「……………………俺に、刀を抜いたな?」
サル・シュくんが、笑って子どもたちをにらみつけた。
子供たちが、もっと体勢を低くして、歯を軋らせる。
何する気?
「ちょっと……サル・シュくん……」
カチカチカチッ、てサル・シュくんが噛み鳴らした。これ、ヤバイやつっ! 戦闘したいヤバイやつっ!
「ハルが欲しけりゃその手で奪い盗れっ!」
目の前の皿を蹴散らして、私を抱いたまま立ち上がった。
子どもたちがもっと姿勢を低くして跳んでくる皿を跳び避け、二人が、柱を駆け上って、飛び回ってる。
サル・シュくんが負けるとは、まったく考えてはいないけど…………というか、これって、洗礼だよね。
『俺は強いぞ』って、早く子供たちに言いたいわけよね。『父権の確立』として。
止めないけどね。
というか、止めよう、ないけど。
キラ・シに刀を、ゼルブに戦闘術を習ってる子供たちはフォーメーションを組んでサル・シュくんに切りかかった。
地面から。柱の上から、天井を走って。サル・シュくんの後ろの壁から、前から。飛び掛かっていく。
こういうときは『無』だ!
できるだけサル・シュくんにくっついて、心を無にする。誰も私を攻撃なんて、しないんだから。しないんだから。
……ううっ……怖いよぉ……っ……まわりでシュンシュンッ! って、風切り音がする。触れただけで骨が切れるキラ・シの刀。
一応、サル・シュくんは、自分で課したハンディのまま、私の想像の範囲内の時間で全員をのした。
私を左手に抱いて、攻撃はせずに、右手で突き飛ばすだけ、という、ハンディ。ついでに、立ち位置を動かない、もあったかな?
私が『振り回された感』が殆どなかったから、ホント、動いてない。
見てた戦士たちがオオーッて、歓声を上げた。というか、柱一本向こうに、キラ・シと女官さんとか、鈴なり。なんで騒ぎを聞きつけてくるのかしら。その向こうにも、嬉しそうに走ってくる戦士がゾクゾクと……
子どもたちが、蜘蛛みたいにはいつくばってる。かろうじて刀は持ってるけど、ゼェゼェして、雨降ったみたいに、汗でボタボタ。
サル・シュくんはさらっとキラキラ笑ってる。私を持ってる腕の内側はべっとべとだけど、外側は汗かいてないの凄い。カメラに映るところは汗をかかない一流女優さんみたい。
どんな馬鹿なことをしてても、本当、サル・シュくん強いわ。
あ! あんなところでガリさんが見てた。お皿をそのまま斜めにして口に開けてる。私の小エビのチリソース! 全部食べたーっ!! 私を見て、親指立ててる。肚立つーっ!!!
「はっはーっ! 五人かかってそれかっ!」
「一応……子供たちの中では一番強いのよ? この子たち」
「あー……ル・ア一人で勝てるぞ、これだと」
子供たちがメラッ……としたわ。
そりゃね、あのル・アくんだもんね。夕羅(せきら)丞相だもんね。強いよね……そりゃ強いよねっ!
ル・マちゃんとガリさんの血を引いたキラ・シの純血種。
そっか。そこにサル・シュくんのこの口のうまさと機転が乗ったから、ああなったんだ? うわ怖い。
「ちゃんと考えろよ? 俺が幾ら強いったって、かすり傷一つつけてない。お前ら、ハルをこうして連れ去られたら、土産つけて見送る気か? 少しは意外なところから攻撃しろよ」
子供たちが目を見合わせた。くちびるを噛み締めて、内省してる。
うわぁ……サル・シュくんが、子供の教育してるっ!
ああ……そうね。そうなのね? だから、ル・アくんがあんな子になったのねっ! なんて素晴らしいのかしら! あの面倒くさがりやのサル・シュくんが他人を教育するなんて!
「今回は、ハルは連れ去られましたー。じゃねっ!」
サル・シュくんは、散らかった中から鶏腿肉を取り上げて、食べながら部屋に戻った。
もぐもぐしながら私をベッドに下ろして、子供たちがついてきてないか確認して、ドアを閉めた。
そして、ゴックン。
あり得ないほど大きな塊を飲み込んだ!
いつも思うけど、もう二秒噛んで細かくしたらいいのに。
「ナニあれ」
左手で胸を押さえて額の汗を拭うサル・シュくん。目がまんまる。顔中汗が吹き出してきた。ううん、全身ぼとぼとになってく。
「あの戦い方、ナニ?」
「ゼルブの暗殺術」
両手が千手観音みたいに閃いた。
「壁の上から降ってきたぞっ!」
「ゼルブの隠密術」
マイケル・ジャクソンが、おなじ位置でダンスしたらこうかな、っ感じ? 手足縛ったら、しゃべれなくなるのかもしれない。
「下が何才? ちょこまか走り回りやがって! 小さいのにいい働きしやがったな、あいつ」
「二才のアルちゃん」
確かに、攻撃するのは諦めて、とにかくサル・シュくんの足元に絡んでた。全然吹っ飛ばす威力は無いとしても、足に抱きつかれたら邪魔よね。まぁ……本当の戦場だと蹴り飛ばされて終わりだろうけど、その蹴り飛ばす一瞬の隙を、ナンちゃんが刺すわ。
「上がナンちゃんで、6才」
ナンちゃんは、サル・シュくんの子供。。
「俺でもあんなこと、できなかったぜ?」
「したらできたでしょ?」
「…………多分な」
うんうん、って頷く。
「サル・シュくんとガリさんの子供だもの。ちゃんと、あなたたちの後ろを走ってるから」
「ああ……ハルの子だもんな」
あちこち見てた視線が、私にピタッと止まる。やめて、恥ずかしい。
「ナニ?」
「頭がいいんだ。他の女が育てた子より。
だから、考えて、強くなるんだな。
あの年であれって、あり得ないほど強いぞ? 俺が子の頃より強い」
キラ・シだから、謙遜、しなくていいよねっ! 褒められておこう。えっへん! そりゃもう、どうやったら強くなるかと、考え続けてたもん!
「ル・アがさ、すっっっっげぇ難しいこと聞きやがんの。ハル、世話してやってくれな」
「……それは、もちろん、するけど……」
ル・マちゃんの子なんだし。
でも、『前回』、私がいじめ倒しても夕羅(せきら)くんになったんだから、何もしなくてもいいんじゃないの? あの子、何度、心を折ろうとしても折れないんだもの。結果的に憎みきれなくて、『忘れる』方を取ったのよね……
どうやってあの状況になったのか、全然覚えてない……
「それより、ル・アくんをおいてきたってどういうこと?」
「あいつ、寝てたから、おいて出たら追いついて来なかった。ラキのシロで待ってたんだけどナー」
相変わらず、サル・シュくんの言葉は意味を成してない。
「なんでおいて出たの?」
「寝てたから」
ああ……もう、これはサル・シュくんと話しても意味がないことだわね。ガリさんもっ!
「とにかく……、あっちに行くキラ・シの戦士に……」
ドアを、開けさせて、くれない?
前よりぐっと上を向かないと顔が見えない。ああ、これだけ大きくなったのね。私の三倍ぐらい分厚い体。
前の面影はあるけど、四年分、たくましくなった。大きく、なった。
私は前よりちょっとだけ脂肪が落ちて、筋肉がついたけど、最初のころのル・マちゃんぐらいにも、全然追いついてない。
私が、小さくなった、感じ、する。
その差が、怖くないと言えば嘘になる。
私の知らない間に、はるかに強くなった、サル・シュくん……
カチカチカチカチ、って、歯を鳴らしてる。
笑顔、だけど、目が笑ってない。
これ、凄く興奮してるときの癖だよね?
「抱いてイ?」
ちょっと目眩がした。そっち!
「イヤ、って言ったら、やめてくれるの?」
なんか、今抱かれたらおなか突き破らない? それに、まだ、お昼だし。ご飯食べきってないし。
「面白い戦いしたから、勃っちゃった」
それは見えてるけど……
サル・シュくんの、息が荒くなってきた。やばい。
興奮して、上気して、目が潤んできて……美人度上がっててやばい。見てるだけでくらっとする。
「イヤ、って言ったら、やめてくれるの?」
「えっと…………抱いてイ?」
もうこれ、逃げられないやつだ。
美人は美人だけど、サル・シュくんがすごい、男の顔をしてた。
三日ほど動けなかったんだけど、その間に、『あの砂嵐』が、来た。
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