の姿のような、色だった……

「俺の肌は黄色い。だが、蛮族ではない! 今ならわかってくれる筈だ。

 俺達は今あったキラ・シを殲滅させた。

 大陸に生まれた、お前達の同胞なのだ。それを、理解してほしかった。

 だから、キラ・シを向こうに戦った。

 今、王宮にいるからとて、禅譲して戴く気などはまったくない。黄色い肌の皇家などいらぬ! それは俺が一番よくわかっている。俺は身分などどうでも良い。家を構える気も結婚する気も無い。俺が俺の子に世襲して、王宮を陣取る気なども毛頭無い。皇帝の外戚になる気も無い」

 この人は、キラ・シを守るために、ガリさんたちを……殺したの?

「お前達が望むのならば、俺はこのまま王宮を去る。キラ・シを殲滅させた今、何も未練など無い。もう誰も、黄色い肌の俺達を追い回したりはしないだろう?」

『……俺は、父上の子を産んで……死ぬから……』

 あれは、ル・マちゃんの……声?

『そして、父上も、その子に殺される』

 ル・マちゃんの……先見……?

「俺はただ、母の菩提を弔って、静かに暮らしたい。どこに埋められたのかはわからぬから、今から探さねばならぬが……独り身には丁度良かろう」

 シン……とした王宮前広場に、彼の掠れた声だけが響いていく。

「キラ・シの血を引いている俺が、憎いか?」

 語尾を上げて、彼が問うた。

「俺や、他の黄色い肌の者達も、キラ・シとともに、滅びねばならないか? この体に流れる血、すらも、滅びねばならないのか?」

 バルコニーの向こうで、皆が首を横に振った。

 振って、くれた。

「夕羅丞相万歳!」

「紅渦軍万歳!」

 誰かが言い出したら、皆が合唱した。

 広場はその声で埋めつくされていく。

 世界が、黄色くなって、いく。

 黄色い子の粛清は…………これで、なくなった?

 もう、キラ・シの子が追い回されることは、なくなった……の……?

 こんな、救い方が、あったなんて…………

 こんな、方法で…………

 彼が、バルコニーの上で、大きく両手を振っていた。

 黄色い両手を振っていた。

  

 

  

 

  

 

 こう、ならなきゃ……いけなかったのね?

 だから、ガリさんが殺されなきゃいけなかったのね?

『キラ・シ殲滅』が『キラ・シの二世代目』と引き換えになったのね……

 第一世代200人と、第二世代数十万人が…………引き換えに、なった、……のね…………

 振り返った彼が、私を抱きしめた。

 耳元でそっと囁く。

「約束は、果たしたからな。百石(ひゃくせき)は、解除してくれ」

 かすれた声。

 ゾクッと背筋が震えて、目眩がした。

 あなたは、誰?

『制圧』で生まれた子では、ない……の?

 私が『百石』を言ったことなんて………………

「後で遠乗りに出よう。子を置いてきてくれ」

 彼は城に入って行った。

  

 

  

 

  

 

  

 

『……俺は、父上の子を産んで……死ぬから……』

 あれは、ル・マちゃんの……声?

『そして、父上も、その子に殺される』

 ル・マちゃんの……先見……?

  

 

  

 

  

 

  

 

  

 

  

 

『あとで』は二カ月後だった。

 それまでに私は、彼のことを調べ尽くした。

 彼は『夕羅(せきら)』の名前で反乱軍を指揮し、キラ・シ打倒で立ち上がった名将として、大陸に名を轟かせていた。

 東南の鎮季(しずき)の国の小さな農村から発起してる。なぜそんなところから?

 その村には、鎮季の王が目を掛けてる人が二人いた、って。

 国を上げた武闘大会で優勝し続けた威衣牙(いいが)。

 賢いと評判の京守(けいしゅ)。

 その二人を抱えて『紅渦軍』を起こした『夕羅大上将』。

 最初から肌も髪も赤かったみたい。

 京守さんが『軍師』をこの世界で初めて名乗ったんですって。有能な参謀と、強力な右手を手に入れて、勝ち上がったんだ?

 キラ・シを、滅ぼすほど……

  

 

  

 

  

 

  

 

 ル・マちゃん……ガリさんっ!

 あなたたちの子は、本当にキラ・シを、救ったわ……

  

 

  

 

 

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