”【赤狼】女子高生軍師、富士山を割る。160 ~父権の確立~”

 

 

「……………………俺に、刀を抜いたな?」

 サル・シュくんが、笑って子どもたちをにらみつけた。

 子供たちが、もっと体勢を低くして、歯を軋らせる。

 何する気?

「ちょっと……サル・シュくん……」

 カチカチカチッ、てサル・シュくんが噛み鳴らした。これ、ヤバイやつっ! 戦闘したいヤバイやつっ!

「ハルが欲しけりゃその手で奪い盗れっ!」

 目の前の皿を蹴散らして、私を抱いたまま立ち上がった。

 子どもたちがもっと姿勢を低くして跳んでくる皿を跳び避け、二人が、柱を駆け上って、飛び回ってる。

 サル・シュくんが負けるとは、まったく考えてはいないけど…………というか、これって、洗礼だよね。

『俺は強いぞ』って、早く子供たちに言いたいわけよね。『父権の確立』として。

 止めないけどね。

 というか、止めよう、ないけど。

 キラ・シに刀を、ゼルブに戦闘術を習ってる子供たちはフォーメーションを組んでサル・シュくんに切りかかった。

 地面から。柱の上から、天井を走って。サル・シュくんの後ろの壁から、前から。飛び掛かっていく。

 こういうときは『無』だ!

 できるだけサル・シュくんにくっついて、心を無にする。誰も私を攻撃なんて、しないんだから。しないんだから。

 ……ううっ……怖いよぉ……っ……まわりでシュンシュンッ! って、風切り音がする。触れただけで骨が切れるキラ・シの刀。

 一応、サル・シュくんは、自分で課したハンディのまま、私の想像の範囲内の時間で全員をのした。

 私を左手に抱いて、攻撃はせずに、右手で突き飛ばすだけ、という、ハンディ。ついでに、立ち位置を動かない、もあったかな?

 私が『振り回された感』が殆どなかったから、ホント、動いてない。

 見てた戦士たちがオオーッて、歓声を上げた。というか、柱一本向こうに、キラ・シと女官さんとか、鈴なり。なんで騒ぎを聞きつけてくるのかしら。その向こうにも、嬉しそうに走ってくる戦士がゾクゾクと……

 子どもたちが、蜘蛛みたいにはいつくばってる。かろうじて刀は持ってるけど、ゼェゼェして、雨降ったみたいに、汗でボタボタ。

 サル・シュくんはさらっとキラキラ笑ってる。私を持ってる腕の内側はべっとべとだけど、外側は汗かいてないの凄い。カメラに映るところは汗をかかない一流女優さんみたい。

 どんな馬鹿なことをしてても、本当、サル・シュくん強いわ。

 あ! あんなところでガリさんが見てた。お皿をそのまま斜めにして口に開けてる。私の小エビのチリソース! 全部食べたーっ!! 私を見て、親指立ててる。肚立つーっ!!!

「はっはーっ! 五人かかってそれかっ!」

「一応……子供たちの中では一番強いのよ? この子たち」

「あー……ル・ア一人で勝てるぞ、これだと」

 子供たちがメラッ……としたわ。

 そりゃね、あのル・アくんだもんね。夕羅(せきら)丞相だもんね。強いよね……そりゃ強いよねっ!

 ル・マちゃんとガリさんの血を引いたキラ・シの純血種。

 そっか。そこにサル・シュくんのこの口のうまさと機転が乗ったから、ああなったんだ? うわ怖い。

「ちゃんと考えろよ? 俺が幾ら強いったって、かすり傷一つつけてない。お前ら、ハルをこうして連れ去られたら、土産つけて見送る気か? 少しは意外なところから攻撃しろよ」

 子供たちが目を見合わせた。くちびるを噛み締めて、内省してる。

 うわぁ……サル・シュくんが、子供の教育してるっ!

 ああ……そうね。そうなのね? だから、ル・アくんがあんな子になったのねっ! なんて素晴らしいのかしら! あの面倒くさがりやのサル・シュくんが他人を教育するなんて!

「今回は、ハルは連れ去られましたー。じゃねっ!」

 サル・シュくんは、散らかった中から鶏腿肉を取り上げて、食べながら部屋に戻った。

 もぐもぐしながら私をベッドに下ろして、子供たちがついてきてないか確認して、ドアを閉めた。

 そして、ゴックン。

 あり得ないほど大きな塊を飲み込んだ!

 いつも思うけど、もう二秒噛んで細かくしたらいいのに。

「ナニあれ」

 左手で胸を押さえて額の汗を拭うサル・シュくん。目がまんまる。顔中汗が吹き出してきた。ううん、全身ぼとぼとになってく。

「あの戦い方、ナニ?」

「ゼルブの暗殺術」

 両手が千手観音みたいに閃いた。

「壁の上から降ってきたぞっ!」

「ゼルブの隠密術」

 マイケル・ジャクソンが、おなじ位置でダンスしたらこうかな、っ感じ? 手足縛ったら、しゃべれなくなるのかもしれない。

「下が何才? ちょこまか走り回りやがって! 小さいのにいい働きしやがったな、あいつ」

「二才のアルちゃん」

 確かに、攻撃するのは諦めて、とにかくサル・シュくんの足元に絡んでた。全然吹っ飛ばす威力は無いとしても、足に抱きつかれたら邪魔よね。まぁ……本当の戦場だと蹴り飛ばされて終わりだろうけど、その蹴り飛ばす一瞬の隙を、ナンちゃんが刺すわ。

「上がナンちゃんで、6才」

 ナンちゃんは、サル・シュくんの子供。。

「俺でもあんなこと、できなかったぜ?」

「したらできたでしょ?」

「…………多分な」

 うんうん、って頷く。

「サル・シュくんとガリさんの子供だもの。ちゃんと、あなたたちの後ろを走ってるから」

「ああ……ハルの子だもんな」

 あちこち見てた視線が、私にピタッと止まる。やめて、恥ずかしい。

「ナニ?」

「頭がいいんだ。他の女が育てた子より。

 だから、考えて、強くなるんだな。

 あの年であれって、あり得ないほど強いぞ? 俺が子の頃より強い」

 キラ・シだから、謙遜、しなくていいよねっ! 褒められておこう。えっへん! そりゃもう、どうやったら強くなるかと、考え続けてたもん!

「ル・アがさ、すっっっっげぇ難しいこと聞きやがんの。ハル、世話してやってくれな」

「……それは、もちろん、するけど……」

 ル・マちゃんの子なんだし。

 でも、『前回』、私がいじめ倒しても夕羅(せきら)くんになったんだから、何もしなくてもいいんじゃないの? あの子、何度、心を折ろうとしても折れないんだもの。結果的に憎みきれなくて、『忘れる』方を取ったのよね……

 どうやってあの状況になったのか、全然覚えてない……

「それより、ル・アくんをおいてきたってどういうこと?」

「あいつ、寝てたから、おいて出たら追いついて来なかった。ラキのシロで待ってたんだけどナー」

 相変わらず、サル・シュくんの言葉は意味を成してない。

「なんでおいて出たの?」

「寝てたから」

 ああ……もう、これはサル・シュくんと話しても意味がないことだわね。ガリさんもっ!

「とにかく……、あっちに行くキラ・シの戦士に……」

 ドアを、開けさせて、くれない?

 前よりぐっと上を向かないと顔が見えない。ああ、これだけ大きくなったのね。私の三倍ぐらい分厚い体。

 前の面影はあるけど、四年分、たくましくなった。大きく、なった。

 私は前よりちょっとだけ脂肪が落ちて、筋肉がついたけど、最初のころのル・マちゃんぐらいにも、全然追いついてない。

 私が、小さくなった、感じ、する。

 その差が、怖くないと言えば嘘になる。

 私の知らない間に、はるかに強くなった、サル・シュくん……

 カチカチカチカチ、って、歯を鳴らしてる。

 笑顔、だけど、目が笑ってない。

 これ、凄く興奮してるときの癖だよね?

「抱いてイ?」

 ちょっと目眩がした。そっち!

「イヤ、って言ったら、やめてくれるの?」

 なんか、今抱かれたらおなか突き破らない? それに、まだ、お昼だし。ご飯食べきってないし。

「面白い戦いしたから、勃っちゃった」

 それは見えてるけど……

 サル・シュくんの、息が荒くなってきた。やばい。

 興奮して、上気して、目が潤んできて……美人度上がっててやばい。見てるだけでくらっとする。

「イヤ、って言ったら、やめてくれるの?」

「えっと…………抱いてイ?」

 もうこれ、逃げられないやつだ。

 美人は美人だけど、サル・シュくんがすごい、男の顔をしてた。

 

 

 

 

 

 

 

 三日ほど動けなかったんだけど、その間に、『あの砂嵐』が、来た。

 

 

 

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