【サル・シュの散歩】
ハルと手をつないで城の外を歩いた。
ハルが歩きたい歩きたいって言うから、リョウ叔父に聞いたら、歩くのはいいらしい。くそ……駄目って言ってくれたら抱いて歩けたのに……よくもそんな細い足で歩くよな。
ル・マも細かったけど、筋肉あるし、力入れたら体かたかったからなんとも思わなかったけど、ハルはもう……全身ふよふよしてて、どこもかしこも柔らかい。腕を曲げて力入れても、力こぶなんて出ないし! なんで歩けるの? よくつまずくし、走ったらすぐにハァハァ言うし……
あの時と同じ顔してる。深呼吸。
「一人の女を長く抱くなよ?」
リョウ叔父からもガリメキアからも何度も言われた。
「ハルもだ。
あんな細いのをお前がずっと抱いていたら、すぐに死ぬぞ?」
ラキのシロに居たとき、ずっと抱いてたから、本当に何度も注意された。やってないよ、抱きしめてるだけだよ、って言っても信じてくれなくて…………無理やり遠征に行かされた。ハルと寝てたら、ガリメキアに首で引きずられて、馬に乗せられたこともあった。
ハルを抱きしめたらふにゅっと柔らかくて、気持ち良くて、俺から離れるなんて、できない。
砂漠に来てからは、ハルもふらふらしてるから、抱きしめて寝てるだけで、たしかに、抱いたことあまりなかったかもしれない。でも、腹に俺の子がいるし。今抱いたらキラ・シから半殺しだし……
しかも…………マウに来たときに、流れちゃったし…………
ごめんなさいごめんなさいってハルが泣くの。
何も悪くないのにハルが謝ってくれるの。
あの、マウにたどり着いて寝てたとき、ハルがケラケラ笑ってる声は聞こえてた。
ああ、ハルが機嫌いいなぁ……ねぇハル、こっち来て……? 俺を抱きしめてよ?
そう言おうとしたのに、手も足も動かなかった。
背中が痛い。腕が痛い。顔も痛い。ああそうだ……俺、火傷で死にかけてる。
向こうにガリメキアも寝てた。
『死にかけたと思ったときは起きていないと、死んじゃうからね。必死で起き上がって、私のところに帰って来てね?』
ハルが、そう言ってた、から、寝ちゃ、駄目、なんだ。
雪の中で眠くなったときと一緒。
寝たら、死ぬ。
「ガリメキア、ガリメキア、寝ちゃ駄目だよ、ガリメキア。起きて……死んじゃうよ?」
ふらり、とガリメキアが起き上がった。起きてはいたみたい。
「怪我したときに……眠たいのは…………死ぬ……準備だから…………死んでも起きてろって……ハルが…………言ってた…………あふっ……眠い…………」
あ、レイ・カだ。
あの顔は、文句いう顔だ。
ガリメキアが、レイ・カ側に膝を立てて頬杖ついた。説教くらうときのガリメキアの癖。かわいい。
「ガリメキア。何も今こんな無理をしなくても、来月なら、ゆっくり来られただろ」
「四日もかかる」
ハルが、凄い笑ってる。なんで? 面白い話じゃないよな?
「ハル、本当に大丈夫か。寝ろよ? サル・シュっ、ハルに触るぞ」
ふらっとしたハルをレイ・カが抱き留めた。俺がやるっ!
血のにおい……する…………誰か怪我してるな…………怪我するよ、あんなことしてたら……
俺の腕の中で、ハルがすりすりと頬ずりしてくれて、かわいくて今すぐ抱きたくて、ヘヤがどこだろうって思ったら、レイ・カが、悲鳴みたいな声で俺を呼んだ。
ハルがくたくたって崩れたから腰から支えたら……ずるって俺の足がすべって、レイ・カが支えてくれたけど、ナニに滑った? ユカ、濡れてなかった……筈………………
赤い。
血溜まりに、すべった?
なんでここに血溜まり?
さっきまで無かった。
「違う、サル・シュ、ハルだ。ハルの血だ」
子供って、あんなに小さいんだな……
あれからハルが、笑ったり泣いたり謝ったり……忙しかったけど、ようやく歩けるようになった。
また、ニコニコしてるけど、夜中に悲鳴あげて起きることがある。そんなとき、ごめんなさいごめんなさいって俺に抱きついて泣きじゃくる。
「ハルはなにも悪いことしてないよ? いいコだよ。いいコいいコ」
背中ぽんぽんするとひっくひっくってなって、ふにゃっと寝ちゃう。カワイ。
『ごめんなさい』なんて、ハルしか言わないんだよな。なんで謝るんだろ?
なんで泣くんだろう?
俺といて楽しくないのかな? 俺がハルを泣かせてるのかな?
「ねぇ、ハルぅ…………」
真っ赤な瞼をそっと撫でて、頭をギュッとする。
「『サル・シュくんっ!』って……笑って?」
前みたいに……!
「絶対にハルを抱くなよ?」
って、リョウ叔父にもガリメキアにもレイ・カにも言われてる。言われなくたって抱くかよ! 今抱いたら、絶対ハル、死んじゃうっ! あんな……凄い血が出たんだから…………
マウのシロのモン(門)に、ラキの時と同じ、女がたかってた。戦に勝った男に抱かれたい女。その女の中でも、ちゃんと強い男を見極めるヤツがいる。
女も強い子がほしいもんな。強い男の子がほしいよな。
ハルがよく、『キラ・シは信じられないっ!』って言ってる。
普通は、戦したら、女には嫌われるものだ、って。キラ・シは強いから、女が寄ってくるんだ、って。
一カイ(一階)の俺のヘヤにはいつも、そういうのが4、5人いる。ハルのヘヤはいつも一番上。
ル・アを四年間育てたご褒美に、女の権利がガリメキアと同じになったの。
だから、普通ならガリメキアが抱くはずの女を半分俺にくれる。ル・アに見せながら女を抱いて、抱いて……抱いて…………柔らかいしかわいいけど、なんだろう、この……なんだろう? ハルのほうがいいなぁ……いつハルを抱けるようになるのかなぁ……
ハルだけ抱きたいなぁ……
でも、抱かなくても、一緒にいるだけでも好き。
俺がナニ言っても、真剣に考えて、真剣に答えてくれるの、好き。
わからないことあったら必ず教えてくれるの、好き。
凄く難しいこと言うけど、俺が『わかんない』って思ってると、ちゃんともっと簡単に話してくれるのも、好き。
俺の方が目茶苦茶強いのに、腕力に訴えようとするところも、好き。かわいい。
セイザしても平気なの凄い。
ハルがセイザしたら、なんかもっとちんまくなって、掌に乗りそう。
あの小さな口で、頬にチュッてしてくれるのも好き。
あんな小さくて細い指で、あんな細いタンザクにあんな細かいものをカいてるのもかわいい。
先見は別に、できなくてもいい。というか、怖い。
俺の何が見えてるんだろう? 先が見えるってどんな気分だろう? ル・アの将来とか、見えたら怖いよな?
ハルを抱きたいなぁ……抱きしめるだけでいいから…………肘で抱いて歩いてると、凄く落ち着く。絶対、ハルはどこにも行かないって、わかるから。
ハルー……俺にチュッてして?
そう思って一カイのヘヤを出たらハルがいたっ!
「ナニしてんのハル! 寝てろよ!」
手をつかんで抱き上げようとしたら、胸を押された。きっと、ハルにレイ・カぐらい力があったら突き飛ばされてる感じの…………ナニ? どうして?
「そのにおい……落としてきて」
ハルが口押さえてあっち向いた。吐きそう? おなか痛いの? 大丈夫?
「女の人のにおい、消してきて」
俺のにおいで、吐きそうなの? そんなこと、初めて言われた。
ナニ? におい? 池で洗ったらいい?
ハル、俺のこと嫌いになった?
俺がそばにいるのイヤ?
「サル・シュくん…………大好き……………」
良かった……
俺も大好きだよ、ハル。
ずっとずっとずっと……大好き!
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