リョウさんとマキメイさんの言葉を互いに通訳する私と、互いに青ざめてる二人。
100人で2日? キラ・シって、ガリさんの部隊が200人居るんじゃなかった? 一日三食としたらもう、次の食事が足りないってことだよね?
「今日食料が切れるってこと?」
「なぜ今日ですか?」
「前線部隊が帰ってくるから」
「いや、ガリたちはよそで幾らでも食ってくる」
族長を放置でいいんだ?
「俺たちは出ていく。マキメイ達はどうする?」
「どうするってどう?」
「あの橋はいつ直る? キラ・シが居なくなったら、ここを誰が守る?」
通訳したら、マキメイさんも混乱してるみたい。
「車李(しゃき)の軍隊が……」
「シャキはガリが全滅させる。他に誰が来る?」
「そ……そうでございますよね…………誰も、殿方が…………いえ、殿方はいらっしゃいますが兵士が………貴信(きしん)も覇魔流(はまる)も、全滅させたとおっしゃいましたよね? でしたら、攻めてくる国はいませんが、夜盗の巣になってしまいます!」
「リョウさんは、どうするつもりだったの?」
「ここに降りて、ここらへんで子を増やすつもりだった」
「居つく気だった、ってこと?」
「そうだ」
だから、このお城の兵士を全滅させても平気だったんだ? 自分たちが居すわるつもりだったから。
「ここらへんはあの橋がなければキラ・シだけで守りきれる。キラ・シが300人ほど増えても大丈夫だと思った」
「ああ……、ハマルがラキを攻めてなくて、シャキから援軍が来てなかったら、そのまま話は済んだんだ?」
「そうだ」
「で、今はどういう状態なの?」
「ラキとハマルが争っていた。
キラ・シが両方をつぶした。
ラキを助けるためにシャキが来た。それも、キラ・シが全滅させた。
ハマルの三倍は戦士がいたとガリが言っていた。それが『助けに来た』のだ。
わかるか?
キラ・シでも、他の村を助けに行くときは、全部では行かない」
「こっちに来た人達から連絡が来なかったら、シャキ本国からもっとたくさん来るってこと?」
「そういうことだ。あの橋は陥としたから、もっと北から来るか」
リョウさんが、玄関の向こうを指さした。
「あの川を、泳いでくる」
たしかに、キラ・シはあの川を馬で泳いで帰って来た。
「夜に泳いで来られたら、見張りは無理だ。それが200人や300人なら、キラ・シが優勢だろう」
「え? でも、ハマルの軍隊……あの赤い鎧の……数千人はいたよ?」
キラ・シなら、相手が3000人なら勝てるんじゃないの?
「その十倍来たらどうする?」
3万人の……鎧を来た軍隊……?
「そう、で、ございます。一軍は12500人。車李は大陸で3軍を持っている数少ない大国です」
「『一軍』っていうのが、一つのかたまりの単位?」
「はい。貧乏な国は、一軍すら保てません。
羅季も、千人いませんでしたし、貴信もギリギリ一軍あるかどうかだった筈です。
車李は、大陸一と言っても良い大国です。三軍以上抱えていることはありえると思います……そう、死んだ夫が言っていました。昔、車李の軍隊にいたことがあったのです」
「それって、シャキには4万人弱の兵隊がいるってこと?」
「はい」
マキメイさんがコクコクうなずく。
「3万人の軍隊を、羅季に送ることは、可能です。それでも、一万人弱が国を守れます。軍人の多さに、夫が驚いていました。
覇魔流はギリギリ一軍を抱えておりませんし、歩兵ばかりです。ですので、車李からの援軍は、戦車500、歩兵5000の筈でした。その分の食料は、明日、あの大橋から来るはずでした。そのために、食料庫の整理を致しましたから。それと前後して、車李の援軍が来るはずだったのでございます」
「副族長っ! 族長からの指笛です。敵の村を三つ陥とした。このまま進む、ということです」
ガリさん! 帰ってくること考えてないでしょ!!
「三つ進んだって……今、どこにいるの? ガリさん…………、今夜、あの川を二千人が泳いできたら……残ったキラ・シで迎え撃てる? 今、指笛でガリさんたちを引き戻して間に合う?」
大体、元々キラ・シって、全部集めたって200人ぐらいしか戦士がいないのに!
「ガリのあとを追う」
リョウさんが、何度か頷きながら、後ろにいた若戦士に伝言して走らせた。
「マキ、来る奴は今すぐ外に出ろ。
二回指笛を吹く。
一回目で誰かの馬に乗れ。
二回目で、出発する。
ここには、もう来ない」
「は…………はいっ………………」
リョウさんが無言でマキメイさんの後ろ姿を睨みつけた。
「リョウさん……マキメイさん達、連れて行くの?」
「キラ・シの子を産む女達だ。来るなら守る」
え? それって…………
サル・シュくんが、ル・マちゃんを抱いて降りてきた。その肩に座ってるのはミアちゃんっ! 連れて行くんだ?
そう言えば、三人は俺のものって言ってたっけ? 後ろに5人の女官さんも、大荷物。
「マキメイさんっ! ミアちゃんここにいるよっ!」
ハイーッ! って、遠くから悲鳴のような声がした。
「ガリメキアは戻ってこない。この家を守っても無駄だ。
俺はガリメキアを追う」
サル・シュくんが、リョウさんとすれ違いざまに断って歩いて行った。
ガリさんからの指笛、部屋で聞こえたんだ? リョウさんの判断が聞こえた……んじゃ、ない、よね? さっき、リョウさんの伝言を受けた人は、誰も階段を上がってなかった。
「サル・シュくん、君のお子さんは? 他の小さい子たちは?」
「さっき出した。帰って来る前に、ここらへんの馬を集めてくるように言っておいた。外にいる筈だ」
それって、リョウさんの判断の前だよね? リョウさんが残るって言ってたら、どうするつもりだったの?
「女官さん、一人で馬に乗れる?」
「二人乗りに一頭の替え馬でいく。そのために敵の馬をつないでおいた。先陣に追いつけば、後ろの何人かに載せりゃいい。女を乗せるのを嫌がる奴はいない」
「いないって……でも、用意に時間かかるよ」
私は何もないからこのままいけるけど、ここに住んでた人達は無理よ。
「そこに、汚いけど水がある。馬が飲むから安全だ。獣は道々狩れる。何も持たなくていい」
蛮族っ!
ガツガツ歩いていくサル・シュくん。
「ル・マも、明後日になりゃハルを乗せられる。リョウ叔父、先に出るぜっ!」
「ハル、外にいろ」
「リョウさんは?」
「キラ・シの子が残っていないか見てくる」
「そんなバカは殺してこいよっ!」
サル・シュくんが外から怒鳴った。
「え? リョウさん、殺すつもりで見回るんじゃないよね?」
「残る奴は裏切る奴だ。生かせばこちらの人数がばれる」
マキメイさんが、毛布とか抱えて女官さんと駆けだしてきた。
「マキメイさんっ、全員いる? 全員行く?」
「いえ、何人かは残ると……」
「その人達殺されちゃうっ!」
リョウさんを指さしたらもう、刀抜いてた。マキメイさんもそれを見たけど、私を、強く、見返して、頷いた。
「わたくしも、残っても殺されます、と説得致しました。仕方ありません。行きましょう、ハルナ様!」
仕方ないんだ? 今、ここで殺されるのに?
リョウさんが、城の奥から指笛を吹いた。
一回目の指笛っ! 出てきてから吹くのかと思ったのにっ!
外ったって、真っ暗なんですけど…………
なんか、馬が凄いいなないてる。
女の人達がどんどん誰かの馬に乗り上げていく。
最後に残ってるこの馬が、リョウさんのだよね?
私、ここにいていいんだよねっ?
リョウさんが、出てきた。
歩きながら、太股の辺りの布で刀拭って鞘に収めて、もう一度、指笛。馬に私を乗せて、走り出した。
『二度目の指笛』って、本当に最後通牒だ。
「待ってっ! 私も連れて行ってっ!」
玄関から何人か駆けだしてきた。
女の人の声なのにリョウさんが振り返らない。
多分、なんかいっぱい持っていこうとして準備でもしてたんだろう。残ったら殺すといいながら、やっぱり女の人は殺さなかったリョウさん。
でも、振り返らない、リョウさん。
『一期一会』って、何回聞いても意味がよく分からなかったけど、こういうことなんだ。
あんなに長く感じたラキのお城。
もう、何年も経ったような気がするのに。
こんなことが、毎日続くんだ……?
「リョウさん……」
「しゃべるな、舌を噛むぞ」
「馬の乗り方、教えて」
「……おう」
キラ・シの女として、生きよう。
マキメイさんだって、それを選んだんだ。
私を助けようとしたマキメイさんだって、それを選んだ。
助けられてばかり、いたくない。
逃げてばかり、いたくない。
私も、誰かを助けたい。
私がル・マちゃんを乗せられるようになれば、サル・シュくんは、戦に出られる。もっと戦力に、なる。
キラ・シは、きっと、勝ち進む。
これが私の夢なら、キラ・シが主役だ。
もっと、キラ・シの女に、なろう。
キラ・シが生き延びることが、私が生き延びることにつながる。
どうなるのか、わからないけど。
リョウさんに、勝ち続けてもらいたいから。
コメント