サル・シュくんでもできないんだ?
サル・シュくんが、私を左肘に抱えたまま、カチカチカチ……って歯を鳴らした。顔はずっと、ガリさんの方向いてる。
歩くたびにナニカ……膨れ上がって、来た! 全開っ!
前後にいた羅季(らき)の槍兵がビクッ、と跳ね上がって腰を抜かした。
ガリさんは無視してるけど、その前にいる沙射君とか、その後ろの史留暉(しるき)君とか、紅渦軍(こうかぐん)の全員もサル・シュくんを見上げた。
でも、夕羅(せきら)くんは、見ない。
サル・シュくんの目が、まっっっすぐに、夕羅君を、みてる。
目からビームが出たら殺せそう。
「あいつ…………」
カチカチカチカチ……カチッ!
と歯を鳴らして、笑いだした。
なんて楽しそうなサル・シュくん。好き。
胸が悼むけど、好き。大好き。サル・シュくん。
「ハルが呼んでくれたの? アレ」
「…………そういうことになるかもしれないわね」
ふわり……とサル・シュくんが気配を消して、私のおなかを撫でてくれた。あたたかい。
「アリガト、ハル」
笑顔で私に頬ずりしてくれるサル・シュくん。凄くご機嫌ね。良かった。
私を置いて死ぬ予定が決まったのに、ご機嫌ね。
ご機嫌ね。
私をまた一人にするくせに……喜ぶのね……
もうキラ・シの男なんて、愛したくない。
一緒に、年を取ってくれる人を愛したい。
でも、サル・シュくんの望みだから、……あげる。
あげるよ。
お城の玄関でリョウさんや大臣達が出迎えてるところに、サル・シュくんが、私を抱いたまま滑り込む。
城門を潜るときは、ガリさん、史留暉君、夕羅くん、紅渦軍……って並んでたのに、いつのまにか、ガリさん、夕羅くん、赤い大きな人、史留暉君、ってなってる。そして、史留暉君の両脇を、紅渦軍の赤い人の大小が囲んでた。
小さい方が侍衣牙将軍、大きい方が威衣牙将軍だって。
小さいっていっても、夕羅くんより頭半分低いぐらい。
ナンちゃんと、同じぐらいかな……
ああ……玄関に、ナンちゃんも、いた。
叛乱鎮圧に出てた筈なのに。
せめて外に居てくれたら、逃げられるかもと思ったけど、無理よね。何があっても帰ってくるよね。
一分隊全部私の子供とか。『自分の子供で野球チーム作る』みたいなノリ。
あんなに『サザエさんのタラちゃんみたい』だったアルちゃんも、もう一端の戦士ね。アルちゃんでも既に300人ぐらい子供がいるの。本当に凄いわ、キラ・シ。その分、大陸の人達の子供は減ったんでしょうね。
玄関でにらみ合ってるガリさんと夕羅くん。
夕羅くんの方は紗を掛けてるから顔が見えてないけど。
誰か何か言いなさいよ。黙ってても何も進まないのよ。
「よければ、国民に、挨拶をさせてもらえないだろうか?」
史留暉君が口火を切ったわ! えっ! 凄い!
「ようやくこの煌都(こうと)に皇族が揃ったのだから、顔を見せて安心させたい。よろしいでしょう? 陛下」
史留暉君が、ガリさんの馬に手を伸ばして沙射君を抱き下ろした。ガリさんはそれをちらりと見たけれど、夕羅くんの方をずっと見てる。
「ええ……それは慶ばしいことですね」
「互いの軍から、同数の護衛を出してくれ。それで、気が済むだろう?」
史留暉君の脳筋、90%ぐらいに下がってる!
「キラ・シからは、サル・シュ将軍に来てほしい。つもる話もある」
「俺?」
通訳したら、サル・シュくんは当然イヤそう。
ガリさんとリョウさんを見て、私を見る。ナニ? 私にそんな判断仰がないでよ。
「とりあえず、馬でここにいられても困るので、練兵場に行ってほしいんだけど? ……ガリさん。紅渦軍も」
大理石の床がもう……泥と馬糞だらけ。夕羅くんも相変わらず脳筋50%で、全然気にしてくれないのね。まぁ戦争だから、装飾なんてどうでもいいわよね。
サル・シュくんが、私を床に、下ろした。
ガリさんが馬を庭に出したから夕羅くんも動く。それにサル・シュくんもついていき掛けたときに、赤い大男がその前に立った。
「お前、相変わらず綺麗な顔してやがるな」
サル・シュくんは無視していこうとしたけど、腕を掴まれたからか振り払って、下がった。頭二つ高い彼を見上げて、眉を寄せる。
「ガキの頃、お前に殺されかかったラキシタだぜ? 忘れたとか言うなよ?」
「忘れた」
サル・シュくんが、慌てて私を抱き上げた。これは、覚えてるよね。
みんなが玄関から居なくなったのに、影から黒い人が出て来る。そこ、白いよ? どこに潜んでたの? ゼルブの誰か?
「紅渦軍の軍師を勤める京守(けいしゅ)と申します。キラ・シのハルナさまとお見受けしました。お見知り置きを」
「どうして私のことを知ってるの?」
「キラ・シを導く賢女がいると、噂ですよ」
いやだ怖い。誰よそんな噂流してるの。って、夕羅くん以外にないじゃない。
「わたくしはろくに歩けもしません。女性であるあなたと同格。部族三位のサル・シュ殿と、このラキシタもほぼ同格。二対二の護衛で、よろしいでしょう」
「こいつと俺が同格? ふざけんなよ」
「ならば、余計によろしいでしょう?」
京守さんは畳み込んできた。
サル・シュくんの言葉はわかってないと思うけど、通じてる。脳筋じゃなくても通じるのね……
武力で勝るのなら、キラ・シ側に文句はないだろうってことなんだろうけど……これは、私にとっても、渡りに舟かな?
サル・シュくんを、決戦から引き離せるかも……
街で、凄い歓声が上がってる。キラ・シの方は何も通達を出していないはずなのに、バルコニーに街の人が集まってる声。夕羅くんが、人を呼んだんだ。
サル・シュくんが練兵場に行きたくてうろうろするけど、ラキシタ君がここに居る限り、私を放すのもイヤみたい。
そして、練兵場にいけば、死ぬのがわかってるから、私をづさて行くのもイヤみたい。
それは、ありがたいんだけど…………どう、するのかな?
「サル・シュくん、一緒に来て?」
私を下ろして、練兵場にいこうとする彼の手をそっと握った。
行っちゃうよね。
分かってるよね?
今から、練兵場で、キラ・シと紅渦軍の最終決戦がある、って、わかるよね?
ラキシタ君が先に上がって、史留暉君、沙射君、と続いた。京守さんがしばらく私を見てたけど、階段を上がっていく。
「サル・シュくん、一緒に来て? もうすぐ、君の子供が生まれるの…………私を、守って?」
あと半年は、ある。
「一緒に、来て?」
届かない願い。
無理だと分かってる、願い。
最後に、キス、させて?
口には出さなかったけど、サル・シュくんはキス、してくれた。
そして、私を左肘に抱き上げて、階段を上がっていく。
「サル・シュくん?」
「ナニ」
うわ、語尾下がってる。怒ってる。
でも、来てくれたっ!
「ハルとの約束、覚えてるよ」
サル・シュくんが泣いた……ように見えたけど、階段の上から光が指したときには、頬が乾いてた。
「ハルが俺に長生きして欲しがってるのも、知ってるよ」
俺は、早く死にたいのに……
って、声には出さなかったけど、呟いた。
「あと二年、生きていてあげる」
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