大きなため息をついて頭を掻いてたリョウさんが、目を見開いて私を見た。
「なぜだ」
「私、もう、血の道も来てる、女なんです」
「それは知ってる、それ以外の理由を言え」
「知ってたの?」
「二人で馬に乗っていて、気付かないわけがあるか」
一カ月前に知ってたのっ!
「…………なんで、抱こうとしなかったの?」
「他に女はいるし………わざわざ嫌がる奴を抱く気もない」
リョウさんに、抱きしめられてた。
気が抜けて、腰が抜けて、倒れそうになったのを抱き留めてくれたみたい。すっごいリョウさんあったかい。
「冷えきってるな……随分覚悟してきたな」
私を、ベッドの足元に寝かせて、毛布と毛皮を山ほど掛けてくれた。リョウさんは立ち上がって服を着る。
「あとは、明日でいいか?」
「………………騙すつもりじゃ…………なかったんだよ?」
気付いてくれないといいと思ったんだけど…………
『月が綺麗ですね』
あの日に、決めては、いたんだよ……
「安心しろ。今年は、ガリには抱かせん」
リョウさんは出て行った。女の人の所に行くんだろう。
リョウさんのベッド、あたたかい。
リョウさんのにおい。
あたたかい……
なんでそんないい人なの、リョウさん……
弓矢一本で人の首を跳ねるような人なのに。
口封じに、簡単に人を殺す人なのに。
もう、何十人も子供が居る人なのに……
せっかく毛布とか掛けてもらったけど、私は、サル・シュくんの部屋に行った。
やっぱりマキメイさんとかがいた。サル・シュくんは私を確認しただけで、全然、止まらない。
「リョウさんに、私から、言ったから」
止まらない。
「もうっ、ル・マちゃんを脅してる材料はないからねっ! 逆にねっ! ル・マちゃんのために、リョウさんに嘘をつき続けるって言った、サル・シュくんの言葉は、残ってるんだからねっ!」
ビーン…………って、私の首のよこに、刀が突き立ってた。
サル・シュくんが、今、投げた?
相変わらず、早い…………
殺気だった目で睨まれる。
「明日だ」
「…………はい……」
怖すぎる。
外に出てドア閉めたら、ドアの板に、切っ先が突き出てたっ! うわもうっ怖いなぁ…………これ、誰か引っかからないといいけど……
胸を押さえてドキドキを納めてたら、ル・マちゃんが階段に立っていた。私の手を引いて、部屋に連れてってくれる。
ル・マちゃんの手の方が、冷たかった。
「ありがとう、ハル」
ベッドで、私の胸に顔を埋める、ル・マちゃん。
「私が、黙ってたのが悪いんだよ」
嘘をつかなくてよくなって、楽になった。
抱かれるとかなんとか、もう、いいや……
どうせ女として生きてれば、いつかはすることなんだ。別に、死ぬわけじゃない。みんなしてること。
最初がリョウさんなのは、最高なんじゃない?
今、『抱きたい気分』だったのに、わざわざ私を抱かなかった。
私が『本当はいやだ』って思ってるの、ちゃんと、分かってくれて、理解してくれて…………やめて、くれたんだ……
「なんでリョウさん……あんないい人なんだろう…………」
もう、抱いてくれたら良かったのに。
覚悟ついてたのに。
「副族長だから」
ル・マちゃんの答えは、いつも明快だ。
「一位の父上が『変』で四位のサル・シュも『変』だからな。そこを押さえるリョウ・カがいい奴じゃないと、部族が収まらない。父上がいなければ、リョウ・カは族長だ」
そっか…………本当に、ガリさんが雷で、リョウさんが水なんだね。鎮火してまわってるんだ。そんな感じ。
本当に、リョウさんがいないと、キラ・シつぶれてそう。
「三位の人は?」
「レイ・カ? リョウ・カの末の弟だ。幾つ下だったかな、三つ下の三つ下だから、六才下……か? サル・シュより四つ上だ」
「サル・シュくんが15で、レイ・カさんが19で、リョウさんが27? 27才? 27っ!」
「多分な」
「え? ガリさん、リョウさんと同じ年だよね? 27才? あれで?」
「40ぐらいで死ぬからな……もう半分超えた、ってリョウ・カがため息ついてたな」
「40才で……死ぬの?」
「40まで持てばいいんじゃないか?」
そっか。玄米を食べてたころは、人間が強かったけど、医療技術が無いから寿命は短かった。医療技術のおかげで長生きしてるけど、白米とか小麦とかの精製食品を食べだして、人間は弱くなったって……
『現代』は健康マニアが玄米を食べて医療技術がよいから長生きしてるんだ。
木の実とか、そのまま食べてる蛮族のキラ・シは、人間自体の力が強いんだ……そして、この時代は、少しの風邪でも、人が死ぬ。
三国志の時でも、流行り病とかでざらっと重鎮が亡くなってるんだ。
『大往生』なんてものが、ない、時代。
殆どの人が病死している、時代。
その上にキラ・シは戦争中だから『殺される』という危険がものすごく高い。
現代だと助かる出血多量でも、すぐに、死ぬ。
そうやって殺してきたキラ・シ。
昨日今日で、数千人を殺してしまった、キラ・シ。
『駄目なら死ぬだけだ』
ラキを出るときに、リョウさんが、なんでもないことのように言った。
『死ぬだけだ』
そうだね、死ぬだけなんだね。
みんな、それが怖くて、危険なことをしないのに。
「レイ・カは今、ちょうど登り調子だから、戦いたくて仕方ないんだよな。寝るのも面倒臭いみたいだぜ。
逆に、リョウ・カは、まとめるために後ろにいる。この建物を守るとか、父上もレイ・カも、サル・シュも、面倒でしてられない。
数を数えるとか、用意をするとか、誰もしないから」
誰もしないんだ? リョウさんかわいそう……
ガリさん、一気に向こうまで攻めて行ったもんね……あの時、慌てて追い駆けた。あの決死の覚悟はなんだったんだろう、って……
でも、あれは結果的に『敵がいなくなった』から戻ってきただけだった。敵がいたら、あのまま前進してたんだ。
猫じゃらしがなかったら寝てしまう猫みたい。
まぁ……この付近の地図さえ無いから、どこに進むかなんて、たしかにわからない。分からなければ戻ってくるのが、凄いと思うの。
移動したら、戻るのが面倒だからそこでどうにかしたいと思うものじゃない? 私がとろいからそう思うだけかな。
「レイ・カさん、ずっと最前線を走り回ってるのかぁ……」
大変だと、私は思うけど、本人は楽しいんだろうな。
「あいつは父上以上の戦上手だから、いつも駆け回ってる。あいつも、あちこちで孕ませてるのは聞いてる」
もうそれ、キラ・シの標準装備なんだね。なぜル・マちゃんにその話が入るのかが不思議。飯食ってたらみんな話してるから聞こえる、って。女の子の前で下ネタしないとか、そりゃ、ないよね。
「どんな人?」
「狼みたいな奴」
ああ、おヒゲがシュッとしてたね。
「リョウさんは熊でいい?」
「リョウ・カは熊だ。間違いなく熊だ。大羆(おおひぐま)だ」
『大』がついた! 身長で言えばガリさんのほうが大きいけど、横幅が二倍あるように見える。手も足もふっといし。本当に、丸太みたい。
「だよね」
「父上は大鷲で、サル・シュは隼」
「素早いから?」
「あの速さは凄い」
「たしかに、凄い……」
サル・シュくんって、黙って座ってるときが一番怖い。
一瞬後に、押さえ込んでくる。
ずっと見てるのに、動きが見えないどころか、こっちがもう押さえ込まれてる。素早いル・マちゃんでもそうなんだから、私がとろいとかそんな話じゃないよね。
あ、でも、毎回、ル・マちゃんが生理の時ばっかり?
「まぁ……あいつが俺に速さで勝てるのも、俺が血の道で青くなってるときだけだからな」
「ル・マちゃんの方が早いの?」
「普通なら早い。ちょっとだけどな。だからあいつは、血の道の時ばかりああなる」
「えっ? 今が初めてじゃないの?」
「ここ二年、毎月だ」
「でも……ル・マちゃん泣いてたじゃないっ!」
「血の道の時は泣きやすい」
あれ……ちょっと待って?
「……ル・マちゃんは、気にして、ないの?」
「血の道の間は『変』だから気になる。けど、終わったら、全然」
そういえば、前回のときも、翌日ケロッとしてた。
「今回のも?」
「多分な」
「私が、リョウさんに言わなくても良かった?」
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