【赤狼】女子高生軍師、富士山を割る。152 ~葱坊主~

 

 

 

 

  

 

  

 

  

 

 原野を夕羅丞相(せきらじょうしょう)の馬に乗せられて、ぽくぽく歩く。

 彼がル・ア君だと、知ったのは二カ月前。

 彼は今、葱坊主みたいに髪が短い。五分刈りより短いかな?

 その髪は真っ白。私みたい。

「色を抜かないといけないから、女王様の風呂で二週間浸かってた」

「女王様って誰?」

「マリサス王」

「…………男の人?」

 なぜそんなあだ名をつけるの?

 あとで紹介してもらったけど、『女王様』よりは『お姫さま』だった。すごい美少年っ!

「あなた、どうして死んだことになってたの?」

「父上に殺され掛けた」

「……どうして?」

「さぁ……」

 そんな答え、ある?

「ガリさんがル・アくんを殺すなんてないわよ」

「あったんだ」

「そんなはずない」

「俺は、手足を折られてっ一晩中拷問されたんだよっ!」

 後ろから怒鳴られて、ヒャッてなった。

 相変わらず、キラ・シは声が大きいわね。

「でも……どうして生きてたの?」

「逃げた」

「手足を折られたのに?」

「俺の死体を、見たか?」

 一緒に前を向いて馬に乗ってたから、どんな顔をしてるのかは、見えなかった。

 それがよかったとも思ったし、見たかった、とも思った。

 ただ、どう思い出しても、全然記憶がない。

「私、あの頃、狂ってたから…………キミが死んだことも、知ったのは一年後だったわ」

「狂ってた? いつから?」

「君が産まれた時から……? かな?」

 はっ? って、感じの音が後ろから聞こえた。

「サル・シュが死んだあとは泣いていたが、そのあとはずっと政務をしていたぞ」

 ここで『あの時のあと』とか言葉を濁さないのが、ホント、キラ・シよねぇ。殺してやりたい。

 キラ・シって『代名詞』って言葉を知らないのよね。『彼』とかじゃなく、名前を呼ぶの。何回でも。

「全然記憶ないもの」

「沙射(さしゃ皇帝)を担ぎだして、俺たちの最大の邪魔をした」

「それは、覚えてるわ」

 そこだけは、覚えてる。なぜかしら?

「負け掛けた」

「負けるなら、あなたが悪いのよ」

「…………そうだな」

 ククッと、彼が笑った。

 変わった笑い方。

 口を閉じたまま、腹筋だけで笑ってる。近くにいると、くくって喉が鳴った音が聞こえるけど、少し離れたら聞こえないよね、これ。

 前は、彼を見るとサル・シュくんやル・マちゃんを思い出したけど、今は、『彼』でしか、ない。

 そうよね、他の誰でもないものね。

「ハルの先見は、当たった」

「死んだと聞かされたとき、殺してやろうかと思ったわ」

「約束は果たしただろうっ!」

「でも、百石(ひゃくせき)投げていい?」

「駄目だ」

 ふーんだ…………

「父上も、俺が殺した」

「ガリさんも完全体じゃなかったものね。自分より弱い人に殺されたなんて、無念よね」

 なんか『現代』のあの大都市で排気ガスにまみれたい…………この、延々続く山野……うんざりするわ…………

「父上は、自分より強い奴に殺されてよかった、って、言ってくれたよ」

「ガリさんもお世辞が言えるようになったのね。

 人って成長するのね。すごいわ」

 大きなため息で私の髪が吹き飛ばされそう。

「ハルは、俺を殺せたら殺したい?」

「……そんな質問、聞いてどうするの?」

「答えて」

 答えてって言われたって……

「あなたを殺したら、サル・シュくんが助けた意味がなくなるじゃない。100まで生きなさいよ」

 ガリさんは、47才まで生きたけど、それでも長すぎるって言ってた。彼は、どこまで生きられるのかな?

 私と、どっちが早いだろう。

 抱き締められた。

「よかった…………本当に恨まれてるのかと思った」

「恨んでるわよ」

「でも、」

 髪の毛にキス……サル・シュくんみたいなまね、やめて。

「殺したいほどじゃないんだろ?」

「あなたのせいでサル・シュくんが死んだんだもの」

 ほら……手の上に、彼の骸骨があるみたい。

 あの重さも、まだ、感じる。

「仇を討ちたいわけじゃないんだろ?」

「あなたのせいで、リンちゃんが死んだんだもの」

 記憶がないから、ろくに可愛がってはいなかったと思うけど、でも、あんなになついてくれてたから、つらくは当たってなかったんじゃないかと、思う、けど…………彼がどう死んだのか、私は知らない。

「だから、生き残ったよ」

 ナニが『だから』なんだか……

「だから、100まで生きなさいよ」

「ハルが、確認してくれるならな」

 ずうずうしい。

「甘えないで。一人でも100まで生きなさい」

 また、ため息で髪が吹き上がる。やめてよね、辛気臭い。

 小さな家の前で馬を降ろされた。

「誰の家?」

 あばら家だよ?

「さぁ?」

「なんのために下りたの?」

「ハルがそろそろ疲れてきたかなと思ったときに家があったから」

 私の手を握ったまま中を見て、一緒に入った。埃臭い……

 埃だらけの納屋。ささくれ立ってる壁や床、テーブル。くすんだこの部屋に、このきらびやかな『丞相』が立ってるのが、凄く似合わない。

「外の方がマシじゃない?」

「中のほうがマシだろう」

「……私、大丈夫だから、お城に帰りま……しょ…………」

 押し倒された。スカートの中に手が……

「なに考えてるの?」

「死ぬまで俺の子を産め。ハル」

「それは……いいけど…………」

 もう既に、一人産んでるし……

「いいのか」

 語尾の上がらない疑問。キラ・シの男、キライ。

「ここはいや」

「もう限界」

「ナニが限界なのっ!」

「ハル、今日が孕み日!」

 ああ……ガリさんの能力、受け継いだんだ?

「驚かないのか?」

「ガリさんの血って凄いわね」

 じゃあ、ガリさんのお父さんもそうだったのかな?

「……今、その名前出さないで……」

『丞相』サマの声がなんか、へたれた……これがサル・シュくんなら、かわいい、って思うんだろうけど………………真っ赤な骸骨だからなぁ…………

「ねぇ、私が産んだあなたの子、何人か分かってる?」

「一人」

「あら」

 知ってたの? あなたの元で二人産んだのに。

「誰の子?」

「リョウさん」

「そうか……」

 私の首筋でくんくんする。もう……この子たちは本当に……

「ああ……あなたは、あの時に私だって分かってたんだ?」

 そっか。

 彼は変わったけど、私はそうそう変わらないものね。

 大体『ハルナ』ってわかってるわけだし、そうか? だから助けてくれたんだ?

 勝った負けた、って思ったのは私だけだったのね。

 凄い、賭に出たのに……

 勝つことは決まってたのかー…………

 ん? なんで、私だとわかってればル・ア君が助けてくれると思ったの私? ガリさん憎しなんだから、私も一緒に殺されて当然だったじゃない?

 じゃあ、やっぱり『勝った』でよかった?

 そうよね。

 リョウさんと、あの水車小屋で自害する、っていう選択肢も、あったわけだから……

 あの時は、思いつきもしなかったけど………………

「16まで一緒に居たんだけど?」

 私のうなじでぐりぐりされる。

「だから?」

 彼が、私の前に回り込んで、真正面からにらみつけてきた。

「ハルの顔は覚えてるよ! 窶れてて驚いたけど」

「ふーん……」

 私をひっくり返さないところが、彼よね。

 相変わらず、優しいのね。

 サル・シュくんの教えかな?

 泣きたくなってるんだけど、涙が、出ない。

 掌で骸骨が凍りついてるみたいで……

「ふーん……って…………」

「私は全然分からなかったわ」

 そう言えば、顔に紗を掛けてたわよね? あれ、ばれるの怖がってたんだ? そっか。

「そりゃ、一番身長が延びたときだったし、」

「どうでもいいわ…………」

 もう終わったことだもの。

 キラ・シの第一世代は全滅。

『ル・ア君が生まれる意味』もわかったし……これでキラ・シが生き延びるなら、もう、『いい』よね? 今度はちゃんと、私も死ねるかな?

「…………そうだな……」

 抱き締められたまま、ゆーらゆら、揺れられた。

「……いい加減、離れてくれない?」

「ここで抱く」

「正座する?」

 ヒュッ……て、彼が息を呑んだ。

 マジで?

「まだ覚えてたの?」

 私の胸に額をこすりつけてうだうだしてる。かわいい。

「あそこに帰ったら……こんなふうにハルに甘えられない……」

「甘えたらいいじゃない」

「夕羅(せきら)丞相がそんなことできない」

「ガリさんは、人前でも私に甘えてきたのに」

「名前出すなって……」

 うだうだしてる。

「……私に、そんなに甘えたいの?」

「会ったころは甘えさせてくれてたのに…………突き放されたからな……」

 そんなこと言われたって、もう覚えてないし……

「仕方ないじゃない。

 あなたのためにル・マちゃんとリンちゃんとサル・シュくんが死んだんだから。

 殺さなかっただけ褒めてよ」

 うう……って、彼が私の胸で唸った。

「もうずっと……サル・シュくんと一緒だと、思ってたから……」

 あと三日早く彼が帰って来てくれていたら……彼の子を身ごもっていられた。それなら、私はまだ、マシだったかもしれない。

『サル・シュくんのモノ』は全部、あの時になくなっちゃったから……

 リンちゃんは、砂漠で渇き死にか焼け死にか、したんだわ……他の子供たちと一緒に……きっと、最初に飛んで行ったマッちゃんは、打撲で死ねたんじゃないかな? その方が楽だっただろうと思う。

 リンちゃんは、サル・シュくんを恨んだかしら? 呪ったかしら?

 あんな砂漠で、砂を敵にして死ぬなんて…………

 それでも、もう、涙は、出ないのね、私……

「かなえたからなっ!」

 鳴き声みたいに、彼が叫んだ。

「キラ・シの子は、残したからなっ!」

 涙目の丞相。凄いレアなんだろうなぁ。

 でも。

 ごめんね。

 もう、私の心、石みたいで、何も、感じない。

 痛さも、嬉しさも、無いの。

『ここまで来た』の、『初めて』なのよ……

「百石はやめてくれるよな?」

「……私が死ぬまで、黄色い子達が粛清されなければね……」

 えー……って胸で泣いたけど、反論はないみたい。

 相変わらず、素直ね。

 私の覚えてるままのル・ア君ね。

 頭を撫でたら、じょりっとして、笑えてしまった。

 さらさらの、あのキラ・シの黒髪を想像してしまっていたから。

 こんなショートヘア、キラ・シにはいないから。

「褒めて」

「ナニ?」

「ここまで来たことだけでも褒めてくれ……」

 本当に泣きそうな顔をしてる。

 けど、ごめんね。

 何も、同情したいと思わない。

 思えない。

 悲劇のヒロインとして嘆き続けてかまわれたいとも思わない。

 何も無いの。

 ここで殺してくれても、いいわ。

 もう、どうでもいい。

「早く綺麗な部屋に戻ってお風呂に入りたい」

 雷の速さで馬を走らせたわ。凄い。

 私がお風呂に入っている間に、彼は誰かに呼ばれてどこかに行ってしまったみたい。

 ものすごく、眠い。

 でも、寝かせてくれないのがキラ・シよね……ホント。

  

 

  

 

  

 

  

 

  

 

 

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