その日の夜、そっと抜け出して、リョウさんの部屋のドアをそっと開けた。
よかった。
そっと閉じて、部屋に帰って寝る。
リョウさんは女の人、一人だった。
起きてから、「なんでリョウさんのベッドに女の人一人いたら『良かった』なんだ、私」と、しばらく悩んだ。
「ハル、夜、来たか?」
その朝、リョウさんに聞かれた。
「ごめん、わかんない」
嘘ついた。ごめんなさい。
「そうか」
「どうしたの?」
「トが開いて閉まった時にハルのにおいがした気がした」
えっ? におい? 昨日の寝る前にお風呂入ったのに?
手をにおってみてもわかんない。
リョウさんは、ル・マちゃんの徘徊癖を知ってるからか、それ以上つっこんではこなかった。助かった。でも、女は夜に歩くもの、と思っちゃうだろうな。
「なんだ、リョウ・カの部屋に行ったのか? ハル」
リョウさんが出て行ってから、ル・マちゃんににしゃにしゃ笑われる。
「なんで帰って来たんだ?」
「なんでって?」
「やりに行ったんだろ?」
「違う」
「じゃあ、何しに行ったんだ?」
何しにって……
「女の人が……」
「女が?」
「サル・シュくんは三人で、ガリさんが十人ぐらいいたから、副族長のリョウさんは何人なのかと……逆に、副族長のリョウさんが、なんで一人なの?」
「たくさん居ると気が散る、って言ってた」
聞いた私も私だけど、なぜ理由を知ってるの、ル・マちゃん。というか、キラ・シ、ツーカーすぎでしょ!
「聞いたことがあったから」
「何度もみんなの覗いてるの?」
「気になるだろ」
「ナニが?」
「来年、誰の子が何人ぐらいできるのかなー、って」
そっかー……
「父上が、この城にいたときだけでも、毎回違う女とやってるから、十カ月後に父上の子が300人ぐらいできる」
桁が違う……
そう言えば女官さんが増えてた。
あちこちから女の人集めてきてるんだ?
そうだよね。一カ所にいた方が守りやすいもんね。
「ガリさん、毎日お城にいるわけじゃないよ? それでその数?」
「城の女だけの数だから、外でもやってる」
「一カ月で300人って、一年13カ月って言ってたから、一年で、4000人ぐらいガリさんの子供生まれるの? 来年?」
「凄いなっ!」
「凄いよそりゃ」
桁違いって、三つ違うのは凄すぎる。
「どうせ、サル・シュもリョウ・カもそんぐらい産ませるし、キラ・シ全員そうだから、何人になる?」
「えっ? 他の人が一日一人、サル・シュくんが三人、としたら、……って、サル・シュくんの三人は同じ人でしょ? 三人しか生まれないよね?」
「あいつも外でやってる。三人ぐらいやってる」
「ああそう……ガリさんの十人、サル・シュくんの三人、他200人が一人ずつとして、213人を30日で、6390人? かける、10カ月で63900人、かける3カ月が、19180人? 足して、8万人以上」
「8マン人ってどんぐらい?」
「いやいやいやいやいや…………それ、毎日じゃないでしょ? 八万人って、……キラ・シ200人で割ったら……4……4……400倍? キラ・シの部族400個分」
桁合ってる? 200で8万だからゼロ二つとって……合ってるよね? いつもエクセル使ってるから暗算なんてしないよ!
「すげぇっ!」
せめて筆算できれば確実なんだけど…………というか、
「一年で8万人増えるっ? だから、毎日じゃないよね? 他の人達も毎日そんなできないでしょ?」
「するだろ」
「だって、女の人がそれだけ必要ってことだよ?」
「そっか……」
それぐらいは居るとは思うけど、いや……居るな………………
毎日キラ・シが交代でうろうろしてるの、見回りだと思ってたけど、その先々でやってりゃそんな数になるかも。
だって『子供を増やすために降りてきた』人達だもんな……
「でもそれは、一回で妊娠させたら、って話だから」
「リョウ・カは何回かやるらしいけど、父上は一発で孕むって言ってた」
「なんでわかるの? まだ降りてきて一カ月だよ? 誰もまだ妊娠したってわからないでしょ」
「山で、『初雪の勝ち上がり』で女抱くだろ? 血の道が引いてから十日後から10日、抱けるけど、父上はいつも一回しかせず、孕んでるから」
なにそれ怖い。
「今日やったら孕む、ってのがにおいでわかるって言ってた」
ますます怖い。
でも、リョウさんが分からないってので安心しちゃう。わからないのが普通なんだよね。
本当に、ガリさんが人間離れしてるだけだよね。
『さすが族長』としか言えないわ。
「その、孕む女とだけやるから、全員孕む」
「女だけでなんの話だよー」
サル・シュくん登場。
一気に部屋が明るくなった感じ。
お風呂入って白くなったら、60ワットだったのが100ワットになった。
ピカーッて、凄いわ、この雰囲気。髪のツヤもあがったしね。絶対、発光してる。
「そろそろ俺の子、産んでくれる気になった?」
「なってない」
珍しく、サル・シュくんが、私の隣に座った。
ル・マちゃんが私の右手に抱きついてて、サル・シュくんが左側。どっっっこも触らないけど、凄く近く。触ったらリョウさんに怒られるから。でも凄い近いっ! 息がかかるっ! 耳にフッてするのやめてっ! 昨日の君の、あの時の顔思い出すからっ!
昨日の彼、すっっっごい、いやらしい顔してたっ!
ガリさんもだけど『男の人のセクシー』って意味、わかった! あれがそうだとしたら、だけど、わかったっ!
分かりたくなかった!
なんかもう、凄く、私が恥ずかしいのはなんでなの?
「ハルー、ル・マを説得してよー」
「なぜ私?」
「ハル、説得うまいだろ」
なんでそんな信用があるの私。
「ハル、そんな説得、いらないぞっ!」
「しないよっ!」
いや、したい気持ちは山ほどあるけど、私がル・マちゃんに嫌われちゃうじゃない!
「じゃあ、取引」
「なんの取引? 取引ってナニ?」
「リョウ叔父に内緒にしておいてやるから」
「ナニを?」
「お前が、ハル、」
サル・シュくんが耳噛むぐらい近くにっ!
「『女』だ、って……」
「うぉっ!」
ゾワッとして咄嗟に逃げたら、ル・マちゃん巻き込んでベッドに倒れ込んじゃった。
ル・マちゃんの悲鳴を耳元で聞いて、右耳がキンてなる。
ぐるっと世界がまわった。
これって目眩?
耳がおかしくなったら歩けないって、こういう感じかな。
吐き気する……
「ハル、目が回ってるぞ、俺が見えてるかー?」
サル・シュくんが手を振ってくる。……収まった。
でも、さっきより遠い感じ……耳が聞こえにくい、気持ち悪い。
本当に、キラ・シの声って武器だよね。
サル・シュくんがべろっと自分のくちびる舐めて、上目づかいの流し目。それやめてっ! セクシーすぎる! いつものからっとした君でいて!
「ハル、血の道がル・マと同じ日に出てるだろ?」
ばれたっ! ル・マちゃんも、ギュッて私の手、握る。
「一緒に動いてるから、みんなル・マのにおいだと思ってたけど」
そうか……こんな殺伐とした人達が『血のにおい』に気付かないわけはないんだ? その日、自体はばれてるんだ?
「さっき、ル・マが言ってただろ? 族長は、『孕む日』がわかる、って」
ル・マちゃんが私を見た。
「俺も、なんだ」
にっこり! 天使の笑顔のサル・シュくん。
そのまま目を開けられたら、口は笑ってるけど、目が真剣で、切り裂かれそうな気がした。
メッチャ怒ってる、サル・シュくん。なんで?
「お前、ハル。リョウ叔父を、騙してる、よ、な」
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