【赤狼】女子高生軍師、富士山を割る。218 ~生かしておいてあげる~

 

 

 

 

  

 

  

 

  

 

 ザーッ、て、血の引く音が、ホントに、した。

 白く長いサル・シュくんの指が、ハンドバッグから口紅を出してきて、私の口に、塗る。

「おそろい」

 自分のくちびるを指して、セクシーな流し目でウインク。

「一緒にいてくれたら、誰も殺さないで、いて・あ・げ・るっ! キャハッ!」

「……リョウさんを、殺すの? サル・シュくんが?」

 白い顔。

「殺せないと思ってる?」

 三日月みたいに割れたくちびる

 

「まだ、俺が、リョウ叔父を好きだと?」

 切り裂きそうな、目

 

「リョウ・カを好きだと?」

 目を、つぶってしまった。

「俺の女を無断で奪った奴を?」

 くちびるを、舐められた。

「まだ?」

 チュッ……て、キス。

「好きだと?」

「ひっ……ぁっ……」

 噛みつくみたいにキスされて、血の色の口紅が人を食ったみたいに……なった。

「殺してやるっ!」

 睫毛の触れ合う距離で怒鳴られる。

「俺の女を盗る奴は全員殺してやるっ! 即死なんてさせないっ!」

 噛み殺されそうっ!

「ひっ……ぁっ………………ぁっ………………」

 失禁……しちゃったけど、恥ずかしいとも……思えなかった。

「自分のしたことを後悔して、泣き叫んで許しを請うまで、生かしては、やるよ」

 私は、なんとなく、期待、してた。

 ドッキリだ、って。

 期待、してた。

「あらやだ。……酷い顔……」

 サル・シュくんがバッグからナニカ出してメイクを直した。私の口元も、拭って、また、同じ、口紅。

 チュッ。

 くちびるだけで、キス。

 違う……

「どうして泣くの?」

 真っ赤なマニキュアを塗った指で、頬を拭ってくれた。

 違う…………

 サル・シュくんはもう一度鏡を見て、私を抱き寄せた。ハイヒールの分、前より、高い。

 初めて森で出合った時、サル・シュくん15才だった。そのあと、死ぬまでに20センチは延びたんだ。あっというまに、見上げるほど。

 レイ・カさんの方が大きかったけど、その次ぐらいに大きく、なってた……

 輝く笑顔は、一緒。

『強い奴に殺されるのがいい。世界で、一番強い奴に』

 いつも、そう言ってた、サル・シュくん。

 リョウさんのお父さんがそうだったって。

 強くなれないことを悲観して自殺したって。

 サル・シュくんも、あの時、そうだった。

『現代』ならまだまだこれからなのに、キラ・シではもう、生きていけないほど、ボロボロの体。目に支障が出てた。竜巻のように辺りを破壊して泣き叫んでた。

 リョウさんより、酷かった。

『強くなれないこと』にもう、あの時、狂ってた。

 ただ、『自殺だけはしない』と、どこかにあったんだろう……

『ハル助けて…………助けて……ハル…………』

 私を抱いて泣いてた、サル・シュくん。あの当時の医療技術ではどうすることもできなかった。ただ、朽ちていく体に、呼吸するたびに絶望を重ねてた最悪の、一秒一秒。

『俺より弱い、羅季(らき)の軍人全部殺させてくれよっ! 生きてていいのは、俺を殺せる奴だけだっ!』

 あんなに体の不調があったのに、それでも、誰より強かった、サル・シュくん。あの時だと、きっと、ガリさんより、強かった。

 煌都(こうと)の裏の絶壁を馬で駆け上がれるのは、サル・シュくんだけだった。

 それでも……最高に強かったときよりは、弱く、なって、しまってた……

 羅季の兵士を殺しまくって笑ってた、サル・シュくん。

『弱くても血は熱いんだなっ、お前らぁ!』

 あの時と、同じ目を、してる…………

 ガチガチガチ……って、私の歯が、鳴った。

 望みは、叶った筈だったのに……

 あの時、世界最強だったル・アくん……夕羅(せきら)くんに殺されたのに……

 あの時の私は、彼の前に出て行けたのに……

 今、そんな、度胸、ない。

 怖い……

 このサル・シュくんを、睨み返す気力、なんて、ない…………

 だって、……リョウさんと、南の島に行くはずだった。

 私を着飾らせてにっこにこしてるリョウさんと、この先、ずっと……一緒に、いる、筈、だった。

 もう、地図とか、戦とか、全然関係ないところに、行く、筈、だった……

 彼の狂気に、身動きが……できない…………

 あの時は、サル・シュくんを一番好きだったから耐えられた、だけ。

 今、リョウさんが、好き。

 リョウさんが一番好き。

 怖い……

 手を振るったら小指の先が当たっただけでも私の首が跳びそうな……

 血を舐めた大ヒグマがそこにいるような…………

 私を、殺さないと、分かってる、のに…………

 体の震えが、とまら、ない……

「ル・アは、生かしておいてあげるっ」

 キャハッ、て、笑う、サル・シュくん。

「あいつが俺を殺してくれたから」

 私を左肘に抱き上げて、鏡の私に笑いかける。

「あのボロボロだった俺を、壊してくれたからっ!」

 美女の顔で、男笑い。

 すごく、不気味だけど、それ以上に、そこに、彼がいるのが、怖い……

『サル・シュが凶つ者に取り憑かれたっ!』

 レイ・カさんがリョウさんに殺された『あの時』。

 サル・シュくんは、こんな顔を、して、いた。

 高らかに笑ってキラ・シを切り裂いた。

 羅季の兵士を切り裂いた。

 血を浴びて、少しだけ、理性が、戻って、た。

「あいつかっこよかったよねっ! セキラッ! 刀で刺し貫かれて、イッちゃったぁ……」

 んふっ……ふふっふっ…………って、笑う。

 笑う、サル・シュくん。

「俺、今18才っ! ぴっちぴちっ! どっこも悪くないしっまだまだ強くなれるっ! クローンだって作ってある。サイボーグになってでも、強くなってやる。もう若返り技術は幾らでもあるっ! 人間の寿命は300才にまで延びたっ! おれが300になるころには、500ぐらいに延びてるさっ! ずっとハルと一緒だよ!」

 冗談じゃないっ!

 全身で、私の体が拒絶反応を示した。

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いっ! 彼に触れられてる肌が……溶けて落ちそうっ!

 どうしたら?

 どうしたらいい?

 そこに、リョウさんが、いる、のに……

 声が、出ない……

 喉に、簪が、……痛い…………叫んだら、刺される?

 刺す? 私を、殺す?

「手足がなくても、ハルはハルだ。……逃げたら、足の小指を切るよ? 次は薬指……中指…………」

 

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました